名古屋地方裁判所 平成8年(行ウ)30号 判決
原告
山岡忠一(X)
右訴訟代理人弁護士
加藤毅
被告
愛知県建築主事(Y) 小木曽安造
右訴訟代理人弁護士
藤井成俊
事実及び理由
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 愛知県愛知郡長久手町は、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)に、別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を建築するために、平成七年一二月、被告に対して建築確認申請をし、被告は、平成八年二月一六日付けをもって、同町に対し、右申請に基づく建築確認処分(以下「本件処分」という。)を行った。
2 原告は、別紙物件目録記載三の土地(以下「原告所有土地」という。)及び同目録記載四の建物(以下「原告所有建物」という。)を所有し、原告所有建物に居住している者である。
本件土地・本件建物と原告所有土地・原告所有建物との位置関係は、別紙図面記載のとおりである。
3 本件土地の用途地域は、平成八年五月三〇日までは、住居地域であり、同月三一日からは、第一種住居地域である。
原告所有土地の用途地域は、平成八年五月三〇日までは、第一種住居専用地域であり、同月三一日からは、第一種低層住居地域である。
4 本件建物は、次のようなものである(〔証拠略〕)。
(一) 本件建物は、大ホール、小ホール、映像シアター(一〇〇名程度を収容するフィルムやビデオ等の映像の鑑賞を主目的とする施設)、展示ギャラリー(絵画、彫刻等を展示する施設)、舞踏室(舞踊、演劇等の練習室)、音楽室(クラシック系音楽専用の練習室)、ポピユラー音楽室(ポピュラー音楽のための練習室)、美術室(絵画、彫刻等を製作するアトリエ)、調理室(調理実習や試食を行う部屋)、生活工房(洋裁、和裁等の生活に密着した趣味のサークル活動を行う部屋)、講義室、会議室等からなる建物である。
(二) 大ホールは、オーケストラコンサート等のクラシック音楽系のイベントから、電気音響を使用したポピュラー系コンサート、演劇、舞踏、ブラスバンドコンサート、集会まで、幅広い利用目的に対応するホールで、舞台のみならず、客席の形態を変えることによって、右の各利用目的に最もふさわしい空間を提供することができるようになっている。
大ホールの客席数は、舞台と客席の利用形式に応じて、約五八〇席から約八〇〇席である。
また、大ホールの音響は、「クラシック音楽系催事と演劇系催事の両方を満たすオペラハウス並みの響とする。」とされている。
(三) 小ホールは、演劇、舞踊、ピアノ・室内楽コンサート等の利用に対応するホールであり、主としてアマチュアの利用を想定している。
小ホールの座席は、固定席で、三〇〇席であるが、前舞台を使用したときには、二二〇席となる。
また、小ホールの音響は、「全くの演劇専用ホールとは異なる、少しライブという程度の響が望ましい。」とされている。
(四) 本件建物内には、一般来客用として、三〇二台分の駐車場が設置されており、レストランも設置される予定である。また、本件建物の敷地内には、自転車置場も設置される予定である。
〔中略〕
第四 当裁判所の判断
一 原告適格について
1 行政事件訴訟法における処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限り提起することができる(同法九条)が、「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であって、当該処分の根拠法規により当該権利利益を個別具体的に保護されているものをいうと解するのが相当である。
したがって、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の具体的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、当該処分によりその個人的権利利益を侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
2 旧建築基準法四八条三項は、住居地域内における建築制限について規定したもので、住居地域内においては、特定行政庁が、住居の環境を害するおそれがないと認め、又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合を除いて、劇場又は観覧場を建築してはならない旨を規定している。
ところで、住居地域は、平成四年法律第八二号による改正前の都市計画法(以下「旧都市計画法」という。)が定める用途地域の一つで、主として住居の環境を保護するため定める地域とする(旧都市計画法九条三項)とされている。都市計画法の用途地域は、「都市の健全な発展と秩序ある整備」(同法一条)を図るために、市街地の各地区に最も適した類似の用途の建築物を集め、同時にその地区にふさわしくない用途のものを排除する趣旨の制度であるから、旧建築基準法四八条三項が、そのような公益を実現するために、住居地域内において一定範囲の建築物の建築を制限するという趣旨を含むことは明らかである。また、(一)建築基準法は、「国民の生命、健康及び財産の保護を図る」(一条)ことを目的とするものであり、建築確認はそのような目的を実現するための制度であること、(二)特定行政庁が、住居の環境を害するおそれがないと認めて許可した場合には、例外的に、本来住居地域において建築することができない建築物であっても建築することができるが、その判断に当たっては、具体的な建築物について、その建築物の性格、そこに集まる人の数や流れ等の具体的個別的な事情を考慮することになるから、旧建築基準法四八条三項は、具体的個別的な住居の環境の保護を考えているということができること、(三)特定行政庁が右の許可をする場合には、あらかじめ、その許可に利害関係を有する者の出頭を求めて公開による聴聞を行わなければならない(旧建築基準法四八条九項)が、当該建築物の建設予定地の周辺に居住する者は、ここでいう利害関係を有する者に含まれると解されることからすると、旧建築基準法四八条三項は、右のような公益を保護する趣旨にとどまるものではなく、同項の建築制限によって、当該建築物の建設予定地の周辺に居住する住民が受ける住居の環境が保護されるという個別的具体的な利益をも保護する趣旨であると解することが相当である。
そうすると、旧建築基準法四八条三項に反する建築確認がされることによって住居の環境を害されるおそれのある周辺住民は、右建築確認の取消しの訴えにつき、原告適格を有するものと認められる。
3 次に、原告について、右2で述べたような観点から原告適格が認められるかどうかについて判断する。
(一) 前記第二の一2の事実に〔証拠略〕を総合すると、原告所有土地は、別紙図面のとおり、本件土地の西側に幅員一一メートルの道路を隔てた位置にあること、原告所有土地の約二〇〇メートル西に、幅員一六メートルの幹線道路である都市計画道路猪子石線が通っていること、本件建物の西側には、本件建物への出入口(西エントランス、別紙図面ホ)が設けられるほか、その部分から、北の方向へ本件建物の西側に沿ってテラス(別紙図面ハないしニ)が設けられること、右テラスの部分は、原告所有建物よりも高い位置にあり、原告所有建物の二階軒先部分の高さに相当すること、以上の各事実が認められる。
(二) ところで、前記第二の一4の事実からすると、本件建物には一〇〇〇名以上の利用者が集まることがあるものと認められるところ、それらの利用者は、車や徒歩や自転車で、本件建物の周辺道路を通って本件建物に来るものと考えられる(なお、〔証拠略〕によると、現在本件建物の近くに停留所等がある公共交通機関はないものと認められるが、長久手町では、本件建物の開館に合わせて、町営バスを運行する計画であることが認められる。)。
そして、利用者が車や徒歩や自転車で本件建物の周辺道路を通って本件建物に来る場合、右(一)認定のとおり、本件建物の西側にも出入口があることからすると、別紙図面のト、チ、リ、ヌ、ルの各道路についても、その通り道となるものと認められる。
また、〔証拠略〕によると、本件建物の南西に駐車場の出口が設けられるものと認められるところ、同出口から出た車は、別紙図面のト、チ、リ、ヌ、ルの各道路を通って、都市計画道路猪子石線等の幹線道路に向かうことが考えられるのであり、〔証拠略〕から認められる都市計画道路猪子石線と本件建物の位置関係からすると、別紙図面のト、チ、リ、ヌ、ルの各道路を通って、都市計画道路猪子石線に向かう車が少ないとは考え難い。
さらに、右(一)認定のとおり、本件建物の西側に出入口やテラスが存することからすると、本件建物の利用者が、右出入口やテラス付近に集まることもあり得ると考えられる。
そうすると、原告は、本件建物が建築されると、原告所有建物の前の道路が本件建物の利用者の通り道となり、そのために生ずる騒音や排気ガス、本件建物から生ずる騒音等によって、住居の環境を害されるおそれがあるということができるから、原告には、本件訴訟について、原告適格が認められる。
二 本案について
1 〔証拠略〕によると、被告は、本件建物は、旧建築基準法四八条三項によって、住居地域において原則として建築が禁止されている「劇場」又は「観覧場」ではなく、「集会場」に当たるとして、本件処分をしたことが認められる。
2 ところで、建築基準法の用語の定義を定める同法二条二号は、「特殊建築物」として、「劇場、観覧場、集会場」を掲げている。また、耐火建築物又は簡易耐火建築物としなければならない特殊建築物について、その詳細内容を規定する同法別表第一の(い)欄(一)においても、「劇場、映画館、演芸場、観覧場、公会堂、集会場」が掲げられている。
しかるところ、旧建築基準法四八条三項は、住居地域において原則として建築が禁止される建築物として、「劇場、映画館、演芸場、観覧場」を掲げているから、同項が、住居地域における「劇場、映画館、演芸場、観覧場」の建築を原則として禁止し、「公会堂、集会場」の建築を許容していることは、明らかである。
そして、旧建築基準法が、住居地域における「劇場、映画館、演芸場、観覧場」の建築を原則として禁止し、「公会堂、集会場」の建築を許容している趣旨は、「劇場、映画館、演芸場、観覧場」は、近隣社会との直接的な結びつきが少なく、しかも不特定の人が集散する娯楽施設であるので、その地域にとって必ずしも必要なものでない上、娯楽を目的とした多数の不特定の者が、常時昼夜を問わず集散するという状況は、住居の環境としては不適当であり、環境悪化の要因となることが懸念されるから、建築を原則として禁止し、「公会堂、集会場」は、近隣住民が中心となって、研修、会議、公演等のために利用する施設であるので、その地域にとって必要なものである上、周辺の住居の環境が悪化するおそれも比較的少ないということができるから、建築を許容しているものと解される。
ところで、地域住民の利用のために設置された「公会堂、集会場」においても、いわゆる商業演劇や音楽会などプ口フェッショナルによる公演が催されることがあり、物的な施設の面でも「劇場、映画館、演芸場、観覧場」と似通ったものとなる場合もある。
原告は、プ口フェッショナルによる公演等が排除されていない場合には、旧建築基準法四八条三項の適用上、常に「劇場、映画館、演芸場、観覧場」とみなすべきであるという。
しかしながら、公会堂、集会場においてプ口フェツショナルによる公演が催されるとしても、その頻度が多い施設も少ない施設もあり、また、広く宣伝して観客を集める公演に限らず、学校、地域の団体など一定の範囲の者を観客として公演がなされることも予想されるのであって、どのような公演をどの程度開催するかによって、住居の環境に与える影響も異なるものと思料される。このように、公会堂、集会場においてプ口フェツショナルによる公演が催されるとしても、常に劇場と同じ程度に住居の環境を害するとはいえないから、原告の前記主張は採用できない。
以上からすると、建築確認に当たっては、物的な施設のみならず、建築主体が意図している利用目的、利用形態について考慮する必要があり、そのような考慮をすることによって、当該建築物が「劇場、映画館、演芸場、観覧場」であるか「公会堂、集会場」であるかを判別することができるものというべきである。
3 そこで、本件建物について判断する。
(一) 前記第二の一4の事実に〔証拠略〕を総合すると、本件建物は、「従来の画一定型化された文化施設では十分に満たされることのできない、町民の多様な文化芸術創造活動の発揚、要求に応える施設」として、建築が計画されたもので、これまでの公的文化会館が、「既成の芸術の鑑賞活動に終始した」という反省に立ち、「自ら文化を創造しようとする人の活動を幅広くサポートする場になることを目標として」建設されるものであること、そのために、本件建物は、大小のホールのみならず、舞踏室、音楽室、美術室、調理室、生活工房属講義室、会議室等を有していること、長久手町では、専門的な知識、技術を有するスタッフを常時確保し、アマチュアの活動に対し、きめ細かい支援とアドバイスを行う予定であること、以上の各事実が認められる。
右認定の事実によると、本件建物の利用目的、利用形態は、長久手町の町民を中心とした、研修、会議、公演等が主たるものであり、大小ホールもそのために使用されることが予定されており、プ口フェッショナルによる公演等が開催されるとしても、その頻度においても娯楽施設である「劇場、観覧場」に比べて少なくなることが認められ、地域の住居の環境に与える影響も少ないと認められる。
以上によれば、本件建物は、「劇場」又は「観覧場」には該当せず、「集会場」に当たるものというべきである。
(二) なお、〔証拠略〕によると、長久手町作成の被告宛の「し尿浄化槽調書」には、本件建物の用途として、「劇場、集会場」と記載されていることが認められる。しかし、「し尿浄化槽調書」は、確認申請に係る建築物に設置するし尿浄化槽の性能が建築基準法三一条二項及び同法施行令三二条の規定に適合したものであることを建築主事に報告するために提出されるもの(建築基準法施行細則五条三項)であり、〔証拠略〕によると、そこに記載される「用途」は、当該し尿浄化槽の処理対象人員を算定する資料とするために、当該建築物が、日本工業規格「建築物の用途別による屎尿浄化槽の処理対象人員算定基準」の定めるいずれの建築用途に該当するかを示すものであることが認められるところ、〔証拠略〕によると、右算定基準では、劇場と集会場は、同一の分類の用途であるものと認められるから、長久手町が右「し尿浄化槽調書」に「集会場」と併記して「劇場」と記載したことには、特段意味があるとは認められない。したがって、右事実は、本件建物が「集会場」に当たるとの右認定を覆すに足りるものではない。
4 よって、本件処分は、適法である。
第五 総括
以上の次第で、本件請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 森義之 安永武央)
別紙図面
<省略>