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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)1379号 判決 2000年3月22日

原告

財津幸一郎

被告

富士火災海上保険株式会社

主文

一  原告が被告に対して、両者間の平成八年一二月二四日付け自動車総合保険契約に基づく保険金請求権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  訴外財津弘光(以下「弘光」という。)は、被告との間で、平成七年一二月二九日、弘光が自動車の運行により同人が負担することあるべき第三者に対する損害賠償責任を保険するため、以下の内容の自動車総合保険契約(以下「旧契約」という。)を締結した。

被保険車両 四トン普通貨物自動車(名古屋一二あ二三四一、以下「本件自動車」という。)

保険期間 平成八年一月一日から平成九年一月一日まで

特約1 他人のために保険契約を締結する場合、保険契約者がその旨を保険申込書に記載しなかった場合、保険契約は無効である。

特約2 被告は、保険契約締結の当時、保険契約者、記名被保険者又はこれらの者の代理人が、故意又は重大な過失によって保険申込書の記載事項(被保険車両を同一とする他の自動車保険契約又は共済契約(以下「重複契約」という。)の有無の記載を含む。)について知っていることを告げなかったとき、又は不実のことを告げたときは、保険証券記載の保険契約者の住所に宛てた書面の通知をもって、保険契約を解除することができる。

右解除は将来に向かってのみその効力を生じる。ただし、その解除が損害または傷害の発生した後になされた場合であっても、被告は、保険金を支払わない。

2  弘光は、被告との間で、平成八年一二月二四日、弘光が自動車の運行により同人が負担することあるべき第三者に対する損害賠償責任を保険するため、以下の内容の自動車総合保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

被保険車両 本件自動車

保険期間 平成九年一月一日から平成一〇年一月一日まで

特約1 他人のために保険契約を締結する場合、保険契約者がその旨を保険申込書に記載しなかった場合、保険契約は無効である。

特約2 被告は、保険契約締結の当時、保険契約者、記名披保険者又はこれらの者の代理人が、故意又は重大な過失によって保険申込書の記載事項(重複契約の有無の記載を含む。)について知っていることを告げなかったとき、または不実のことを告げたときは、保険証券記載の保険契約者の住所に宛てた書面の通知をもって、保険契約を解除することができる。

右解除は将来に向かってのみその効力を生じる。ただし、その解除が損害または傷害の発生した後になされた場合であっても、被告は、保険金を支払わない。

3  弘光は、平成九年二月二四日死亡した。原告は、弘光の父親であり、弘光の唯一の相続人である。

4  被告は、本件契約は無効であるとして、原告の被告に対する本件契約に基づく保険金請求権の存在を争っている。

5  本件は、原告が被告に対して、本件契約に基づく保険金請求権を有することの確認を求めた事案である。

二  争点

1  本件契約が他人のためにする契約か否か

(被告の主張)

(一) 訴外新世運輸株式会社(以下「訴外会社」という。)は、旧契約締結時である平成七年一二月二九日当時、本件自動車の所有者であった。

(二) 弘光は、旧契約締結の際、他人のために保険契約する旨を、旧契約の申込書に記載しなかった。

したがって、旧契約は無効であり、本件契約は旧契約を更新したものであるから、本件契約についても無効であるというべきである。

(三) また、原告は、同月三一日に本件自動車を訴外会社から売買により取得したと主張するが、右売買の事実はない。

(四) 弘光は、本件契約締結の際、他人のために保険契約する旨を、本件契約の申込書に記載しなかった。

したがって、本件契約は無効である。

(原告の主張)

原告は、平成七年一二月三一日、訴外会社から、所有(使用者)名義はそのまま訴外会社名義を借用することとして、本件自動車を買い取った。本件自動車が訴外会社名義になっているのは、弘光が訴外会社といわゆる傭車契約を締結していたためであり、実質的な所有者は弘光である。

したがって、本件契約締結時点において、本件契約は他人のために保険契約するものではないから、本件契約は有効というべきである。

2  本件契約が重複契約に該るか否か

(被告の主張)

(一) 訴外会社は、訴外安田火災海上保険株式会社(以下「訴外保険会社」という。)との間で、平成六年一一月三〇日、全車両一括付保特約付きの自動車保険契約(以下「一括保険」という。)をした。

(二) 弘光は、旧契約締結の際、本件自動車について既に右保険が付されている旨を、旧契約の申込書に記載しなかった。

(三) 本件自動車については、平成八年七月一日以降、形式的には一括保険から除外されているが、右除外は、保険約款上無効であるから、本件契約締結時である同年一二月二四日の時点においても一括保険の対象とされていた。

(四) 弘光は、本件契約締結の際、本件自動車について既に右保険が付されている旨を、本件契約の申込書に記載しなかった。

(五) 被告は、原告に対し、平成九年三月一八日、本件契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は同月一九日原告に到達した。

したがって、被告に本件契約に基づく保険金の支払義務はない。

(原告の主張)

(一) 旧契約と本件契約とは別個の契約であるから、旧契約締結当時重複契約であったことを理由として、本件契約を解除することはできない。

(二) 本件自動車については、平成八年七月一日以降訴外保険会社の一括保険の対象とはなっていないから、本件契約締結当時、重複契約の事実は存在しない。

(三)(1) 仮に被告の主張するような告知義務違反があったとしても、被告の保険代理店である山本損害保険事務所の山本仁美(以下「仁美」という。)は、被告の担当者である訴外春田幹男に対し、本件自動車の自動車検査証を見せ、本件自動車が傭車であることからどのように保険料を算定したらよいか相談し、その指図に従って前契約なしの割引率、ゼロパーセントで申込みをしたのであるから、被告は、本件自動車が傭車で実質弘光の自動車であることを承知の上で本件契約を締結をしたのである。また、被告としては、本件契約締結に際して、関係者に対する聞き取り等簡単な調査を尽くせば、訴外保険会社の保険契約について容易に知り得たのであるから、被告には過失があるというべきで、被告による解除は許されない。

(2) 仮に本件契約が重複契約であるとしても、保険契約者保護の見地から、重複契約を理由とする契約解除は、限定的にのみその行使が許されるべきである。すなわち、重複契約の告知ないし通知は、約款上その懈怠が契約の解除という重大な結果をもたらすのに、一般大衆にはそれほど重大なものと意識されておらず、そのための周知徹底も図られていないことや、普通保険契約約款にあっては、契約当事者の知不知を問わず、約款によらない旨の特段の合意がない限り、これが当然に契約内容となって当事者を拘束することに鑑みると、保険契約者に他の保険契約の存在について告知・通知義務違反があるからといって、保険者が直ちに保険契約を解除することができるとか、保険金の支払を免責されると解するのは妥当ではなく、社会通念上公正かつ妥当な事由がある場合、正当な理由がある場合、解除権の濫用とならないと認められる場合に限って解除・免責が認められるというべきである。

弘光は、訴外会社を退職し、本件自動車を訴外会社から買い取って傭車契約をしたという事情から本件契約を締結をしたこと、被告は本件自動車が傭車であり実質弘光の自動車であることを承知の上で本件契約を締結したこと、弘光も訴外会社も本件自動車については本件契約による保険にのみ加入しているという認識で重複契約の認識がなかったこと、そもそも弘光に保険金を不正に受給しようという意思は全くなかったことに鑑みると、被告による本件契約の解除・免責が正当とされる場合には該当しない。

3  代理店の権限濫用の有無

(被告の主張)

被告の保険代理店である山本損害保険事務所の仁美は、訴外会社の営業課長であり、被告と訴外会社との間の「専属傭車契約書」において弘光の連帯保証人となっている山本一井の妻であるから、弘光及び訴外会社の意図を十分了解しており、また本件保険契約を締結することによって手数料収入を得られることも当然ながら十分理解していた。

右事情からすると、右代理店による本件保険契約の締結は、訴外会社に違法に訴外保険会社との全車両一括付保特約付自動車保険契約の無事故割引を受けさせるという利益を図ると共に、反面、無効ないし免責となる自動車保険契約を締結させて違法に自己の手数料収入を得る目的でなされたものということができるから、右代理店がその権限を濫用したもので、本人たる被告には何ら効果が帰属しない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲三号証、七号証、八号証の一から四まで、一〇号証、乙一号証、一三号証、一六号証)によれば、前記争いのない事実等に加えて、以下の事実が認められる。

本件自動車は、旧契約及び本件契約の各締結当時、所有者中部日産ディーゼル株式会社、使用者訴外会社として登録(初度登録は昭和六二年五月一八日、当時の使用者は訴外ダイシンウンユユウゲンガイシャ(同社と訴外会社は代表者が同一である。))されており、自動車損害賠償責任保険については訴外会社が被保険者として契約していた。

弘光が訴外会社との間で締結したいわゆる傭車契約に関する契約書(甲七号証)には、本件自動車の所有権移転についての定めはなく、訴外会社が弘光に(償却制度で)貸与し、弘光が訴外会社に対しその償却料、事務手数料、協力金及び車両管理費を支払う旨の記載がなされており、売買代金額がいくらであるかについての定めも明確にはなされていない。また、同契約書によれば、弘光は、訴外会社の承諾なくして本件自動車を譲渡、貸与はもちろんのこと、改造、改修することも認められていないし、車両保険の額すら自由に決めることが認められていない。

本件自動車については、訴外会社が運送事業を行うにあたり、訴外会社が所有者であるとして運輸局に届出がなされているが、現実には、本件自動車は、弘光が訴外会社の業務のために使用するとき以外は、訴外会社の敷地に置かれていた。

2  原告は、弘光は自己の労働力と本件自動車を訴外会社に持ち込んで訴外会社の貨物を運送し、訴外会社が弘光に対して運送代金を払う趣旨で、訴外会社といわゆる傭車契約をしたのであり、弘光は訴外会社の社員ではないから、本件自動車は弘光の所有であると主張し、これに沿う証拠(甲一一号証、一七号証、証人山本仁美、同梶田浩太郎)もないではない。

しかしながら、証拠(甲一〇号証)により認められる弘光が平成八年二月二一日から同年五月二一日までの間にも再度訴外会社の従業員としてその社会保険に加入している事実に照らすと、弘光が訴外会社と前記傭車契約を締結した前後で、弘光が訴外会社から独立するというほどの大きな変化が弘光と訴外会社との間にあったとまで認めることはできない。

3  そうしてみると、前記契約書の文言は、弘光が訴外会社からその管理する本件自動車の貸与を受けて専属的に使用する(本件自動車については、弘光以外に使用する者はいないことになる。)反面、弘光は訴外会社に対して償却料相当額、管理費等を支払う旨を規定しているにすぎず、所有権の移転について規定するものではないと解釈するのが相当である。以上によれば、本件自動車について本件契約締結当時弘光が実質的な所有者であったと認めることはできず、逆に訴外会社がその実質的な所有者であると認めることができる。

もっとも、弘光は、本件自動車を日常主として運転していた者であるから、自己を本件自動車の使用者として自動車保険契約を締結することは可能である。

4  そもそも他人のためにする自動車保険契約が、その旨を保険申込書に記載しなければ無効とされる規定の趣旨は、保険会社にとって、被保険者が誰かを知っておくことは保険契約を締結するか否かの判断にとって必要不可欠であるからである。右規定があることにより、他人のためにする保険を利用して保険金詐取などの不正行為が行われるリスクを排除することが可能となるのであり、被保険者如何によるリスクの大小を保険会社が判断してその契約を締結するか否かの判断を確実に行うことが可能となるのである。

5  証拠(甲二号証の一、二、一五号証、一六号証、乙二号証、五号証)及び弁論の全趣旨によれば、旧契約及び本件契約のいずれについても、被保険者は弘光であり、対人賠償保険、自損事故保険、無保険車傷害保険、対物賠償保険及び搭乗者傷害保険をその補償内容とするものである。弘光及び被告のいずれの側にも被保険者を弘光とすることについて誤解はない。

なるほど本件契約及び旧契約の各保険証券(甲二号証の一、二、一六号証)には「被保険者 車両(所有者)」として「契約者(弘光)に同じ」旨の記載はあるが、右各契約が車両保険契約を含まないものであることは明らかである。

したがって、旧契約及び本件契約のいずれについても他人のためにする契約ということはできないから、これらを無効ということもできない。

二  争点2について

1  被告は、本件契約は旧契約と継続扱いとなっているから、旧契約について存在した瑕疵は本件契約に引き継がれると主張する。

しかしながら、証拠(乙五号証)によれば、継続契約とは、前契約と同一の保険契約者・被保険者・被保険自動車による保険契約で、かつ、前契約の満期日を保険期間の初日として同一の保険会社と締結される新契約の意味であるから、前契約期間中の事情が新契約締結の際の保険料等の決定に影響することがあるとしても、本件契約は旧契約とは別個の契約と解するのが相当である。

したがって、本件契約締結時における重複契約の有無、すなわち平成八年七月一日以降本件自動車が訴外保険会社と訴外会社との間の一括保険から除外されたこと(右事実については、証拠(甲六号証、乙八号証、一二号証の一、二、一七号証)により認められる。)の有効性がまず問題となる。

2  証拠(乙二号証から五号証まで)によると、全車両一括付保特約は、フリート契約者がすべての所有・使用自動車について、自らを被保険者として同一の保険会社と一保険証券で保険契約を締結する場合に適用される特約である。フリート契約者とは、「所有・使用自動車」の「総付保台数」が一〇台以上の保険契約者のことであり、「所有・使用自動車」とは、保険契約者が所有権を有し、かつ、自ら使用する自動車をいう。

3  前記一3に認定したように、本件自動車については、前記専属傭車契約によりもっばら弘光のみが専属的に使用することとなったから、訴外会社及び訴外保険会社が、本件自動車はもはや「所有・使用自動車」にいう「自ら使用する自動車」にはあたらないとして一括保険の対象から除外することは、約款上禁止する規定は存在しない(全車両一括付保特約三条二項、六条二項は被保険車両について譲渡・廃車があった場合における通知・精算に関する規定であって、特約からの除外を制限する規定とまでは認められない。)し、契約自由の原則により許されるものと解するのが相当である。

被告は、右除外について公序に反する旨主張するが、右除外により訴外会社及び訴外保険会社は、除外された車両による事故について補償されない不利益を考慮の上あえて除外をするのであり、他面、除外された車両について新たに自動車保険を締結する保険会社は、自動車検査証のチェックなどにより当該車両が事故を発生させやすい車両であるか否か等被保険車両の使用状況のチェックが比較的容易に可能であるから、右除外が公序に反するとまでいうことはできない。

4  以上によれば、本件契約締結時点において、本件自動車は重複契約の状況にはないから、その余の点について判断するまでもなく、被告による解除の抗弁には理由がない。

三  争点3について

被告は、本件契約について、被告代理店が、訴外会社に訴外保険会社との一括保険について違法に無事故割引を受けさせるという利益を図ると共に、無効ないし免責となる自動車保険を弘光に締結させて違法に事故の手数料収入を得る目的でしたものであるから、民法九三条ただし書の規定を類推適用し、本人である被告には効果が帰属しないと主張するが、以上に述べたとおり、右の如き目的が被告代理店あるいは仁美にあったとは認められない。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 榊原信次)

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