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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)2246号 判決 2000年4月28日

名古屋市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

木村静之

進藤裕史

東京都中央区<以下省略>

被告

三晃商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

堀井敏彦

右訴訟復代理人弁護士

川口直也

主文

一  被告は、原告に対し、金二二八九万八三〇五円及びこれに対する平成八年一一月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五九九四万五七六四円及びこれに対する平成八年一一月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告から商品先物取引をすることを不当に勧誘され、商品先物取引への委託証拠金名下に多額の損害を被ったとして、原告が被告に対し不法行為に基づき損害賠償請求をした事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成七年ころ、a農業協同組合b支店の支店長として勤務していた。

2  被告は、商品先物取引の委託業務等を目的とする株式会社で、東京商品取引所等の商品取引員である。

3  平成七年ころ、B(以下「B」という。)は被告名古屋支店の新規委託者を勧誘する部門の副主任であり、C(以下「C」という。)はBと同部門に勤務するBの部下の一人であり、Dは被告名古屋支店の売買管理部門の課長であり(ただし平成八年五月退職)、Eは被告名古屋支店の支店長(ただし平成七年一一月二七日から)であった(甲一〇、乙二四ないし二六、証人B、同D、同E)。

4  原告につき、平成七年六月一日から平成八年一一月一四日までの間、被告を介して別紙記載の商品先物取引が成立した。

5  原告は前記商品先物取引により、売買差金として三二二一万三五〇〇円、被告に対する委託手数料として二一五二万六九四〇円、取引所税、消費税として七五万五三二四円の合計五四四九万五七六四円の損失を被った。

二  争点

1  本件商品先物取引につき被告従業員の行為の違法性

(原告の主張)

本件商品先物取引につき被告の前記各従業員には以下の違法行為があり、これにより、商品先物取引の実態をよく知らない一般大衆に対しその心理に乗じてあたかも儲けさせるかの如く勧誘し、さらに両建等を駆使して商品先物取引を拡大して継続し、最終的に損をさせる。そしてこの間に手数料や自己玉を利用して収益を上げる。このように、その意に反して顧客が大損をし、これによって商品取引員が多大の利益を上げることが確実なシステムとなっているという一連の行為が全体として一個の不法行為となる。そして、右は被告の事業の執行につきされたものであるから、被告は民法七一五条により不法行為責任を負う。

(一) 無差別電話勧誘

本件では被告の営業員は、新規委託者の勧誘を目的として面識のない不特定多数に対して無差別に電話による勧誘をし、その一環として平成七年四月から五月にかけて原告に対し電話による勧誘が執拗にされた。

(二) 不適格者への勧誘

原告は、従前商品先物取引の経験は全くなく、株式投資を一回のみしたことがあるにすぎないもので、当初被告の営業員からの電話での勧誘に当たり「興味がない。」と言って勧誘を拒否していたものである。このように被告は、商品取引参加の意思がほとんどない者への無差別あるいは執拗な勧誘、又は商品先物取引を行うのにふさわしくない客層に対しての勧誘の一環として原告に対し勧誘をした。

また原告は、農業協同組合の支店長でありその公金出納取扱者であるから、被告も定めている受託業務管理規則二条一項六号(甲四、乙三四)の「商品取引不適格者」に相当し、原則として委託の勧誘や受託を行ってはならないこととされている者である。

なお右規則等には「本人から取引を行いたい旨の理由を明記した申出書の提出があり、受託業務管理室の総括責任者が正当な理由があると認めた場合はこの限りでない」旨規定されているが本件はこれに該当しない。

(三) 執拗な勧誘

原告は、被告との商品先物取引を開始するに当たり、B及びCの勧誘を何度も拒絶していたにもかかららず、同人らが原告を執拗に勧誘し続けたため、結局原告はそれに押し切られる格好で粗糖の先物取引を開始した。

(四) 商品先物取引の危険性の不告知

B、Cらは、それまで商品先物取引に関する知識が全くなかった原告を勧誘するに際し、商品先物取引の仕組み、特に商品先物取引の投機性について説明をしていない。ことに本件では「株より安全」として投機性が少ないことを強調して原告が誤信、錯覚するような勧誘を行った。

(五) 断定的判断の提供

本件では、B、Cらは、原告の勧誘に際し「株より絶対安全」「必ず利益が出る」「今、粗糖は底値。買えば絶対に二、三日で値上がりする」等と商品取引所法九四条一号に違反する断定的判断の提供をし、原告をして利益の生ずることが確実であると誤信させて商品先物取引を開始させた。また、原告がトウモロコシの先物取引を開始するに当たっても同様の勧誘がされた。

(六) 新規委託者保護管理規則違反

原告は、これまでに株式の経験はおろか商品先物取引の経験は全くないものであって、全くの新規の顧客であった。新規委託者保護管理規則(被告につき乙三四)によれば、原告のような新規委託者は、三か月の保護育成期間(習熟期間)中は、二〇枚以下の建玉でしか取引ができないこと等が定められている。にもかかわらず本件では、平成七年六月一日に取引が開始されて以来、同年八月二日には四〇枚の建玉、同月九日には九〇枚、一八日には一二〇枚という過当な取引がなされた。

なお委託者である原告から特に建増の申請がなされたとの文書(乙八)が作成され、審査承認のうえで建増をしてきたかのごとき体裁を整えているが、右文書は被告の指示に基づき作成されたもので原告の真意とは異なる内容虚偽の文書である。

(七) 両建玉、因果玉の放置

両建は、ほぼ決定的となった損失額を後日に繰り越すにすぎない消極的な手段であって、局面の好転を図ることは至難に近いことである一方、顧客にとっては、両建のために新規建玉した分の証拠金を支払わなければならず、また、建玉が増えた分の手数料を支払わなければならないといった不利益が拡大するもので、無意味かつ不適当な取引方法である。

本件においては、まず粗糖の先物取引では、平成七年六月一日に買玉五枚、相場がやや下がると同年六月一二日に売玉五枚、また上がると売玉一〇枚と無定見な建玉を建て、しかもこれらの両建は、平成八年一月一九日に同時手仕舞いされている。これはひとえに原告に損害を与えるだけの両建であることは明らかである。

ことにトウモロコシについては、平成七年八月九日には買二〇枚、売五〇枚の両建がされている。また同月一八日には売五〇枚、買五〇枚の完全両建になっている。しかも同月三〇日には、買五〇枚、売二〇枚を同時手仕舞いされた。

また、同年九月一三日には売一七四枚、買二七〇枚の同時両建をし、同月一九日には原告の手仕舞い指示にもかかわらず、これを買四七〇枚、売一八〇枚の巨大な両建にした。

さらに平成八年一月五日には、原告からの手仕舞い指示にもかかわらず、再び買五八五枚と売四四〇枚の同時両建てをした。その後も同月一八日、一九日と、数百枚単位の巨大な同時両建が同時に仕切られた。

(八) 仕切拒否

原告は、被告に対し、当初一か月くらいで元金を戻してもらえるならということで商品先物取引を開始した。ところが被告は「予想に反して損が出たため、元本を返せない。すぐに元本を返すためにはもっと資金を入れてくれ」等と言って原告の商品先物取引を継続させた。

原告は、平成七年八月ころから「これ以上取引を拡大せず、少しずつでも仕切ってもらいたい」旨を何度も被告に言っていたが、これに対し被告は原告に無断で建玉をする等して商品先物取引を拡大した。ことに同年九月一九日及び平成八年一月五日には、原告の強い手仕舞い要求にもかかわらず、被告はこれを無視して原告に無断で過大な両建をした。

(九) 無意味な反復売買(ころがし)

トウモロコシの先物取引の経緯をみると平成七年九月及び平成八年一月から五月にかけて極端な売り直し、買い直しが繰り返しなされている。しかもそれぞれ数百枚単位もの枚数に及ぶものであり、明らかに被告の手数料稼ぎのものである。

右のような無意味な反復売買についてはこれを防止するため農林水産省及び通商産業省はチェックシステム等と称する制度を定め、これを監視していたが、本件の特にトウモロコシの先物取引は右システム等にも該当する取引である。

(一〇) 一任売買、無断売買等

原告は、商品先物取引の複雑な仕組みを理解したり、商品の値動きを予想して自分の判断で玉を建てたり処分したりする能力のない者であり、個別の取引は、すべて被告に任せざるを得なかった。そのため取引開始後は商品取引所法九四条三号、四号等に違反する一任売買や無断売買が繰り返され、取引報告についても、多くは事後報告がされるにすぎなかった。

2  本件商品先物取引につき被告自身の行為の違法性

(原告の主張)

被告は、被告の従業員をして原告に対する前記一連の違法行為をさせ、右を組織体として行ってきたものであり、それ自体が民法七〇九条により不法行為を構成する。

3  原告の損害額(請求額合計五九九四万五七六四円)

(原告の主張)

(一) 委託証拠金未返還分 五四四九万五七六四円

原告が本件商品先物取引により被った前記損失はいずれも被告又はその従業員のした不法行為に基づく損害であるから、原告は被告に預けた委託証拠金未返還分相当の頭書金額の損害を被ったことになる。

(二) 弁護士費用 五四五万円

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実等及び証拠(甲一ないし四、一〇(後記認定に反する部分を除く。)、乙一ないし八、九の1ないし6、一〇の1ないし5、一一の1ないし67、一二の1ないし34、一三の1ないし3、一四の1ないし17、一五の1ないし6、二四ないし二六(いずれも後記認定に反する部分を除く。)、二七ないし三〇、三三、三四、証人B(後記認定に反する部分を除く。)、同D(後記認定に反する部分を除く。)、同E(後記認定に反する部分を除く。)、原告本人(後記認定に反する部分を除く。))によると、以下の事実が認められる。

1  原告は、a農業協同組合b支店(以下「b支店」という。)の支店長として勤務し、貯金の受入れ、個人融資、共済保険関係等をその職務内容としていた。なお、原告は、これまで商品先物取引の経験は全くなく、また格別の興味も有してはいなかった。

2  Bは、平成七年三月二〇日、農業協同組合関係の名簿の記載に基づきb支店の支店長である原告に対し電話をかけ、商品先物取引を勧誘した。原告の右電話に対する応対がBとしては予想以上に好意的に感じられたことから、Bはさらに原告と会って口頭で説明をしようと考え、原告の了解を得た上、同日b支店で会うことにし、同日午後b支店で原告と会い、商品先物取引につき説明をした。しかし、原告は同日はBに対し商品先物取引をする旨は告げなかった。

他方Bの部下であったCもそのころ前記名簿等の記載に基づき、B同様にb支店に電話をかけ、原告に商品先物取引の説明をしたが、同様に原告が取引に応じる雰囲気を感じたことからBにその旨を報告した。そして以後は主としてCが数回にわたり電話をかけたりb支店に原告を訪ねたりして、商品先物取引の勧誘をした。そしてCは同年四月一四日原告と会った際に原告に対し三種のパンフレット(乙一、二はこれと同内容のもの)を交付し、商品先物取引の説明、勧誘をした。Cはその際原告から右パンフレットを受領した旨の受領書(乙三)の作成、交付を受けた。

3  Cは平成七年六月一日被告名古屋支店からb支店の原告に電話をかけ、原告に対し、関西農産商品取引所における粗糖の相場を例にあげながら、商品先物取引の勧誘をした。これに対し原告が右取引に応じる気配を示したことから、BとCは同日b支店を訪れ、商品先物取引の説明をしその勧誘をした。なお、BとCがそのころ原告に対しした勧誘文言としては、「商品先物取引は株より絶対に安全です。株は半分以下に値下がりすることもありますが、先物取引は半分以下には絶対になりません。少しでもいいから取引を始めてもらいたい」「一週間もしないうちに元本を返せます」等の文言があった。

原告は、再三にわたる熱心な勧誘に心を動かし、五〇万円を一か月程度の期間で投資するということならこれに応じてもよいと考え、BとCの右勧誘を受け入れ、被告との間に商品先物取引委託の基本契約を締結することとし、同日その旨の約諾書(乙四)に署名、押印をした。

ところで、原告は前記のとおりa農業協同組合の支店長であったことから被告の受託業務管理規則(乙三四)二条一項六号所定の「商品取引不適格者」に該当し、そのため商品先物取引委託をするには格別の文書の提出が右規則上求められていた。このため原告は右文書も作成したが、その際、B、Cはその書式がわからず、被告名古屋支店の上司であるDの電話による指導も受け二様式の文書作成を求め、原告はこれに従って二通の文書を作成した(乙六、七)。

4  そして、右取引の一環として、原告は関西農産商品取引所において平成九年一月が限月の粗糖五枚の買注文をすることとした。もっとも、右注文については、これを受けることはB、Cの職務を超えることから、原告は、b支店から被告名古屋支店に電話をかけ、売買管理を担当していた課長であるDにその注文をした。なおDはその際原告に対し売買高をふやすため、さらに証拠金として四〇〇万円ないし五〇〇万円を増額してより大きな商品先物取引をすることを勧誘したが、原告がそれなら一切取引に応じない旨を述べたため、前記のとおり五枚の委託となった。原告は右注文の後、B、Cに対し委託証拠金として五〇万円を交付した。

5  ところが平成七年六月五日現在で前記平成九年一月限月の粗糖五枚の買注文につき一七万円の値洗差金が発生する相場展開となった。そこで被告はその旨を原告に対し通知し、原告も同月六日付け残高照合回答書(乙一三の1)でこれを確認した(ただし原告は右回答書に署名、押印はしたが、積極的に確認する趣旨の記載はしなかった。しかし、被告からの前記通知を否定する趣旨の記載はすることなく右回答書を返送した。)。

Dは、そのころ電話で原告に対し、「思ったより値が下がってしまいました。両建で様子を見るので、すぐに五〇万円都合して欲しい。お金は夕方取りに行きます。このお金は五日ないし一〇日くらいで元にもどします」との趣旨を述べた。そこで原告はDの右勧誘に応じ、前記同一の取引所において平成九年一月限月の粗糖五枚の売注文をすることとし、平成七年六月八日、現金を受け取りに来たCに対し委託証拠金五〇万円を交付した。原告はその際Cに対し「話が違うではないか」等と述べたが、Cは「申し訳ありません。何とか頑張って挽回します」等と答えた。

そして右委託に応じ、同月一二日を約定日とする、前記売注文が成立した。これにより平成九年一月限月の関西農産商品取引所における粗糖五枚につき両建となった。

6  その後もD等被告側担当者からは何度も電話があり、原告に対し商品先物取引を拡大するよう勧誘がされた。これに対して原告は、再三「資金に余裕がない。すぐに戻すからということで取引を開始したのだから、元金だけは返してほしい」等述べた。

ところが、平成七年六月三〇日ころになりDから「思ったように値が動かない。今後値が下がる予想です。早期に投資された元金を返したいので、どうしても今日一〇枚分の資金として一〇〇万円必要です」との電話がかかった。原告が「以前に何度も言っているように、余裕資金はありません」と答えると、Dは「だから何とかしたい。絶対に間違いはありませんから、一〇〇万円用意してください」と執拗に商品先物取引の拡大を勧誘した。原告が「本当に大丈夫か」と念を押しても、Dは「大丈夫です。信じてください」との一点張りだったので、原告は、同日、前記同一の取引所において平成九年一月限月の粗糖一〇枚の売注文をした。そしてこれに伴って委託証拠金の入金が必要であり、同日委託証拠金一〇〇万円を被告に入金した(ただし委託証拠金の預り証(乙一二の3)は同日付けで作成されたが、被告の委託証拠金勘定上は同年七月三日付けの閉め後入金とされた。また被告から同年六月三日○付けで追加の証拠金請求書(乙一五の1)も発行された。)。

7  その後、Dから何度か電話があり、その都度Dは原告に対し「大丈夫です。必ずベンツが買えるよう儲かります」等と述べた。原告が「元本だけでいいから早く返してほしい」と言うと、Dは「粗糖は今値が上がってきていますが、そのうち必ず値を下げてきますので心配はいりません。それより早く元本の二〇〇万円を返したいので、粗糖はこのまま様子を見ることにして、今度はトウモロコシの取引を始めませんか」とトウモロコシの先物取引を勧誘した。原告が「これ以上の資金は都合がつかない」と言うと、Dは「早く元本だけでも返金するためです。トウモロコシ二〇枚分の一六〇万円何とかなりませんか」と勧誘した。原告は仕方なく定期預金を解約し、平成七年八月一日被告に対し右解約して得た一六〇万円を委託証拠金として差し入れ、同月二日付けで平成八年八月が限月の関門商品取引所トウモロコシ二〇枚の買注文をした。

ところで原告は従前粗糖の先物取引を合計二〇枚しており、今回更に二〇枚の注文をすると、新規委託者に対し取引制限を定めた被告の内部規則である受託業務管理規則及び「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にかかる取り扱い要領」(乙三四)に抵触することから、Dは原告に対し、原告が特に右制限を超える建玉の要請をした趣旨の全文自筆の文書の作成を求め、原告は平成七年八月一日付けで右文書(乙八)を作成し被告に交付した。

もっとも、原告はそのころからD等に対しもう必要以上に建玉をふやさないで欲しい旨を述べていた。

8  ところが、その二、三日後にDから電話で「値が下がった。至急四〇〇万円都合つけて下さい」との請求があった。そこで、原告は家族名義の定期預金を解約する等した上、平成七年八月九日被告に対し委託証拠金四〇〇万円を差し入れ、同日付けで平成八年八月が限月の関門商品取引所トウモロコシ五〇枚の売注文をした。これにより、右トウモロコシのうち二〇枚分については両建となった。

9  その後平成七年八月一六日ころ、被告の営業員のFから電話があり、「急激な円高になりました。トウモロコシはいったん売買均等にしておいた方がいいです」との連絡があった。またDからも「トウモロコシは三〇枚買いを建てて様子を見たほうがいい。元本は必ず返します」との連絡が入った。そこで原告は平成七年八月一八日被告に対し委託証拠金二四〇万円を差し入れ、同日付けで平成八年八月が限月の関門商品取引所トウモロコシ三〇枚の買注文をした。これにより、前記トウモロコシについてはすべて両建となった。

10  Dは平成七年八月三〇日原告に対し電話をかけ「値が上がったので、トウモロコシの買い全部と売り二〇枚を処分します」と連絡し、その手続をしたが、その後同日付けで平成八年八月が限月の関門商品取引所トウモロコシ六五枚の買注文の手続を執行した上、原告に対し「仕切ったお金で買い六五枚を建てておきました」と報告をした。原告はDに対し「これ以上建玉は増やすなと言ったはずだ」と言ったが、Dは「大丈夫です、それよりもう二〇〇万円用意して、一気に元金を完済させましょう」とさらに原告に対して商品先物取引の拡大を勧誘してきた。ここまで来ると原告としても、Dの言葉を信用する以外に方法はなかったため、元金が戻るのであればと思い、同月三一日、さらに二〇〇万円を用意して被告に差し入れた。右二〇〇万円のうち一八六万二一五四円は委託証拠金勘定に入金されたが、その余の一三万七八四六円は先物取引勘定に入金され、同日付けで平成八年八月が限月の関門商品取引所トウモロコシ二五枚の買注文に充てられた。Dは「これで大丈夫。ベンツが買えますよ」と毎回同じ言葉を繰り返していた。

11  その後平成七年九月一八日までの間、原告に対し被告からは、商品先物取引について事後報告のみがされるようになり、そればかりか、仕切って得た利益を全部つぎ込む格好で無断で建玉がされるようになった。これに対し原告は、その都度「建玉は、これ以上増やさずに、減らしていくようにと何度も言っているはずだ」とDに言ったが、Dは「早期に返すためにやっているのです。絶対に大丈夫です」と繰り返すばかりであった。そして別紙記載の右時期における商品先物取引の手続がされたが、この間原告は、同月一日及び同月八日、それぞれ二八〇万円、六五〇万円の委託証拠金を差し入れた。

12  平成七年九月一九日、Dから原告に対し「値が一気に上昇しましたので、全部仕切ります。ここまで待っていてよかったですね。」との連絡が入った。原告はこれでやっと被告との商品先物取引を終了させることができるものとほっとした。その後Dは右仕切りをし、これにより原告の先物取引勘定の残高は六三三万四〇〇一円、委託証拠金勘定の残高は五四〇〇万円となり、少なくとも未決済の取引を考慮しなければ同日まで原告が委託証拠金等として差し入れた合計金額である二一三〇万円をはるかに超える状態となった。

しかし、Dは同日付けで原告名義の平成八年一〇月が限月の関門商品取引所トウモロコシ四七〇枚の買注文を執行した後、原告に対し電話をし「仕切ったお金で、新たに建玉を建てておきました」との報告をした。

13  ところが平成七年九月二〇日、平成八年一〇月が限月の関門商品取引所トウモロコシにつき値が下がる事態となった。そこでDはそのころ原告に対し「値が急落したので、追証として一〇〇〇万円ほどいる」との連絡をした。そして原告が実際にDに会って話を聞くと「本当は一五〇〇万円ほど必要」とのことであった。そのため原告は平成七年九月二〇日、被告に対し委託保証金一〇〇万円を差し入れた。なお被告は同日付けで一九六六万五九九九円の追加の証拠金請求書(乙一五の2)を作成し、原告に送付した。そして原告は原告の父等から一五〇〇万円を借入れ、同月二二日原告の先物取引勘定に右一五〇〇万円を入金した。

その後も被告から、同月二五日付けで四万二二一五円の追加の証拠金請求書(乙一五の3)が送付され、また同年一〇月二〇日付けで一九四九万八八二八円の追加の証拠金請求書(乙一五の4)が送付されたことから、原告は被告に対し、同年一〇月三日、八〇〇万円(委託証拠金)、同月五日、二〇〇万円(先物取引勘定入金分)、同月一二日、一〇〇万円(委託証拠金)、同月一三日、一六〇万円(委託証拠金)、同月三一日、一〇〇万円(委託証拠金)、同年一一月二四日、五〇万円(委託証拠金)を入金した。

14  被告名古屋支店長は平成七年一一月二七日からEに替わったが、Dはそのころ原告に対しEを紹介した。Eはそのころ原告に対し「私にまかせてくれれば大丈夫。一二月終わりころから来年初めにはかなりいいところまで戻せるはずです。今後は余剰金を使って勝負していきます。ある程度の損切りも必要ですが、これ以上の資金は必要ありません」等と述べた。

15  原告の商品先物取引は、平成七年一一月二四日ころまでは従前されていた売買の注文の精算のための取引のみされていたが、同月二九日、平成八年一二月が限月の関門商品取引所トウモロコシ九五枚の買注文の委託がされた。

ところで平成七年一一月二四日にされた、同年九月一九日買付けに係る平成八年一〇月が限月の関門商品取引所トウモロコシ一九〇枚の精算に際し三六三万一一二二円の損失が出た。そこで被告の担当者は原告に対し「どうしてもあと四〇〇万円必要」との連絡をし、その後も原告は追証名義での支払を請求された。そのため、原告は被告に対し平成七年一二月六日、四〇〇万円(うち三六三万一一二二円は先物取引勘定に、三六万八八七八円は委託保証金に)、同月一五日、一三一万円(全額先物取引勘定に)、同月二一日、六九万円(全額委託保証金に)を入金した。

16  原告は、平成七年の年末から平成八年の年始にかけて何度も被告に対し仕切りの要求をした。その結果、ようやく平成八年一月五日になって仕切られた。これにより原告の先物取引勘定の残高は五八四七万九一五八円、委託証拠金勘定の残高は六〇六〇万円となり、前同様少なくとも未決済の取引を考慮しなければ同日まで原告が委託証拠金等として被告に差し入れた合計金額である五七四〇万円をはるかに超える状態となった。

しかし、Dは原告の委託を受けることなく直ちに同年八月が限月の関門商品取引所トウモロコシ四四〇枚の売注文の委託と同年一〇月が限月の同二三五枚、同年一二月が限月の同三五〇枚の各買注文の委託との手続を執行した。これについて原告がDに説明を求めても、「しばらく両建にして様子を見て、今月下旬か遅くても二月上旬には必ず仕切ってお返しします」との返事がされただけであった。なおDが前記のように両建にした趣旨は、同年八月が限月の前記トウモロコシは近い将来値が下がると考え、また、同年一〇月、一二月が限月の前記トウモロコシは近い将来値が上がると考えたためであった。

17  ところが平成八年一月一八日ころ、同年八月、一〇月、一二月各限月の前記トウモロコシにつきいずれもDの予想と全く逆の相場展開となった。そこでDは同月一八日原告に対し「値が急落し続け、このままではどうにもならなくなったので、一部を仕切る」との連絡をし、同年八月限月のもののうち三四〇枚、同年一〇月限月のもののうち一三五枚、同年一二月限月のもの全部(三五〇枚)をいずれも仕切り、併せて従前未決済であったものの一部も仕切った。

そして同年一月一九日には、Eが原告に対し「値が全く逆に動いた。全部仕切ります。今後のことについて話がしたい」との連絡をし、同月五日に売買をしたもののほか従前未決済であった前記粗糖の取引も併せて仕切った。これにより、原告の先物取引勘定の残高は一九八四万六八八六円の不足、委託証拠金勘定の残高は二二〇〇万円となり、原告が委託証拠金等として被告に差し入れた合計金額である五七四〇万円をはるかに下まわる状態となった。

18  Eは原告に対し「これまでの損は文句を言ってもしようがない。相場観は人よりもあると思うので、私に任せてほしい。今後は取引を継続していく中で損を取り戻していく」と言い、原告としても、これまでの損を何とか挽回したいと思い、Eの言を信用さぜるを得ない状態であった。Eは「ある程度値が上がったところで売りを一〇枚作り、少し下げてきたら仕切って利益を上げていく」ということであった。なおDは以後原告の担当をしないこととなり、平成八年五月被告を退職した。

19  その後、平成八年四月から同年六月にかけて、Eは「トウモロコシだけでなく、確実に利益が出るゴムや大豆の取引も始めましょう」等と原告を勧誘した。原告は、元本を取り戻したい一心で、Eに言われるがままに、別紙記載の神戸ゴム取引所のゴムや関西農産商品取引所の輸入大豆の先物取引も開始した。なお原告は、同年七月四日にも委託証拠金七〇万円を入金したが、同月五日、右同額を出金した。

20  原告は、被告が行った商品先物取引の内容に不満を抱き、また自分が極めて危険な取引に巻き込まれたことを悟り、これ以上被告を信頼することはできないと判断し、平成八年一一月一四日、弁護士に依頼し、被告に対しすべての建玉を処分して商品先物取引を決済することを要求し、本件商品先物取引を終了させた。被告は、同月一九日原告に対し精算金として二九〇万四二三六円を支払った。

21  結局原告は、本件商品先物取引全体により、売買差金として三二二一万三五〇〇円の損害を被った。これに対し、被告が得た手数料は、二一五二万六九四〇円で、これに取引所税及び消費税合計七五万五三二四円を加えると、原告は本件商品先物取引により五四四九万五七六四円の損害を被った。

22  ところで、被告は原告に対し各商品先物取引が成立したときには売買報告書、計算書(乙一一の各証)を作成、送付していた。

また原告は、被告から送付される残高照合回答書(乙一三、一四の各証)には自署押印をして速やかに返送した。なお回答内容として、残高照合のとおり間違いない旨を明示したものが多く、なお一部、右回答書に原告の署名、押印はあるものの、積極的に確認をする趣旨の記載はしなかったものがあるが、原告は右についても被告からの照合を否定する趣旨の記載はしないでこれを返送したものである。

その他原告は、平成七年七月二一日には、被告との取引状況の確認や被告の従業員の態度等につき被告から求められたアンケート(乙三〇)に格別の問題はない趣旨の回答をした。

以上のとおり認められる。

ところで被告は、原告の両建の主張に対し、右は期日の異なる二取引につきいわゆるさや取りの趣旨でしたもので、両建には当たらない旨を主張する。しかし、前記認定のとおり平成七年六月にされた平成九年一月限月の関西農産商品取引所における粗糖取引や、平成七年八月にされた平成八年八月限月の関門商品取引所におけるトウモロコシ取引等が右両建に当たることは明らかである。

もっとも、平成八年一月五日にされた同年八月、同年一〇月、同年一二月各限月の関門商品取引所におけるトウモロコシ取引等については確かにさや取りの趣旨も認められないではないが、これについても、そもそも右のようにせいぜい四か月の短期間を置いたのみというものではたして十分なさや取りといえるかには疑問がある。

二  右認定の事実に基づき被告、被告従業員の違法性につき判断する。

右認定の事実によると、被告の従業員は商品先物取引の経験がない原告を電話により勧誘し、商品先物取引の仕組みや危険性につき十分な説明をすることなく、値上がりの場合に力点を置いた説明をして取引を開始させたこと、本件においては平成七年八月三〇日、同年九月一九日、平成八年一月五日における各取引等多くのそして特に多額の金額にわたる際の商品先物取引が実質的には委託の際の指示事項の全部又は一部について原告の指示を受けない一任売買の形態でされ、別紙のとおり短期間に多数回の反復売買が繰り返されたり、前記のとおり両建が安易にされていること、被告の従業員は、前記平成七年八月三〇日における取引等原告の自主的な意思決定をまたずに、原告の仕切りの要求等原告の意向に実質的には反して商品先物取引を継続させ、原告の指示どおりの商品先物取引をせず、これにより原告に家族名義の定期預金を解約させる等するのみならず原告の父からの借財をさせるなどその資金能力を超えた範囲まで商品先物取引を拡大させたことが認められる。そして右は一体として被告従業員の原告に対する不法行為を構成するもので、また右が被告の事業の執行につきされたことは明らかであるから、被告は民法七一五条に基づき不法行為責任を負うものといわねばならない。

なお原告は、被告は右を一体の組織体としてしてしたもので、自らの行為によるものとして民法七〇九条に基づく責任を負う旨も主張するが、本件全証拠によっても右事実まではこれを認めるに足りない。

ところで、前記認定の事実によると、原告は商品先物取引の経験がなかったとはいえ、農業協同組合の支店長という金融機関の支店の責任者としての知識、能力を有するものであったこと、したがって、新たな利殖の方法として商品先物取引を選択しこれを継続するについては、金融商品体系全般の中にこれを位置付け、判断する能力が一般人と比較してもはるかにあったものと考えられること、そのような原告が本件商品先物取引を選択、継続し、またその取引の過程では商品先物取引委託の基本契約の約諾書はもちろんのこと、残高照合回答書、被告からのアンケート等本件商品先物取引を選択、継続する趣旨の原告の意思を認めさせる多数の文書を作成し、また被告の求めに応じ多額の委託証拠金等を交付していること、被告も当然右文書の作成、委託証拠金等の交付を前提に本件商品先物取引を継続、拡大させたものであり、原告の右行為がなければ原告の本件損害は発生しなかったこと、もちろん被告は各商品先物取引が成立したときには売買報告書、計算書を作成、送付していたことが認められ、これらの事情を考慮すると、原告の本件損害の発生については六割の過失相殺がされるのが相当である。

三  前記認定のとおり、原告は本件商品先物取引により、売買差金、被告の手数料、取引所税及び消費税等として合計五四四九万五七六四円の損害を被ったことが認められる。そして前記過失相殺をすると、原告の損害は二一七九万八三〇五円となる。

54,495,764×(1-0.6)=21,798,305

また本件事案の内容、認容額等を考慮すると、弁護士費用中一一〇万円は本件損害の一部を構成するものと認められる。

第四結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対し損害金二二八九万八三〇五円及びこれに対する不法行為の日以後である平成八年一一月一四日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北澤章功)

<以下省略>

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