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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)308号 判決 1999年7月28日

原告

全炳洙

右訴訟代理人弁護士

伊藤保信

被告

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

渡邉元尋

小林孝生

片桐教夫

堀悟

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成九年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  予備的に仮執行免脱宣言

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、大蔵事務官による税務調査の際に違法行為があったとして、国家賠償法一条に基づき慰謝料一〇〇万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成九年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  前提となる事実(後掲各証拠で認定するほかは、当事者間に争いがない。)

1  原告(一九三〇年生)は、昭和四三年に設立された石油の精製並びに販売等を目的とする株式会社丸全油化工業所(以下「丸全油化」という。)、及び昭和五二年に設立された石油の卸販売、ホテル業等を目的とする株式会社ゼンヨー(以下「ゼンヨー」という。)の各代表取締役である(甲第一号証の一ないし六)。右両社の本店は、ともに名古屋市緑区大高町字正光寺二二番地にあり、ゼンヨーは、同市緑区大高町字南休山二番地一でいわゆるラブホテルである「ホテル琥珀」(以下「ホテル」ともいう。)を経営している。

2(一)  平成五年八月当時、大蔵事務官である桝井文美雄(以下「桝井」という。)は名古屋国税局課税第二部資料調査第二課主査であり、同じく堀尾正俊(以下「堀尾」という。)及び川村俊明(以下「川村」という。)はいずれも名古屋国税局課税第二部資料調査第二課国税実査官であり、同じく安江三雄(以下「安江」という。)、岩田慶一郎(以下「岩田」という。)及び小野明敏(以下「小野」という。)はいずれも熱田税務署法人課税第二部門上席国税調査官であり、同じく纐纈朋広(以下「纐纈」という。)は熱田税務署法人税課税第二部門事務官であった。

(二)  同年八月二日、熱田税務署は名古屋国税局の指導により、丸全油化及びゼンヨーの税務調査を行なう必要があったため、桝井を調査責任者として右七名で実施することとし、桝井、川村、安江及び小野(以下「桝井ら四名」という。)が丸全油化及びゼンヨーの本社の調査を、堀尾、岩田及び纐纈(以下「堀尾ら三名」という。)がホテルの調査をそれぞれ担当することになった(以下「本件税務調査」という。)。

3(一)  桝井ら四名は、平成五年八月二日午前九時四五分ころ、担当調査場所の丸全油化及びゼンヨーの本社事務所に到着し、自動車で外出しようとしていた原告に対し、身分証明書を提示した上、右両社の法人税の調査に来た旨告げたところ、原告から税理士への連絡なしでは駄目だ、事務所に入るなと告げられた。

(二)  堀尾ら三名は、同日午前九時四五分ころ、担当調査場所のホテルに到着し、ホテル支配人である板倉康文(以下「板倉支配人」という。)に対し、税務職員であることを告げたところ、同人から客の出入があるので事務室に入ってよいと言われ、これに従いホテル事務室に入室した。

なお、板倉支配人は、右事務室内で堀尾ら三名に対し、原告は権力をカサにきた人間に対しては徹底的に向かっていく人であり、税理士を通じてこないと調査させない、原告から税務署の人間を入れるなと言われている旨述べた。

(三)  同日午前一〇時一〇分ころ、ホテルに到着した原告は、堀尾ら三名に対し、「税理士を通してから来い。帰れ。」と申し向け、順次事務室の外に押し出した。

堀尾ら三名は、ホテル事務室から押し出された際、原告から暴力を振るわれ適法な公務執行を妨害され傷害を負った旨上司に報告をして、愛知県緑警察署に被害届を提出した。

4  その結果、原告は、平成八年、堀尾ら三名に対する公務執行妨害、傷害罪で起訴され、平成一〇年、右各罪につき原告の有罪判決が確定した(乙第五、六、九号証)。

二  争点

1  法人税法一五三条に基づく本件税務調査において、堀尾ら三名が、ホテル事務室に入室し、退去しなかった行為は違法といえるか。

(原告の主張)

桝井ら七名による本件税務調査は、次のとおり違法である。

(一) 法人税法一五三条に基づく税務調査は、任意調査であるから、納税者の建物への立入も納税者の同意に基づかなければならないところ、堀尾ら三名は、原告の許可なくホテル事務室に入室した。

板倉支配人には税務調査について立入の同意を与える権限がない上、同人は堀尾ら三名に対し「客の出入があるからちょっと入ってもらうけどすぐ出てもらうよ。」「社長が来る時にはドアの外に出て社長が来てから話してください。」などと話していて、暫定的に立入の同意をしたにすぎない。

(二) 桝井ら七名による本件税務調査は一体のものであり、本社担当者とホテル担当者との間で連絡をとりうる状況にある以上、原告が本社担当者である桝井ら四名に対し、税理士の立会いなしでの税務調査を拒否し、事務所への立入りを拒否する旨申し向けていたから、この意思表示は本件税務調査全体に対する意思表示といえる。しかるに、桝井及び川村は、ホテル担当者の堀尾ら三名に対し、その旨を連絡しなかった。

(三) 原告がホテルに到着する前に、堀尾ら三名は税務調査を開始していて、板倉支配人及び原告からの要求に応じず、ホテル事務室から退去しなかった。

(被告の主張)

原告の右主張は、いずれも否認する。本件税務調査は、次のとおり社会通念上、相当な限度に止まっていて、違法な点はない。

(一) 板倉は、支配人である以上、ホテル事務室への立入を認める完全な権限を有していたというべきで、堀尾ら三名はその了解を得て、原告の到着を待つため、ホテル事務室に入室した。

(二) 桝井らは、原告及び関与税理士に調査に協力するよう告げて円滑な税務調査を進めようとしていた。しかし、まだ原告の明確な調査拒否の事実は確定できなかったし、また、原告の調査拒否が正当な理由によるとも認められない以上、桝井らが堀尾らに対応を伝えなかったとしても違法ではない。

(三) 堀尾ら三名は、ホテル事務室で税務調査の準備行為をしていたにすぎない。原告は、ホテルに到着し事務室に入るや否や、堀尾ら三名に対し、「帰れ」等と怒鳴り、岩田及び纐纈の鞄を事務室の外に投げ出した上、堀尾ら三名を事務室の外に押し出したのであり、その出来事はわずかな時間であった。堀尾ら三名の右事務室への入居の目的、入室中になされた行動、在留時間等に照らせば、堀尾ら三名が事務室から退去しなかったのは違法でない。

2  堀尾ら三名が、虚偽の被害届を愛知県緑警察署に提出して、刑事事件として立件捜査させ、捜査官や検察官に虚偽陳述をして、違法に原告を公務執行妨害罪で公訴提起させたか。

(原告の主張)

堀尾ら三名がホテル事務室に在室を継続した行為は住居侵入罪もしくは不退去罪に該当し、原告が堀尾ら三名を退去させた行為は、右違法状態を解消させる緊急措置として必要な通常かつ相当な行為で、暴行と評価されるものでない。しかも、堀尾ら三名は原告の右行為により傷害を負っていない。

(被告の主張)

原告の右主張は、否認する。堀尾ら三名の行為は住居侵入罪もしくは不退去罪に該当しない。堀尾ら三名は、原告により事務室から押し出される際の暴行によって、それぞれ全治五日の傷害を受けた。

3  原告の被った損害額

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これらを引用する。

第四当裁判所の判断

一  争点1(堀尾ら三名が、ホテル琥珀の事務室に入室し、退去しなかった行為が違法か。)について

1  当事者間に争いのない事実と、甲第二、三、五、六、九号証の各一、二、第八、一〇ないし一二号証、乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし三、第七号証、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 桝井ら四名と堀尾ら三名は、丸全油化及びゼンヨーの各本社かホテル琥珀のいずれかの場所で原告と出会った際には、原告の承諾を得てから税務調査を開始する旨を事前に打ち合わせていた。

(二) 桝井ら四名は、平成五年八月二日午前九時四五分ころ、丸全油化及びゼンヨーの本社事務所に到着したところ、原告は駐車場で自動車に乗って出かけようとしているところであった。桝井は、原告に対し、丸全油化及びゼンヨーの法人税の調査に来た旨告げると、原告から、税理士との連絡なしでは駄目だ、事務所に入るなといわれ、さらに原告らが執筆した「恨五十年」と題する単行本(甲第四号証)を桝井らに渡された。その後、原告が車を発進させようとしたため、桝井は、これから担当税理士に連絡する旨告げたが、原告は、同日午前九時五四分ころ、そのまま黙って自動車を運転して外出した。なお、その際、桝井は、原告に対し、堀尾ら三名がホテル琥珀に行っている旨を伝えなかった。

(三) 桝井ら四名は、丸全油化及びゼンヨーの税務申告等を行っていた税理士である村上薫(以下「村上税理士」という。)と連絡をとるため、丸全油化の女性事務員に頼み、村上税理士事務所に電話してもらい、同日午前一〇時ころ、右女性事務員から事務室内で待つように言われて、事務室内で待機していた。桝井及び川村は、待機している際、右女性事務員の了解を得て、三回位、ホテルに電話し、堀尾に対し、原告がホテルに行っていないか確認したが、原告はまだ到着していなかった。なお、桝井及び川村は、その際、堀尾らに対して、原告が税理士の立会いのない調査を拒否しているので、村上税理士もしくは税理士事務所職員の到着を待つように指示していない。

(四) 堀尾ら三名は、同日午前九時四五分ころ、大高町字南休山のホテル琥珀に到着し、板倉支配人(昭和一二年生)に対し、税務署職員であり、ゼンヨーの法人税の調査に来た旨告げた。板倉支配人は、ホテルがいわゆるラブホテルであり、客の出入りがあるので、堀尾ら三名にとりあえず事務室に入るように言って堀尾ら三人を事務室に入室させた。板倉支配人は、原告がまもなくホテルに来ること、原告の性格からすると、原告が来たら事務室から出て原告の許可を取ってから事務室内に入って欲しい旨告げたが、堀尾ら三名は、原告に話をすればわかってもらえると思うと述べて、そのまま事務室内で待機し、その間、板倉支配人の了解を得て、桝井及び川村からの前記電話連絡を受けた。

(五) 板倉支配人は、同日午前一〇時一〇分ころ、事務室内のモニターテレビにより、原告の車がホテル敷地内に入って来るのが分かったので、堀尾ら三名に対し、事務室から出てくれと告げたが、堀尾は原告に話をすればわかってもらえると述べて、事務室から退出しなかった。板倉支配人が、原告に、税務職員が来て都合により事務室に入れている旨説明すると、原告は、事務室内に入るやいなや、堀尾ら三名に対し、「税理士を通してから来い。帰れ。」等大声で二、三度怒鳴った。しかし、堀尾ら三名は原告が落ち着くように説得するような動作をして事務室から退去しなかったので、原告は興奮して、岩田らの鞄を事務室の外に放り投げ、堀尾ら三名の胸ぐらをつかみ、足蹴りをし、右手で小突くなどの暴行を加えて、順次事務室の外に押し出した(甲第九号証の二)。

2  右に認定した事実によると、堀尾ら三名は、ホテル琥珀がいわゆるラブホテルで、客の出入りがあることから、板倉支配人の承諾を得て事務室内に入ったが、板倉支配人は、少なくとも原告がホテルに来ていないときにはホテルの管理権限を有していたと認められるから、堀尾ら三名は、ホテル事務室内への入室の承諾権限を有する板倉支配人の承諾の下に事務室内に入室し在室していたものと認められる。

3  原告は、板倉支配人の承諾が暫定的なものにすぎなかったと主張する。

しかし、たとえ暫定的な同意ないし承諾であったとしても、同人は堀尾らの事務室内への入室を許しているのであり、これが原告の事前の指示に反していたとしても内部的な責任問題を生じることは格別、このことにより堀尾ら三名の入室、在室行為が違法となるものではない。

4  原告は、桝井ら四名に対し、本社において税理士の立会のない税務調査を拒否し、事務所に入るなと告げているところ、これは本件税務調査全体に対する意思表示であり、堀尾ら三名に対する意思表示でもあるから桝井らが堀尾らにその旨連絡すべきであったと主張する。

よって検討するに、法人税法一五三条に基づく質問検査権は任意調査であり、納税者は当該納税官公署の租税調査等につき税理士に代理、代行を委任する権限を有する(税理士法二条一項一号、三四条)。しかし、右質問検査権は、法人税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために認められているものであることから、質問検査の範囲、程度、時期及び場所等、実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定、刑集二七巻七号一二〇五頁参照)、権限ある税務職員が、質問検査に応じるように直接納税者と面談して説得することも、社会通念上相当な限度にとどまる限り許されるものと解される。

これを本件についてみるに、前記認定事実によると、原告らが桝井らに対して税理士の立会いがなければ税務調査は認めない旨述べたので、桝井らが村上税理士に電話する旨伝えたが、原告はそれに対して返事をしないで外出しているのであり、この段階においては原告の調査拒否の意思が桝井ら四名に対して明確ではなかったものと認められる。

したがって、原告の意思が不明で、説得の余地があると桝井ら四名が考えてもやむを得ない右段階で、桝井又は川村が、堀尾ら三名に対し、原告の主張するような連絡指示をしなかったとしても、違法とはいえない。

なお、乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし三、並びに弁論の全趣旨によると、原告は、ゼンヨー設立当時から、丸全油化及びゼンヨーの税務申告を村上税理士に委任し、従前の右両社の税務調査は、村上税理士もしくは同税理士事務所職員の立会のもとに行われていた事実が認められるが、そのことにより前記認定は左右されない。

5  原告は、堀尾ら三名が、原告のホテル到着前に税務調査を開始していて、板倉支配人及び原告がホテル事務室からの退去要求を繰り返したのに、堀尾ら三名は違法に在室を続けたと主張する。

よって検討するに甲第六、九号証の各一、二、第八、一〇、一一号証、並びに弁論の全趣旨によると、堀尾ら三名は、原告の到着を待って、その承諾を得て調査に着手しようとしていたのであり、原告のホテル到着前に税務調査を開始していた事実は認められない。甲第一一号証によると、纐纈がホテル事務室で待機中にメモをとっていた事実が認められるが、税務調査の準備行為をしていたに過ぎないと認められ、右認定は左右されない。さらに、板倉支配人は、ホテル事務室内で堀尾らが原告を説得する旨伝えると、それ以上堀尾らに対し強く退去を要求していない事実、及び堀尾らが事務室内に在室した間、板倉支配人との間で特に争いになった形跡はない事実が認められるから、板倉支配人が原告がホテルに到着するまでの間、堀尾ら三名に明確な退去要求をした事実は認められない。

そして、前示のとおり、原告がホテルに到着後、板倉支配人が状況を原告に報告した直後に、原告は、堀尾ら三名に対し、明確かつ強行な退去要求を行って、原告の右退去要求から実力行使により堀尾ら三名を押し出すまでの間は極めてわずかな時間であり、堀尾ら三名はなんとか原告を説得して税務調査に承諾してもらおうと考えていた最中に、説得の余裕を与えられることもなく、原告により一方的に室外に押し出されたものである。そうすると、堀尾ら三名は、原告から退去要求を受けて直ちに退室しなかったが、前示のとおり、法人税法一五三条に基づく質問検査権が任意調査であっても任意に税務調査に応じるよう説得することは許され、堀尾ら三名は原告を説得しようとの意図のもとに在室していたこと、原告の退去要求から実力行使により室外に押し出される間が極めて短時間であったことなどを考慮すると、堀尾ら三名が室外に退去しなかったことをもって違法とはいえず、原告の右主張は採用できない。

二  争点2(堀尾ら三名が、虚偽の被害届を提出し、捜査官に虚偽の陳述をしたか。)について

甲第六、九号証の各一、二、第一〇、一一号証、及び乙第七号証によると、堀尾ら三名は原告により、ホテル事務室から押し出される際に暴行を受けたことによって、堀尾は通院加療約五日を要する左肩挫傷の、纐纈は通院加療約五日間を要する左下腿挫傷の、岩田は通院加療約五日間を要する胸部挫傷の各傷害を負った事実が認められ、また、乙第五、六、八号証によると、原告の堀尾ら三名を被害者とする公務執行妨害、傷害被告事件は、右各受傷の事実が認定された上で有罪判決が確定している事実が認められる。

右事実によると、堀尾ら三名が、虚偽の被害届を提出し、捜査官に対し虚偽の陳述をした事実を認めることはできず、原告の右主張は採用できない。

三  以上によると、争点3について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水谷正俊 裁判官 佐藤真弘 裁判官 今泉愛)

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