名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)3566号 判決 1998年7月01日
原告
吉見政澄
ほか二名
被告
服部靜治
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告吉見政澄に対し、金一九一〇万二四八五円及びこれに対する平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告吉見大成に対し、金八四五万一二四二円及びこれに対する平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告吉見美穂子に対し、金八四五万一二四二円及びこれに対する平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、訴外吉見節子(以下「節子」という。)と被告との間の交通事故について、節子の相続人である原告らが被告に対して、自動車損害賠償保障法三条に基づいて、損害賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実
1 本件事故
平成九年四月一日午前七時五五分ころ、愛知県海部郡七宝町大字遠島字七台一〇七七番地三先の県道須成七宝稲沢線(以下「本件道路」という。)上において、本件道路を南方から北方に走行していた被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が、本件道路を西方から東方へ横断していた節子運転の自転車(以下「節子車」という。)に衝突した。
2 被告の責任
被告は、自己のために被告車を運行の用に供する者である。
3 節子の死亡と、原告らによる相続
節子(昭和一八年六月一日生)は、本件事故により、平成九年四月一日午前九時ころ死亡した。原告政澄は節子の夫であり、原告大成及び原告美穂子は節子の子である。
4 既払金
原告らは、本件事故による損害につき、自動車損害賠償責任保険金として三〇〇〇万円を受領し、原告政澄において一五〇〇万円、原告大成及び原告美穂子において各七五〇万円の分配を受けた。
二 争点
1 損害の額
(原告らの主張)
(一) 逸失利益 合計三五〇〇万四九七一円
(1) 六〇歳まで
<1> 給与所得分
節子は、本件事故当時五三歳であり、株式会社富士金属(定年は六〇歳)に勤務し、平成八年度は三八九万六三〇四円の給与所得を得ていたから、同金額を基礎とし、生活費控除率を三〇パーセントとして、同会社を定年退職するまでの七年間に対応する新ホフマン係数五・八七四を乗じて算出した一六〇二万〇八二二円が、六〇歳までの給与所得分の逸失利益である。
<2> 退職金の減収分
節子は、同会社を定年退職する際、退職金として二九八万三九七七円を受給される予定であったから、同金額に節子の死亡時から定年退職するまでの七年間に対応する新ホフマン係数〇・七四〇七を乗じて本件事故当時の現価を求めると二二一万〇二三一円となる。同金額から節子の死亡により原告らが現実に受け取った退職金一九三万三一五〇円を控除した二七万七〇八一円が、退職金の減収分として逸失利益となる(別紙「退職金の逸失利益計算書」記載のとおり。)。
(2) 六〇歳以降
<1> 就労可能年数
五三歳女子の平均余命年数は三二年であるから、節子については、平均的就労可能年数とされる六七歳以降、八五歳までの一八年間の二分の一である九年を加えた七六歳まで就労可能とみるべきである。
<2> 六〇歳から六四歳まで
平成七年賃金センサス第一巻第一表女子労働者産業計・企業規模計・学歴計の六〇歳から六四歳までの年齢別平均賃金年額二九六万六九〇〇円を基礎とし、生活費控除率を三〇パーセントとして、新ホフマン係数三・三四一(九・二一五(一二年の係数)-五・八七四(七年の係数))を乗じて算出した六九三万八六八九円が、六〇歳から六四歳までの逸失利益の本件事故当時の現価である。
<3> 六五歳から七六歳まで
平成七年賃金センサス第一巻第一表女子労働者産業計・企業規模計・学歴計の六五歳以上の年齢別平均賃金年額二八八万三七〇〇円を基礎とし、生活費控除率を三〇パーセントとして、新ホフマン係数五・八三〇(一五・〇四五(二三年の係数)-九・二一五(一二年の係数))を乗じて算出した一一七六万八三七九円が、六五歳から七六歳までの逸失利益の本件事故当時の現価である。
(二) 慰謝料 合計二六〇〇万円
<1> 節子本人分 一八〇〇万円
<2> 原告政澄分 四〇〇万円
<3> 原告大成及び原告美穂子分 各二〇〇万円
(三) 葬祭料 二〇〇万円
原告政澄は、節子の葬儀費用として二八五万三九〇七円を支払い、また、原告らの家は分家であり仏壇がなかったため仏壇購入費用として九七万五〇〇〇円を支払ったから、原告政澄の要した葬祭関係費として、二〇〇万円が損害として認められるべきである。
2 過失相殺
(被告の主張)
本件道路は優先道路であるから、節子には、本件道路を横断するに際し、左右の安全の確認をして、本件道路を走行する自動車があったときには停止するか又は徐行しながら横断する注意義務があった。ところが、節子は、右注意義務を怠り、左右の安全を十分に確認しないまま本件道路を横断しようとしたのであるから、節子には過失があり、その過失割合は三割とするのが相当である。
(原告の主張)
本件道路は最高速度が四〇キロメートル毎時に制限されているのに、被告は本件事故当時約一〇〇キロメートル毎時もの高速度で被告車を走行させていた。また、被告は、被告車内のCD盤を操作するため約一〇〇メートルもの間脇見運転をしており、その結果、一三六メートル前方で節子を発見することが可能であったのに、約五〇メートルの距離に接近するまで同人を発見できなかった。したがって、被告には人身事故発生についての未必の故意あるいは重大な過失があったものと評価すべきである。仮に節子に過失が認められるとしても、右のような被告の過失の悪質さに照らすと、本件は過失相殺が適用されるべき事案にはあたらない。
また、節子について、本件道路横断にあたって、制限速度の二・五倍もの高速度で走行してくる車両のあり得ることまで予見すべき注意義務はないし、安全確認していたとしても本件事故は回避し得なかったものである。
第二争点に対する判断
一 争点1について
1 逸失利益
(一) 六〇歳まで
<1> 給与所得分
証拠(甲二号証から六号証まで、八号証から一〇号証まで、一九号証、二〇号証、二五号証、原告吉見政澄本人)及び弁論の全趣旨によれば、前記認定事実に加え、節子は本件事故当時株式会社富士金属に勤務しており、平成八年には同会社からの給料・賞与として三八九万六三〇四円の収入があったこと、同会社の定年は六〇歳であること、節子は、本件事故当時、月に手取りで約三五万円の収入のある夫の原告政澄と二人で暮らしており、原告大成及び原告美穂子は既に独立していたこと、節子は小児マヒにより右足が若干不自由で身体障害者五級の認定を受けていたこと、の各事実が認められる。
右事実により、三八九万六三〇四円を基礎とし、生活費控除率を四〇パーセントとして、同会社を定年退職するまでの七年間に対応する新ホフマン係数五・八七四を乗じて算出した一三七三万二一三三円が、節子の六〇歳までの給与所得分の逸失利益であると認められる。
<2> 退職金の減収分
前掲の証拠に加えて証拠(甲一二号証の一から四まで)によれば、原告らの主張する節子の退職金の減収分二七万七〇八一円を、節子の逸失利益であると認められる。
(二) 六〇歳以降
前記認定事実によれば、節子については、平成八年賃金センサス第一巻第一表女子労働者産業計・企業規模計・学歴計の六〇歳から六四歳までの年齢別平均賃金年額三〇一万一九〇〇円の九割である二七一万〇七一〇円を基礎とし、生活費控除率を四〇パーセント、六七歳までの七年間就労可能としてその逸失利益を算定するのが相当であり、新ホフマン係数四・五三五一(一〇・四〇九四(一四年の係数)-五・八七四三(七年の係数))を用いて本件事故当時の現価を求めると、七三七万六〇〇四円であり、これが節子の逸失利益であると認められる。
2 慰謝料
前記認定事実の外、後記本件事故の態様、ことに節子が被告のきわめて無謀な運転の犠牲となったこと等、本件に関する一切の事情を考慮すると、節子の死亡に対する慰謝料としては、節子本人分が一八〇〇万円、原告政澄の慰謝料を一〇〇万円、原告大成及び原告美穂子の慰謝料を各五〇万円とするのが相当である。
3 葬祭料
証拠(甲一一号証の一から四まで)によれば、原告政澄が、節子の葬儀費用として二八五万三九〇七円を支払った事実及び原告らの家はいわゆる分家であり仏壇がなかったために仏壇購入費用として九七万五〇〇〇円を支払った事実が認められるが、本件事故による損害としては、一一〇万円が相当である。
4 以上によれば、節子及び原告らが本件事故によって被った損害の合計は、四二四八万五二一八円である。
三 争点2について
証拠(甲一四号証から一八号証まで、被告本人)によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 本件事故の現場は、南北方向に延びる歩車道の区別のある片側一車線の本件道路(車線の幅員は片側約三・〇メートル、車道外側線の外側の幅員は片側約〇・八メートル、歩道の幅員は片側約四・〇メートル)と東西方向に延びる歩車道の区別のない中央線の引かれていない町道(本件道路の西側の幅員は約三・八メートル、東側の幅員は約三・四メートル、以下「本件町道」という。)とが交わる、信号機により交通整理の行われていない交差点である。本件道路は、最高速度が四〇キロメートル毎時に制限されたアスファルト舗装の道路であり、優先道路となっている。本件事故当時の車両の通行量は、本件道路、本件町道のいずれも少なく、本件事故後実況見分が実施された本件事故当日の午前八時三〇分から同九時四五分までの間の任意の五分間においても、本件道路の通行量は五、六台であり、本件町道を通行した車両はなかった程度である。本件事故現場付近においては、本件道路の南方から北方への見通しは良好であるが、南方から本件町道の西方への見通しは、高さ一・四五メートルの民家のブロック塀、高さ一・二メートルの小切戸北橋の欄干、高さ一・三メートルのフェンス等のため不良である。もっとも、本件道路を北進していた場合、本件交差点の南方約一三六・〇メートルの地点付近で、本件町道の本件道路西側から本件道路を横断しようとする者の存在の確認は可能である(また、逆に、本件町道の本件道路西側出口から本件道路を横断しようとした場合、右約一三六・〇メートル以上離れた本件道路の北進車線の地点を走行してくる車両の発見が可能であると推認することができる。)。
2 被告は、被告車を運転して、本件道路を南方から北方に向かい、出勤時間に遅れそうになったことから焦り、約一〇〇キロメートル毎時の速度で直進していた。被告は、本件交差点から約一四五メートル南方の地点において、被告車内のCD盤を操作するため脇見を始めたにもかかわらずそのまま走行を続け、約九六・五メートル進行した地点で、本件道路を西方から東方に向かって横断している節子車を前方約五〇・〇メートルの地点に発見し、急制動の措置を取って衝突を避けようとしたが及ばず、被告車左前部を節子車に衝突させて本件事故を発生させた。
被告が前方を注視して走行していれば、節子から約一三六・〇メートル離れた地点で節子を発見することが可能であったから、前方注視を怠ったまま制限速度を約六〇キロメートル毎時超過した約一〇〇キロメートル毎時の速度で進行した被告の過失は、きわめて重大なものであると評価することができる。
3 他方、節子は、自転車を運転して本件町道の本件道路西側から交差する優先道路である本件道路を横断しようとしていたのであるから、同人には、徐行して、交差道路を通行する車両等に注意し、優先道路である交差道路を通行する車両等の進行妨害をしないような安全な速度と方法で進行すべき注意義務があった(道路交通法三六条二項、三項、四項)。
節子については、前記のように、本件町道の本件道路西側出口付近で本件道路を通行する車両等の安全を確認していたならば、約一三六・〇メートル以上離れた地点に、猛スピードで同人に向かってくる被告車の存在を容易に認識することが可能であったと認められる。にもかかわらず、節子は、漫然と本件道路を横断しようとし、その結果、本件事故が発生したのであるから、節子にも、右方の安全確認を怠った過失があったということができる。
本件町道の本件道路西側から本件道路を横断しようとした場合の見通しが前記のように不良であることからすると、被告の過失がきわめて重大なものであることを考慮しても、本件は原告らが主張するように節子の過失を考慮すべきではない事案にはあたらない。
また、右のとおり、被告車の速度からすれば、被告車が猛スピードで近づいてくることは節子が右方を確認してさえいれば容易に判断できるものであるし、猛スピードで近づいてくる被告車の持つ危険性を認識することも容易であったから、原告らの主張はいずれも失当である。
4 したがって、節子及び原告らの損害については、公平の観点から節子の過失を斟酌するのが相当であり、右に認定した事実に照らすと、その割合は三〇パーセントとするのが相当である。
節子及び原告らの損害額は前記のとおり合計四二四八万五二一八円であり、右金額から右過失割合に従い三〇パーセントを減額すると、被告が賠償すべき損害額は二九七三万九六五二円となる。これについてはすべて前記争いのない既払金によっててん補されていることは明らかである。
四 原告らは、本件訴訟追行のための弁護士費用として合計三〇〇万円を請求するが、右によればいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 榊原信次)
退職金の逸失利益計算書
株式会社富士金属の退職年金規程によると、勤続満20年以上で定年に達して退職したときは、退職年金が支給されることになっており(同規程第7条)、訴外節子は、満60歳の定年退職時には勤続23年になるので、受給資格を有することになる。
1 退職年金の額は、満55歳時の基準給与の額に、勤続年数に応じた支給率を乗じた額を、退職年金月額として、10年間支給される(同第8条(1)、第10条)。
但し、同社では、現在実際には、年金払い方式ではなく、退職時に「年金現価相当額」を一時払いの方法で支払う方式で行われており、その運用を住友生命保険相互会社に委託して、同社から「10年確定年金現価率表」に基づき算定した額が支払われている。
2 訴外節子の満55歳時の基準給与の額は、94,300円であるから、同規程の「年金支給率表(別表)」及び「10年確定年金現価率表(別表)」に基づき算定すると、60歳定年退職時の一時払の退職金の額は、下記計算のとおり2,210,231円となる。
基準給与 94,300円、 支給率 0.3398(23年)
年金月額 94,300×0.3398=32,043
一時払の額 32,043×93.12417=2,983,977
3 逸失利益の額
(1) 上記の一時払の退職金の、本件事故時の現価を、7年のホフマン係数を用いて算出すると2,210,231円となる。
2,983,977×0.7407=2,210,231
(2) 他方、訴外節子の本件事故による死亡退職により、原告らに対し、退職金1,933,150円が支払われた。
(3) よって、逸失利益の額は277,081円となる。
2,210,231-1,933,150=277,081