大判例

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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)4977号 判決 2001年3月21日

愛知県尾張旭市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

大田清則

城野雄博

福岡市<以下省略>

被告

オリエント貿易株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

伊藤壽朗

主文

1  被告は,原告に対し,金2349万7459円及びこれに対する平成9年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金3685万2786円及びこれに対する平成9年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,平成8年7月29日から平成9年2月26日までの間,被告を受託業者として行った商品先物取引に関し,被告の従業員であるB,C,D,Eらの原告に対する勧誘等の個々の行為が,不適格者への勧誘,説明義務違反,断定的判断の提供,新規委託者に対する保護義務違反,無意味な反復販売,無断・一任売買,無意味な両建等であり,取引勧誘から,取引継続,取引終了に至るまでの一連の行為が不法行為を構成するとして,被告に対し,組織体としての企業活動においてこのような不法行為を行い,原告に損害を発生させたと主張して,民法709条に基づき,また被告従業員が被告の事業たる商品先物取引の勧誘及び取引に関し,上記不法行為を行い,原告に損害を発生させたと主張して,民法715条に基づき,取引差損金,慰謝料及び弁護士費用の損害として合計3685万2786円の賠償を求めた事案である。

一  前提事実

1  原告(昭和22年○月○日生)は,高校を卒業後,a社に入社し,主に経理業務に従事し,平成7年2月経理部財務担当課長を最後に同社を退職し,関連会社である株式会社b経理部副部長として勤務している(争いがない)。

原告は,昭和40年代後半から,数十万円の範囲で相当期間株式の現物取引をしてきたことがあったが,それ以外に,商品先物取引等の経験は全くなかった(甲9,原告)。

被告は,商品取引所法に基づく商品取引所に上場されている各商品の先物取引,現金決済取引,指数先物取引,オプション取引を行う業務及びこれらの取引の受託を行う業務をする,いわゆる商品先物取引業務をする株式会社である(争いがない)。

2  本件取引

原告は,被告との間で,平成8年7月29日から平成9年2月26日までの間に,別紙売買取引一覧表記載のとおり,本件商品先物取引をし,手数料を含め,合計3071万0656円の損失勘定となった。この間,原告は被告に対し,別紙預託返戻金一覧表記載のとおり,合計3316万円を交付し,244万9344円の返却を受けた(損失3071万0656円)(争いがない)。

二  争点

1  本件における被告の勧誘行為が違法であるか。

a 原告の主張

ア 不適格者に対する勧誘行為(受託業務に関する自主規制規則5条等違反)

先物取引は,①その仕組みが難解であること,②価格変動要因の収集・分析が必要不可欠であること,③わずか10分の1以下の証拠金で10倍以上の思惑取引がなされ,極めて投機性が高いこと,④ゼロ・サムの世界の取引であって,手数料負担を考えると統計上2,3割程度の割合でしか儲からないこと等から,先物取引における取引者適格性・資金適格性については,厳しい基準が厳守されなければならない。業者は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適切と認められる勧誘を行ってはならない。

原告は,それまでに先物取引の経験が全くなく,先物取引に関する知識も有していなかった。また,最初に被告の外務員Bに勧誘された際にも,きっぱりと断っているのであって,先物取引を始める意思は全く有していなかったのである。さらに,原告の自己資金といえるものは300万円前後にすぎず,あとは両親や妻のお金であったのであり,資金能力からみても本件のような過大な取引を行うだけの資金適格性がないことは明らかである。

そして,原告は企業の経理担当者である。公共団体等の公金出納者や企業の経理担当者などは,公金や所属会社のお金を先物取引に流用するおそれがあることなどから,旧商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項2項や,新規取引不適格者参入防止協定の中で,公金出納者などが不適格者として,例示されており,また,被告においても,社内規定として,本件当時の「受託業務管理規則」の中で,「公共団体等の公金出納取扱者」が不適格者として例示されており(2条1項6号),さらに,その後改正された被告の受託業務管理規則4条1項5号では「公共団体等の公金出納取扱者」と並んで「企業の経理担当者」が,不適格者として例示されている。それにもかかわらず,本件では,被告の外務員は,「企業の経理担当者」である原告に対する勧誘を行った。

イ 先物取引の仕組,危険性等重要事項の説明義務違反

先物取引の投機性に鑑み,旧受託業務に関する協定4項においては,「商品先物取引の委託の勧誘にあたっては,顧客の適格性に留意し,顧客に対し関係書面を交付して,商品先物取引のしくみ及びその投機的本質について十分説明し危険開示を行い,商品先物取引は顧客自身の判断と責任において行うべきものであることについて,顧客の十分な理解と認識を得ること」と定められるなど,先物取引業者に対し,顧客への先物取引の仕組,危険性等重要事項の説明義務が課されている。

本件では,被告の担当者より原告に対し,先物取引の仕組,危険性等重要事項の説明義務が尽くされてはおらず,被告にはこの点に関する説明義務違反が認められる。

ウ 断定的判断の提供

断定的判断の提供とは,商品市場における売買取引につき,顧客に対し,利益が生じることが確実であると誤解させるべく断定的な判断を提供してその委託を勧誘することをいい,商品取引所法(旧法94条1号,平成10年改正法136条の18第1号)や受託契約準則などで禁止されている。

本件では,被告の外務員であるB,Eらは,原告に取引の委託を勧誘するに際し,「コーンは値上がりする。2万円ぐらいのものが2万5000円か,それ以上になる」,「コーンはこれから値上がりするので儲かる。」,「少し値が下がってこれから値が上がっていくので,買うのに一番いいチャンス。」,「大阪の仕手筋であるサンショーも売ってきており,さらに下がる。」,「コーンは特に暴落する。コーンをやれば資金の回収が早い。コーンを30枚売らせて欲しい。私の言うとおりにすれば,損を取り戻すばかりか,あなたの出したお金の倍の利益を出します。」,「大豆の3本建てをやったら安心だ。3万3400円が上限でこれ以上は下がっている。2000万円の資金を4000万円にして返す。」など,随所に断定的判断の提供を行っている。

b 被告の主張

ア 原告の適格者性

原告は,上場会社の経理課長を勤めた経験もあり,長年にわたって株式取引をした経験があり,数字に明るく経理に詳しい分別ある男性であって,通常の社会人としてに十分な判断能力を有している。したがって,投機の限度額を自ら判断し得る能力を備えていたのであって,決して,先物取引不適格者ではない。

なお,原告は,企業の経理担当者であったから不適格者であった旨主張するが,企業の経理担当者であったことと原告の損失との間に因果関係がないことは明白であるから,原告の主張は失当である。

イ 重要事項についての十分な説明

先物取引の勧誘という性質上,被告営業担当のBは,原告を訪問した際,先物取引の仕組みや危険性等について相当程度の説明をしたが,平成8年7月26日,原告が被告名古屋支店を訪ねてきた際に,B及びCが,先物取引の仕組み,危険性等について説明した。

すなわち,原告に対し,商品先物取引委託のガイド(乙1)及び受託契約準則(乙22)を交付し,該当箇所を指し示しながら,商品先物取引の仕組み,即ち,買い付けていたものは転売し,売り付けていたものは買い戻し,その差金決済をするものであること,総取引代金に比較して少額の委託証拠金を預託して取引するものであること,損益の計算の仕方,追証拠金その他について説明し,また,追証が発生した場合の対処の仕方,手数料,先物取引の危険性(委託証拠金を預託することにより,その何倍もの額の取引をするので,利益も大であるが,相場が逆に行けば,その分損失も大となる)を説明し,さらに,取引のつど,売買報告書及び売買計算書が送付され,定期的に残高照合通知書が送付されるので,記載内容に誤りがあれば申し出てもらいたい旨等を説明した。

原告に交付した商品先物取引委託のガイドは,一般人が読めば容易に理解できるように平易な説明がされているうえ,被告担当者はその該当箇所を指し示しながら口頭でも説明を加えており,さらにビデオも観てもらっており,十分な説明が提供されていた。

ウ 断定的判断の提供

前記のとおり,原告は,被告担当者から,先物取引の仕組み,危険性等に関する説明を受け,理解していたものであって,その旨記載した約諾書に署名押印して被告に差し入れている。ちなみに,原告は,尋問で,先物取引は元本が保証されていないことや危険性を伴うものであることは知っていた旨供述している。

被告担当者は断定的判断など示していない。もとより,相場の状況を説明したり,情報を提供したり,また,これらに基づく自己の相場観を開陳したり等は,当然したはずであるが,分別盛りの原告としては,被告の営業担当者らが彼らの思いどおりに相場の値段を操縦することなど不可能であることは,当然判り過ぎるほど判っており,したがって,被告担当者らの相場観とは逆に相場が動く可能性も十分あることは理解していた。よって,通常の社会人としての十分な判断能力を有していた原告は,危険性を認識したうえ,先物取引をしていたのであるから,断定的判断の提供があったということはできない。

2  本件における被告の取引行為が違法であるか。

a 原告の主張

ア 新規委託者の保護義務違反

新規委託者に関する建玉制限については,受託業務指導基準では「委託者の保護育成措置を講じ,日本商品取引員協会の受託業務に関する規則を遵守しなければならない。」とされ,右規則では,新規委託者やこれと同視できる委託者について3か月の習熟期間を設け,建玉制限については,各取引員ごとに定める「受託に係る取扱要領」で,外務員の判断枠等を遵守し,適切な管理を行わなければならないことを求めている。

被告においても,新規委託者については,3か月の習熟期間を設け,建玉制限につき,原則として20枚を超えてはならないとするなどの新規委託者に対する保護義務を定めている(被告受託業務管理規則)。

ところが,被告は,原告の取引開始後わずか11日しか経過していない平成8年8月9日の段階で30枚,同月13日の段階では40枚,さらに同月16日の段階で50枚の建玉をさせている。

なお,これに関し,被告外務員Dらは,建玉枚数が20枚を超過するに際し,原告に対し,20枚ルールについて説明をしていないなど,何ら新規委託者である原告のために,保護措置を講じていない。そして,Dは,この20枚ルールを無視するかのごとく,漫然と20枚をはるかに超える建玉へと原告を誘引した。

したがって,被告には,新規委託者に対する保護義務違反が認められる。

イ 無意味な反覆売買(コロガシ)

無意味な反覆売買は,本件の原告のように,先物取引の経験もなく知識もない顧客を,その無知を奇貨として,先物取引業者の外務員が,半ば顧客を自分の言いなりにして(実質的一任状態),手数料稼ぎのために,取引を無意味に反覆継続させることである。

そして,この無意味な反覆売買の司法的認定基準としては,国内商品先物取引業者の監督機関である農林水産省や通商産業省が業者への最小限のチェック基準として利用していた「委託者売買状況チェックシステム」,「売買状況に関するミニマムモニタリング」(これらチェックシステム等は,取引内容の分析・精査及び報告を商品取引員に義務づけるものであり,売又は買直し,途転,日計り,両建玉,手数料不抜けを,特定売買として取り上げて,監督官庁が,これら特定売買の比率を全体の20%以下に,手数料化率を10%程度とする,売買回転を月間3回以内にとどめる,という方向で指導するという基準である。)を応用し,数量的客観的に判断するアプローチが近時の判例理論として定着してきている。

本件において,売又は買直しは8回,途転は12回,両建玉は合計46回あり,また手数料不抜けもある。とくに,両建玉が46回と極めて多く行われたことは,本件取引が原告の意思・実質的理解に基づかず,被告の誘導によりされたことを推認せしめる。

前記チェックシステムを応用した客観的アプローチによれば,本件において,特定売買比率59パーセント,手数料化率38.8パーセント,売買回転率8.59回となり,客観的・数量的に見て,無意味な反覆売買に該当することが容易に認定できる。

ウ 無断売買・一任売買

本件では,原告の事前の承諾なくしてなされた建玉・仕切が多数存在する。特に,最初の平成8年8月27日の場合のように,その直後の残高照合回答書(甲2)で無断でなされたとの原告のクレームが存在しているなど,無断売買であることがほぼ争いようのない取引があり,他方,被告から,この取引以外の多くの取引において,事前に原告の承諾を得ていたことを合理的に推認させるに足りるだけの釈明がされておらず,すべて無断売買であるとみられる。

また,一任売買とは,受託契約準則に規定する受託の際の指示事項の全部または一部について顧客の指示を受けないで受託することをいう。本件においては,原告自身が先物取引に関し無知であり,未経験であることと,そのほとんどすべての建て落ちにあたっての判断を原告は被告の外務員からの助言のみに頼らざるを得ない状態になっていたことが窺われること,それに,前記無意味な反覆売買の存在とを併せ考察すると,本件では,原告が被告の外務員に誘導されるまま,取引を継続し,多額の資金を被告に入金していたことが容易に推認できる。

エ 無意味な両建

前記のとおり,本件において,両建玉は合計46回あった。

両建は,これをさせられることによって,素人である顧客からすると,値が上がっても下がっても,それで単純に仕切るとの判断ができないという意味で,顧客の心理に混乱・困惑・恐怖を生じさせて業者の言いなりに操縦されてしまうおそれが大きいことなどから,従前から両建の勧誘に関しては規制がなされてきている。

昭和48年4月,行政当局の要請を受けて,全国の商品取引所が12項目の指示事項(禁止すべき行為として指示した事項)が定められたが,その中の10項として,「同一商品,同一限月について,売り又は買いの新規建玉をした後(又は同時)に,対応する売買玉を手仕舞いせずに両建するよう勧めること」が禁止すべき行為とされている。そして,平成元年11月27日より同指示事項が改正され,両建に関しては,新指示事項2の不適切な売買取引行為の2として,「委託者の手仕舞指示を即時に履行せずに新たな売買取引(不適切な両建を含む)を勧めるなど,委託者の意思に反する売買取引を勧めること」と規定された。これを解説した「受託業務の基礎知識」によれば,「委託者の意思に反する取引を勧めることにより,委託者の意思が市場価格に反映されなくなることを防止しようとするものである。特に計算上損となっている建玉(引かれ玉)を手仕舞いしないままの両建は損失を固定するものであるが,両建はその一方を外すタイミングが難しく,また委託者にとっては両建をすることにより新たな委託証拠金と新たな委託手数料が必要になること等コスト負担を強いることになるから,単に取引の継続を意図する等不適切な両建を勧めるべきではないものとするものである。」とされている。さらに,平成11年4月1日から施行された「商品取引所法施行規則を一部改正する省令」によれば,新・商品取引所法136条の18第5号の主務省令で定める禁止行為として規定され,両建勧誘の禁止は,取引所指示事項による禁止から省令による禁止へと格上げされたのである。

本件では,原告は取引開始後わずか2回目の取引のときに両建を勧められている。すなわち,当初に建玉した関門商品取引所のとうもろこしの買10枚に関し,被告の外務員であるDより「値が下がって10枚の買建玉に損が出ている。ストップ安だから買いを決済するための売りは入らないが新規の売りは入る。これ以上損を出さないために,明日,今建っている買いと同数の売りを建てたらどうか。その分の委託証拠金として,新たに100万円かかるが迷惑はかけない。まかせて欲しい。」と言われ,何もわからないまま,Dの指示に従った。原告にとっては,取引開始後2回目のことであるし,Dがした電話での説明で,簡単に両建の意味,メリット,デメリットなどが理解できるはずはない。そもそも,少なくとも知識,経験のない新規委託者に対し,両建を勧誘すべきものではないのである。

また,本件では,それ以降,ほとんどすべての期間において両建状態が続いているが,これ自体も極めて異例のケースと考えなければならない。本来,両建は,片建の場合に比べ,委託証拠金や委託手数料が倍かかるのであり,また,片建のように,単に値が上がったら,あるいは下がったら外せるというものではなく,その外し方は,極めて難しい。なぜならば,値が上がりつつあるときは,買建玉の方の利益確保は容易のようであるが(但し,買いの片建ての時と同様で,もっと上がるかもしれないと思えば,なかなか仕切れない),売建玉だけ早々に仕切ったのでは,売建玉の方の損失はどうにもならない。値が乱高下するとの予測が立つときにしか,両建はうまく仕切ることができないのであるが,あらかじめ値が乱高下するという予測が立つことなどほとんどない。また,一旦両建にすると,こわくてなかなか片建てに戻せないのが通常の人間の心理である。

このような両建状態が本件において続いていたというのは,原告が続けたいと考えて続けたというものではなく,一旦両建になってしまうと,素人ではこわくて容易に片建に戻せないという原告の心理につけ込み,被告の外務員らが意図的にこれを続けさせたと考えざるを得ない。

オ 帳尻損金精算名下による原告への入金の要求

原告が,平成8年9月20日以降,「委託証拠金等不足額請求書」による請求に基づき,多額の資金を入金しているが,これは,多くが「帳尻損金を精算しないならば,証拠金が不足になっていないケース」であるにも関わらず,原告の入金を受けた後は,帳尻損金を埋めることなく,新たな建玉のための委託証拠金に使われている。しかも,これらの時点の担当者であるDもEも,請求をするに際し,この帳尻損金のことを何ら説明していない。

これは極めてゆゆしきことであり,被告が顧客である原告を欺いて,不当に被告への資金の入金を迫ったのである。

このことは,被告が原告に対し,本来必要でない部分の入金までさせる口実として悪用していたことを意味するのであって,常時両建状態で過大な建玉を勧め,不必要な委託証拠金を入金させ委託手数料を取っているのとあいまって,原告に対する客殺し商法を展開していることを強く疑わせるものであって,極めて大きな違法性を有する。

カ 向かい玉

一般に,商品取引員の毎日の取り組み残高や場節ごとの売買枚数がほぼ同数か,一方が他方の90%以上である場合は,商品取引員が自己名義かダミー会社名義を使用するなどして,向かい玉をしているものと推認される。

本件取引において,主要な取引である関門商品取引所における輸入大豆,とうもろこしの売買枚数を調べてみると,いつの取引でも,ほぼ売り買い同数か,1,2割程度の差玉が生じるにすぎない取引をしている。これは,決して偶然ではない。被告が,売買枚数や取り組み高が同じになるように,委託玉及び自己玉を操作していることは明らかである。

向かい玉をすれば,帳入差金が全く生じないか,生じたとしてもわずかであり,商品取引業者の全顧客の出した証拠金は,取引所を通じて流出,流入することなく,あくまで商品取引業者の手元にとどまることになる。とすれば,顧客の取引回数を増やしていけば,相場の動きにかかわらず,遅かれ早かれ顧客は損をしてしまうことになり,その結果として,業者は顧客から預かった証拠金を手数料名下に取得することができるのである。

b 被告の主張

ア 新規委託者に対する保護義務違反について

原告の主張は争う。

原告は,習熟期間について説明がされているビデオテープも観ており,先物取引の危険性も認識しており,投機の限度額を自ら判断し得る能力を有し,「自分の資金の範囲内で取引を行います。」旨被告へ申し出て(乙28),投機利益を追求して自らの意思で先物取引を行っていたものであるから,不法行為としての違法事由に該当する保護義務違反があったということはできない。

イ 無意味な反覆売買(コロガシ)について

被告が,原告主張のいわゆるコロガシをしたことはない。

いわゆる売又は買直し,途転,両建玉の回数は,原告が主張するほど多くないし,利益をあげている取引も多数存する。なお,売又は買直しが委託者にとって有害無益とはいえず,同限月であっても,利の乗っている玉を仕切って利益をあげて,その利益金を証拠金に当てて,仕切った枚数よりも多い枚数を新たに建玉する顧客もいるのである。

また,本件各取引は,すべて原告の意向によりその決断でされているものである。

さらに,いわゆる手数料不抜けについては,原告の主張は,顧客は手数料を引いても利益を得るべきである命題が前提となっているところ,リスクを伴う投機取引において,このような命題が成り立ち得るはずがない。

そして,特定売買について,農水省の定める委託者売買状況チェックシステムは,商品取引員の受託した全取引内容を事後的に評価するものであり,個別事案の違法性の評価に関わるものではない。相場が上がることを予想して買建玉をしたが,相場の流れが変わった場合,手数料不抜けであっても,直ちに買建玉を打ち切ることは不合理ではないのであって,相場の動向を無視して,結果だけから論ずるのは相当でなく,原告主張のような個別事案における数量化は無意味である。

ウ 無断売買・一任売買について

そのような事実は全くない。

D証言などによっても明らかであるが,残高照合通知書に対し,原告自らが通知書のとおり相違ない旨回答していること,及び各取引に必要な証拠金をそのつど入金していることからも明白である。

エ 両建てについて

両建玉の回数は,原告が主張するほど多くないし,利益をあげている取引も多数存する。

また,本件各取引は,すべて原告の意向によりその決断でされているものである。

オ 帳尻損金精算名下による原告への入金の要求について

原告の主張は争う。

被告は,必要な証拠金の不足額として,それぞれ請求をしたものであり,請求に対する支払は,もちろん証拠金として入金されている。

カ 向かい玉について

被告が,原告のいわゆる向かい玉なるものを行った事実はない。

被告においては,委託玉を取り扱っている部署と,自己玉を取り扱っている部署とは全然別個になっていて,そもそも,向かい玉なるものを行うことは物理的に不可能である。原告の主張は失当である。

3  本件における被告の仕切り拒否行為があったか。

a 原告の主張

旧商品取引所法94条4号・旧商品取引所法施行規則33条1号においては「委託証拠金の返還,委託者の指示の遵守その他の委託者に対する債務の全部又は一部の履行を拒否し,又は不当に遅延させること」を禁止しており,さらに,平成10年改正商品取引所法136条の18第5号・新商品取引所法施行規則の一部を改正する農林省・通商産業省令46条1項10号では「商品市場における取引の委託につき,転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思を表示した顧客に対し,引き続き当該取引を行うことを勧めること」を禁止している。

本件において,原告は,平成9年1月7日の段階で,Dに対し「金はない。話が違う。ここで止めたい。」と申し出ている。その後も,原告は,同月8日にも強く全取引の手仕舞いを求めている。しかし,このときDは「今損切りすると1600万円もの損になる。私の方で損を挽回するので,続けてみませんか。」と原告の弱みにつけ込む形で取引の継続を迫っている。その後も原告は何度となく全取引の手仕舞いを求めたが,そのつど被告の外務員に拒否され,さらには無断での建玉までされている。

結局,原告は,原告代理人に依頼して内容証明郵便を提出してもらうまで,全取引の手仕舞いには応じてもらえなかったわけであり,被告による仕切り拒否は強い違法性を有する。

b 被告の主張

原告の主張を否認する。仕切り拒否をした事実はない。

4  損害額

a 原告の主張

ア 財産的損害

原告は,本件取引を通じて,被告に対して,合計3316万円を交付したが,被告から244万9344円の返戻を受けたのみで,差引金3071万0656円の損害を被った。

イ 慰謝料

原告は,被告によって本件取引に引きずり込まれ,人間不信,自責の念,周囲への配慮に苦悶し,弁護士への相談を余儀なくされたのであって,原告の被った精神的苦痛・負担を慰謝するためには,少なくとも,アの損害額の1割に当たる307万1065円が必要である。

ウ 弁護士費用

本件損害を被ったことにより,原告は原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起せざるを得なかった。本件訴訟の提起により原告が原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用は,名古屋弁護士会報酬基準規定によれば,アの損害額の1割にあたる金307万1065円は下らない。

エ 過失相殺について

本件において,原告側の過失相殺を行うべきではない。

そもそも,過失相殺を行う場合の根拠は,「被害者と加害者の間の公平をはかるという見地から,被害者の過失を考慮して,その被った損害の額から合理的な減額をする」というところにある。

しかし,本件のように,そもそも勧誘してはいけない企業の経理担当者を勧誘したり,新規委託者に対する取引開始後3か月内の建玉枚数20枚の制限を何らの配慮もなく破り,さらに,原告を常時両建状態に陥れ,その中で「証拠金等不足額請求書」を悪用して,本来必要でない入金を原告に迫ったりしており,被告の原告に対する不法行為の内容は,通常の先物取引被害の中でも極めて悪質なものである。このような極めて悪質なケースにおいて,原告側の過失を考慮することによって,被告の原告に対する損害賠償額を減額することになれば,かえって被害者と加害者の間の公平を欠くことになるからである。

b 被告の主張

争う。

なお,原告の請求は理由がなく棄却されるべきものであるが,仮に一部認容されるとしても,原告の過失は多大であって,損害のほとんどは原告の責めに帰すべきである。

第3争点に対する判断

一  証拠(甲2,3の1・2,9,14,16の1ないし13,17ないし26,乙1の1・2,2ないし4,5ないし9の各1・2,10ないし16,22,23,28,証人C,同D,同E,同B,原告)及び前提事実によれば,次の事実が認められる(但し,各証人の証言部分中,以下の認定事実に反する部分は採用できない。)。

1  原告(昭和22年○月○○日生)は,高校を卒業後,a株式会社(現商号a1株式会社)に入社し,主に経理業務に従事し,平成7年2月経理部財務担当課長を最後に同社を退職し,関連会社である株式会社b経理部副部長として勤務している。

原告は,昭和40年代後半から,数十万円の範囲で相当期間株式の現物取引をしてきたことがあったが,それ以外に,商品先物取引等の経験は全くなかった。

2  平成8年7月中旬ころ,被告名古屋支店営業担当のBが株式会社bを訪れ,経理担当者への面会を求めた。原告が応対したところ,Bは「コーンが世界的に品不足だから,コーンの取引をやってみませんか。」等と,関門商品取引所におけるとうもろこしの先物取引を勧誘した。原告はする気がなかったため断り,20分程度で帰ってもらった。

1週間ほど後,Bが再び株式会社bに原告を訪ねてきて,「コーンは不足しているから値上がりする。2万円ぐらいのものが,2万5000円か,それ以上になる。」等と言って,値動きの図を書くなどして,商品先物取引を勧めたが,原告は断った。

その後も,Bは,原告に電話や手紙などで商品先物取引を勧めていた。

3  原告は,1度被告名古屋支店を訪ねて断ろうと考え,Bに連絡して,同月26日午後6時過ぎころ,被告名古屋支店を訪問した。

原告は,被告名古屋支店で,Bと同支店管理部のCからまず,商品先物取引について説明紹介した15分か20分程度のビデオを見せられ,商品先物取引委託のガイド(乙1の1・2)や受託取引準則等の書類を渡された。次いで,Bから「コーンはこれから値上がるので儲かる。」「絶対儲かるから。」と何度も勧誘を受け,儲かるのであればやってもいいかなとの気持ちになり,本件取引を始めることを承諾した。

そして,原告は,Bらから指示されるままビデオ放映確認書(甲25)に署名押印し,また,Bらから「後で見といて下さい。」と言われて,渡された受託契約準則に綴りこまれていた約諾書(乙4)に署名押印し,ご協力のお願いと題するアンケート用紙(乙3)に,言われるまま記載し,末尾に署名押印した。

4  同月29日朝,原告は,株式会社bまで集金に来たBに,用意しておいた100万円を,とうもろこし10枚分の委託証拠金として手渡した。

同日午後,Bから原告に電話で「1万8330円で買えた。」旨の報告があった(別紙売買取引一覧表一の1)。

5  同年8月初めころ,被告における担当者が,BからDに代わった。

同月5日,Dから電話で「前日,ストップ安になっておる。ストップ安だから前に買ったものの(決済するための)売りは入らないけれど,新規の売りは入る。これ以上損を出さないために,明日,今建っている買いと同数の売りを建てたらどうか。」「売りと買いを建てることによって,とりあえずは固定できる。」「その分の委託証拠金として,新たに100万円かかるが,迷惑はかけない。」と言われ,10枚の売建(いわゆる両建)を勧められ,原告はやむなく了承した。

同月6日,原告は,100万円を用意して,被告名古屋支店に預託した。

同日午後,原告は,Dから電話で「1万7900円で建玉した。」旨の報告を受けた(別紙売買取引一覧表一の2)。

6  同月9日,原告は,Dから「まだまだ下がる。今度の売りは攻めこむ売りです。」と勧められ,「15枚やらないか。」と言われたが,金の工面がつかず,とうもろこし売り10枚を建玉した(別紙売買取引一覧表一の3,同月12日委託証拠金として100万円を預託)。

さらに同月13日,原告はDから勧められ,とうもろこしの買い10枚を建玉した(別紙売買取引一覧表一の4,同月15日ころ委託証拠金として100万円を預託)。

7  同月16日,原告は自宅で,Dから電話を受け「相場が下げ基調に転じたので,現在は売買同数だが,利益を出すためにバランスを崩したい。さらに10枚売建てしてはどうか。」と勧められ,一旦「金がない。」と断ったが,「利益が出る。」との説明を信じ,売建てを承諾し,同日,とうもろこし売り10枚の建玉がなされた(別紙売買取引一覧表一の5,同月19日委託証拠金として100万円を預託)。

8  同月21日,原告はDから「大豆は,コーンと違って,値動きが大きいし,よく動くから,大豆をやりませんか。」と,新たに大豆の先物取引を勧められたが,原告は「もう出すお金はない。」と言って断った。

Dは「今,建てているコーンを仕切って,その保証金を流用する形にすれば,新たに証拠金を用意しなくても大豆をやることが可能です。」「コーンで損した分を取り返します。」と大豆の取引開始を何度も勧誘し,原告は,根負けする形で,大豆の取引を始めることになった。

同月22日,原告は,Dに勧められるままに,とうもろこし22枚(買建12枚,売建10枚)を仕切ったうえで,新たに大豆30枚を売建てした(別紙売買取引一覧表三の1)。

9  同月27日,Dは原告に無断で,原告名義で,とうもろこしの買い20枚を仕切り,新たに大豆の売り29枚の建玉をした。そして,同日午後,Dは原告に電話で「大豆が高納会になったので,今後値が下がると考え,コーンに300万円寝かしてあるのは無駄だから,そのうち200万円を大豆の売りに回しました。」と同取引について事後に報告をした(別紙売買取引一覧表三の2)。

10  同年9月3日午前8時50分ころ,原告はDに電話して「大豆が値上がりしているので決済してくれ。」と言ったところ,Dは「決済したら下がるケースはあるので,何もしないでいいじゃないか。」と答えた。

同日,Dは,原告に連絡することなく,原告名義の大豆の売り48枚を仕切る一方で,大豆の買い13枚を建玉した(別紙売買取引一覧表三の3)。

同月4日にDから「追証を抜くために連絡をせずにやった。」旨の連絡が入り,原告は「私のためとはいえ,2度と連絡もなしにやることはやめてくれ。」と言った。

11  同月9日,原告は,Dから電話で「11日夜に米国農務省の発表があり,これを受けて大豆が値上がると予想されるので,大豆を買って,これまで出した242万円の損を取戻しましょう。」旨の勧誘があり,原告は一旦「これ以上金は出せない。」と断ったが,Dの勧誘に根負けする形で,新たな証拠金の負担が生じないことでこれを承諾し,残っていたとうもろこしの売建て10枚を仕切る一方で,新たに大豆18枚を買建てした(別紙売買取引一覧表三の4)。

12  同月20日,新たに大豆の買い15枚の建玉がなされた(別紙売買取引一覧表三の5)。同日,原告はDから,委託証拠金等不足額請求書(甲16の1)により委託証拠金が不足しているとして,99万3436円の請求を受け,同月24日,100万円を被告に預託した。Dは「値下がりして追証がかかったが,明日は値上がりするので追証は抜ける。」と言っていた。

13  しかし,同月25日,原告はDから電話で「追証が抜けなかった。金のかかることはしたくないというのであれば,買玉の枚数を減らし,反対の売玉を建てましょう。」旨の連絡を受け,同日,大豆の買建て10枚が仕切られ新たに売り13枚が建玉された(別紙売買取引一覧表四の6)。

14  その後,被告は,次のとおり,委託証拠金等不足額として,金員の入金を原告に請求し,原告は請求に応じてやむなく支払ったが,同金員は帳尻損の補填に入れられず,原告名義で,新たな建玉が行われた。

同月26日 150万円支払

同年10月4日 104万円支払

同月11日 245万円支払

同月23日 100万円支払

15  同年11月5日,Dは原告に無断で,原告名義で大豆の買い3枚を仕切り,新たに大豆の買い30枚の建玉をした(別紙売買取引一覧表四の12)。原告は,同月7日,売買報告書及び証拠金不足額等請求書の送付を受け,これに気づき,同月8日,Bから入金催促の電話を受けた原告は,強く抗議したが,Bは「Dが長野に行って留守なので分からない。」と答えるのみであった。原告は,損失を何とか取り戻したい気持ちから,ことを荒立てまいと考え,同月11日,189万円をやむなく被告に預託した。

16  同年12月2日,Dは原告に無断で,原告名義で米国産大豆の買い7枚を建玉した(別紙売買取引一覧表九)。

17  同月3日,Dは原告に無断で,原告名義の大豆の買い7枚を仕切った。

18  同月4日,原告はDから「Xの担当がE副部長に代わります。E氏は,損を大きく出している人に利益が出るよう改善するために本社から派遣された人です。私より3ランクも4ランクも上の人で,プロ中のプロです。」との連絡を受けた。

同月9日,Eから原告に電話で「三菱商事が投げてきたので,大豆は一段安になると思う。買い55枚がネックになるので,これの売りを建てたい。資金は100万円程度で済む。」との勧誘があり,原告は承諾した。そして,同日,大豆の買玉55枚が仕切られ,新たに売玉55枚が建てられた(別紙売買取引一覧表四の13)。これに伴い,被告から委託証拠金が不足しているとの請求を受け,原告は,同月12日,135万円を被告に預託した。

19  同日(12日),原告は,Eから「大阪の仕手筋であるサンショーも売っており,さらに下がる。」と勧められ,大豆の売り13枚の仕切りと,新たに大豆の売り19枚の建玉を行った(別紙売買取引一覧表四の14)。

また,Eから「コーンは特に暴落する。資金の回収が早い。コーンを30枚売らせて欲しい。私の言うとおりにすれば,損を取り戻すばかりか,あなたの出したお金の倍の利益を出します。」と言われ,これを承諾し,同月13日,とうもろこしの売り30枚の建玉がされた(別紙売買取引一覧表一の7)。これに伴い,被告から委託証拠金が不足しているとの請求を受け,原告は,同月17日,235万円を被告に預託した。

20  同日(17日),原告は,Eから「大豆の3本建てをやったら安心だ。3万3400円が上限でこれ以上は下がっている。2000万円の資金を4000万円にして返す。」「3本建てとは買玉の倍数の売玉を建てること」と勧められ,大豆の売り51枚の建玉を行った(別紙売買取引一覧表五の15)。これに伴い,被告から委託証拠金が不足しているとの請求を受け,原告は,同月20日,357万円を被告に預託した。

21  同日(20日),原告は,Eから「大豆は完璧だ。本部から小豆について暴落するという情報があった。」等と勧められ,東京穀物商品取引所における小豆の売り40枚の建玉を行った(別紙売買取引一覧表七の1)。

また,Eは,とうもろこしが急反発し値上がりしている状態を受けて,「コーンは,ここから上がるのか下がるのか見方が難しい。」等と言って,買い30枚を建玉し,両建の状態にすることを勧め,原告は,とうもろこし買い30枚を建玉した(別紙売買取引一覧表一の8)。

これらに伴い,被告から委託証拠金が不足しているとの請求を受け,原告は,同月24日に380万円,同月26日に100万円を被告に預託した。

22  同日(26日),原告はEから「コーンも3本建てが理想的なので,証拠金が140万円必要であるが,売玉40枚を建ててはどうか。」と勧められ,原告は「金がない。」と断ったものの,さらにEから「それならば,金がいらないように,大豆の買い23枚とコーンの買い15枚を仕切り,新たにコーンの売り33枚を建てたらよい。」と勧められ,原告は,その旨建玉した(別紙売買取引一覧表二の9)。

23  平成9年1月6日,Dから原告に「円安が進行しているから大豆が値上がりし,追証幅が飛んでしまうので,損を取戻すために大豆の買い100枚を建てて売買の枚数を揃えておきたい。やらないとまずい。」との電話があり,原告が「とにかく金はもうない。」と断ったところ,Dは「今回の取引の資金は後からの相談でよい。」と言ったので,原告は,とりあえず資金を出さずに売建てしてもらえるものと思い,Dから勧められるまま建玉に応じた(別紙売買取引一覧表五の16)。

24  同月7日,Dは原告に「今日の取引で700万円が必要になったので支払って欲しい。」と請求したが,原告は「金はない。話が違う。ここで止めたい。」と取引の中止を申し出た。

同月8日にも,原告は全ての取引の手仕舞いを強く申し出たが,Dは,「今損切りすると1600万円もの損失になる。心配している。取引を続ければ,私の方で損を挽回するので,続けてみませんか。取引を続けるために,いくらかでも用意してもらいたい。200万円でも300万円でも用意できないか。」と取引の継続を迫った。

原告は,即答を避けたが,1600万円もの莫大な損失が確定することが恐ろしくなり,さらにDから入金を督促されたことから,やむなく同月13日200万円を被告に預託した。その際,Dは原告に「ストップ高のため追証がかかった。明日の朝の様子を見て対応しましょう。」と言った。

25  同月14日,原告は被告名古屋支店を訪ねたが,Dは「午後になって値が下がれば,追証が抜けるようになるのでお金はいらないと思う。」と言った。

しかし,同日,Dは原告に無断で,次の各取引をした。

とうもろこし買い48枚仕切り

大豆買い 63枚仕切り

東京小豆買い 30枚仕切り

とうもろこし買い 2枚建玉(別紙売買取引一覧表二の10)

大豆買い 40枚建玉(別紙売買取引一覧表五の17)

東京小豆買い 10枚建玉(別紙売買取引一覧表七の2)

その後,同月17日,原告は送付された売買報告書等により同事実を知り,直ちにDに電話をしたところ,Dから「結局,午後になっても追証が抜けなかったので仕切った。」との説明があり,証拠金不足金の請求を受け,やむなく同月20日266万円を被告に預託した。

26  同日(20日),Dは原告に,コーンの売り20枚の建玉を勧め,原告はこれに応じた(別紙売買取引一覧表二の11)。これに伴い,原告は,委託証拠金等の不足額の請求を受け,同月22日,160万円を被告に預託した。

27  同月23日,原告はDから「買いのバランスを多くしましょう。」と勧められ,大豆の買い35枚を仕切ることになった。

28  同月24日,原告はDから「大阪の綿糸はうちが一番得意としている。そこで損を取り戻しましょう。」と大阪繊維取引所における綿糸の取引を勧められたが,原告はこれを拒否した。

それにもかかわらず,Dは原告に無断で,同日138枚,同月29日318枚の各綿糸(20番手)買い建玉をした(別紙売買取引一覧表八の1,2)。

これに伴い,原告は,被告から,同月30日,委託証拠金等の不足額として830万円の請求を受けた。

29  同月31日,Dは,原告に無断で次の各取引を行った。

大豆買い 23枚仕切り

東京小豆買い 10枚仕切り

東京小豆売り 10枚仕切り

大豆買い 20枚建玉(別紙売買取引一覧表六の19)。

30  同年2月4日,Dから原告に証拠金不足分299万円の請求があり,やむなく原告は同月5日,35万円を預託した。

Dは「35万円入れて頂いて,その中でできる範囲でどれがベストか考えたが,大豆,コーンとも売玉を残し,綿糸も95枚売玉を建てるのが良いと思う。来週か再来週には50万円くらい出金することを約束する。」と言ったので,原告は,やむを得ず,Dの同申出を承諾した(別紙売買取引一覧表八の3。ただし,枚数は91枚。)。

31  同月6日,Dから原告に「今日は大豆もコーンも値上がってきており,追証を抜くための方法は委せて欲しい」との申し出があり,これに対し,原告は「委せて欲しいと言われても,今までみたいにその場しのぎで,すぐに追証とか不足になっても困る。取引の前に必ず電話一本入れて,私の了解を取るように。」と念を押した。

しかし,Dは,原告に無断で,次の各取引を行った。

大豆売り 2枚仕切り

とうもろこし売り 15枚仕切り

綿糸買い 238枚仕切り

綿糸売り 6枚仕切り

綿糸売り 110枚建玉(別紙売買取引一覧表八の4)

32  同月7日以降,原告は,Dに対し,再三にわたり全取引の手仕舞いを要求した。

Dは,同月14日,ようやく「分かりました。」と言ったものの,大豆の売玉5枚,綿糸の買玉30枚及び同売玉30枚を仕切ったにすぎず,他の取引を継続させた。

33  同月20日,原告は妻と一緒に被告名古屋支店を訪ね,D及びEに,手仕舞いを強く要求したが,Eは「追加の資金は要らないので,3月一杯様子をみさせて欲しい。半分は取り戻せる。Dと2人で奥さんを安心できるようにする。」と言って,手仕舞いをしなかった。

原告は,同年3月25日,代理人弁護士により,被告に対し,全取引の仕切りを要求する内容証明郵便を送付し,同月26日,被告は原告名義の取引を終了した。

二  前項認定事実によれば,被告従業員が行った本件取引は不法行為に該当すると認めるのが相当であり,その理由は次のとおりである。

1  重要事項についての説明義務違反

一般に商品先物取引等の取引は,相場の変動によるリスクを内包しているものであるから,投資家自身が自ら情報を収集し,自らの責任において判断するのが原則である(自己責任の原則)。しかしながら,自己責任の原則は,その前提として投資家が自らの責任において判断する能力を有し,かつ,商品先物取引について的確な理解をしていることが必要である。したがって,商品先物取引業者は,投資家に対し商品先物取引を勧誘するに当たっては,その取引の構造,手法やその危険性,手数料額等について,投資家が的確に理解することができるように十分な説明を行い,投資家が取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成したうえで,その自主的な判断に基づいて取引をするか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務を負っていると解される。

前項認定の事実によれば,原告に本件取引を勧誘するに際し,被告従業員B及びCは,ビデオを見,商品先物取引委託のガイドを交付するなどしてある程度の説明をしたとみられるが,他方,儲かる話であることを重点的に説明し,商品先物取引の構造,手法についての説明があったと認められず,原告において,商品先物取引の仕組みや手法,その危険性等に関する的確な理解を形成し得るような説明はなかったと言わざるを得ない。

2  新規委託者の保護義務違反

新規委託者に関する建玉制限については,日本商品取引員協会の受託業務に関する規則では「新規委託者やこれと同視できる委託者について3か月の習熟期間を設け,建玉制限については,外務員の判断枠等を遵守し,適切な管理を行わなければならないことを求め,被告においても,受託業務管理規則により,新規委託者について3か月の習熟期間を設け,建玉制限につき,原則として20枚を超えてはならないとするなどの定めをしている(弁論の全趣旨)。

前項認定の事実によれば,原告は,被告との取引開始後11日経過した8月9日の時点で30枚,同月13日の時点では40枚,同月16日の時点で50枚の建玉をしたにもかかわらず,被告従業員が何らかの留意をしたことは全く認めることができない。

3  両建を含む反覆売買

両建は,商品先物取引における1つの手法ではあるが,取引の拡大であり,新たに対立する建玉をすることであるから,委託証拠金が新たに必要となるほか,双方の建玉を仕切ったときの手数料が倍額になる負担が存し,また,両建をはずす時期につき困難な判断が要求されるものである。したがって,その手法の意味,効果,危険性を的確に理解をしていない者に対し,十分な説明をしないで両建を勧誘することは,違法でありうる。

本件取引において別紙売買取引一覧表によれば,両建が46回行われたと推認することができ,同推認を覆すに足りる証拠はない。また,本件では,取引開始後10日程度の時期に,原告は両建を勧められ,両建状態となり,以後ほとんどの期間において,両建であったと認められる。そして,被告従業員により,両建の手法につき,その意味,効果,危険性等を原告が的確に理解できるように説明したことを認めることができない。

そして,本件において,全取引回数61回のうち,両建が46回の他,売り又は買い直し8回,途転12回の取引が認められ,異常に高い割合であると言わざるを得ない。原告が商品先物取引の経験がなかった新規委託者であることを前提とすれば,本件取引が,全体として,原告の利益を考慮せず,被告の利益を図る方向で,被告従業員らにより誘導されたものであることを窺わせるものである。

4  無断売買・一任売買

前項認定の事実によれば,本件取引において,数回の売買につき原告の事前の承諾なくしてされたこと,また,相当回数の売買につきその内容を被告に一任してされたことを認めることができる。

5  委託証拠金等不足名目による原告に対する入金請求

前項認定の事実によれば,原告は平成8年9月20日以降,被告から委託証拠金等不足額請求書の送付を受けて,多額の資金を入金したところ,その多くの場合は,帳尻損金を精算しないならば証拠金が不足になっていない状態であったと推認されるが,原告からの同入金を受けた後,被告は,帳尻損金を精算することなく,新たな建玉のための委託証拠金に使用したことが認められる。そして,被告従業員がその旨を原告に対し,説明をしたことを窺うことができない。

このことは,被告が原告に対し,結果的に本来必要でない部分の入金までさせていたものということができ,しかも相当回,多額にわたっていることを勘案すれば,違法性があるといわなければならない。

6  したがって,その余の違法事由について判断するまでもなく,被告従業員の原告に対する本件取引の勧誘及び取引行為は,全体として違法であるというべきである。そして,被告従業員らの行為は被告の業務の執行として行われたものであるから,被告は民法715条の責任を負う。

三  ところで,原告は,商品先物取引の構造,手法やその危険性,手数料額等について,的確に理解することができるように十分な説明を受けたとは認められないが,一応の説明は受けたこと,株式の取引経験があったこと,本件取引を開始するにあたり,商品先物取引委託のガイドの交付を受け,約諾書,ご協力のお願いと題するアンケート等の書類を作成していること,被告従業員が無断売買等をしたことを把握しながらその後も取引を続けたこと等の落ち度があったと認められ,前記自己責任の原則からすれば,過失相殺の対象とするのが相当である。そして,本件記録に表れた一切の事情に鑑みると,その過失割合は,原告3割と解する。

したがって,財産的損害として,原告が被った損失の3071万0656円の7割である2149万7459円の損害を認める。

弁護士費用として,200万円を本件と相当因果関係のある損害額と認める。

慰謝料については,金銭的損害を賠償するだけでは補填できない精神的損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。

四  結論

よって,金2349万7459円及びこれに対する不法行為後である平成9年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告の請求は理由がある。

(裁判官 藤田敏)

<以下省略>

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