名古屋地方裁判所 昭和23年(行)17号 判決 1949年2月02日
原告
山田巖
被告
矢作町農地委員会
同
愛知県農地委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
原告が昭和二十三年六月七日附を以て矢作町農地委員会に提出した農地買收計画に関する異議の申立に対し被告矢作町農地委員会が爲した昭和二十三年六月十二日附の決定は無効であることを確認する。原告が昭和二十三年七月七日附を以て愛知県農地委員会に提出した農地買收計画に関する訴願に対し被告愛知県農地委員会がなした昭和二十三年八月七日附の裁決は無効であることを確認する、訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
原告は請求原因として昭和二十三年五月三十一日被告矢作町農地委員会は原告の所有せる矢作町大字矢作字猫田四十三番外五十七筆合計一町八反六畝九歩に対し自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)に基く農地買收計画書を送逹し原告は同買收計画に対し自創法第七条に基いて同年六月七日附異議を申立てたところ被告矢作町農地委員会は原告の右異議に対し昭和二十三年六月十二日附を以て右異議は右委員会に於て妥当ならずと認定した旨の異議否認の決定をなし同決定は同年六月二十六日原告に送逹せられた。
そこで原告は昭和二十三年七月七日附を以て被告愛知県農地委員会に対し自創法第七条に基き前記被告矢作町農地委員会の決定を不服として訴願を提出したところ同訴願に対し被告愛知県農地委員会は同年八月七日附左記の裁決をした。
左記
矢作町農地委員会の樹立した買收計画より同町大字矢作字猫田三七番一畝四歩(耕地整理による新地番面積)及同町字尊所三四ノ一、九歩及同町同字三四ノ三、二十七歩の農地は計画書より除外し他の訴願農地は請求相立たず。
理由
訴願人は自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定により小作地の面積を保有してゐる、而して矢作町農地委員会の定める農地買收計画によつて買收が行はれるものであり所有者の意思に左右されるべきものでないが調査の結果同町字猫田三七番外二筆計二畝十歩は周囲宅地に囲繞され宅地的性能が認められるから買收計画から除外し他の訴願農地は同町農地委員会の買收を適法と認め主文の通り裁決する。
併し乍ら原告の被告矢作町農地委員会に対する異議に付なされた右決定は原告の異議を単に妥当ならずとして否認したものであつて、異議に対する否認決定の理由を示しておらない違法無効のものである。即ち一般に法が特に異議の申立を認めているのは異議に合理性妥当性があれば之を斟酌して異議申立人の不利益を救済すると同時に異議の対象たる行政処分の不正不当を匡し又もし異議に合理性妥当性がなければその然る所以を明かにし之を申立人に示し申立人をして行政処分の正当なる所以を納得せしめんがためである。その理由により申立人が納得すると否とに拘わらず納得せしめるに足る理由を示すことにより始めてその否認の決定は正当なるものと謂い得るであろう。從つて、異議を妥当ならずとして否認する以上妥当ならずとして否認する所以の理由を明示すべきことは異議申立制度そのものより來る当然の要求である。換言すれば相当の理由を示すことが異議否認決定の適法要件である。さればこの適法要件を欠く決定は違法なる決定であり当然無効である、被告矢作町農地委員会の前記決定は原告の異議を否認する理由を欠くものであるから違法無効のものである。
原告は、被告矢作町農地委員会の実質的には何等の理由なき異議決定のためその訴願に於て異議の内容を繰返し訴願せざるを得なかつたのであるが此のことは理由なき異議の決定が異議制度そのものを無効無意議ならしめるものである。かゝる異議申立制度そのものを無効無異議ならしめるが如き異議の決定は只に違法なるのみならず無効のものである。
又異議決定の理由如何によつて訴願の内容は異らざるを得ぬ。其の決定に理由が具備されていなければ其決定の理由に対する反駁抗弁を以て特色ずけられる訴願の眞面目は殆んど滅却せられ其結果訴願制度そのものの効果を減殺することゝなるのである。次に原告の訴願に対する右裁決の理由は之を要するに原告所有地の買收は矢作町農地委員会の買收計画によるもので所有者即ち訴願人の意思に左右されるものでない。從つて訴願の一部を認容し他を否認するのも農地委員会が自己の調査の結果に基き独自の見解を以てするものであつて訴願(訴願人たる土地所有者の意思)の如何に拘わらずといふのがその眼目である、併し乍ら異議申立制度訴願制度は異議訴願に理由があれば(之を自創法に所謂農地買收に就て謂えば)農地の買收計画從つて農地の買收は其の異議訴願によつて相当に修正せられる。換言すれば買收計画や買收が異議訴願に理由のある程度に於て異議申立人訴願人の意思に左右されることを内容とする制度である。然るに右裁決理由のように所有者即ち訴願人の意思に左右されるものではないといふことは正に法の認むる異議申立制度訴願制等を蹂躪するものであつて違法である。かゝる違法理由に基く裁決はそれが訴願の人の請求の一部を認容するとしないとに拘わらず全面的に違法であり当然無効であると陳べ被告の答弁に対し、(本案前の抗弁の(二)に付て)被告は原告の本訴請求認容の判決がなされた場合に其判決の効力が愛知県知事の土地買收処分、国の土地所有権取得に直接影響を及ぼさないからとて原告の本件訴訟に即時確定の利益がないと論ずるけれども本件異議決定竝びに訴願裁決の無効が確認されるときは原告に於て愛知県知事の土地買收並びに国の土地所有権取得の無効を主張する基礎が確立されるといふ法律上の利益があるのみらず更にかゝる決定裁決をなした被告矢作町農地委員会並に被告愛知県農地委員会の責任を追求する基礎が確立されるといふ法律上の利益をも存するのである。本訴は愛知県知事の土地買收、国の土地所有権取得、被告矢作町農地委員会、被告愛知県農地委員会の不法行爲等に関する訴訟の前提要件たる中間確定の訴に相当するものであつて、本件訴訟は十分権利保護の利益を有するものである。
(被告の本案の抗弁の(一)について)異議に対する決定、訴願に対する裁決の理由は異議訴願制度との関連上其決定裁決の主要素であるから之を異議申立人訴願人等に告知することは法の命ずるところであるが法はかゝることは自明当然のことゝして法文に明示しなかつたまでのことである。自創法には異議に対する決定書、訴願に対する裁決書の作成、言渡及び送逹の如き事項に関し些かも規定していないのに同法施行規則第四条に異議決定書謄本訴願裁決書謄本の事を規定するは自創法が自明当然の事として明示しなかつたことを同法施行規則がその法意を開顯敷衍したものに外ならぬ。從つて被告矢作町農地委員会が決定の理由を原告に告知せず単に決定のみを告知したことは違法であり、被告愛知県農地委員会の裁決には裁決に相当する理由を附せず訴願制度そのものの否認を意味する理由が存するのみであつて之亦違法である。
(被告同上(二)について)被告矢作町農地委員会の右決定における原告の異議が¬妥当ならず」といふが如き文言は異議が否認せられ却下せられた旨を意味しているに止り右否認却下の理由をも示してゐるものと看るべきではない。従つて、結局右決定は理由なき決定たらざるを得ない、と答へ、立証として甲第一乃至第四号証を提出し、被告提出に係る昭和二十三年十月十五日附準備書面第二項中「勿論その拠つて來る理由が具はらなければならないのは言ふ迄もない」との部分を利益に援用すると述べた。
被告訴訟代理人は原告の請求は之を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め先ず本案前の抗弁として、
(一) 被告矢作町農地委員会のなした異議否認の決定竝びに被告愛知県農地委員会のなした訴願に対する裁決の各無効確認を求むる訴は前者については処分庁、後者については裁決庁を被告となすべきものではなく何れも国を被告となすべきものである。しかるに原告は事茲に出ずして処分庁たる被告矢作町農地委員会及裁決庁たる被告愛知県農地委員会を夫々被告として提訴した本訴は既に此点に於て不適法なものである。
(二) のみならず本訴確認の訴は確認の利益がないものである、本訴に於てたとい原告の求めるような判決が下されたとしても其効力は他の行政庁に及ばないのであるから、別個の行政庁たる愛知県知事は当該買收計画に基いて農地の買收を実施し国は其所有権を取得するに至るべく原告の本訴請求は無意味とならざるを得ないから原告の本訴請求は即時確定の利益を欠くものであつて原告の本訴請求は此点よりするも不適法として棄却せらるべきである。
本案に対する答弁として原告の主張する被告矢作町農地委員会の異議否認の決定書竝びに被告愛知県農地委員会の訴願に対する裁決書が原告に送逹せられたことは之を認める、しかし原告の本訴請求は次のような理由により失当である。即ち
(一) 異議の決定、訴願の裁決に就て異議申立人、訴願人に理由を告知することは此等の決定、裁決が其の効力を生ずるための必須の要件ではない。自創法には、決定書、裁決書の作成、言渡及び送逹の如き事項に関し何等の規定がない。唯、同法施行規則第四条に異議決定書の謄本、訴願裁決書の謄本を申立人、訴願人に送付すべきことが指示せられてゐるが決定書裁決書に理由を記載すべきことは何等指示されてゐない。
当事者に於て其決定又は裁決が如何なる理由によつてなされたかを知る機会は農地委員会の会議が凡て公開せられ且議事録が作成せられて之が縱覽に供せられていることによつて十分に與えられているのである。従つて異議の申立について、異議の理由を附さなければ如何なる点が不明なのか知るに由ないのとは趣を異にし異議の決定、訴願の裁決には必ずしも理由を告げる必要がないと謂ふべきである。
(二) 仮りに右異議に対する決定に理由を示すことが要件となるとしても原告の本件異議申立に対し被告矢作町農地委員会の行つた決定の通知には原告主張の諸点は凡て妥当ならずと認定されたことの理由により異議相立たざる旨を示されており理由を示さなかつたものではないから、結局本件決定は有効である。
(三) 原告は愛知県農地委員会のなした裁決の趣旨が農地委員会は訴願人の意思に左右せられず独自の見解によつて事を決すべきものであるとなし之は異議制度、訴願制度をじゆうりんするものであるから当然無効であると主張するけれども右裁決書の理由の謂わんとする点は自創法第三条第一項第二号の規定によつて、地主保有面積を超える面積の小作地を買收するに当り何れの部分を買收し何れの部分の保有を認めるかは所有者に其の選択権を認めず一に農地委員会の定める所によることが同法の建前であることを説示したまでであつて所有者の意思による異議訴願の途が拓かれてゐることを否定せんとする趣旨ではなく、又農地委員会が其買收計画を行ふにあたり地主所有のいずれの農地を対象とするかの選択権は之を地主に賦与する趣旨の規定は存在しないのであるから、一に買收計画を行ふ市町村農地委員会の選択するところによるべきものと解せざるを得ない。從つて原告の主張は凡て失当であると述べ甲号各証の成立は何れも之を認めると答えた。
理由
よつて考えて見るに本訴請求は被告矢作町農委員会が樹てた買收計画に対し原告より異議を申立てたところ同被告は異議否認の決定をなした、そこで原告は之を不服として更に被告愛知縣農地委員会に対し訴願を提出したところ同被告は之に対し訴願農地の一部を買收計画より除外し他の訴願農地は請求相立たずとの裁決をした。しかしながら被告矢作町農地委員会の爲した前記決定は原告の異議を単に妥当ならずとして否認したのみで否認決定の理由を示していないから斯かる決定は違法、無効のものである、又被告愛知県農地委員会の爲した前記裁決の理由は要するに原告所有地の買收は被告矢作町農地委員会の樹てた買收計画によるもので所有者即訴願人の意思に左右されるものではない、従つて訴願の一部を認容し他を否認するのも農地委員会が自己の調査の結果に基き独自の見解を以つてするものであつて訴願の如何に拘らないというにある、しかしながら異議申立制度、訴願制度は異議訴願に理由があれば農地買收計画に従つて農地の買收は其異議、訴願によつて相当に修正せられる。換言すると買收計画や買收が異議、訴願に理由のある程度に於て異議申立人、訴願人の意思に左右せられることを内容とする制度である、しかるに右裁決理由のように所有者即ち訴願人の意思に左右されるものでないといふことは正に法の認める異議申立制度、訴願制度を蹂躪するものであつて違法である。かゝる違法理由に基く裁決は全面的に違法であり且当然無効であるというにありそこで原告は被告矢作町農地委員会と被告愛知県農地委員会とを相手取り之が無効確認の訴訟を提起したものであることは本件訴状及原告主張の事実に徴し明なところである。ところで被告矢作町農地委員会のなした異議否認の決定及被告愛知県農地委員会のなした裁決が原告が主張する敍上のような事由があるからというて直ちに違法、無効であると即断することは出來ない。たゞ此問題は本案に属する判断であるからここで詳説することは省略しておく。
おもうに確認訴訟は権利又は法律関係の存否を其訴訟物とすることは絮説するまでもないことである。すると本訴請求の訴訟物は何かといえば前者は被告矢作町農地委員会がなした異議否認の決定より又後者は被告愛知県農地委員会がなした裁決より各生じた権利乃至は法律関係が訴訟物であることも亦論のないことといえよう、そして此の権利乃至は法律関係の当事者の一方は原告であることは争ないが他の一方は誰かといえば前者については被告矢作町農地委員会であり、後者については被告愛知県農地委員会であると解するのは間違で両者共に国であると解するのを正当とする。其理由は元来被告矢作町農地委員会並に被告愛知県農地委員会は共に行政庁である。行政庁は国の行政機関として行政処分をなすに過ぎない。従つて行政処分により生ずる効果は国について生ずるものであるから其行爲の主体は国であるといわねばならぬ即ち敍上の権利乃至は法律関係の当事者の他の一方は国である。されば本訴請求の当事者適格は国にあり被告矢作町農地委員会及被告愛知県農地委員会には当事者適格はないものと解するを相当とする。もつとも行政処分の取消変更を求める訴訟に付ては行政事件訴訟特例法第二、三条に於て特に行政処分をなした行政庁を被告となし提訴し得る旨規定しているから行政庁が当事者能力を全然有していないとはいえないが、此訴は行政処分が適法であるかどうかを争ふものであるから必ずしも権利主体としての国を被告とするよりは(此の場合にも理論上は国であるべきである)むしろ国の機関として直接行政処分をした行政庁に形式的当事者能力を認めて之を被告として攻撃防御の方法をつくさせることが手続進行上も、訴訟の適正妥当な解決を期する上にも便宜であり国の事務の処理の上からも相手方たる国民の側からも便利であるという点から之に形式的当事者能力を付与したものであるが右は民事訴訟法の理論上本來当事者能力を有せざる者に例外的に形式的当事者能力を有せしめた特則であり此特則は之を行政処分の取消変更を求める訴訟以外の訴訟に類推して拡張解釈することは許さないものといわねばならぬ。他に行政処分の無効確認を求める訴訟に於て行政庁を被告として提訴することを許容した法規はない。本件訴訟は行政処分の無効確認を求める訴訟であるから敍上説明したところにより本訴の被告は之を国となすべきものであるにも拘らず事茲に出でずして行政処分庁たる矢作町農地委員会並に裁決庁たる愛知県農地委員会を被告として提訴したことは当事者適格のないものを被告としたものである。本訴請求は此点に於て訴訟要件を欠くが故に本訴請求を不適法として棄却せねばならぬ。よつて爾餘の争点につき判斷を省略し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。