名古屋地方裁判所 昭和25年(モ)193号 判決
申立人(債務者)代理人は当裁判所昭和二十五年(ヨ)第九〇号仮処分申請事件につき当裁判所が同年三月十三日爲した仮処分決定は申立人において保証を立てることを條件としてこれを取消す旨の裁判を求め、その理由として申立人は被申立人等の申請により昭和二十五年三月十三日右掲記の仮処分申請事件につき別紙目録<省略>記載の土地に対する債務者の占有を解き債権者の委任する名古屋地方裁判所執行吏をしてこれを保管せしめるとの仮処分決定を受けたが申立人は毛の更生反毛業を営み本件土地上に数棟の住宅と工場とを所有し、その利用方法を制限されては事業に差支があり相当の日子を要する。本案判決確定までの間申立人の蒙る損害は金銭を以て償い得ないものであるから本件申立に及ぶと述べた。<立証省略>
被申立人等代理人は申立棄却の判決を求め、答弁として被申立人等の申請により昭和二十五年三月十三日申立人主張の仮処分申請事件につき申立人に対し仮処分命令のあつたことは認めるが右仮処分により申立人が事業に差支え金銭を以て償い得ない損害を蒙るとの事実を否認すると述べた。
三、理 由
申立人が被申立人等の申請により昭和二十五年三月十三日申立人主張の仮処分申請事件につき仮処分決定を受けたことは当事者間に爭なく、被申立人等は別紙目録記載の土地は被申立人等の所有であるが、申立人は権限なくその上に建物を所有し、該土地を占有していると主張し右建物撤去土地明渡請求権の執行を保全するため、申立人を被申請人として仮処分を申請し一、右土地に対する申立人の占有を解き被申立人等の委任する名古屋地方裁判所執行吏をしてこれを保管せしめる、但し受任執行吏は現状を変更せざることを條件として申立人にこれが使用を許すことができる。二、申立人右土地の占有を他に移し又は占有名義を変更してはならない三、申立人は右土地において建物の建設その他一切の工事を爲してはならない。四、受任執行吏は右保管にかゝることを公示するため並びに前項の目的を達するため適当な処置をとらなくてはならないとの仮処分決定を得たものであることが一件記録上明白である。よつて本件仮処分により申立人の受くる損害について按ずるに証人勝田千年の証言によれば申立人は右土地上に工場事務所等九棟の建物を所有し、反毛業を営んでいるところ昨年夏頃からその第一工場及び事務所の屋根の破損により雨漏りのため、これを修理しなければ降雨期には操業に差支える状態にあることが疏明されるけれども、本件仮処分は第一項但書で現状不変更を條件として申立人に右土地の使用を許すものであつて、その第二項に申立人は右土地において建物の建設その他一切の工事を爲してはならない、とあるのは第一項但書を承けて新たな建物の建設、既存の建物の改築移築等土地使用の現状に変更を來し、本件建物撤去土地明渡請求権の実行を困難ならしめる工事を禁止する趣旨であり、既存の建物の保存に必要な修繕のようにこれと異り、被申立人等の請求権の執行に著しい困難を生ぜしめない工事をも禁止する意味は持たないと共に、申立人が右建物に雨漏りの修理を施し、從前通り操業を継続することは現状不変更を條件とする右土地の使用として本件仮処分の許すところと解すべきであるから本件仮処分により申立人において右建物の雨漏りの修繕ができないため降雨期に操業に差支えるような損害を蒙るものとは認められない。又勝田証人の証言によれば本件仮処分により申立人はまわしきり機工場の建設を完成することができず並びに洗毛工場の建設計画を実現し得ざるに至り経営の向上を阻止されこれにより幾許かの損害を受けることが疏明されるけれどもその損害が異常に著大なることを疏明するに足りない。その他本件仮処分により申立人が普通に受ける損害よりも多大な損害を受ける事情あることを疏明する資料はない。而して本件仮処分により保全せらるべき被申立人等の建物撤去土地明渡請求権は特定土地の給付を目的としもとより財産権に属するものと認むべきであるがこの一事によつては金銭的補償によりその保全の目的を達し得るものとなすことはできない。けだし現在の経済的事情では被申立人等が本件土地と同一程度の土地を購入するに足る金銭的補償を得ても現実にかゝる土地を購入し得るとは限らず寧ろ難事と推量せられるし他方土地か若くはその價格相当の金銭かを選択する場合後者を措いて前者を採り乃至は少くとも両者を略相等しとすることが一般であるとは考えられないが故にこれらの点につき別段の事情があるとの主張もない本件においては被申立人等をして本件土地明渡に代る金銭賠償を以て満足せしめるのを正当と云うを得ないからである。
以上の如く仮処分により申立人が普通に受くる損害よりも多大の損害を受け又は被申立人等の本案請求権が金銭的補償により終局的の目的を達し得べきことを肯定し得ないのでは本件仮処分について民事訴訟法第七百五十九條に所謂特別の事情があるものとは認められないから申立人の本件申立を失当とし申立費用につき同法第八十九條に從い主文の如く判決する。
(裁判官 竹田哲)