大判例

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名古屋地方裁判所 昭和25年(ワ)1272号 判決

原告 倉田のぶ

被告 国

右代表者 法務総裁

一、主  文

原告の本訴は之を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して金十七万四千九百九十五円四十銭及び訴状送達の翌日より完済迄年五分の割合による損害金を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因として陳述の要旨は、「原告の夫訴外倉田勇は昭和二十三年九月二十七日以来愛知県岡崎市明大寺町耳取三十四番地に本店を有する訴外正木土建株式会社に日雇人夫(土工)として雇われて同会社の事業場である岡崎市甲山中学校の整地工事に従事していたのであるが同年十二月二十七日右事業場において運車に土砂を積込み同僚二名と共に運搬中俄に顏面蒼白となり胸及腹部の苦痛を訴え即刻附近民家で最寄の医師佐藤敏雄から受診中心臓麻痺を起して死亡したが、右は其の胸線淋巴体質らしい体質に栄養不足と連日の過労が作用して誘発せられたものである。ところで、右訴外会社は労働者災害補償保険法第三条に該当する事業会社で昭和二十三年八月二十四日政府との間に保険関係が成立していたから原告は同法により夫の右業務上の事由による死亡により遺族補償費及葬祭料を請求し得るものだ。そこで同会社に於ては原告を代理して昭和二十三年十二月二十八日右請求書を岡崎労働基準監督署長を経由提出したところ昭和二十四年二月十九日付で同署長から、右倉田勇の死亡は同法に所謂「業務外」の死亡と認めることに決定した旨通知して来たので右会社より重ねて岡崎労働基準監督署に交渉をしたもののやはりおよそ「心臓麻痺」による死亡は他に如何なる事情が加つていても業務外の死亡とされるもので、保険給付は得られないとの事であつたから同会社及原告に於ても致方なしと考え一且はその儘にしてしまつた。ところが其後昭和二十五年二月一日以降の朝日新聞の記事で近幾日本鉄道の職員某が「心臓麻痺」で死亡した件に付て再審査の結果遂に前記保険にいうところの業務上死亡と認定せられ遺族補償費を給付せられる事となつたと云うことを見たので原告に於て取調べたところ右記事の通りの事実であつた。そこで原告は再び前記遺族補償費等の支払を請求しようと考えて同年八月十七日補償保険法第三十五条に則り保険審査官に対し審査の請求を為したが、結局同申請は同法第四十条を理由に却下する旨同年五月二十日通告して来た。然し原告は右保険審査官の却下決定は不当と信ずるので更に労働者災害補償保険審査会に審査の請求をしたが、ひるがえつて考えた結果本訴の如き場合は本法に特別の定(例所得税法第五十一条第二項の如き)がないから右審査等の手続を経ないでも直に出訴することが出来るものと信ずるに至つたので右審査会の決定を待たずに本訴を提起したもので、ここに前記倉田勇の同法第十二条第一項第四号(労働基準法第十二条)の死亡当時に於ける平均賃金は百六十五円九銭であるから原告は其の千日分の遺族補償費並に六十日分の葬祭料の合計額十七万四千九百九十五円四十銭の保険給付を求める次第だ」というのであり、被告の本案前の抗弁に対する答弁の要旨は「本訴は行政処分の取消又は変更を求めるものでも裁判所に行政処分を求めるものでもなく何等の行政処分を要せずに保険事故発生と同時に原告は民事上の保険金給付請求権を取得したものと信じ其の履行を求めるもので本件の如き保険に商法の一般保険の規定の適用のないことは勿論だが本件保険の本質から被告主張の如き手続をせずとも保険給付を請求し得るものであり被告の抗弁は失当だ」という次第だ。被告指定代表者は本案前の抗弁として、本訴は之を却下する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め其の理由として陳述した主張の要旨は「一、労働者災害補償保険法によれば、労働者災害補償保険は政府がこれを管掌し、この保険の事務は事業場所在地を管轄する労働基準局長が掌るので、保険給付及び保険料算定基礎の調査に関する事務は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長が掌り、災害補償の原因である事故が発生し、保険給付を請求するときは一定の様式の請求書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない(同法施行規則第十条)そしてこの請求書を受けた監督署長は七日内に支給に関する通知書を請求者に発送する(同規則第十三条)保険給付に関する決定に異議ある者は、保険審査官に審査を請求しその決定に不服あるものは労働者災害補償保険審査会に審査を請求し、その決定に不服のある者は初めて裁判所に訴を提起することができるのである。(同法第三十五条)この訴は所謂行政訴訟であつて、同法は労働者災害補償保険に関しては審査又は訴提起の順序を規定しているのであつて行政庁の為した行政処分又は裁決に不服の時は之に対する行政処分の取消又は変更を求める訴を提起するのが至当であるのに拘らず、之と別途の普通の民事訴訟を提起することは裁判所に対し行政庁に代つて保険給付たる行政処分をなすことを求め又は裁判所が行政庁に対し判決の内容と同一の行政処分をなすことを命ずることを求めるもので、許されないものであるから、原告等の本訴請求は違法である。二、而して民事訴訟を提起するにしても原告には権利保護の利益がない。即ち労働者災害補償保険給付請求権は労働基準監督署長(又は保険審査官、労働者災害補償保険審査会)の給付決定によつて初めて――顕現された――具体的請求権が発生するのであつて、その決定前においては所謂潜在的請求権に過ぎず訴を以て請求するに値いしないものである。ところが原告等の主張自体で明かの如く本件請求の基礎である保険給付請求権は所轄岡崎労働基準監督署において原告等に請求権なきものと認定し、その決定に異議を申立てたけれども保険審査官から異議却下の決定があり、更に労働者災害補償保険審査会に不服を申立て昭和二十五年十一月二十四日異議却下の決定があつて顕現された請求権となつていないものであるから原告等において本訴を以て請求するに値いしないものと謂わねばならない。従つて原告の本訴請求には権利保護の利益(請求について判決を求める現実の利益)がないから原告の本訴提起は不当である。」というのであり、

本案に付「請求棄却の判決を求め」、答弁として「原告の請求原因中訴外亡倉田勇が原告の夫であること、昭和二十三年八月二十四日訴外正木土建株式会社と政府との間に保険関係が成立したこと、昭和二十三年九月二十七日訴外倉田勇が訴外正木土建株式会社に雇われたこと、昭和二十三年十二月二十七日訴外倉田が死亡したこと、昭和二十四年二月十九日訴外正木土建株式会社が原告に代り労働者災害補償保険給付請求書を提出し岡崎労働基準監督署長が業務外死亡であると認定する旨の決定をなしたこと、及び原告が保険審査官に再審査の請求をなしたがその請求を却下されたことは認めるがその他は争う」と陳述した。

三、理  由

労働者災害補償保険法による災害補償保険は労働者の業務上の事由による疾病死亡等に対して迅速且公正な保護を与え併せて労働者の福祉に必要な施設をすることを目的とし(同法第一条)之により国の労働力の維持増進を計ろうとの社会政策的の考慮から、此の種保険を一般の営利保険若は相互保険に委せて置くのを適当でないとして政府自ら保険者となり相当広範囲の業種を定めて強制的に保険関係を成立せしめ、政府の機関である労働基準監督局長をして其の事業を担当させ(同規則第二条)ているものであつて、右加入事業の労働者の業務上の死亡等の保険事故が発生したとき保険給付を受けようとするものは、所定の請求書を同署長に提出し右請求を受けた監督署長は七日以内に請求者に対し、支給に関する通知書を発送せねばならぬこととなつて居り、(同規則第十条、第十三条)右決定に異議のある請求者は同法第三十五条により保険審査官の再審査を求め更に其の決定処分にも不服のあるものは裁判所に訴訟を提起して右行政処分の取消変更を求め得ることを定められている。従つてたとえ「業務上」の死亡疾病等の事故が発生したときも単に抽象的に請求権が発生したに止り、現実保険給付を受けるに付前記手続により行政機関の給付決定を受け(前記請求手続の最終段階に於ても請求が排斥されたときは裁判所で其の取消の判決を受けることは前記の通りであるが、結局此の場合も行政庁の給付決定を得ねばならぬ)て始めて具体的な保険金給付請求の権利を取得することになるものと解さねばならぬ。

ところで原告の本訴請求原因とするところは、行政庁の為した保険金給付の処分の履行を求めるのでも、右請求を認容せぬ行政庁の処分取消を求めるのでもなく、前説明の如き行政庁の処分を不要とする独自の見解に立つて訴外倉田勇の業務上の死亡により其の妻である原告は国家に対し労働者災害補償保険法による遺族補償費、葬祭料の支払を請求するというのであるから倉田勇の死が果して業務上の死亡であるかどうか等の事実の確定をまたず原告の本訴は不適法のものと認めて却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用の上主文の通り判決する。

(裁判官 山口正章)

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