大判例

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名古屋地方裁判所 昭和25年(ワ)1420号 判決

原告 加藤志げ

被告 名古屋鉄道株式会社

一、主  文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、被告は原告に対し金一万四百円及之に対する昭和二十四年四月十三日以降完済に至る迄年五分の割合に依る金員の支払をなせ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

原告は請求原因として、原告はゴム製品の販売業をなしていたものであるが、昭和二十四年四月頃訴外彦根市石ケ崎町上田又夫靴店に対し別紙目録<省略>記載の物件の販売委託をなした。そこで、原告は同年四月十三日訴外日本通運株式会社甚目寺出張所(以下単に日通と称する)に対し右物件の右上田又夫靴店宛輸送を依頼し日通は之に基き鉄道運送業を営む被告会社との間に発駅被告会社津島線甚目寺駅、着駅東海道線彦根駅、荷受人右上田又夫靴店、種別小口扱とした日本国有鉄道(以下単に国鉄と称する)尾張一宮駅に於て国鉄と接続する国鉄と被告会社を通ずる物品相次運送契約を締結し、被告会社係員は右契約に基き右物品の運送中同月十四日被告会社西枇杷島駅に於て津島線から名古屋本線に積換をなす為同駅ホームに卸下同所に於て保管していた。而して、積換のため卸下したのは同日午前十時頃であり名古屋本線に積換を完了するのが翌日の午前九時頃である為その間夜間を経過する訳であるから運送人としては専任の監視人をおくなり、附近の倉庫に保管して施錠をなすなりその保管方法につき相当の注意をなすべきにも拘らず之を怠り駅ホームに放置しておいた為遂に本件物件は何者かの手によつて窃取せられるに至つた。而して、原告は右被告会社係員の不法行為に依り右物件の別紙目録記載の如き時価に相当する合計金一万四百円の損害をこうむつたから原告は右係員の使用者たる被告会社に対し右金員及之に対する右物件の輸送委託の日たる昭和二十四年四月十三日以降完済に至る迄民法所定の年五分の割合に依る遅延損害金の支払を求める為本訴を提起した旨陳述した。

被告訴訟代理人は答弁として、原告の請求原因たる事実中原告が物品の品名の点を除き日通に対しその主張の如き運送の依頼をなし、鉄道運送業を営む被告会社が日通との間にその主張の如き運送契約を締結したこと、被告会社係員が之に基き右物品の輸送中原告主張の如く西枇杷島駅に於て積換のため卸下保管中盗難にあつたこと、被告会社が右物件保管中監視人をおかなかつたことは之を認めるがその余の事実は之を争う。即ち、被告会社係員は当日右物件を他の物件と共に網を以ておおい且午後七時、同八時、同十時の三回にわたつて巡視する等周到なる注意を以て監視したのであるが午後十時の巡視の時盗難を発見するに至つたものである。かくの如く被告会社係員としては通常用うべき注意をしたにも拘らず盗難にあつたのであるからむしろ不可抗力でありその使用者たる被告会社に責任がないものといわねばならない。又原告が日通に、従つて日通が被告会社に運送を依頼した物件は原告の申告によればゴム裏草履であつて原告主張の如くゴム靴ではないから原告主張の通りとすれば原告は虚偽の申告をなしたものというべきである。それは当時ゴム靴は統制品として配給割当公文書と引換でなければ譲渡出来ず、且公定価格も定められていたので若し真実を告げるときは運送を拒絶せられる為日通係員を欺罔して輸送の依頼をなしたものである。而も、原告は訴外上田靴店に対し右物件を統制法規に違反して公定価格に超過し配給割当公文書と引換えずして販売したものであり、仮に原告主張の如く上田靴店に販売の委託をなしたものであるとしても右の如き違法の趣旨の販売の委託をなしたもので原告は右違法取引を遂行せんがために本件物件の輸送を依頼したものであるから右物件の輸送の依頼のための物件の交付自体不法原因給付といわなければならない。而して、民法第七百八条は不法行為による損害賠償にも適用あること勿論であるから被告会社は不法原因による給付者たる原告に対し本件損害賠償義務なきこと明白であるといわねばならない。仮に右主張がその理由なく被告会社に全面的責任があるとしても本訴物件は昭和二十四年四月十六日、おそくとも同月末日迄に着駅たる国鉄彦根駅に到着の予定であつたから運送人たる被告会社は商法第五百八十条第一項により本件物件が到達すべかりし右昭和二十四年四月十六日乃至同月末日当時の時価たる公定価格合計二千二百八十一円の支払をなせば足る訳である。従つて原告の請求に応じ難いと述べた。

原告は右に対し、原告は日通係員に対しゴム製品と申告したるに拘らず係員が勝手に履物類と表示したものであつてゴム裏草履と申告した事実なく従つて原告は日通係員を欺罔した訳ではない。又原告が本件物件を上田靴店に対し配給割当証明書と引換えず公定価格を超過して販売の委託をなしたることは之を認めるがその余の被告主張事実は之を争うと述べた。

<立証省略>

当裁判所は職権で原告本人加藤志げを尋問した。

三、理  由

原告がゴム製品の販売業をしていたこと、原告主張の頃原告が訴外上田又夫靴店に対し本件ゴム靴の販売の委託をなしたことは原告本人加藤志げの供述に依つて之を認めることが出来るし、原告が物品の品名の点を除き原告主張の如く日通係員に対し上田又夫靴店宛輸送を依頼し同会社が之に基き鉄道運送業を営む被告会社との間に発駅被告会社津島線甚目寺駅、着駅国鉄東海道線彦根駅、荷受人上田又夫靴店、種別小口扱とした原告主張の如き物品相次運送契約を締結したこと、被告会社係員が之に基き右物品の輸送中西批杷島駅に於て名古屋本線に積換のため卸下同駅ホームで保管中盗難にあつたことは当事者間に争がなく、右輸送物件が本訴物件なることは原告本人加藤志げの供述によつて之を認めることが出来る。

そこで被告会社が右物件の窃取せられるについて責任があるかどうかについて考察して見よう。凡そ運送人が運送の途中に於て運送品を卸下保管する必要を生じた場合には盗難予防のため当然倉庫に入れて施錠をなすなり専任の監視人をおいて之を監視させる等万全の措置をとるべき義務があるものといわなければならない。蓋し、然らざれば一般人は安心して輸送を依頼することが出来ないからである。之を本件の場合について考えて見ると証人川松辰一、同木村英二の各証言に依れば被告会社係員は本件物件を昭和二十四年四月十四日午前十一時積換のため卸下、翌日午前九時十五分名古屋本線に積載発送することに予定していたこと、物件は駅ホームに網でおおつて保管してあつたこと、日没から午後十時迄一時間おきに巡視していたが午後十時の巡視の際本件物件が紛失していたことを発見したこと、前記網の下からは容易に物件を抜き取ることが出来たことを認め得るから被告会社が未だ以て前記注意義務をつくしたものとなすことが出来ないこと勿論であり、被告会社係員が物件の保管方法につき右の如き放慢なる方法をとりたる為本件物件が窃取せられたるに至つた事実が推認せられ得るから被告会社は本訴物件の紛失につきその係員の使用者として不法行為上の責任があるものといわなければならない。被告は盗難予防のため物件を網を以ておおい且同日三回にわたつて巡視した以上物件が紛失するも不可抗力である旨抗争しているがその理由なきこと前記説示に照し明であるといわなければならない。

被告は更に本件は不法原因給付であるから損害賠償をなすべき義務なしと抗争しているから、此の点について検討して見よう。民法第七百八条は不法原因給付者に対する制裁として不法なる行為をなしたるものをして自ら法の救済を受くることを得ざらしむる趣旨を規定したものであるから不当利得返還請求権のみならず不法行為を理由とする損害賠償請求権にもその適用あること、その所謂不法とは単に法律違反という程度以上に或る程度社会道徳上非難すべき醜悪性を帶びることを要することは勿論である。本件の場合に於て原告本人加藤志げの供述によれば原告が本件物件を日通に依頼したのは訴外上田又夫靴店に対し右物件を配給割当証明書と引換えず且公定価格を超過して販売委託をなすためであつたことを認めることが出来る。(右取引が配給割当証明書と引換えず、公定価格超過の取引なることは当事者間に争がない。)而して、右取引後幾何もなくしてゴム靴に対する統制が廃止せられたことは顕著な事実であり、従つて本件取引当時ゴム靴に対する統制が近き将来に於て廃止せらるべきことは業界一般に予想せられていたことは容易に推認せられ得る所であり、而も本件取引数量が前記認定の通り少量であつたことを綜合して考えて見るときは原告が本件取引を敢行したことを以て直に社会道徳上非難すべき醜悪なる行為となすことが出来ないものといわなければならない。然し乍ら成立に争のない甲第一、二号証、証人服部真一の証言に依つて成立を是認すべき乙第一、二号証、証人服部真一の証言を綜合すれば原告が当初日通に本件物件の運送を依頼したとき同社係員に内容品を尋ねられ履物と答えたが更にその詳細を尋ねられゴム裏草履と答えゴム靴と答えなかつたこと、右はゴム靴と答えるときはゴム靴は前記の如く統制品なるため運送を拒絶せられることを恐れて虚偽の申告をなしたものなること、日通の係員も右申告を信じて輸送を引受くるに至つたものなることを認めることが出来る。右認定に反する原告本人加藤志げ尋問の結果は措信しない。而して、かくの如く違法なる闇取引を遂行するため詐欺行為を弄して運送を引受くるに至らしめた行為は闇取引遂行の目的と詐欺行為が結合することによつて行為自体醜悪性を帶びるに至るものと解さなければならない。蓋し詐欺行為を弄して迄物の輸送を引受くるに至らしめた者に対しその物の返還又はその物にかわる損害賠償請求権を認めるのは不当にかかる者を保護する結果となるからである。斯様に見てくると、原告は訴外日通を通じて被告会社に対し不法原因のため本訴物件を給付したものと認めなければならないから原告は被告に対し右物件を紛失せしめたことによる不法行為上の損害賠償請求権なきこと明であるといわなければならない。

仍て爾余の争点を判断する迄もなく原告の請求は失当であるから之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 奥村義雄)

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