名古屋地方裁判所 昭和27年(行)5号 判決
原告 吉見合資会社
被告 愛知県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年三月二十九日附をもつて別紙目録記載の建物について原告に対してなした訴願人の要求を棄却する旨の裁決を取消す。愛知県幡豆郡西尾町長が昭和二十六年十二月八日右建物について評価決定した固定資産の価格金五百二十九万九千二百円を金三百六万一千七百六十円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。
(一) 別紙目録記載の建物は原告の所有にかゝるものであるが、愛知県幡豆郡西尾町長は昭和二十六年十二月八日右建物について同年度固定資産税の課税標準となるべき価格について、同町固定資産評価員の作成した評価調書にもとずき、これを金五百二十九万九千二百円と決定した。しかし原告は右町長の価格の決定に不服があつたので、昭和二十六年十二月十四日同町固定資産審査委員会に対し審査の請求をなしたが、同委員会は右評価を適当と認める旨決定し、その旨同二十七年一月六日原告に対して通知した。しかし原告は右審査決定に対しても不服であつたので、同年二月四日被告に対しこれが訴願をなしたが、被告は右決定を維持し同年三月二十九日訴願人(原告)の要求を棄却する旨の裁決をなし、その旨同年四月八日原告あてに通知した。
(二) ところで、市町村長が固定資産税の客体である建物の価格の決定をするにあたつては、市町村固定資産評価員のなした評価に基きこれをなすのであつて、その評価及び決定にあたつては、地方財政委員会の指令通達ないし助言に従わねばならぬこと地方税法に明らかであり、昭和二十六年度固定資産の評価については、地方財政委員会より各市町村長に対し財産評価取扱につき通達を発しているのである。これによれば、建物の評価期日現在における家屋再建築価格を求め、これに時の経過による減価(建築後の経過年数に応ずる償却)、利用価値による増減価及び特殊事情に基く減価等を考慮して適正な評価々格を算出すべきことゝしている。ところが、別紙目録記載の家屋は大正十二年建築以来、昭和二十六年一月一日の課税基準日現在までに満二十八年を経過しているものであり、今次戦争中は軍需目的のため昇降手すり、扉、窓枠等の諸設備を撤去供出せられ、その後何等の修補も施されず放任されると共に、建具その他の諸設備も腐朽滅失しているのが現状である。その上一階は収支償わない程度の低廉な賃料で合資会社井桁屋に賃貸中であるが、二階三階及び地階等本建物の大部分は、全く使用に耐えず遊休未利用の状態である。そこでかゝる状況下にある本件建物について、前記地方財政委員会の通達及び愛知県知事より西尾町長に対する「同町内におけるコンクリート建物は坪当り金二万円を以て標準価格とする」との指示に基きその評価をなすと、右金二万円から前述の建物の陳腐化及び遊休未用の特殊事情による減価を考慮し、尠くとも右価格より二割を減じたうえ、更に時の経過による減価として、本件の如き木造以外の家屋は減価償却年数が八十年とせられるから、本件建物の経過年数たる二十八年を基礎として算出された減価償却額を更にこれから控除し、かくして得られる金一万四百円が本件建物の坪当りの適正妥当な標準価格となるのである。しかるに西尾町長は右地方財政委員会の通達及び県知事の指示に従うべき義務に違背し、漫然とたんに陳腐化及び遊休未利用による減価を一割とのみみて、右金二万円の一割減たる金一万八千円を以て本件建物の坪当り評価々格と決定したのは違法の点がある。
(三) また、もし右義務違背の事実がないにしても、西尾町内に存在する本件建物以外の唯一のコンクリート建物である株式会社東海銀行西尾支店は、坪当り金二万円と評価決定されているのに比し、前述の如く既に二十八年を経過し、建物の陳腐化及び遊休未利用の特殊事情のある本件建物について、僅かに一割減の坪当り金一万八千円と評価決定されたのは甚しく妥当を欠くものであつて、右価格の評価決定は実質的に違法を招来するものというべきである。
以上何れにしても、前記西尾町長のなした評価々格の決定は違法であり、該決定を適当として維持した前記審査決定及び本件訴願裁決はすべて違法である。そこで被告の本件裁決の取消を求めると共に、更に処分庁たる西尾町長のなした価格決定につき、本件建物を坪当り金一万四百円として計算するときは建物の適正価格は金三百六万一千七百六十円になるから、該価格に変更すべきことを求めるため本訴請求に及ぶのである(立証省略)。
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実のうち(一)の事実及び(二)の事実中、原告主張の如き通達(正確に謂えば昭和二十六年六月二十五日地方財政委員会通達税第一〇九三号土地及び家屋評価基準の一部改正について)があつたこと、本件建物はその昇降手すり、その他若干の附属設備が戦時中供出されたこと及び一階を除き二階三階は遊休未利用であることは何れも認めるも、その余の事実は不知と述べ、本件において西尾町長は固定資産評価のための評価員を選任し、地方財政委員会又は県知事の通達指示ないし助言に基いて評価させ、その結果に基いて町長が公正な判断の下に価格を決定したものである。なお原告主張の地財委税第一〇九三号の通達によつても、本件家屋の賦課期日たる昭和二十六年一月一日現在における再建築価格は坪当り金六万一千三百五十円であり、それより家屋年令による損耗及び遊休の度合による減価を十分考慮し、坪当り金一万八千円と決定したのであるから、西尾町長のなした評価及び決定は何等妥当を欠くものでなく適正であり、右決定を適当と認める本件裁決は取消さるべきものではないと述べた(立証省略)。
三、理 由
別紙目録記載の建物は原告所有のものであるところ、愛知県幡豆郡西尾町長は右建物に対する昭和二十六年度固定資産の評価々格決定に当り、これを金五百二十九万九千二百円(坪当り金一万八千円相当)と評価決定したが、原告は右決定に不服であつたので、同町固定資産審査委員会に対し審査申立をなし、更に被告に対し訴願をなしたところ、被告は昭和二十七年三月二十九日原告の訴願を棄却したこと、右建物は大正十二年に建築せられたものであるが、今次戦争中軍需目的のため階段の昇降手すり、窓枠等は撤去供出せられたこと、昭和二十六年一月一日の本件課税基準日頃は右建物の一階は合資会社井桁屋が賃借使用中であつたが、二階三階は共に遊休未利用の状態であつたこと及び地方財政委員会より各市町村長に対し通達税第一〇九三号「土地及家屋評価基準の一部改正について」なるものが発布せられていたことは、それぞれ当事者間に争がない。
そこで判断してみるに、本件建物の状況に関し当事者間争ない事実と証人小泉好市の供述及び建物の検証の結果を併せ考えると、本件建物は西尾町商店繁華街の中心地にあたる同町幸町十九番地に位置する地階を含み四階建の鉄筋コンクリート建店舗であつて、各階窓には鉄製の引上式鎧戸が設置されているところ、その地階の間口二間奥行四間の元汽鑵室内には深さ約三尺位の侵水のあることが認められ、一階への昇降用階段及び地階電線等電気設備は侵水のため腐蝕状態にあり、なお各階の昇降手すりは全部金属部分が竹製の手すりを以て代用されており、二、三階は窓硝子の破損はないが、屋上出入口の鉄扉及び同鉄枠等は除去され、展望台及び煙突にはかつて設備されていた鉄製梯子等の除去された痕跡のあることが認められ、又二、三階は現在遊休未利用であるとはいえ一応整備されていて、何等の補修も要しないで使用可能の状況にあること及び地階の侵水状態も一馬力半動力によるポンプ排水を行えば、一日約十分ないし二十分の使用でその侵水を防ぎ得るものであることが窺われる。
ところで、成立に争のない甲第二号証及び乙第一、同第二号証の一、二に証人安藤喜一、同斎藤登茂雄、同小県好市の各証言を総合すると、西尾町長は本件建物に関する昭和二十六年度固定資産の評価決定にあたつては、前記建物の諸事情、就中これが大正十二年の建築にかゝるものであること、一階を除くその他が遊休未利用の状態にあること、前述の如き建物の諸設備が一部撤去のまゝであり、相当の腐蝕部分もあること等を考慮し、更にこれがコンクリート建物であるとの特殊性に留意し名古屋市及び岡崎市等の隣接各都市とも比較考慮のうえ、西尾町内に存在する各木造建物との評価の均衡を保つことを第一目的とし、時価評価主義の下に同町固定資産評価員の作成した実地調査に基く評価調書を参考として、独自の判断のもとに同町内木造建物の中級の上位の建物の評価々格坪当り金一万五千円及び本件建物以外の唯一の鉄筋コンクリート建物たる株式会社東海銀行西尾支店の評価々格坪当り金二万円との均衡をも考慮して、これが坪当り評価々格を金一万八千円と評価決定したこと、又西尾町内における昭和二十六年度固定資産の各評価は同町内において一応権衡を保ち、これらに対する不服申立は本件を除き皆無の状態であつたことを認め得る。然るに原告は、西尾町長が右評価決定をなすにあたつて、市町村長あて地方財政委員会昭和二十六年通達税第一〇九三号の示す評価基準に従わなかつた違法の点がある旨主張するので考えるに、地方財政委員会は、市町村の固定資産評価員が固定資産の評価をするため必要な評価の手引その他の資料を作成し、その評価の基準を示すと共に評価の実施の方法及び手続を示す等市町村長に対し技術的援助を与え、又道府県知事は右評価員の研修を行い、地方財政委員会の作成した資料の使用方法及び評価の基準方法及び手続等について指導を行い、かつ市町村長から固定資産の評価について助言を求められた場合においてこれが助言を与える等の各職責を有することは地方財政委員会設置法第四条第一項第十七号地方税法第三百八十八条、第四百一条に明らかであるが、しかし地方財政委員会又は道府県知事は市町村の徴税吏員又は固定資産評価員を指揮する権限を有するものと解釈すべきでなく、市町村長は独自の判断と責任において固定資産の評価をなすべしとする同法第四百二条、第四百三条の規定の趣旨及び市町村長が固定資産の価格の決定を示した場合にはその結果の概要調書を作成し道府県知事に送付し、道府県知事は右調書に基き市町村間における評価の不均衡のあるときは当該市町村長に対し価格の修正をなすべく勧告をすることができるが、この場合においても市町村長は独自の見解を以て修正を必要と認めた場合に限り遅滞なくこれが修正をなすべきことを規定した同法第四百十八条、第四百十九条等の規定の趣旨等より解して、固定資産の評価に関しては地方財政委員会及び道府県知事は市町村自治の確立のため独立した地方財政の健全なる発展に資するため必要な技術的援助を与える機関に過ぎず、両者は非権力的関係にあるものと考えるのが相当であるから、本件通達は必ずしも市町村長を拘束するものとは考えられない。したがつて、右通達に従うべきことを前提とする原告の主張は理由のないものと謂わなければならない。しかし乍ら右通達は地方税法第三百八十八条にもいう如く、地方財政委員会の示す評価基準に関する通達として、市町村の固定資産評価員が評価をなすにあたり適切な評価の資料たりうるものと解すべきであるから、今右通達に従つて昭和二十六年度固定資産税の賦課基準日たる昭和二十六年一月一日現在における本件建物の評価をなすと、右通達第四十五項ないし第四十八項によれば、本件建物の如き鉄筋コンクリート建物については、これが再建築価額を求め、これに時の経過による減価、利用価値による増減及び特殊事情により減価をなして評価額を算出すべく、時の経過による減価としては、家屋年令(本件建物は大正十二年建築にかゝるから二十八年である)に構造用途別に定めた減価率(本件通達別表十三によれば鉄筋コンクリート建店舗は〇、〇〇六)を乗じて求めること、利用価値の良否に基く減価としては、当該建物の位置及び形式の適否、使用者の利益に及ぼす影響及び建物の間取、通風、採光等の状況により一割程度の減価をなし、更に特殊事情に基く減価として、建物の損壊の程度、建築過程のかしに基く維持管理上の支障及び遊休未利用状態を考慮し適宜減価をなすべきところ、これを本件建物について考えてみるに、先ず証人小県好市の証言によれば、愛知県固定資産評価員小県好市の実地調査に基くときは、昭和二十六年一月一日当時における本件建物の再建築価額は坪当り金六万一千三百五十円となることが認められる故、右金六万一千三百五十円に対し、時の経過による減価率(0.006×28=0.168)を乗じ、更に前述の本件建物の位置及び一階は合資会社井桁屋が賃借使用中であり、これが利用価値は原告に対し十分でないので、右通達に従つた一割の減価をなし、更に一階を除きその余は遊休未利用の状態にあること及び前段認定のとおり建物設備の腐蝕による陳腐化等の減価を十分に考慮して、なお坪当り金一万八千円を下らずこれより格高になるものと判断せられるのであつて、以上のことは証人斎藤登茂雄、同小県好市の各供述に徴してもこれを明らかに認めることができる。そして本件建物が、前段認定の如く特に西尾町内における固定資産評価の均衡を唯一の目的として価格を定められたとはいえ、本件通達通りに評価しても尚一万八千円以上になることを考えれば、本件建物について西尾町長が評価決定した坪当り金一万八千円の額は原告の利益のため少しも妥当を欠くものとは謂い得ない。尤も原告は、本件建物の評価基準を坪当り金二万円とするとの愛知県知事の指示があるから、右金二万円を基準にして各種減価をなすべきであつたと主張するが、右の如き指示が真実愛知県知事より西尾町長に対しなされたか否かについての点は暫く措くも、右金二万円について更に原告主張とおり各種の減価をなすべきであるとの主張については、これを認めるに足るなんらの証拠もないので、右主張は採用し難い。
次に原告は、東海銀行西尾支店の建物が坪当り金二万円に評価決定されたのに比し、本件建物はその時の経過、遊休未利用による特殊事情を考慮し金一万四百円が妥当である旨主張するが、西尾町長が本件建物の評価をなすにあたつては、右西尾支店の建物と比較し時の経過による減価、遊休未利用、更に諸設備の撤去及び陳腐化による減価を考慮の上、坪当り金一万八千円と評価決定したことの妥当である点について前段認定のとおりであり、証人斎藤登茂雄、同小県好市の各証言に徴しても、右西尾支店の建物は再建築価額より概算するときは坪当り金八万円をもつて適正な評価々格となるべく、これを金二万円と評価決定したのは著しく低額に過ぎるとの事実が認められるのであつて、斯様に過少評価された西尾支店に比準して本件建物について更に減価をなすときは、西尾町内における昭和二十六年度固定資産の評価の均衡を乱すことになり、妥当でない結果を生じるものというべく、原告の主張はとうてい是認できない。
かようなわけで、本件建物につき西尾町長が昭和二十六年度固定資産の価格の決定にあたり、これを坪当り金一万八千円と評価し金五百二十九万五千二百円と定めたことは妥当であり、成立に争のない甲第四号証の記載によれば被告のなした本件訴願の裁決も右と同一趣旨に出るものであることが認められる故、これを妥当として維持すべきである。よつて原告の本訴請求を失当として棄却することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 山口正夫)
(別紙目録省略)