名古屋地方裁判所 昭和28年(ワ)1633号 判決
原告 長田忠信
被告 株式会社常盤洋行
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「訴外株式会社長田商店の被告に対する手形及び小切手上の諸債務に関する原告と被告との保証契約の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は訴外長田商店の代表取締役であつたが同会社は昭和二十八年二月六日その振出手形を不渡とし遂に支払停止の状態となつた。即ち右訴外会社はその頃被告に金百五十余万円、訴外柴垣毛織株式会社に金四百九十余万円其の他の取引先に数百万円の債務を負担し、資産としては会社所有の建物、商品等合計金三百万円位に過ぎず結局債務超過の状態であつた。ところが被告会社々長常松常夫及び訴外柴垣毛織株式会社々長柴垣行雄は原告の私有財産から右訴外会社の債務の支払を受けようとして、同年二月七日頃原告に強硬な請求を為し、若し原告が私財を提供すれば商品を廻し会社業務を再建させると申出たので、原告もその言葉を信じ早朝三時頃之を承諾し被告及び右柴垣毛織株式会社に対し各別に「原告が右訴外会社の負担する手形及び小切手上の諸債務の保証としてその所有の宅地三十六坪六合を提供する」旨の保証書、誓約書及び委任状を差入れた。しかしながら、(一)右保証契約は被告及び右柴垣毛織の両名に各別に同一物件を目的として同時に同一場所において之を知悉する被告等に対し為したもので不能の給付を目的とした契約であるから無効である。(二)その後被告は右訴外長田商店の債権者団に対して為されたものであると弁解するに至つたが、原告は被告を総債権者の代理人として契約したものでないから右保証契約は真意に反し無効である。(三)仮りにそうでなくとも、被告は当初の契約に反し右訴外長田商店の再建に何等の努力を為さず右長田商店の債権者集会の席上において「業務の再建とは名目だけで原告の私財を取つてしまえば目的を達する」と発言して恥じず、当初から右長田商店を再建する意思なきに拘らず「原告の私財を提供すれば商品を廻し会社業務を再建させてやる」と申向けて原告を欺罔し原告をして右長田商店の債務を保証せしめ且その私財を担保に提供せしめたものであるから、被告の詐欺に因り成立した右保証契約につき本訴において之を取消す。(四)仮りに然らずとするも原告は被告が右長田商店の再建に努力して呉れるものと信じて右保証契約を締結したものであるから、被告が再建に努力を尽さないのみでなく却つて右長田商店に対し破産申立をしてその再建を不能ならしめた以上右契約は要素の錯誤があつて無効のものである。(五)仮りにそうでないとしても、被告は昭和二十八年二月十日頃右長田商店の債権者集会において事実上の議長として原告から右長田商店の債権者全体のために私財を提供する事に話を進めたものであるから、その席上において原被告間の黙示の合意によつて右保証契約は解除されたものである。以上の理由により被告に対し右保証契約の無効なることの確認を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の主張事実に対し、原告が昭和二十八年七月二十三日名古屋地方裁判所において破産宣告を受けたことを認めるがその余の主張事実を否認する。原告の請求は右破産申立の原因となつた債務そのものゝ不存在を争うものであつて、破産財団に関する訴訟ではないから、原告は本訴において訴訟追行権を有する、即ち破産の宣告を受けた者がその破産宣告に対して抗告することが許されている以上その抗告手続において破産者と雖も訴訟追行権を有することは明白であつて、それは破産者がその抗告手続において破産原因たる債務の不存在を主張することは破産財団に無関係のものであるからである、原告が本訴において右破産宣告につき破産原因となつた債務の不存在を主張することは之と本質を異にするものでないから、破産財団に関する訴訟でない本訴につき原告はその訴訟追行権を有するものである。而して破産管財人は破産者の利益代表者でないのみでなく、現に原告の破産管財人である訴外大畑政盛は原告が被告に対する債務の不存在を極力抗争しているのにも拘らず原告の不利益にその債務を承認している実情であるから若し本訴において破産管財人が当事者となるべきものであつて破産者たる原告に訴訟追行権がないものとすれば、原告の裁判所の裁判を受ける権利を不当に奪うことになり明かに憲法違反であると謂わねばならない。又破産法第二百四十条第二項及び第二百四十四条第二項において破産者が訴訟当事者となり得ることを規定している趣旨から観ても原告が本訴において訴訟追行権を有することは明かであると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は本案前の答弁として主文第一項と同旨の判決を求め、原告は昭和二十八年七月二十三日名古屋地方裁判所において破産宣告を受けたものであり、本件訴訟物は原告がその主張の土地を被告に対し担保として提供した担保差入契約の無効又は取消を目的とするものである。しかも右土地は原告が昭和二十五年七月訴外吉田しづから買受けながら昭和二十八年二月十二日訴外株式会社長田商店の支払停止の後において同会社の連帯保証人である原告がその妻訴外長田金子と共謀して債権者を害することを知りながら同人に無償で譲渡し、所有権移転登記を為し原告個人を無資力状態にしたものであるため、破産管財人である訴外大畑政盛もその報告書で否認行使の目的たる財産であると認定し第一回債権者集会において否認権行使の訴を提起することを決議した結果右長田金子も右土地を破産管財人名義に変更したので右土地はもはや破産財団に復帰したものであるから破産財団に関する訴訟である本訴においては原告が訴訟の当事者たる適格を欠き、訴訟追行権を有しない。仮りにそうでないとしても原告は右破産宣告の決定に対し抗告し繋争中であるから本訴の如き主張は抗告手続においてなすべきであつて別に本訴を提起することは正しく二重起訴となり許されないので原告の本訴は速かに却下さるべきものである。
本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告の主張事実中、原告が代表取締役である訴外株式会社長田商店が被告その他に数百万円の債務を負担しながら資産は僅かに三百万円位を有するに過ぎず債務超過の状態で昭和二十八年二月六日その振出の手形を不渡としたことから遂に支払を停止したこと、原告がその主張の様に被告及び訴外柴垣毛織株式会社に保証書、誓約書及び委任状を差入れ保証契約を為したことを認めるが、その余の事実は否認する。而して(一)右保証契約が仮りに同一物件につき同時に譲渡契約をしたものとしても、被告及び右柴垣毛織において同時に所有(共有)することができるから右保証契約は有効である。(二)原告は被告に右保証書を昭和二十七年十一月三十日に、又誓約書を昭和二十八年二月七日に各差入れ右保証契約は当事者の真意に基き成立したものである。(三)又右保証契約は訴外長田商店の再建を条件として締結したものでなく右会社が原告の個人会社であるため、道義観念乃至取引通念から多数の債権者に損害を与えることを避くる手段として原告個人の私財を提供して損害を補填する目的で為されたものであつて当時原告が債権者に対して条件を附し或は対価を求めることができる権限乃至資格を有しなかつたものであるから被告が欺罔手段を用いたような事は断じてあり得ない。(四)その他原告の主張は総て身勝手な想像を基礎とする自我論であつて何れも理由のないものであるから原告の本訴請求は失当である、と述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず原告が本訴につき正当な当事者として訴訟追行権を有するかどうかを判断する。
当裁判所が職権をもつて調査したところによれば、被告及び訴外柴垣毛織株式会社が昭和二十八年二月二十八日原告に対し破産申立を為し、当裁判所において右申立を審理した結果、原告は「昭和二十八年二月七日被告に対する訴外株式会社長田商店の債務を被告宛の保証書をもつて保証すると共に原告所有の土地三十六坪六合をその債務の保証のため譲渡することを約したが昭和二十八年二月十二日以降その債務を履行せず支払を停止して支払不能の状態にある」ものとして同年七月二十三日午前十時原告を破産者とする旨宣告したところ、原告は右破産宣告の決定を不服として同年八月三日名古屋高等裁判所に抗告し目下同裁判所において審理中である。
この事実によれば、原告は破産宣告によつてその破産財団につき管理処分権を失い、破産財団に関する訴訟において正当な当事者としての適格を失いその訴訟につき訴訟追行権を有せざるに至つたものである。しかもこの破産宣告の決定は破産宣告を受けた者からの不服申立の有無に拘らず宣告の時から直にその効力を生ずるものである。
ところが原告は右破産の原因である債務の不存在を主張する本訴は破産財団に関する訴訟でないから原告において訴訟追行権を保有する旨主張するので考えて見るに、原告がその主張の日に被告に対し訴外株式会社長田商店の被告に対する手形及び小切手上の諸債務を保証しその物上保証として原告主張の土地三十六坪六合を提供する約旨に基き保証書、誓約書を差入れ保証契約を締結したことは当事者間に争がないところ、原告は右保証契約の無効をもつて争うことその主張自体で明かであるが物上保証として提供した右土地に関する訴訟は破産財団に属する財産に関する訴訟であつて破産者はその訴訟につき訴訟追行権を有しないことは明かであるのみでなく、又右保証契約の無効を主張して破産原因たる債務の不存在確認を求める訴は所謂破産財団に属する消極財産に関する訴訟として破産財団に関する訴訟と見るべきであるからやはり破産者たる原告はその訴訟につき訴訟追行権を有しないものと解すべきである。従つて原告が破産者としてその破産手続における債権調査期日において異議を述べたこと及び本訴がその債権の確定訴訟であることの主張立証のない本件においては原告自ら右破産の原因となつた債務の不存在を主張して訴を提起し当事者となつてその訴訟を追行することは許されないところである。
而して民事訴訟法が判決手続においては事実の「証明」を要求しているのに反し、破産法が破産申立事件において破産宣告手続が破産宣告を受ける者の身上に重大な結果をもたらす事項であるに拘らず「疏明」で足り、決定手続で審判することとしたのは破産宣告が実体的権利関係の終局的な確定を計るのでなく、その以前に破産手続を開始するか否かを決するものであるため証明までも要求したのでは時機を失する虞があることを考慮したものである。勿論破産者と雖も破産債権について異議があるときは破産手続中の債権確定手続において実体的権利関係の確定を求め得る機会を有しその債権確定訴訟においては破産者も訴訟当事者として債権の存在並にその内容につき争い自己の主張を有利に展開することも可能であつて法の保護を受くるに何等欠くるところがない。若しその訴訟において唯一の破産原因である債権が存在しないことに確定して他に破産債権の届出がない場合は先になされた破産宣告の決定も取消され破産申立は却下される場合もあることであろう(昭和九年九月二十五日大判)が、そうでない限り原告の右主張は理由がないことに帰する。
次に原告は破産管財人は破産者の利益代表者でなく、破産者が破産原因たる本件債務の存在を極力争つているにも拘らず破産者の不利益に之を承認している実情であるから本訴においてもなお破産者に訴訟追行権がないものとすれば破産法の規定は憲法で保障する「裁判所の裁判を受ける権利」を破産者から不当に奪うものであつて憲法に違反する旨主張するので判断するに、破産管財人は国家機関であるが、破産財団の管理処分及び否認権行使については債権者団体を代表することになり、債権に対する異議については破産者を代表する場合もあるものであつて、原告の本訴請求原因の如き破産原因たる保証契約に基く債務の存在を争う場合は破産管財人が破産債権に関する異議の手続において破産者を代表して為すべきものであるが、この場合破産者も亦債権調査期日に異議を述べることによつてその異議ある債権の確定訴訟につき訴訟当事者として適法に訴訟を追行する権能を有するものである。この事は原告も自ら破産法第二百四十条第二項、第二百四十四条第二項を例示しているが、この外同法第二百四十六条第二項、及び第二百四十八条第二項等法律が特に破産者に訴訟の当事者適格を認めている場合は勿論その他破産者と雖も権利能力、行為能力、訴訟能力を失うものでないからその自由財産に関する訴訟、非財産権上の訴訟等について当事者適格を有することは当然である。されば破産法が一定の立法目的のため破産財団に関する訴訟につき破産者に訴訟追行権を失わしめたことは破産者の「裁判所の裁判を受ける権利」を奪つたことにならないから何等憲法に違反するものではない。
また、破産管財人は善良な管理者の注意をもつてその職務を行うべきものであるから、破産者が債権調査期日に極力債権につき異議を述べたのに拘らず漫然その債権を破産者の不利益に承認するが如きは破産管財人としてその注意義務を怠つた場合に該当し破産者に損害を蒙らしめたときは破産者に対し損害賠償を為すべき責任があるものと解すべきであろう。若し破産管財人が、破産申立事件において破産裁判所が破産原因として主張された債権の存在を「疏明」によつて認定し破産宣告の決定をしたことに藉口して破産手続中の債権確定手続において破産者から右債権につき異議を述べても既に裁判所で実体的にもその債権の存在を確定したものと做し、それ以上実体的に債権の存在につき終局的な確定に関する適当な処置に出でないときは破産管財人として善良な管理者の注意義務を怠つたものと謂うべきであろう。即ち前段説示の如く破産宣告手続は破産手続を開始するか否かを決する形式的な手続であつて実体的権利関係を終局的に確定するものではない。唯一の破産原因となつた債権であつてもその存否に争のある場合は寧ろ債権確定手続において実体的権利関係を終局的に確定すべきものである。この場合破産管財人は破産者を代表として債権の存否及びその内容につき実体的に確定すべき職務を有しその債権確定訴訟においては自らも当事者として善良な管理者の注意をもつてその訴訟を追行しなければならない。破産法の規定によれば破産者が債権調査期日において破産債権につき極力異議を述べた場合でも破産管財人(及破産債権者)において異議を述べないときはその債権は直に確定し債権表に記載されることによつて確定判決と同一の効力を有するに至るものであるから、破産管財人としては破産者が極力異議を述べた債権についてはその実体的権利関係の確定につき破産者の主張も充分考慮して、債権確定の訴訟において慎重に審理を受けて終局的に確定するよう適当の処置をしなければ善管義務に違反したことになろう。
従つて破産者である原告はその破産管財人がその職務を行うにつき善良な管理者の注意を怠つたため損害を蒙つた場合は破産管財人に対し損害賠償を求める権利も留保されていることであるから仮令その主張の如く破産管財人である訴外大畑政盛が原告から被告に対する右保証債務の存在につき極力異議を述べたのに対し、原告の不利益に之を承認したことがあつても法の保護を受くることに欠くところがない筈である。
之を要するに原告は破産者であつて、その主張の右保証契約の無効を原因として破産債権を争う本訴請求は所謂破産財団に属する消極財産に関する訴訟である、従つて原告は本訴において正当な当事者適格がなくその訴訟を適法に追行する権限を有しないものであるから爾余の判断を待つまでもなく、原告の本訴は不適法として却下すべきである。
よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村本晃)