名古屋地方裁判所 昭和29年(ヨ)1227号 判決 1955年4月11日
申請人 小川寿美雄 外三六名
被申請人 東海段ボール株式会社
主文
債務者は債権者等に対し夫々別表最下欄記載の金員を仮りに支払え。
訴訟費用は債務者の負担とする。
(注、無保証)
事実
債権者等代理人は債務者は債権者等に対し夫々別表上欄記載の金員を仮りに支払え、訴訟費用は債務者の負担とするとの判決を求め、その申請の理由として、債務者は段ボールの製造販売を業とする会社で、債権者等は何れも債務者会社の従業員であつたが昭和二十九年十月十四日債務者会社代表取締役申請外小林一夫、常務取締役同小林練一は協議の上同月十五日附をもつて債権者等に対し即時解雇の通告を為した。しかし乍ら債務者は債権者等に同年十月分の賃金及び即時解雇に伴う解雇予告手当(金額別表記載の通り)の支払を為さず(債権者佐野卯太郎は同年七、八月分の賃金の支払もうけていない)よつて債権者等は右賃金及び解雇予告手当支払請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが債権者等は何れも債務者会社より支給される賃金によつて生計を立てているものであるからこの支払をとめらて生活に困窮し、目下急迫をつげているので右本案訴訟において勝訴判決をうるまでの間仮りに右賃金等の支払をうけるため本申請に及んだと述べ、債務者の主張に対し申請外小林一夫が代表取締役を辞任したことは否認する。仮りに同人が辞任したとしても右事実につき登記が為されていないから債権者等に対抗することはできないと陳述した。(疎明省略)
債務者会社代理人は債権者等の本件仮処分申請を却下するとの判決を求め、債権者等主張事実中債権者等が何れも債務者会社の従業員であつたことはみとめるがその他は否認する。債務者は債権者等を解雇したことはなく、同人等は任意に債務者会社へ出勤しないのにすぎない。申請外小林一夫は昭和二十九年七月二十八日債務者会社の代表取締役を辞任しているので仮りに同申請外人が、申請外小林練一と協議の上債権者等を解雇したとしても無権限者の為した意思表示であつて何等の効力を生ずるものではない。債権者等は債務者会社の従業員であるから当然右小林一夫の辞任した事実を知悉していたし、仮りに知らなかつたとしても従業員解雇の如き重大な事項は取締役会の議決がない限り無効であるから右小林一夫が債務者会社の取締役会の議決を経ないで為した本件解雇の通告も無効であるよつて債権者等の本件申請は失当であると述べた。
理由
債権者等が従来債務者会社の従業員として雇われていたことは当事者間に争なく、成立に争ない疎甲第一号証及び証人小林練一の供述によれば、申請外小林一夫は債務者会社創立当時よりその代表取締役に就任し、昭和二十九年七月二十八日、同会社に対し代表取締役辞任の申出を為したが当時債務者会社の経営につき実権を有していた申請外日商株式会社の承諾を得られなかつたため債務者会社としてもその株主総会乃至役員会の議事にもかけず、右辞任申出を承認しなかつたこと、その後昭和二十九年十月十六日附で債務者会社は右小林一夫の代表取締役たる資格を喪失せしめた旨の登記を為したが、右解任登記の為される以前において、右小林一夫、申請外小林練一、同間瀬徳三郎は前記日商株式会社の求めによつて同会社に赴き、同会社より債務者会社の経営内容についての指示をうけたがその意向に従つて昭和二十九年十月十四日小林一夫、小林練一協議の上債権者等を即時解雇することを決定し、翌十月十五日に之を債権者等に通告し、債権者等においてもこれを了承したことがみとめられる。債務者は仮りに小林一夫が解雇の通告を為したとするも債権者等は当時既に小林一夫が債務者会社の代表取締役を辞任していた事実を知つていたのみならず、小林一夫の右行為は取締役会の議決を経ていないからその解雇の意思表示は無効であると抗争するけれども、小林一夫が債務者会社の代表取締役を辞任した事実を債権者等が知つていたことを認むべき疎明はないから、昭和二十九年十月十六日付の前記解任登記以前の辞任についてその効力を債権者等に対抗することをえないものと云うべきであり、且つ前示認定によれば小林一夫が為した本件解雇の意思表示は同人が債務者会社の代表取締役たる権限に基きその業務執行として為したものとみとめられるから、かりに債務者会社の取締役会の議決を経なかつたとしても之をもつて直ちに右解雇の意思表示が無効であるということはできず他に右認定をくつがえすべき疎明は存しない。
更に昭和二十九年十月十五日附で小林一夫が右解雇の通告を為した後債務者会社において右通告を否定する意思表示を為したことについての主張疎明もなく、且つ同月分の賃金を支給しないとの債権者等の主張について債務者は明らかに争わないので之を自白したものと看做すべきであるが、以上諸事情を考え合せると債務者自ら債権者等を一方的に即時解雇しながらその解雇に伴う予告手当の支払をまぬがれるため右事実を徒らに争うものとうかがわれるので債務者の右主張は何れも失当といわなければならない。
よつて進んで債権者等の未払給賃金及び即時解雇に伴う予告手当について案ずるのに、前記小林練一の証言によれば債権者等の昭和二十九年十月分の賃金及び予告手当金について小林練一が債務者会社に備付けの賃金台帳によつて計算したところ夫々別表記載の如き金額になつたこと、なお債権者佐野卯太郎は業務上疾病となり目下休職中であつて、従来平均賃金の四割を支給する方針が内定されており右金額は一ケ月金八千八百円となるが、七、八月分は未支給のままになつていることが認められる。
以上の如く債権者等が債務者に対し本件未払賃金及び解雇予告手当の支払を求める被保全権利につき疎明あるものと云うべきところ、債権者等が何れも債務者会社の従業員として雇われている以上その支給される賃金によつて生計の途を立てているものであつて、その支給を絶たれるときは直ちに生活に困窮を来たすであろうことは現下の経済事情からみて顕著であるから本案訴訟において勝訴判決をうけるまで仮りにその支払をうけることを求める必要性もあるものといわねばならない。しかしながら支給金額については仮処分の性質上生活の困窮という現在の危険から債権者等を守るのに必要な最少限度にとどむべきことは言を俟たない。よつて債権者等の本件仮処分申請を別表最下欄の金額の仮の支払を求める限度において相当として之を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 成田薫)
(別紙)
請求金額一覧表
氏名
賃金
解雇予告手当
計
昭和二九年一〇月分
小川寿美雄
一八、五六八
二〇、〇〇〇
三八、五六八
二五、〇〇〇
略
二六、四〇〇
但し七八月分を含む
八、八〇〇
三五、二〇〇
二四、〇〇〇
略
一七、五二六
一三、三三三
三〇、八五九
二一、〇〇〇
略
一五、六六四
一七、〇〇〇
三二、六六四
二二、〇〇〇
略
一一、四三八
一三、〇〇〇
二四、四三八
一七、〇〇〇
(以下略)