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名古屋地方裁判所 昭和29年(ワ)1109号 判決

原告 菱川重蔵

被告 村上清次郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき昭和二十九年五月三十一日当裁判所のなした強制執行停止決定は取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告より原告に対する当裁判所昭和二十七年(ユ)第一七三号建物収去土地明渡調停事件の執行力ある調停調書正本に基く強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として

一、被告より原告に対する名古屋地方裁判所昭和二十七年(ユ)第一七三号(本訴番号昭和二七年(ワ)第一三三九号)建物収去土地明渡調停事件において昭和二十八年三月二十三日左記の条項により調停が成立した。

(イ)  被告は原告に対し名古屋市中区新栄町六丁目二十三番地の一、宅地十七坪を現況通り昭和二十二年五月二十二日より昭和四十二年五月二十一日まで満二十ケ年賃貸することを承諾する。

(ロ)  原告は被告に対し前項土地に対する昭和二十六年十二月末日迄の地代の不足分及び昭和二十八年二月分までの延滞地代以上合計三万二千八百二十二円並に被告が原告に売渡した煙草代金の残額金一万円也の債務を負担していることを承認して、昭和二十八年三月より昭和二十九年四月まで一ケ月金三千円宛毎月末日限り被告方へ持参又は送金して支払うこと。但し最後の月は金三千八百二十二円を支払うこと。

(ハ)  第一項の土地に対する地代を昭和二十八年三月より十二月まで一ケ月金二千百七十五円と協定し、原告は毎月末日限り被告方へ持参又は送金して支払うこと。但し昭和二十九年一月分よりは諸般の状勢に鑑み双方適宜協定をすること。

(ニ)  原告が第二項の分割支払又は第三項の地代の支払を何れにても三回分以上怠つたときは賃貸借契約は当然解除せられ原告は被告に対し第一項の土地を地上の建物を収去して即時無条件で明渡をなすこと。

二、前記の調停条項に基き原告は昭和二十八年十二月分まで、地代及延滞金等は遅滞なく支払つて来たが、偶々事業不振に陥り履行が困難となつた為、昭和二十九年三月二十七日被告に同年一月から三月までの三ケ月分の支払を四五日猶予せられたい旨申し入れたところ被告の承諾を得たので、四月三日原告自ら現金を持参して支払わんとしたところ受領を拒まれたので更に同月五日訴外堀田徳一氏に依頼し、被告に受領方を懇願したが被告は言を構えて受取つてくれなかつたから原告は同月七日已むなく名古屋法務局にこれが弁済の為供託した次第である。

三、然るに被告は原告が前記調停条項に基く債務を履行しないとの理由で名古屋地方裁判所に執行文付与の申請をして、その付与を得て強制執行の挙に出でようとしている。

四、然しながら、原告は前記の通り調停条項は完全に履行しているので右土地明渡に関する条件は未だ成就しないから強制執行は許さるべきでない。

五、仮りにそうでないとしても被告の右強制執行は権利の濫用である。

よつて被告に対し右調停調書の執行力ある正本に基く執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として原告の請求原因第一項の事実は認める。第二項中原告が昭和二十八年十二月迄地代並に延滞金分割払は遅れ勝ながら支払つたこと並に供託の通知があつたことは何れも認めるが、その余の事実は全部否認する。請求原因第三項を認めるが第四、五項は否認する。原告は昭和二十九年一月以降同年三月分迄三ケ月分の支払をなさず、漸く同年四月六日午前原告自ら一ケ月分金五千百七十五円のみを持参して受領方を申入れたので当日留守居をしていた被告の長女たか子は期限経過後であり、殊に一ケ月分では受領できないと拒絶したところ、同日午後三、四時頃原告の代理人訴外堀田徳一が被告方を訪れ「期限が過ぎているから駄目だらうと云つたが兎に角頼まれて来たから受取つてもらいたい」と申して一ケ月分を持参したので被告がこれを拒絶したので、原告は同月八日附で三ケ月分金一万五千五百五十円の供託通知を送付して来たものである。仮に原告主張の如く昭和二十九年三月二十七日三ケ月分の支払いを四、五日猶予した事実があつたとしても、供託通知のあるまでに原告が現実に提供したのは前記の如く一ケ月分金五千百七十五円に過ぎず其の後三ケ月分の供託をしても二ケ月分については現実の提供がないので供託は不適法で効力がない。又仮に三ケ月分の提供があつたとしても供託通知書のみを被告に送達したのみで供託書そのものの送達がないのは不適法で弁済の効力がない。以上述べたように原告の弁済提供は三ケ月の期間後であるから、昭和二十九年三月三十一日経過と共に調停調書の明渡条件は成就したもので被告の強制執行は適法である。と述べた。<立証省略>

三、理  由

原被告間に原告主張の日に、原告主張の如き調停が成立したこと及び右調停条項により、原告が被告に対し、昭和二十八年十二月までの地代及び延滞金を支払つたが、昭和二十九年一月以後三月までの三ケ月分を同年三月末日までに履行しなかつたため被告は右債務の不履行を理由に右調停調書に執行文の付与を得て原告に対し強制執行の挙に出でようとしていることは当事者間に争がない。

そこで原告が右昭和二十九年一月以降三月まで右調停条項に基く債務の不履行があつたか否かについて判断すると、証人菱川愛子、同堀田徳一、原告本人菱川重蔵の各供述を綜合すれば原告は事業不振のため昭和二十九年一月分以降三月分までの地代及び延滞金合計一万五千五百十円の支払を遅滞していたので、昭和二十九年三月末頃原告の娘愛子を被告方に遣り、同年三月末に支払うべき三ケ月分の地代及び延滞金の支払につき三日間程の猶予を請つたところ、被告の娘たか子が応待に出て、その諒解を得たので、翌四月六日原告自身被告方に赴き一ケ月分を提供し受領を申入れたが応ぜられなかつたので更にその直後訴外堀田徳一に依頼しやはり一ケ月分の地代延滞金を被告方に持参したところ、「一ケ月分では受取れない」と被告自身から遂にその受領を拒絶され原告はあわてて同月七日三ケ月分を弁済供託したことが認められる。

右認定事実と被告本人の供述とを併せ考えると期限の猶予は被告の娘たか子があたえているのであるが被告としては二、三日遅れても原告が三ケ月分を持参すれば受領する意思のあつたことも認められるのに拘らず、然るに原告は再三に亘り一ケ月分の弁済の提供をしたにすぎないため遂に被告がこれを受領しなかつたのであつて、現実に提供した一ケ月分の外の部分については原告においてその履行の準備もせず又はその準備したことの通知をする手段を採らなかつたものであるからその二ケ月分につき有効な弁済の提供はなされていない。即ち原告は被告が期限を経過すれば受領しないと予め弁済の受領を拒絶したこともないのに拘らず、当時既に延滞となつていた三ケ月分全部を適法に提供せず単に一ケ月分の提供につき被告が受領を拒絶したことを「弁済の受領を拒み」たるものとして残り二ケ月分の適法な弁済の提供をなさないで直ちに三ケ月分の地代及び延滞金を名古屋法務局に供託したのであるが、かかる供託によつて原告は適法な提供を欠如した二ケ月分についてはその債務を免脱する権能を授与されるものではない。(残り二ケ月分につき適法な提供がなされなくとも直ちに有効な供託をなし得る特別の事情は原告の提出援用にかかる全立証によるも之を首肯するに足る証拠はない)従つて前段認定の原告の供託は被告に対して弁済の効力を生じないというべきであるから原告は前掲調停条項に基く債務の不履行があつたものと認むべきである。原告は仮りに右の事実があつたとしてもわずかな履行遅滞を理由に強制執行をなすことは権利の濫用であると主張するのであるが、右調停の成立した経緯及び該調停において被告が延滞金三万二千八百二十二円を十四ケ月の分割払とする事に妥協した事情並に原告が自認する如く前掲調停条項による従来の地代の延滞金の支払すらも三ケ月以上も遅滞し、しかも一旦期間の猶予を得たにかかわらず原告は一ケ月分しか弁済の提供をしなかつたため前段認定の如く原告の弁済供託が効力がない以上、右調停条項により貸借契約は当然解除される場合に正に該当し、即時無条件で右土地を明渡す義務を負担するに至つた原告が被告からの右調停調書の執行力ある正本に基く強制執行を権利の濫用であると做すことは調停調書の権威の観点から又契約当事者の信義誠実則からも到底許されないところである。

従つて原告の主張は自己の義務を尽さないで徒らに被告の権利行使を攻撃するのみで何等首肯するに足る理由が存在しないから、被告が右調停調書の執行力ある正本に基き強制執行を為すことについては何等違法がないので原告の本訴請求は失当であると謂わねばならない。

よつてその余の判断をまつまでもなく原告の請求は理由がないので棄却することとし、民事訴訟法第八十九条第五百四十八条第一、二項第五百六十条、民事調停法第十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村本晃)

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