名古屋地方裁判所 昭和29年(ワ)3号 判決
原告 中野領次郎
被告 株式会社ユタカ商店
一、主 文
被告は原告に対し金三万円を支払え。
原告の其の余の請求は之を棄却する。
訴訟費用は五分し其の四を原告の負担とし、他を被告の負担とする。
此の判決は原告勝訴の部分に限り執行前担保として金一万円を供する時は仮に執行することが出来る。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し名古屋市中区南大津通二丁目十四番地木造瓦葺平屋建店舗一棟建坪二十坪の家屋を明渡し且つ昭和二十九年一月一日より同年二月末日までは賃料として同年三月一日より右明渡済みに至るまでは賃料相当の損害金として一ケ月金一万五千円の割合による金員を支払え訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は訴外下出義雄より名古屋市中区南大津通二丁目十四番地上建設の木造瓦葺平屋建店舗一棟建坪二十坪を期限の定めなく賃借していたところ、昭和二十七年三月一日被告に対し右家屋を賃料一ケ月金一万九千円(但し其の内金四千円は訴外下出義雄に対する賃料として被告が原告の名に於て直接同人に支払うこと)賃料支払期日は毎月二十五日、賃貸借期間は昭和二十九年二月末日迄と定めて転貸した、然るところ右転貸借期間は昭和二十九年二月末日満了したにも拘らず被告は原告に対して右家屋の明渡しをなさないので被告に対し右家屋の明渡及昭和二十九年一月一日以降右明渡済に至る迄一ケ月金一万五千円の割合による賃料及損害金(但し原告の純利益分)の支払を求める為本訴請求に及んだと述べ、
被告の抗弁に対し、被告が本件家屋の所有者となりその所有権移転登記手続を了したこと及び被告が原告に対して昭和二十八年六月二十九日附書面を以て本件家屋に対する賃貸借契約の解約申入れをなしたことは認めるも、右解約申入れは正当事由にもとずくものではないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中本件賃貸借の建物が建坪二十坪である点を除き其の余の原告主張事実は凡て認める。本件建物の坪数は八坪五合であると述べ、抗弁として、被告は本件家屋を所有者たる訴外下出義雄より昭和二十八年四月二十二日買受け同年六月二十四日その所有権移転登記手続を了したので、以後被告は右家屋の所有者となり、訴外下出義雄と原告との間の賃貸借関係を承継したが、被告は本件家屋を現在は勿論将来も引続き使用すべき必要あるにより、原告に対して、昭和二十八年六月二十九日附書面を以て本件賃貸借契約の解約の申入れをなし、右書面は同月三十日原告に到達したから同年十二月三十日を以て原被告間の賃貸借契約は終了し原告は現在何等賃借権を有しない。又被告は右解約の申入れを為すと同時に、原被告間の転貸借についても更新を拒絶する旨通告したから右転貸借も昭和二十九年二月末日限り終了したものである。従つて原告が被告に対し本件家屋の明渡等を求むる本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が別紙目録<省略>記載の建物を訴外下出義雄より賃料一ケ月金四千円の約にて期限の定なく賃借していたこと、原告は昭和二十七年三月一日被告に対し右建物を賃料一ケ月金一万九千円(内金四千円は下出義雄に支払うべき賃料にして、残金一万五千円は原告が転貸によつて得る利益)にて毎月二十五日払、転貸借期間は同日より昭和二十九年二月末日迄と定めて転貸したこと、被告が右建物を昭和二十八年四月二十二日右訴外人より買受け、同年六月二十四日其の所有権移転登記を経由したこと、及被告が昭和二十八年六月二十九日原告に対して賃貸借解約の申入れを為し其の意思表示は同月三十日原告に到達したことは孰れも本件当事者間に争がない。(尤も本件建物の坪数については当事者間に争があるが之は成立に争なき乙第三号証により別紙目録記載の通りと認定する)然らば被告は本件家屋の所有権を取得すると同時に、訴外下出義雄と原告との間の賃貸借契約につき、賃貸人たる下出義雄の地位を承継したのであるから、被告は原告に本件家屋を一ケ月四千円で賃貸し同時に原告から一ケ月金一万九千円で転借している訳である。
被告は昭和二十八年六月二十九日原告に対し下出義雄から承継した賃貸借につき解約の申入れを為したのであるからその正当性について案ずるに、被告は右解約申入当時自ら本件家屋を使用していたのであるから自ら本件家屋を使用する為に解約の申入れを為したのでない事は明らかである。被告が右解約の申入れを為した理由を推測するに、被告は右解約により原告をして賃借権を失わしめ、従つて原告より被告に対する転貸の権限をも喪失せしめ、以て右転貸行為が所有者たる被告に対する関係に於て不当利得となる様になし、被告は原告に対して転借料として一ケ月金一万五千円(転借料一万九千円より被告の取得すべき賃貸料四千円を控除した残額)を支払う義務があるけれども、同時に原告に対し不当利得として同額の利得返還請求を為し、之等を相殺して結局、被告は原告に対する転借料の支払を拒絶し得ると云う利益と、転貸借終了後に賃借人たる原告に本件家屋の使用収益を許さねばならぬ義務(その為に場合によつては原告に本件家屋を明渡さなければならない)を免れると云う利益を得んが為であると思われる。
然し転借人が転借物の所有権を取得し賃貸人の地位に就いたと云う理由だけで直ちに賃貸借契約を解約して、窮局に於て転借料の支払義務を免れることが出来ると云うことになると、転借人の一方的な行為により転貸人の利益を不当に失わしめる結果になる。
例えば他人より土地建物を賃借して之を第三者に転貸して利益を得ている業者は、転借人が転借物の所有権を取得することにより何等自己の責に帰すべき事由がないのに容易に賃貸借契約を解約せられ、転貸借は継続しているに拘らず前述の相殺の理由により転貸による利益を得ることが出来なくなる。斯様に転借人が転借料の支払を免れる為に賃貸借を解約して不当に転貸人の利益を失わしめることが信義誠実の原則上不当であることは謂う迄もない、而して本件に於ては他に転貸借が存続しているに拘らず被告が賃貸借を解約しなければならぬ理由は何等存在しない。
然らば転貸借が終了した後に於て本件被告が原告に対して賃貸借を解約することは如何と云うに、被告は現在本件家屋を自ら使用収益している所有者であり、自ら之を使用する必要があつて之を原告から転借し更に所有者下出義雄から買受けたものであることは容易に推測し得るところである。之に反し原告は従来本件家屋を自ら使用せずして被告に転貸して中間利潤を得ていた者であり原告は或は転貸借終了後は自ら本件家屋を使用し又は再び第三者に転貸すると云うかも知れないが、斯様な状況の下に於ては本件家屋明渡によつて被告の蒙る損害と原告の得る利益とを比較考量するときは、被告の蒙る損害の方が著しく大であることは容易に想像し得るところである。然らば被告が本件賃貸借を終了せしめ、因つて転貸借が終了した後に於て賃借人たる原告に本件建物を使用収益せしめねばならぬ義務を消滅せしめるために、右賃貸借解約の申入れを為すことは洵に正当の事由があるものと謂わなければならぬ。
斯様に考えるならば、被告が昭和二十八年六月二十九日原告に対して為した賃貸借解約の申入れは、転貸借存続中は其の正当事由を欠くも、転貸借が終了した後は之を具備するものと謂うことが出来る。然るに原被告間の転貸借が昭和二十九年二月末日限り期間満了によつて終了したことは本件当事者間に争がないところであるから、右解約の申入れは昭和二十九年二月末日転貸借が終了すると同時に其の効力を生じ、本件賃貸借は昭和二十九年二月末日限り終了したものと解するを相当とする。
賃貸借と転貸借とは本来別個の契約であるから、之に基く権利義務も別個に考察すべきは当然であるが、原告が被告に対し転貸借の終了を原因として本件家屋の明渡を求めることは、原告が賃借権を有する時ならば兎も角、既に賃借権を喪失して自ら使用収益する権利を失つた現在に於ては何等実益がないと謂わなければならない。況んや原告は被告から本件家屋の明渡を得ても又直ちに所有者たる被告に返還しなければならぬに於ておや。然らば原告が転貸借契約終了の効果として、被告に対して本件家屋の明渡を求むることは権利の濫用として許さるべきではない。仍て原告の被告に対する本件家屋の明渡請求は失当として之を棄却すべきものとする。
然し原被告間の転貸借契約は昭和二十九年二月末日迄継続していたのであるから、被告は其の間の約定賃料を原告に支払うことを要する。然るに被告が昭和二十九年一月一日分以降の転借料を支払つたことについては被告に於て何等主張立証しないから之を認むるに由がない。然らば被告は原告に対し昭和二十九年一月一日以降同年二月末日迄の間の転借料の内金三万円(之は転借料一ケ月金一万九千円から被告の賃貸料として取得すべき一ケ月金四千円を控除した残額にして原告の転貸による純利益の二ケ月分)を支払うべき義務があるものと謂わなければならない。然し昭和二十九年三月一日以降は前述の理由により原告は被告に対し本件家屋の明渡を請求する権利を有しないのであるから、原告が被告に対し明渡遅滞を理由として転貸料相当の損害金の支払を請求することは失当である。
以上の理由により原告の本訴請求は、被告に対し金三万円の支払を求める限度に於て正当として之を認容し、其の他の部分は失当として之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を夫々適用し主文の如く判決する次第である。
(裁判官 松本重美)