名古屋地方裁判所 昭和32年(ワ)1039号 判決 1960年4月27日
主文
被告等は別紙目録記載不動産につき名古屋法務局広路出張所受附昭和二十七年四月八日第五壱七弐号をもつてした甲区順位第五番の所有権移転の仮登記の抹消登記の回復登記申請につき原告のため承諾をなすべし。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
原告は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、訴外亡成田政春は昭和三十年二月九日死亡したが、これより先、死亡の危急に迫つた同年一月二十八日遺言をし、該遺言において原告を遺言執行者に指定したので、原告は同年二月十四日名古屋家庭裁判所に対し右遺言の確認審判の申立をし、同年三月二十三日同裁判所において右確認審判を得て、同日遺言執行者に就任した。
二、別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という)は、もと訴外西村義太郎の所有であつたが、前記政春が昭和二十四年十二月二十日これを同人から譲り受け、同二十六年三月五日譲受代金の最終分割金を支払つてこれが所有権を取得した。しかし、同年九月五日右所有権移転登記を受けるに当り、種々の思惑から、訴外成田一男(政春の養子、当時未成年)の名義に虚偽の登記をしたが、同人には右移転登記をなすべき登記原因がないものであるから、右はもとより無効の登記である。
三、そこで、右政春は、昭和二十七年名古屋地方裁判所に本件不動産につき仮登記仮処分命令の申請をし、同年四月二日同裁判所より該命令を得、右不動産につき、名古屋法務局広路出張所受附同年同月八日第五壱七弐号をもつて同人のため所有権移転の仮登記(甲区順位第五番)をなし、なお、同年八月、前記一男を被告として名古屋地方裁判所に対し、養子縁組離縁、所有権確認および所有権移転登記手続請求の訴を提起した。
四、ところが、右一男は、右政春の死後、勝手に同人の印章、同人名義の仮登記上の権利の放棄書および委任状を偽造し、訴外中野定雄(司法書士)を右政春の代理人に仕立て、同人をして、昭和三十一年四月十一日名古屋法務局広路出張所に同年同月同日放棄を原因とする前記仮登記の抹消登記申請をなさしめ、同日同出張所受附第七参七九号をもつて右仮登記の抹消登記をしてしまつた。
五、右は、遺言執行者たる原告不知の間になされたもので、右一男は右抹消登記の回復登記をなす義務があるので、原告は同人を相手方として昭和三十二年七月十二日名古屋地方裁判所に対し抹消登記回復請求の訴(同裁判所同年(ワ)第一、〇三九号)を提起したところ、同人は同年十月十五日の同事件口頭弁論期日において原告の該請求を認諾した。ところで、同人は、さきに名古屋法務局広路出張所昭和三十一年四月十一日受附第七参五弐号をもつて本件不動産の所有権を被告片山に移転した旨の登記をし、更に同被告はその後、(一)被告日比野に対し抵当権移転登記(同出張所同年十二月十七日受附第弐七弐〇四号)、(二)被告株式会社第三相互銀行に対し抵当権設定登記(同出張所昭和三十二年一月九日受附第壱四壱号)、(三)被告鳥海商会に対し根抵当権設定登記(同出張所同年四月五日受附第七〇参五号)、(四)被告千代田硝子販売株式会社に対し根抵当権設定登記(同出張所同年四月八日受附第七弐四〇号)をなし、登記簿上被告等が前記回復登記の利害関係人として存するので、ここに被告等に対し、前記一男が前記回復登記申請をなすことにつき承諾すべきことを求めるため、本訴請求に及んだ。
と述べ、被告等の主張を否認した。
証拠(省略)
被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、
一、本件は、原告が訴外亡成田政春の遺言執行者として提起しているものであるが、原告を遺言執行者に指定した遺言は、次の理由により無効である。すなわち、(一)右遺言は、死亡の危急に迫つた者の遺言であるから、民法第九百七十六条第二項により、遺言の日から二十日以内に家庭裁判所の確認を得なければならないのに、右遺言につき名古屋家庭裁判所が確認の審判をしたのは、遺言の日である昭和三十年一月二十八日から二十日を経過した後である同年三月二十三日である。(二)右遺言には、民法第九百七十六条第一項により、証人三人以上の立会を必要とするのに、証人の立会なく、立会人が立ち会つたのみである。(民法は証人と立会人を明確に区別している。同法第九百七十四条、第九百七十八条、第九百八十条、第九百八十一条等参照。)本件遺言は、右の如く確認手続および遺言形式に瑕疵があり、無効というべきであるから、これに定める遺言執行者の指定も無効であり、原告は遺言執行者と認められない。よつて、原告は、当事者適格を欠くもので、本件訴は不適法である。
二、原告主張の請求原因事実については、第一項(たゞし原告の遺言執行者就任がその効力を認められないことは前記のとおりである)、第二項中本件不動産がもと訴外西村義太郎の所有で、訴外亡成田政春が昭和二十四年十二月二十日これを同人から譲り受けたことおよび右不動産につき右西村より訴外成田一男への所有権移転登記がなされたこと、第三項中右政春が原告主張の如く仮登記仮処分命令を申請し、該命令を得、原告主張の如き仮登記をしたこと、第四項中本件不動産につき原告主張の仮登記の抹消登記が存すること、ならびに第五項中原告が訴外成田一男を相手方として昭和三十二年七月十二日名古屋地方裁判所に抹消登記回復請求の訴(同裁判所同年(ワ)第一〇三九号)を提起したところ、同人が原告主張の口頭弁論期日において原告の該請求を認諾したことおよび登記簿上本件不動産について被告等がいずれも原告主張の如き各登記をなしていることは認めるが、その余は否認する。原告は本件不動産が一男名義に登記されたのは虚偽の登記であると主張するが、一男は右不動産を政春から贈与されたもので、名義だけ一男のものにしたのではない。
三、従つて、本件不動産は相続財産に属するものではないが、仮りに相続財産に属するものとしても、亡政春の相続人はその妻そふと前記一男であり、同人等が政春の仮登記の権利を相続したことになるから、該権利は実質的には消滅してしまつたことになる。しかして、かかる場合、相続人が仮登記の抹消登記をすれば、後でこの回復登記申請をなしえないことは、昭和十五年六月二十九日大審院民事第四部言渡の判決(民集十九巻一一一八頁)の示すとおりであるから、右一男は本件回復登記の申請をなしえないものであり、従つて、被告等にはこれが承諾をなすべき義務はない。もつとも右一男は、前記の如く抹消登記回復を求める原告の訴訟において請求の認諾をしたが、右は、法律上不能なことをしたもので効力がなく、また原告や訴外加藤、森川、森等の誘惑により馴合いでなしたものであるからその意味でも有効なものではない。
四、仮りに、右主張が理由がないとしても、被告等は本件仮登記抹消に関する原告主張のような事情を全く知らずに所有権、抵当権等を取得した善意の者であるから、原告の本訴請求に応ずべきいわれはない。
と述べた。
証拠(省略)
理由
訴外亡成田政春が昭和三十年二月九日死亡したこと、同人が死亡の危急に迫つた同年一月二十八日遺言をし、該遺言において原告を遺言執行者に指定したこと、ならびに、原告が同年二月十四日名古屋家庭裁判所に対し右遺言の確認審判の申立をなし、同年三月二十三日同裁判所において右確認審判を得て、同日遺言執行者に就任したことは、当事者間に争がない。
被告等は、右遺言の効力について争うので、この点について判断すると、
(一)先づ、被告等は、右遺言については民法第九百七十六条第二項所定の期間内に家庭裁判所の確認がなされていないので無効であると主張するが、右条項の規定は、その立言に徴し、遺言の日から二十日以内に家庭裁判所にその確認の請求をすれば足り、右期間内に家庭裁判所の確認のあることを要しない趣旨と解すべきことが明らかであるところ、本件遺言については、遺言の日たる昭和三十年一月二十八日から二十日以内である同年二月十四日に名古屋家庭裁判所にその確認審判申立がなされたことは前記のとおりであるから、右確認手続につき被告等主張の如き期間の懈怠があつたことは認められない。
(二)次に、被告等は右遺言には証人の立会がないので無効であると主張するが、各成立に争のない甲第一号証、乙第三号証によると、右遺言書の冒頭には、「成田政春は胃癌手術の結果面白からず死亡の危急に際し横井禎一、平田きぬ、沢井富枝、渡辺積を立会させ、横井禎一に左記遺言の趣旨を口授し、筆記させた」旨の記載があり、その末尾に、右横井、沢井、平田および渡辺がそれぞれ署名捺印していることが認められるから、同人等はいずれも証人として右遺言に立会したことが明らかであるというべく、右甲第一号証によると、名古屋家庭裁判所もかように認めて右遺言の確認の審判をしたことが認められるから、遺言形式についても被告等主張の如き瑕疵があるものとは認められない。(被告等は、前記立会者等の肩書に「立会人」の表示があることから、同人等を証人でない旨主張するが、右表示は、本件遺言書の全記載に徴し、同人等が証人として「立ち会つた」関係上、便宜そのような表現をしたにすぎないものと認めるのを相当とし、右表示のゆえをもつて、同人等を証人でないと認めることはできない。なお、民法が第九百七十四条等において、証人と立会人の両概念を区別していることは被告等主張のとおりであるが、同法第九百七十六条の遺言に関しては法は証人の立会しか要求していないので、少くとも同条の遺言に関する限り、右区別を考慮する実益はないから、右両概念を区別しなければならないことを前提とする被告等の主張も採用できない。)
従つて、被告等の右主張はいずれも理由がなく、原告は本件遺言により、適法に遺言執行者たる地位に就いたものというべきである。
そこで、原告の本件請求の当否について考えると、
(一)本件不動産がもと訴外西村義太郎の所有で、訴外亡成田政春が昭和二十四年十二月二十日これを同人から譲り受けたこと、右不動産につき右西村から訴外成田一男への所有権移転登記がなされたこと、右政春が昭和二十七年名古屋地方裁判所に本件不動産につき仮登記仮処分命令の申請をし、同年四月二日同裁判所から該命令を得、右不動産につき、名古屋法務局広路出張所受附同年同月八日第五壱七弐号をもつて同人のため所有権移転の仮登記(甲区順位第五番)をしたこと、右不動産につき右出張所受附昭和三十一年四月十一日第七参七九号をもつて右仮登記の抹消登記がなされたこと、ならびに、原告が前記一男を相手方として昭和三十二年七月十二日名古屋地方裁判所に対し右抹消登記回復請求の訴(同裁判所同年(ワ)第一〇三九号)を提起したところ、同人が同年十月十二日の同事件口頭弁論期日において原告の該請求を認諾したことは、当事者間に争がない。
(二)各成立に争のない甲第二号証、第四号証の一ないし三、証人中野定雄、同成田一男の各証言を綜合すると、前記仮登記抹消登記は昭和三十一年四月十一日放棄を原因としてなされたものであるが、当時は既に仮登記権利者(亡成田政春)死亡後であつて、もとより同人においてその申請をしたものでないこと、右抹消登記は、訴外成田一男が、右政春の死後、遺言執行者たる原告に無断で、勝手に政春名義の仮登記上の権利の放棄書等所要書類を作成し、訴外中野定雄(司法書士)に依頼してその申請手続をしたものであることの各事実が認められ、これに反する証拠はないので、右一男は原告に対し右抹消登記の回復登記をなすべき義務があり、前記認諾は右一男が該義務を訴訟上において承認したものであるといわなければならない。(本件不動産の所有権が政春、一男間の贈与により一男に移転していたかどうかについては当事者間に争があるが、本件は仮登記の抹消登記が問題になつているにすぎないから、右の争についてはここではしばらく措く。)
(三)しかして、本件不動産について、登記簿上被告等が原告主張の如く所有権または抵当権を有する者として表示されていることは当事者間に争がないから、被告等はいずれも前記回復登記の利害関係人であると認むべく、従つて、被告等は、前記回復登記の申請につき原告のため承諾をなすべき義務があるものというべきである。
被告等は、右一男は仮登記権利者たる政春の相続人であるから仮登記抹消登記の回復をなしえない旨主張し、昭和十五年六月二十九日の大審院判決を引用するが、右判決は遺言執行者の存在しない事例に関するものであつて、本件の如く遺言執行者が存在し、同人が原告として訴を提起している場合については適切でない。(原告は、遺言執行者として相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するから(民法第千十二条)原告不知の間になされた仮登記抹消登記について原告よりこれが回復登記を求めうべきことは当然である。)また、被告等は右一男の前期認諾は原告や訴外加藤、森川、森等との馴合いによるものであると主張するが、これを肯認するに足りる何等の証拠がない。なお、被告等は善意の第三者であることを理由に原告の本訴請求を争うが、本件不動産の登記簿上の利害関係人は善意たると悪意たるとを問わず本件回復登記の承諾をなすべき義務があると解するのを相当とする。従つて、これら被告の主張は、すべて理由がない。
しからば、被告等に対し前記回復登記の承諾を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙 目録
名古屋市昭和区東郊通七丁目拾六番
一、宅地 弐百弐坪