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名古屋地方裁判所 昭和32年(行)14号 判決 1964年4月18日

原告 水谷直儀 外五名

被告 立田輪中悪水土地改良区

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等代理人は被告が昭和二十九年度、昭和三十年度、昭和三十一年度の被告改良区の組合費として昭和三十二年三月三十一日附を以て各原告に対してなした別表記載の組合費の賦課は無効とする又は取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、

一、被告は土地改良法に規定する土地改良事業の内(一)悪水排除を行うため立田悪水路及び筏川水路の施設管理 (二)排水機及びこれに附帯する工作物の設置維持及び管理を目的とし昭和二十七年七月二十日組合員総会において定款を可決し同年八月二日設立につき愛知県知事の認可を得て成立した形式になつており、原告等は被告の主張する改良区内に居住し土地を所有していて形式上その組合員とされている(甲第一号証定款)ものであるが以下に述べる通り被告はその設立手続並にその内容において何れも強行法規に違反して無効である。

(イ)  土地改良区設立についてはその準備として知事に対し土地改良法第三条に規定する者十五人以上より省令の定に従い一定の地域について行うべき土地改良事業の計画の概要、定款作成の基本となるべき事項、定款作成に当るべき者の選任方法その他必要なる事項を公告し、その資格を有する者の三分の二以上の同意を得た上(同法第五条第一、二項)土地改良事業計画定款その他必要な事項を記載して申請しなければならない。(同法第六条、同法施行法第九条、第五条)即ち右認可の申請には先づ定款、土地改良事業計画等を当該申請に係る地域内にある土地に属する市町村の事務所に五日間掲示しなければならない。(同法第五条、同法施行規則第九十五条及び第八条)然るに被告は右認可申請前に斯る公告をなした事実なく(昭和二十七年七月二十一日附で単に村役場に書類の郵送をなしたに過ぎない。)(甲第二号証八開村助役の証明書)加之立田悪水路及び筏川は何れも被告の土地改良区の地区外にあり、従つて被告の主張によれば土地改良区の地区外において河川並にその施設を管理するということになり土地改良法が改良区の地区内を目的とするのと全く異る。

(ロ)  又土地改良区の設立については同法施行規則第七条、同法第十六条により定款に経費の分担に関する事項を明記しなければならないが、その賦課については当該事業によつて当該土地が受ける利益を勘案することを要し(同法第三十六条第二項)均一又は等級別に賦課することは許されない。然るに被告は定款第四十三条において排水機維持管理費等については等級により、経常費については均一に賦課する旨規定している。(甲第四乃至第六号証)而も排水機は五千分の一乃至一万分の一の勾配を基準として設置せられるものなるに八開村地区は標高高く何等排水設備を必要としない。(甲第三号証)

(ハ)  更に被告は定款に記載の通り悪水の排除を目的とするが故に宅地、墓地、山林、原野、社寺境内地等は勿論畑地等は含まず田の所有者又は耕作者をその組合員として右田の反別につき経費を賦課すべきに拘らず(甲第七、第八号証)被告は右総べての者を組合員とし総べての土地を組合費賦課の対象としている。(甲第一、第三乃至第六号証)

(ニ)  既述の通り被告は悪水排除のみを目的とするに拘らず右定款に違反し昭和二十八年以降多額の金員を投じて揚水機を設けしかも右揚水設備は被告改良区に関係のない訴外庄内井組用水土地改良区をして利用せしめている。(甲第一、第四乃至第七号証)

(ホ)  而して改良区は組合員に対する経費等の賦課については改良区が自らこれをなしその徴収のみを関係村に委任すべきものなるところ(土地改良法第三十六条)被告は右法律の規定に違反し賦課をも関係村に委任している。(甲第一、第五号証)

(ヘ)  筏川及び鵜戸川(船頭平から中山樋門の間をも含む)は何れも河川であつて知事の権限に属し被告にその管理権なきに拘らず、これを管理すると称している。(甲第一号証)

二、斯くして被告は

(イ)  土地改良法が農地を対象とするにも拘らず(同法第一条)宅地、山林、原野、荒蕪地、墓地、境内地をもその対象となして組合費を課し、

(ロ)  悪水排除のみを目的とするが故に農地の内悪水の生ずる余地のない畑地は含まれないにも拘らずこれをも組合費賦課の対象となし、

(ハ)  排水機維持管理費、改良事業費及び経常費の賦課については当該事業による個々の土地の受益度を勘案して算定すべきものなるに拘らず前二者についてはこれを地区別等級により、後者についてはこれを平等に賦課して強行法規に全く違反している。殊に被告の事業計画書にも明記されている如く地区内の標高は南部零米、中部は一、五米、北部は二、五米であり、原告等は何れも北部より中部に居住し土地を所有しており悪水の生ずる余地がない。(甲第一、第三乃至第六号証)

(ニ)  事業目的以外の用水事業に供さるべき揚水機を設置し昭和二十八年乃至昭和三十一年に亘り多額の費用を賦課し、しかも右揚水機は訴外庄内井組用水土地改良区のみの利用に供し、又被告が別訴(名古屋地方裁判所昭和三十一年(行)第一五、第一七号事件)で自らその管理に属していないと主張する鵜戸川につき水路改修費、土地買収費を昭和三十年、昭和三十一年度に賦課し(甲第五、第六号証)

(ホ)  筏川は河川(甲第八号証)であつて(河川法の適用又は準用のない普通河川であつて地方自治法第二条により府県知事の管理に属する。)灌漑用水、舟運、漁業等の用に供され悪水路ではないので被告にこれが管理権なく従つてこれにつき組合費賦課などあり得ないにも拘らずこれを賦課し(甲第四、第五、第六号証)

以上によつて被告は昭和三十二年三月三十一日附をもつて請求の趣旨記載の通り昭和二十九年度、昭和三十年度、昭和三十一年度の組合費を原告等に各賦課するに至つた。

三、然るところ被告は右一(イ)記載の通り公告なくその設立手続において強行法規に違反し(被告は或は原告等が設立の同意書に署名したというかも知れないが原告等は何れも右署名の事実を争うと共に仮に同意署名したりとしても公告されていないので同意署名の前提となるべき内容がないからその署名は無効である。)又同(ホ)記載の通り法律の規定に違反し自らの権限を放棄して賦課の権限を関係村に委任し更に同(ロ)、(ハ)、(ニ)等その内容においても亦強行法に違反し同(ヘ)記載の通り法律上不能の事項を目的としている。これらの諸点を綜合するときは被告は不存在なるか又は少くとも法律に違反し不能の事項を目的としその設立自体が無効である。

四、仮にそうでないとしても右二(イ)乃至(ホ)により賦課すべからざる土地につき経費を賦課し或は課すべからざる土地につき経費を賦課し何等受益なき土地についても亦これを賦課している。これらの事実は単にその個々につき違法不当たるに止らず斯る賦課自体が既に無効であり又少くとも取消さるべきであるから請求の趣旨記載通りの判決を求めるため本訴請求に及ぶ。と述べた。

被告は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として、

一、原告等主張の請求の原因たる事実一については被告土地改良区はもと土地改良法に規定する土地改良事業の内 (一)悪水排除を行うため立田悪水路及び筏川水路の施設管理 (二)排水機及びこれに附帯する工作物の設置維持及び管理を目的として水利組合法により設置された普通水利組合であつたが同立田輪中悪水普通水利組合は昭和二十七年七月二十日その組合会において定款及び土地改良事業計画を議決し、あらかじめ省令の定むるところにより同月二十一日より同月二十五日までの五日間これを公告し、愛知県知事に被告土地改良区への組織変更の認可を申請して同年八月二日その認可を得同月九日附をもつて右認可の公告を行いたるものにして原告等は右立田輪中悪水普通水利組合から引続き被告土地改良区の組合員である。

二、前同一(イ)については被告改良区の組織変更の認可申請をするにつき土地改良法施行規則第九十五条、第八条、同法施行法第五条第四項、同法第五条第二項の定めに従い適法に公告された。殊に原告等は立田輪中悪水普通水利組合を被告土地改良区に組織変更するため同法施行規則第九十五条の規定により公告された定款及び土地改良事業(維持管理)計画並権利義務承継について同意し調印している。(組織変更同意書名簿)仮に土地改良法施行法第九条に基く組織変更認可申請の右公告がなかつたとしても右公告は水利組合法の規定により設立された普通水利組合の組合員に対し、組織変更により新しい土地改良区になるにつき当該土地改良区の定款及び土地改良事業計画その他必要事項を知らしめ同意するか否かの意思決定をなさしめるためのものであつて個別的な通知に代えるものである。これは組織変更の段階において都道府県知事の認可申請のため必要とされるに過ぎず組合員の三分の二以上の同意さえ集れば足るものであつて公告がなくとも同意が定足数を充せば以後問題とする余地はないものである。本件において原告等が同意していることは前述の通りであり且又組合員総数の九五パーセントの同意があつたものである。

尚立田悪水路及び筏川水路は被告土地改良区の地域外であるが地区内の悪水排除を行うため右水路の維持管理をすることは必要なことであつて法規上何等差支えはない。

三、前同一(ロ)については土地改良法第三十六条第二項には事業の経費の負担につき「前項の規定による賦課に当つては当該事業によつて当該土地の受ける利益を勘案しなければならない。」旨規定するがこれは均一又は等級別に賦課することを絶対に禁止するものでなく賦課に当つては各土地の受ける利益を考慮し具体的に公平且妥当な賦課をなさなければならない。との趣旨のものであるから均一又は等級別な賦課をなしてもそれが具体的の場合関係土地が受ける利益に公平且妥当であれば何等法に違反するものでなく、適法且妥当な賦課ということができる。被告土地改良区の経費の負担については同法第十六条の規定により定款第四章に経費の分担の基準を定め一般経常費(事務費、選挙費、実費弁償等)は均一賦課として改良事業費及び排水機経常費の分担については地域内の個々の土地の改良事業により受ける利益の程度を勘案し出来る限り適当な方法により公平且妥当な等級賦課歩合を定めて賦課している。

四、前同一(ハ)については、土地改良法第三条は土地改良事業に参加する資格者及びその対象となる土地を規定し、その土地については農地及び農地以外の土地を掲げており、改良事業により利益を受ける地域であれば宅地、山林、原野すべて含まれこれに経費を賦課するは何等差支えない。尚定款第四十三条に定める賦課歩合の等級は被告土地改良区の前身立田輪中用悪水普通水利組合、立田輪中悪水普通水利組合(明治四十一年四月法律第五十号水利組合法の実施のとき改称す)の賦課歩合の等級を踏襲され来たものであるが唯単に旧慣によるというのみでなく、常に検討され来り、且現在においても個々の土地の受ける利益の程度を勘案するもこの従前の等級が最も公平且妥当と思料されるものである。又新しく施設された排水機経常費の分担についても地域内の個々の土地の排水機の施設により受ける利益の程度を勘案し慎重検討の上改良事業費の分担の賦課歩合と別途の賦課歩合が定められたものである。

五、前同一(ニ)については、農業生産の増強には用悪水の適切な操作が大きく影響する。被告土地改良区は灌漑施設の完備を期し将来水利事業の一元化を行うため用悪水の一元化については既に昭和二十九年三月十五日役員会において可決、又同年三月三十一日総代会においては三分の二以上の出席を得出席者全員の理解により関係事項の議決が行われた。そして揚水機施設が附帯事業として進められたときあたかも排水機の運転に伴う経費の賦課率に端を発し八開関係役員総代が議事に参加しなくなつた。しかし三分の二以上の出席があり定款、土地改良事業についての議決はいつでもなし得られる事情にあつたが総代会の総意により問題が早く円満にまとまることと、重要事項であり組合員全員の賛成を得ることが望しいとの方針に基き円満妥結の日を待ちつつ日時を経過したのであつた。

六、前同一(ホ)についてはこれを否認する。本件の昭和二十九年、昭和三十年、昭和三十一年各年度分賦課金の賦課徴収は被告土地改良区が自らこれをなしている。

七、前同一(ヘ)については筏川及び鵜戸川が知事の管理する河川であることを認めるが、被告土地改良区は立田悪水路及び筏川水路の施設管理をしている。而して立田悪水路は中山樋門より上流へ約三キロメートルである。

八、前同二(ニ)の事実を争う。

九、被告土地改良区の地区は全域が低地にてその地勢は大体北部(八開村)高く南部(立田村)へ進むに従い低くなるがその高低の差は極めて僅少のため永年にわたり悪水路の改修をし自然流下による悪水の天然排除に努力し来り尚不充分のところを排水機の施設により悪水排除をすることになつた。八開村地区も高地とはいえ排水悪しく久しく悪水排除に苦しめられてきたので同地区組合員の多年の希望により昭和二十六年、昭和二十七年度愛知県営土地改良事業として多額の事業費をもつて鵜戸川上流(八開地区)改良事業が施行され既に完成し八開村区組合員は右悪水排除工事の利益を受けているに拘らず被告土地改良区が右事業費の分担金を県へ納付してから数年を経た今日に至るもこれに基く土地改良区の賦課金を殆んど滞納している。右工事は専ら上流(八開村地区)の利益となり下流(立田村地区)地区は悪水の流下速度を増し寧ろ不利益を生ずる位のものなるが尚右の滞納がなされている。筏川水路については被告土地改良区の前身である立田輪中用悪水普通水利組合当時愛知県知事から明治三十七年十二月筏川通に悪水排除工事施行の件、明治四十一年二月筏川通悪水排除工事施行変更追認の件を許可されて以来その水路の施設の維持並に管理をしている。

十、原告等は昭和二十六年度以降昭和三十一年度迄の被告土地改良区の賦課金概算金四百十八万五千円を滞納し被告土地改良区の運営に支障を与えている。然るに原告等の一部の者は理事として或は総代として総代会や理事会に出席し議案に賛成の決議をなし或は土地改良区の運営に関与しておきながらその無効或は不当を主張非難しているのは理解に苦しむところである。

叙上のごとく原告等の主張は何れも理由なくその請求は失当として棄却すべきものである。と述べた。

(証拠省略)

理由

被告の前身たる立田輪中悪水普通水利組合は昭和二十七年七月二十日組合員総会において土地改良法に規定する土地改良事業の内 (一)悪水排除を行うため立田悪水路及び筏川水路の施設管理 (二)排水機及びこれに附帯する工作物の設置維持及び管理を目的として被告土地改良区に改組すべくその定款を可決し、同年八月二日被告の設立につき愛知県知事の認可を得、原告等が被告の主張する土地改良区内に居住し土地を所有して被告の組合員とされていることは当事者間に争のないところである。而して、

一、土地改良区設立についてはその準備として知事に対し土地改良法第三条に規定する者十五人以上より、尚普通水利組合が土地改良区に組織変更をなす場合は土地改良法施行法第九条、第五条所定手続を経由し省令の定に従い一定の地域について行うべき土地改良事業の計画の概要、定款作成の基本となるべき事項、定款作成に当るべき者の選任方法その他必要なる事項を当該地域内にある土地の属する市町村の事務所の掲示場に五日間掲示して公告し、その資格を有する者の三分の二以上の同意を得た上土地改良事業計画、定款その他必要な事項を記載して申請しなければならないことは土地改良法第五条第一、二項、同法施行法第九条、第五条、同施行規則第九十五条、第八条に規定するところであり、甲第二号証愛知県海部郡八開村助役佐藤兼太郎の昭和三十一年八月二十一日附証明書によると右公告関係書類は同村役場に郵送せられたところこれが同村の事務所の掲示場に公告せられたことはない旨の記載のあることが認められるが、同号証、証人恒川賢二の証言により真正の成立を認めることのできる乙第二十号証の一、同証言、証人樋口宮彦、大野秀夫、山路一二、伊藤行雄、笹野忠治の各証言、原告青山甚内、山田辰之助の各本人訊問の結果を合せ考えると土地改良法の施行に伴う立田輪中悪水普通水利組合の被告土地改良区への改組に伴う法的措置については愛知県において指導に努め右公告についても関係村たる右八開村役場にもその協力方が懇請せられており、立田悪水路普通水利組合長は昭和二十七年七月二十一日右八開村村長に対し同日から同月二十五日までの五日間右水利組合のなす公告につき同村役場掲示場に右公告関係書類の掲示方を依頼し(原告等所説のごとく公告を委任したのではない。)同村長より右公告書類の掲示をした旨の証明のなされたことが窺われる上に、被告土地改良区の区域をなす右八開、立田両村の排水機に関する負担歩合に端を発せる紛糾の最中のしかも四年も経過せる後において右八開村助役が同村長を差しおき前記甲第二号証の如き公の証明書を作成したことも明らかであるので同甲第二号証の作成は何か釈然たらざる疑点を存しその記載内容はにわかにこれを措信しがたく、仮に右公告が適法になされなかつたものとするも被告土地改良区は前記認定の如く土地改良法の施行に伴い悪水普通水利組合より概ねそのままの形において改組せられたものである事実に徴し、右公告欠缺の瑕疵は未だ原告等所説の如く被告の設立自体を否定すべき程度に重大なるものにあらず、ただ土地改良法第九条、行政事件訴訟特例法等の規定によりその設立認可処分を争いうるに過ぎないものと解すべく(尚商法第百三十六条、第百二十八条、第百四十二条、第百四十七条参照)本訴においては被告の設立無効乃至設立認可処分の取消自体が訴訟物として争われていないことは本件訴状の記載に徴して明らかである。次に土地改良法施行規則第九十六条、第九条は前記有資格者三分の二以上の同意を得るには所定同意署名簿にその資格を有する者の署名及び押印を得なければならない旨を規定し、乙第一号証同意署名簿はその記載自体並に前記原告青山甚内、山田辰之助の各本人の供述その他前顕各証言によると必ずしもすべて自署せられたものでなく署名の代理即ち所謂代筆捺印の形式をとつているものも相当数窺われるがこの瑕疵も右公告の瑕疵と同様の理由により被告の設立を当然に無効たらしめるものでなくたかだかその設立認可処分を争いうるに過ぎないものと解すべきである。又立田悪水路(一部)及び筏川水路がいづれも被告土地改良区の地区外にあることは当事者間に争がない。土地改良法第十五条は土地改良区はその地区内の土地改良事業を行うものとする。土地改良区は前項の土地改良事業に附帯する事業を行うことができる。と規定し、同法第百四十三条は土地改良区等が右第十五条に規定する事業以外の事業を営んだとき等における罰則を規定し、原告等はこれら規定に依拠して被告土地改良区がその地区外において右河川の施設を管理するのは違法なる旨主張すれども右各法条は土地改良区はその地区外において土地改良事業を行つてはならない旨を規定するに止り、土地改良区がその地区内において土地改良事業を行うにつきそのための施設等をその地区外に持つ必要のある場合にこれをも禁止する趣旨ではなく、他にこれを禁止する規定もなく、成立に争のない甲第一号証の記載、検証の結果によれば被告土地改良区がその地区内の悪水排除等の事業目的のために地区外の右各水路の施設を維持管理することの必要なことが認められ、況んやこれをもつて原告等所説の如く地区外の土地改良事業をなすものとなし難いのでこの点についても原告等の所説はこれを採ることができない。

二、土地改良法第十六条第一項第五号(同法施行規則第七条第三号)は土地改良区の定款には経費の分担に関する事項を記載しなければならない旨を規定し、同法第三十六条第一項、第二項は土地改良区が定款の定めるところによりその事業に要する経費に充てるためその地域内にある土地につきその組合員に対して金銭夫役又は現品を賦課するに当つては当該事業によつて当該土地が受ける利益を勘案しなければならない旨を規定している。よつてこれらの規定に違反して均一に賦課することは原告等所説のごとく勿論許されないところである。そこで前記甲第一号証、被告の定款第四十三条をみると同第四条の事業に要する経費に充てるため賦課金及び夫役現品は予算の定めるところにより毎年四月一日現在をもつて同第三条の地域の土地に対し次の区分により賦課する。但し土地台帳地目の重田堀潰及び池沼で現に未墾地と認めるものに対しては賦課しない。(一)排水機維持管理費の賦課歩合(各一反歩の比)、一等地(立田村関係地区)一〇〇、二等地(八開村関係地区)七〇、(二)経常費(排水機維持管理費を除く。)の賦課歩合、等級を設けることなく均一に賦課する。(三)改良事業費の賦課歩合(各一反歩の比)、一等地(立田村関係地区)一〇〇、二等地(八開村大字塩田)六〇、三等地(八開村大字赤目)四五、四等地(八開村大字下大牧、立石)三五、五等地(八開村大字給父、高畑、江西、元赤目、藤ケ瀬)二八と規定せられておることが認められ、これらの規定と前記大野証人、山路証人、恒川証人、伊藤証人、原告山田辰之助の各供述により真正の成立を認めることのできる乙第六号証の一、二、第七、第八、第九、第十一号証、右各証言、本人の供述を合せ考えると右各経費賦課歩合は排水機関係を除いては改組前より論議の為されいることとて大率異議なく、ただ右排水機維持管理費の賦課歩合を繞り従来右八開、立田両地域の間に紛議ありしも時恰も土地改良法の施行により立田輪中悪水普通水利組合が被告土地改良区へ急ぎ改組する手続を進める必要があつたため海部地方事務所長の調停を乞い従来百対百なりしを改め前記百対七十の暫定歩合を定めて定款を作成し、改組後直ちに知事の裁定を求めて右賦課率を定め定款の変更をなすべく約定がなされしも後に知事の裁定によらず理事会において自主的にこれを協議決定すべきこととなりたるところ数次にわたるその協議も兎角円滑を缺き遂に八開村地区選出理事の辞任するところとなり未だその改定を見ず定款変更の手続に至らざることを認めることができる。これによつてこれをみると右定款における経費の賦課歩合はこれを綜合してみれば未だ必ずしも原告等所説の如く法規を無視せる単なる均一又は等級別になされたものでなく土地改良事業により当該土地が受ける利益を慎重協議勘案して作成されたものと言えないことはない。又成立に争のない甲第四十三号証(海部郡地図)、甲第五十三号証並に検証の結果によれば原告等が何れも被告土地改良区の地区の中部、北部に居住し土地を所有していることを認め又は推認しうべく、右地区の最北部においては局地的に五米乃至三米の標高個所を存し、北部と中部のみに限局していえば土地の勾配は五千分の一以上急なる個所も存し皮相的見地よりすれば右排水機の維持管理につき利害関係なきかの如き観を呈する所がないわけではないが、成立に争のない甲第三号証土地改良事業(維持管理)計画書によれば被告土地改良区の地区内の標高は原告等所説の如く南部零米、中部一、五米、北部二、五米と記載せられており、右甲第四十三号証海部郡地図(五万分の一)(検証調書添付地図と同一のもの)によれば右地区の南北の距離は十二、五粁余なることが認められ、その平均勾配は大率原告等の指摘する五千分の一にして南部に下るにつれその勾配は尚緩やかになることは検証の結果に徴し明白であるので被告土地改良区の右排水機の維持管理は原告等所説のようにその必要のないものともなし難い。しかも前顕各証拠によれば右排水機はすでに被告土地改良区の前身たる立田輪中悪水普通水利組合当時に建設せられ当初これが維持管理費用は八開村、立田村両地区共一反歩につき百対百の比率にて負担しおり、かねて用悪水一本化の線に沿い右両村相提携して土地改良の実を挙ぐる諒解の下に八開村地区においても右排水機の維持管理費用を負担し、ただ水利組合当時の前記負担歩合百対百は八開村の不服強きため右改組に当り一応前記の如く百対七十に改められて定款が成立しおり、尚改組後においても前記の如く右賦課歩合の適正化につき熱心に協議が続けられながら不幸妥結を見ず決裂状態にあることが認められるのであるが、かくて八開村地区に右排水機維持管理の経費の負担義務なしとなすことを得ないものといわなければならない。

三、前記甲第一号証定款によれば被告土地改良区がその定款第一条においてこの土地改良区は農業経営を合理化し農業生産力を発展させるため、土地改良事業及びこれに附帯する事業を行い食糧増産に寄与することを目的とする。と規定し、同第四条においてこの土地改良区は土地改良事業計画、定款及び規約の定めるところにより、次に掲げる土地改良事業を行う。(一)第三条地域内の悪水排除を行うために、立田悪水路及び筏川水路の施設管理 (二)排水機及び之に附帯する工作物の設置維持及び管理。この土地改良区は悪水排除の事業の外その事業を害しない範囲内で当該施設を他の目的に使用させることができる。と規定し、又同第四十三条において前記の如く同第三条の地域の土地中土地台帳地目の重田堀潰及び池沼で現に未墾地と認めるものを除きその余の土地につき第四条の事業に要する経費に充てるための賦課金及び夫役現品を賦課する旨の規定をなせることが明らかであり、又土地改良法第三条の規定によれば農地以外の土地も土地改良事業の目的となしうべく同法第十五条第二項によれば土地改良区は第一項の土地改良事業に附帯する事業を行うことができる旨を規定しておりこれによつてこれを見れば被告土地改良区は悪水排除をその主要事業となしているけれども原告等所説の如く悪水排除のみをその事業となすものにあらず悪水排除の事業の外その事業を害しない範囲で当該施設を潅漑等他の目的にも使用させることができるのであり、(尚前記説示参照)これが適用範囲は原告等所説の如く田のみに限局せられることなく土地改良法第三条の要件を充す限りにおいては畑その他農地以外の土地もこれに含めて差支えなきものと解すべく、被告土地改良区の定款第四十三条の規定は必ずしも土地改良法第一条、同定款第一条、第四条の各規定と抵触しているものと断じ難いので被告土地改良区は田の所有者又は耕作者のみをその組合員とし当該田の反別についてのみ経費を賦課すべく田以外の土地につき経費の賦課をなすべからずとなす原告等の所説も遽にこれを肯うことはできない。

四、被告土地改良区が用水事業に供すべき揚水機を設置したことは当事者間に争のないところである。而して被告土地改良区が原告等所説の如く悪水排除のみをその事業となすものでなくその事業を害しない範囲において当該施設を他の目的に使用させることができ、従つてその限度において用水事業をなすもその定款並に土地改良法の規定に違反しないことは既に説示したところであり、前顕各証拠によると右揚水機の設置は渇水期における用水不足を告ぐる八開村地区の要望により前記説示の用悪水一本化の線に沿い実施せられながら前記排水機の経費の賦課を繞る紛争により八開村地区選出の理事等の辞任により爾後揚水機はその本来の機能を発揮することのできない事情にあることが認められる。

又被告土地改良区は立田悪水路は当初船頭平と中山樋門の間にして鵜戸川を含まぬ旨主張し後に中山樋門より三粁遡つた鵜戸川を含むものと主張を訂正し前記各証人もこの点についてはまちまちの供述をなし疑点を存しないわけではないが、前記大野証人は右訂正主張に副う供述をしている。成立に争のない甲第五、第六号証、右大野証人、前記山路証人の各証言によると被告土地改良区は昭和三十年度通常総代会において鵜戸川上流八開村地区の要望に基き同川の水路改修並にこれに伴う土地買収による悪水排除の事業遂行を決定したるも結局右は愛知県営工事として施行せられ被告改良区はこれが地元負担金を拠出したことが認められ、右被告土地改良区の地元負担金の支出は悪水排除の事業としてなされたものと言うことができる。

五、土地改良法第三十六条第一項は土地改良区は定めるところによりその事業に要する経費に充てるためその地区内にある土地につき、その組合員に対して金銭、夫役又は現品を賦課徴収することができる旨規定し、同第三十八条は土地改良区は政令の定めるところにより、市町村に対し第三十六条第一項等の規定により徴収すべき金銭及びこれに対する延滞金等の徴収を委任することができる旨を規定し、前記甲第五、第六号証によると被告土地改良区は昭和三十年度、昭和三十一年度の各通常総代会議案において賦課徴収は土地改良法第三十八条に基いて関係村に委任する旨を謳つておるのであるが、右に所謂賦課徴収を委任する。との意義は土地改良法第三十八条の右規定と対比してみると賦課金の徴収と解するを正当とすべく、被告土地改良区がその昭和二十九年、昭和三十年、昭和三十一年の各年度の経費の賦課処分をも関係村に委任したことを認むべき証拠は他になく、成立に争のない甲第九乃至第四十二号証の各一、二、三並に前記甲第四、第五、第六号証によると被告土地改良区は右各年度の賦課並に徴収を自らなし関係村たる八開村にその委任をなしたことのないことが認められる。

六、筏川及び鵜戸川が何れも河川でその管理は知事の権原に属することは当事者間に争のないところである。而して前記甲第一号証、公文書なるをもつて真正に成立したものと認むべき乙第十号証の一乃至四、原告鷲野重光の本人訊問の結果、前顕各証人の証言、検証の結果によれば船頭平より中山樋門に至る水路は立田輪中の悪水を筏川に落すために被告土地改良区の前々身たる立田輪中用悪水普通水利組合が明治三十七年末頃より県当局に陳情し多額の金員を寄附し県営工事として明治三十九年頃造成せられた人工河川にして鵜戸川の元下流に接続してその水を筏川に導きその間同組合並に改組せられたる立田輪中悪水普通水利組合は自ら六門樋門を建設し五明樋門と共にこれを維持管理し筏川の河口にも自ら末広樋門を建設してこれをも維持管理しかくて鵜戸川の少くとも一部及び筏川の水路の施設管理を続け、前記のごとく右水利組合より被告土地改良区に改組せらるるにあたり被告土地改良区も右各水路の施設管理をそのまま踏襲することを愛知県知事より認可せられてこれをその定款第四条に明記せることを認めることができるので被告土地改良区がこれら水路の施設の維持管理につき経費を要しこれを組合に賦課徴収しうるものといわなければならない。

七、而して前記甲第四、第五、第六号証、第九乃至第四十二号証の各一、二、三によれば被告土地改良区が原告等に対し別表記載の通り田以外の畑その他の非農地をも組合費賦課の対象となし、揚水機設置費用、鵜戸川の水路改修並に土地買収に関する費用、筏川水路の施設維持管理に関する費用等を含め昭和二十九年、昭和三十年、昭和三十一年各年度の組合費を賦課していることを窺知することができるが以上一乃至六において説示せる通り被告土地改良区はその設立を無効となすべき瑕疵なくその定款の記載乃至事業の運営、経費の賦課等に原告等所説の如き瑕疵を認め難く従つて原告等に対する右組合費の賦課は正当でこれを無効乃至取消すべきものとなし難いので原告等の本訴請求を失当として棄却し、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文により主文のように判決する。

(裁判官 小沢三朗 鈴木雄八郎 角田恭子)

(別表)

年度賦課金

氏名

昭和二十九年度

昭和三十年度

昭和三十一年度

水谷直儀

三七八円

二七九円

一八五円

鷲野末太郎

三、六二五

二、六八九

一、七八二

水谷一二三

二、七〇六

二、〇〇九

一、三三三

柴田捨吉

五、〇七二

四、二三七

二、九四七

青山甚内

二、六九五

一、九九四

一、三二〇

鷲野重光

二、三五〇

一、七三九

一、一五一

以上

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