名古屋地方裁判所 昭和33年(行)41号 判決 1960年9月30日
原告 柴谷栄太郎 外一名
被告 名古屋国税局長
訴訟代理人 林倫正 外三名
主文
被告が原告等の昭和二十九年度所得税に関し昭和三十年十一月十三日なした審査請求棄却の決定はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告が原告等に対し昭和三十三年十一月十三日付、翌十四日送達の決定通知書でなした昭和二十九年度分所得税の審査決定処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告等は訴外株式会社柴谷染料店の重役であつたが、同訴外会社は訴外稲畑産業株式会社に対し金一一〇一万四〇円の債務を負担していたので、原告等は右債務を整理せんがため、原告柴谷栄太郎はその所有にかかる別紙第一目録記載の不動産を、原告柴谷隆三はその所有にかかる別紙第二目録記載の不動産を、それぞれ右柴谷染料店に売渡し、同店はこれを右稲畑産業株式会社に対する前記債務の代物弁済として同会社に譲渡した。
しかして、右不動産の原告等より柴谷染料店に対する所有権譲渡及び同染料店より稲畑産業株式会社に対する所有権譲渡については、中間の登記を省略して、直接原告等より右稲畑産業株式会社に対する所有権移転登記をなした。
二、原告等より訴外株式会社柴谷染料店に対する右不動産の売買代金債権は左記計算によつて処理された。
(1) 原告柴谷栄太郎は別紙第一目録記載の不動産を代金四八〇万円で柴谷染料店に売渡し、その売買代金中三五五万七三七三円については、同原告が同染料店に対し同額の債務を負担していたのでこれと対等額において相殺し、その残額を受領し
(2) 原告柴谷隆三は別紙第二目録記載の不動産を右染料店に対し代金一七六万円で売渡し、その売買代金中六八万四〇四五円については同原告が同染料店に対し同額の債務を負担していたのでこれと対等額において相殺し、その残額を受領したものである。
三、然るところ、浜松税務署長は、原告等が右不動産を訴外稲畑産業株式会社に対し金一一〇一万四〇円で売渡したものと認定して昭和三十三年三月十三日、原告柴谷栄太郎に対し金一二三万四四九〇円の、又原告柴谷隆三に対し金七万三〇五〇円の納税義務ある旨の更正決定をなした。よつて原告等は同年四月十五日浜松税務署長に対し再調査請求をなしたところ、同年五月二十六日棄却されたので、被告に対し審査の請求をなしたところ被告は同年十一月十三日審査請求を棄却する旨の決定をなし、同年十一月十四日到達の決定書を以つて原告等にこれを告知した。
四、然し以上の理由により右更正決定は違法であり、従つて亦これを維持した被告の審査決定も違法であるから、これが取消を求めるため、本訴請求に及んだ。
と述べ、被告の主張に対し、
(1) 原告等が柴谷染料店に売渡した別紙目録記載の不動産の価額は前記売買価額が時価相当であつたから、不当に低廉な価額を以つて原告等が右不動産を右会社に譲渡したものではない。従つて右行為は所得税法第六七条の適用を受ける場合に該当しない。
(2) 原告等は右不動産を柴谷染料店に合計金六五六万円で売渡したことに基づき、それ相当の納税をしており、又柴谷染料店も右不動産を稲畑産業株式会社に対し代物弁済として譲渡したことに基づき、それに相当する納税をしている。
(3) 原告等が柴谷染料店より債務弁済の委任を受けた事実はない。
(4) 株式会社柴谷染料店が同族会社であることは認める。
と述べた。
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中、訴外株式会社柴谷染料店と訴外稲畑産業株式会社との間の債権関係は不知、別紙目録記載の不動産が原告等の所有であつたこと、浜松税務署長が原告等に対しその主張の如き更正処分をなしたことは認めるが、原告等が右不動産を訴外柴谷染料店に売渡し、同染料店から更らにこれを訴外稲畑産業株式会社に対する代物弁済として同会社に譲渡したことは否認する。と述べ、右更正処分が適法であることの理由として、
一、原告柴谷栄太郎は昭和二十九年六月十日、訴外稲畑産業株式会社に対し、別紙第一目録記載の不動産を代金九〇九万二〇〇〇円で売渡し、それによつて三八〇万三一二〇円の譲渡所得が発生し、又原告柴谷隆三は同日右会社に対し別紙第二目録記載の不動産を代金一九一万八〇四〇円にて売渡し、これによつて、三六万五四四円の譲渡所得が発生したものである。
二、仮りに原告等が本件不動産を稲畑産業株式会社に売渡したものでないとしても、原告等は柴谷染料店より債務弁済に関する委任を受け、その委任事務処理のため、自己所有の不動産を以つて、同染料店の稲畑産業株式会社に対する債務一一〇一万四〇円の代物弁済をしたものであるから、原告等は柴谷染料店に対し、委任事務に要した費用として前記売買代金に相当する金員の償還請求権を取得したわけである。よつて原告等に前記所得が発生したものと認定するに何等妨げがない。
三、更らに、仮りに右不動産の譲渡が原告等主張の如き経緯でなされたとしても、株式会社柴谷染料店は同族会社であり、そして原告等は同会社の株主であるから、同会社が原告等よりその主張の如き価額を以つて本件不動産を買取つたことを容認すると、原告等の所得税の負担を不当に減少させる結果になるので(原告等主張の価額は本件不動産の時価に比し著しく低廉である)、政府は所得税法第六七条により右柴谷染料店の行為又は計算を否認し、柴谷染料店は政府の認める相当な価額を以つて原告等より本件不動産を買受けたものとして、これに基づいて原告等に課税をなし得るものである。しかして、本件不動産は原告等が柴谷染料店に売渡したその日に、柴谷染料店から稲畑産業株式会社に対し金一一〇一万四〇円の債務の代物弁済として譲渡されているのであるから、政府が柴谷染料店は原告等より本件不動産を金一一〇一万四〇円で買受けたものと認定しこれに基づいて原告等に課税しても何等違法ではない。被告はかような点をも考慮して、前記更正決定を維持すべきものと認め、本件審査決定をなしたものである。
と述べた。
当事者双方の立証並びに認否<省略>
理由
原告等が別紙目録記載の不動産を所有していたこと、原告等がこれを昭和二十九年六月十日他に売却したので、原告等に所得が生じたとして浜松税務署長が昭和三十三年三月十三日原告等に対しその主張の如き更正処分をなしたことは、いずれも本件当事者間に争いがなく、原告が右更正決定につき浜松税務署長に対し再調査の請求をなしたところ、これを棄却されたので更らに被告に対し審査の請求をなし、被告が昭和三十三年十一月十三日右請求を棄却する旨の決定をなし、同年十一月十四日到達の決定書を以つて原告等にこれを告知したことは、被告が本件口頭弁論において明らかに争わないところであるから、被告においてこれを自白したものとみなすべきものとする。
成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一、二を綜合すれば、訴外株式会社柴谷染料店は訴外稲畑産業株式会社に対し昭和二十九年六月十日当時金一一〇一万四〇円の手形金債務を負担していたので、原告等は各その所有する別紙目録記載の不動産を出損して右債務を消滅せしむべく企画し、右各訴外会社及び原告両名が協議したうえ、原告等は右不動産を稲畑産業株式会社に対し右柴谷染料店が債務の代物弁済として譲渡し、稲畑産業株式会社は右手形を柴谷染料店に返還することを合意し、これに基いて原告等より右不動産が稲畑産業株式会社に譲渡せられたことが認められる。右認定に反する証人山田永八の証言及び原告柴谷栄太郎本人尋問の結果は措信しない。又右不動産の譲渡が原告等より稲畑産業株式会社に対する売買であることを認めるに足る証拠もない。
そうすれば原告等は自己の出損によつて柴谷染料店の債務を消滅せしめたのであるから、民法第六五〇条第一項又は同法第七〇二条第一項に基づき、柴谷染料店に対し費用償還請求権を取得するに至つたものというべきであるが、その金額は本件不動産の時価を出でるものではない。被告は本件不動産を以つて稲畑産業株式会社に対する金一一〇一万四〇円の債務を消滅せしめたのであるから、原告等の取得すべき費用償還請求権は金一一〇一万四〇円であると主張するが、委任事務処理によつて委任者の受けた利益がそのまま受任者の出損費用とみなされたり或は費用償還請求権の基準となつたりするものでないことはいうまでもないことである。
証人山田永八の証言によれば、昭和二十九年六月頃の本件不動産の時価は金六百七、八十万円ないし七百万円位であつたこと、そして稲畑産業株式会社がこれを金一一〇一万四〇円の債権に対する代物弁済として譲受けたのは、柴谷染料店を援助するための特志から出でたことであつて、右債権額がそのまま本件不動産の時価を算定する標準にはならないことがそれぞれ認められるから原告等が柴谷染料店に対して取得すべき費用償還請求権は、右不動産の時価七百万円位を出でないものというべきである。
然るに浜松税務署長が、原告等が本件不動産を代金一一〇一万四〇円を以つて稲畑産業株式会社に売渡したと認定して原告等に課税したことは、売買でないものを売買と認定してその所得を不当に算定したことに違法があるものというべきである。被告は右不動産譲渡が売買でないとしても、原告等は本件不動産を稲畑産業株式会社に譲渡することにより柴谷染料店に対し金一一〇一万四〇円の費用償還請求権を取得したのであるから、矢張り売買したと同様の所得があり、従つて浜松税務署長がなした更正処分は維持せらるべきであると主張するが、これも前記説明の如く本件不動産の時価以上には発生すべき理由がない費用償還請求権について、これを発生したものと認定することの違法があるから、被告の右主張は採用できない。なお前記認定の如く本件不動産の譲渡は原告等より直接稲畑産業株式会社に対してなされたものであつて、原告等より柴谷染料店に売渡されたものではないから、本件取引につき所得税法第六七条を適用すべき限りでないことはいうまでもないことである。
そうすれば、本件不動産の譲渡により、原告等に金一一〇一万四〇円の所得が発生したことを理由として原告等に課税した前記浜松税務署長の更正決定は違法であり、そしてこれを維持すべき理由がないのにかかわらず、右決定を維持して原告等の審査請求を棄却した被告の審査決定も亦違法であるといわなければならない。
よつて被告のなした右審査決定の取消を求める原告等の本訴請求は理由があるから、これを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 松本重美 吉田誠吾 篠原曜彦)
第一目録=原告柴谷栄太郎分<省略>
第二目録=原告柴谷隆三分<省略>