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名古屋地方裁判所 昭和34年(ヨ)695号 決定 1960年4月11日

申請人 石田栄次

被申請人 日本碍子株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨。

一、被申請人に対して昭和三四年七月一日付にて言渡した解雇の効力は、申請人が提起した解雇無効確認の訴の本案判決確定に至るまで停止する。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨。

一、当事者間に争いのない事実。

申請人が愛知工業高等学校卒業後昭和三三年三月一七日被申請人会社(以下会社という。)に入社し、同日付をもつて労務課勤務となり、新入社員集合教育を受けて後同年四月一二日研究所に、次で同三四年三月一六日耐酸課設計係に順次配属されたこと、会社が同年七月一日会社の従業員をもつて組織されている「日本碍子労働組合(以下組合という。)」との間に締結されている労働協約第三三条および会社の就業規則第六二条により、申請人を解雇したことは当事者間に争いがない。

二、申請人が解雇されるに至つた経緯。

疏明によれば、

申請人は耐酸課設計係に勤務中昭和三四年四月中旬から同年五月中に亘り執務時間中にしばしば新聞を読んだり、居眠りをしたり、或いは時々上司に断りもなく数十分もの間職場を離れ、また申請人は同年四、五月頃自己の起案印刷にかかる「皆さん目覚めて下さい」と題し、階級闘争の基本理念としての労働者の経済闘争と政治運動との関連性を強調した見解を内容とするパンフレツトの配布方を、同年五月二〇日頃会社組立課勤務課の早川幸子に、また同月二五、六日頃の執務時間中に製造課勤務の鈴木直樹にそれぞれ依頼したりなどして結局右パンフレツトを会社の許可なく、その構内で六〇部か七〇部位配布したので、会社は申請人に対し右パンフレツト配布行為の経過報告を顛末書の形式で提出するよう要求したが申請人はこれを拒んだ。そこで同年六月三日頃当時会社の常務取締役であつた鈴木俊雄が、申請人の真意を確かめるべく、申請人を招致し余人をまじえずに面会して懇談したが申請人は前記行動に反省の色を示さないのみか、却つて自己の信念として労働協約に規定されている所謂生産合理化運動(会社と組合とが互に協力し生産を増強し、これによつて従業員の待遇の改善にも寄与しようとする運動)に反対し、会社の業績の向上に協力しない旨表明して憚からない状態であつた。会社は以上申請人の数々の執務態度や行状は、就業規則第九六条第三号、同条第九号、第九五条第一二号および労働協約第二八条第三号、同条第九号、第二七条第一二号に規定する懲戒解雇事由たる「職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとした」場合および「就業規則に基く事項に違反したり職務上の指示に従わず、しかもその情が重い」場合に該当すると判断し、昭和三四年六月三日労働協約第二四条に基き組合に対し懲戒解雇に関する協議の申し入れをなし、三回に亘つて協議を遂げた結果、組合としても申請人に対する懲戒は止むを得ないと認めるが、申請人の将来を慮つて懲戒解雇とせず、普通解雇以下の処置を希望する旨回答したので、会社は組合の右意向を容れて同年七月一日就業規則第六二条第二号および労働協約第三三条第二号に規定する「会社の都合による場合」に該当するとの形式をもつて解雇の処分をした。

以上の事実が認められる。

三、解雇の正当性について。

さて本件解雇は普通解雇の形式をとつたものの、実質は懲戒解雇であることは前記のとおりであるから、前記一応の認定にかかる事由が懲戒解雇に値するかどうかを検討する。

申請人は会社の要求する顛末書の提出を拒絶してはおるが、就業の規則および労働協約によるも、その他一般法令に徴するも、申請人に右顛末書提出の義務は認められないので、このことをもつて申請人が職務上の指示命令に不当に従わなかつたとの懲戒事由に該当すると判断し得ないことは勿論である。次にパンフレツトを配布したことも原則として思想表現の自由として保護される性質のものであり、また申請人が生産合理化運動が従業員の犠牲のもとに経営者ないしは資本家のみを利するものであるとの信念を抱き、この考えを他人に表明することも、そのこと自体別段指弾さるべき事柄ではない。

しかしながら、労働協約第五一条によれば「組合が会社の施設又はその敷地内において印刷物を頒布する場合には事前にその旨を会社に届出る」義務を負担していることが明かであつて、このような規定の存する所以は、会社の施設ないしその敷地内における印刷物の頒布行為が正当な組合活動の範囲内に属するや否や、またこれによつて作業能率を阻害する惧れがないかなど、会社をして事前に諸般の情勢判断をなさしめるためのものと解される。しかして個々の組合員といえども組合が負担する前記届出義務を尊重し、その趣旨に則つて行動すべきことは、組合の構成員として信義則上当然のこととみるのが相当である。しかるに申請人はかかることを些かも意に介せず、就業時間中にすら数回に亘つて会社の構内においてパンフレツトを配布したのであるから、申請人の右行為は職場の秩序を紊し或いは紊そうとしたものと判断されても止むを得ないであろう。また生産合理化運動は労働協約に規定する会社と組合との協定であるから、組合員たるものは一応これを尊重してしかるべく、もしこれに反対であるならば、組合内部において組合活動として反対運動を展開し、終局的には労働協約を改定して自己の目的達成を意図すべきであり、また会社としては営業成績の向上に寄与することを期待して従業員を雇傭するものであるのに、申請人が経営責任者の一員である常務取締役に対し、現に労働協約に定められている生産合理化運動に反対し、会社の業績の向上に協力しないと表明するが如きは債務の本旨に従つた労務の提供を拒否することを公然と会社に宣言したことになり、これまた職場の秩序を紊し或いは紊そうとしたものとみられ得るのである。

以上説示の事情と申請人が執務時間中にしばしば新聞を読んだり、居眠りをしたり、上司に無断で職場を離れるなどの執務態度とを綜合すれば、会社が申請人を就業規則第九六条第三号、労働協約第二八条第三号にいう職場秩序を紊したり紊そうとした者として懲戒解雇に処すべきものと判断したことは正当といわねばならない。申請人は、会社は申請人の思想を嫌悪して解雇したと主張するが、この主張を肯定すべき疏明はない。

しかして会社が労働協約に基いて組合と協議を重ねた結果、組合の意向を容れて普通解雇の形式をもつて申請人を解雇したことは既に認定のとおりであるから、解雇の手続についても欠けるところがない。

以上によつて明かなとおり、申請人に対する解雇は無効であつて、申請人と会社との間になお雇傭関係が存在するとの申請人の主張は採用することができない。

第三、結言。

申請人の本件仮処分申請は結局被保全権利の存在につき疏明がないことに帰着し、申請にかかる仮処分は相当と認め難いからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主分のとおり決定する。

(裁判官 伊藤淳吉 小渕連 梅田晴亮)

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