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名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)1069号 判決 1971年4月27日

原告

田面芳郎

代理人

島田新平

島田芙樹

被告

鵜飼弘昌

外一名

代理人

安藤久夫

西尾博雄

森健

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

被告らは連帯して原告に対し金七七四万六三一〇円及びこれに対する昭和三七年六月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

三、請求の原因

(一)  原告と被告らの先代鵜飼芳枝との間に同人所有の名古屋市中区広小路通七丁目八番地上所在木造瓦葺平屋建店舗建坪二〇坪の内北東隅約三坪(以下本件店舗という)について、昭和二四年六月二〇日、左記内容の賃貸借契約が成立した。

1  本件店舗を「湖月堂」(菓子舗)本舗として使用すること

2  権利金名義で金二〇万円、保証金名義で金一〇万円(合計金三〇万円)を支払うこと

3  家賃は月額金一万円とし別に月額金五〇〇〇円の裏家賃を支払うこと

4  賃貸借期間は一応五ケ年(昭和二九年六月二〇日まで)とし、期限到来時に亡鵜飼芳枝が喫茶店「芳乃」の経営上本件店舗を使用する場合は明渡し、不使用の場合は更新すること

(二)  そして当初は双方で便所を共用する等、円満に推移していたのであるが、亡鵜飼芳枝の内縁の夫である訴外星川登と原告の店員との間は、些細なことで反目しあうようになり、感情的対立が累化してきた。そして亡鵜飼芳枝らは喫茶店「芳乃」の改装に名を藉り、「湖月堂」から便所に通ずる通路を遮断してしまつたのである。そこで原告はやむを得ず、本件店舗の一部をさいてその南東隅に水洗便所を設けたのである。

また当時広小路商店街においては、各店舗は、市道に若干の庇を附設するのが常例であつたので、原告の店舗もこれにならい、庇を附設したが、「芳乃」への出入には何ら支障のないように配慮したのである。

(三)  しかるに亡鵜飼芳枝は、原告に対し、原告の右の便所の設置と庇の附設をもつて、賃貸人(亡鵜飼芳枝)の同意なくしてなした賃借(原告)の背信行為であるから、本件店舗に対する賃貸借契約を解除したとして、原告に対して本件店舗の明渡を訴求してきた(名古屋地方裁判所昭和二六年(ワ)第八五一号事件)。そして右事件は同裁判所の調停に付され(同庁昭和二六年(ユ)第五号)、昭和二七年三月一日左記内容の調停が成立した(以下本件調停調書という)。

1  賃貸借期間は当初の約旨通り一応五カ年とする(昭和二九年六月二〇日まで)。

2  賃料は月額金二万円とする。

3  当初の約旨通り期限到来時に鵜飼芳枝がその営業上本件店舗を使用する場合は明渡す。同人不使用の場合は更新し、継続賃貸する。

(四)  しかして本件調停は期限到来時に鵜飼芳枝が本件店舗を使用する場合には明渡し、右同人が使用しない場合には更新するとの趣旨であつて、右同人の使用不使用は単に同人の意思のみに係るのではなく真実同人が使用し、又は使用しないという客観的事実の存否を条件としたものと解すべきものである。

(五)1  しかるに亡鵜飼芳枝は、右調停調書の期限到来をもつて自ら喫茶店「芳乃」の経営上使用するのではないのに右条項を無条件明渡の意であるとし、昭和二九年六月二八日原告に対し明渡の執行に着手したので、原告はこれに対して、本件調停調書は(四)に記載した趣旨であると主張して名古屋地方裁判所に請求異議及び賃借権確認の訴を提起した(同庁昭和三〇年(ワ)第一四一二号事件以下第一事件という)。

2  また原告が本件店舗を亡鵜飼芳枝から賃借した後、税金対策上湖月堂の営業名義を合資会社としてあつたことを理由として、右同人同会社(以下訴外会社という)に対して本件店舗の明渡を求める訴を提起した(同庁昭和二九年(ワ)第一六二五号事件以下第二事件という)。

そして右第二事件について原告が本件店舗について賃借権を有すると否とを問わず、右会社が原告から転借したことは、亡鵜飼芳枝の承継人である被告らに対抗できないという理由で、被告らが勝訴し、右判決は昭和三四年五月二六日確定した。

(六)1  訴外会社は、原告の個人会社で、法律的には別個独立の人格を有するものであるが、その設立の目的は、単なる税金対策上のものにすぎず、その実態は、原告の個人営業であつて、原告自らが本件店舗を使用収益し、占有し、賃料の授受も、個人間でなされていたものであり、ただその営業名義が会社である関係上、会社も共同占有たる法律関係に立つにすぎず、その営業名義が会社名義に変更したことは、原告の有する賃借権には、何ら関係のない問題である。

したがつて、原告において依然本件店舗の賃借権がある以上は、原告の実力支配下にある合資会社湖月堂においても、被告らの権利を害しないかぎりは、本件店舗において営業を維持できることは法律上許容されてしかるべきであり、これを単なる右会社の不法占有とすることは化石的解釈以外の何物でもない。

2  原告としては右の理由で、前記判決には承服しがたいところであつたが、やむを得ず、昭和三四年六月一六日合資会社湖月堂の社員総会の決議にもとづき、同会社の本店を本件店舗から、名古屋市中区板橋町二丁目四一番地に移し同日かぎり、同会社の本件店舗についての使用関係をやめ、一切の所有商品、什器、備品類を原告個人が譲渡を受け、同会社は、本件店舗とは関係がなくなり、ひとり原告のみが被告らに対する賃借権にもとづき、本件店舗を占有することになつたのである。

3  しかして合資会社湖月堂は名古屋地方裁判所昭和二九年(ヨ)第八三三号事件によつて占有移転禁止の仮処分の執行を受けていたが、右仮処分は、右会社に対して占有移転を禁止し、占有名義を新規に変更することを禁止したものであつて、仮処分執行前の法律行為及びこれに伴う法律効果を左右しえないことはもちろんであるから、仮処分執行前に行われた賃貸借につき、転借人である右会社が転貸人である原告に、本件店舗を返還することは当然なし得るところである。

4  そこで原告は、被告らが本件店舗につき、本件調停調書にもとづき強制執行をなしてくるおそれがあつたので、名古屋地方裁判所に本訴(訴変更前は請求異議の訴であつた)を提起し、同庁から昭和三四年六月一八日、右調停調書にもとづく強制執行の停止決定を得た。

5  本件においては訴外会社は、当初被告らの本件店舗の明渡請求を拒んでいたので、被告らは右会社に対して本件店舗の明渡を求める訴を提起し、勝訴の判決を得たので(第二事件)、右会社は第二事件の判決の趣旨に従い、任意本件店舗より退去し、その旨を執行吏に届出たのであるから被告らは右会社に対して強制執行をなす必要はなく、その後の本件店舗の明渡は、原告に対する債務名義の有無によつて決せらるべきである。

しかして被告らは原告に対して前記調停調書を有していたが、右調停調書について第一事件が当時最高裁判所に係属していたのであるから、右事件の判決の結果をまつて原告に対して強制執行をなすのは格別、不必要となつた合資会社湖月堂に対する第二事件の確定判決にもとづき強制執行をなすことはできない。

(七)1  しかるに被告らは昭和三四年六月二二日第二事件の確定判決にもとづき、当裁判所執行吏八木代吉をして本件店舗の明渡の強制執行に着手し、本件店舗を破壊し、安藤久夫占有管理の名のもとに板囲をして、原告の賃借権にもとづく本件店舗に対する占有を奪取した。

2  しかも右強制執行は著しく当を失し、本件店舗の屋根瓦をはぎ取り、柱を切る等して本件店舗を破壊し、原告が施設した本件店舗内外の設備品をたたきこわし、高級大理石をたたき割り、再び使用にたえない廃品化し、ネオン一式、看板等を損壊して一部を路上に放置し、執行吏に原告の所有として届出てあるショーケース、陳列棚、商品等は執行代理人たる訴外松葉信義の保管にまかせてこれらの物件を露天に放置させて、再び使用できないようにしてしまつた。

3  右の強制執行は違法不当であり、右は被告ら訴外安藤久夫、同松葉信義らの共同不法行為である。

(八)1  本件調停調書は、(1)昭和二九年六月二〇日の期限到来時において、亡鵜飼芳枝が自ら経営する喫茶店「芳乃」の店舗拡張区域として本件店舗を使用する場合には原告は明渡すこと。(2)亡鵜飼芳枝自ら使用しない場合は引続き本件店舗を原告に賃貸するとの二面的調停であつた。そしてこのことは第一審判決においても肯定されたものである。

2  しかして第一事件の第一審判決(昭和三二年七月一七日言渡)は「亡芳枝は従前名古屋市中区広小路通七丁目八番地上木造瓦葺平家建建物のうち本件店舗を除くその余の部分を使用して喫茶店芳乃を経営していたのであるが入口は僅々四尺五寸にすぎず、間口の大部分(約一三尺五寸)は原告(本件原告)の経営する湖月堂に占められ、かつ湖月堂と芳乃との境は板壁を以て仕切られているため……芳乃の店舗部分はうす暗く、喫茶店経営上面白くない状況にあること、従つて亡芳枝は本件店舗部分の明渡をうけてその跡を右喫茶店の区域として拡張して之を利用する念願を有したまま、前記期限後まもなく死亡したこと、右芳枝の承継人たる被告ら(本件被告ら)は未だ若年にして学生であつたため管理人たる訴外星川登において喫茶店芳乃の店舗部分を同人の友人に暫時の約定で留守番代りとして居住使用せしめたことがあるも同人もここを立退き、被告弘昌が近々大学を卒業すると同時に本件店舗部分を含めて従前の喫茶店芳乃を再開経営する企図を有していることが認められる。」旨を認定し、前記(1)の場合に該当するから「本件調停の趣旨に準拠して本件店舗明渡の条件成就しかつ期限は夙に到来したものと言うべく、従つて本件店舗の賃貸借は昭和二九年六月二〇日かぎり終了し、原告は本件店舗を明渡す義務がある。」旨を判示した。そして第二審判決(名古屋高等裁判所昭和三三年一〇月三一日言渡)も右第一審判決を支持し、更に上告審判決(同三六年四月二〇日言渡)は「自ら使用するとは、単に自ら使用する意思だけでは足りず、現実に自ら使用することを必要とし、そのためには借主は右期限には一応右店舗を明渡して貸出して自ら使用し得る状態におくことを要する趣旨である。被告ら(被上告人ら)は貸主において本件店舗部分の明渡をうけてその跡を判示のように喫茶店の区域として拡張してこれを利用する念願を有し、これを原告に要求したが原告はこれに応じなかつたため自ら使用できなかつた旨を主張し原審がこの主張を認容した趣旨である。」旨を判示し第一、二審判決を是認したのである。

3  しかして右第一事件の判決の趣旨を逆に裏返していえば、もし亡鵜飼芳枝自ら喫茶店「芳乃」の店舗が右判示のとおり間口も狭く、又、本件店舗のためうす暗いので本件店舗の明渡を得てその跡を喫茶店芳乃の拡張区域として使用するという口実で、真実はその意思ではないのに明渡を求めたり、その承継人たる被告鵜飼弘昌が、大学卒業と同時に喫茶店芳乃を再開経営し、その拡張区域として本件店舗を使用する意思がないのにこれあるごとく装つていたものとすれば、前記1(2)の場合に該当し、原告は本件店舗につき賃借権を有することになるのである。

4  被告らは訴外星川登らと共謀のうえ、真実は喫茶店「芳乃」の再開経営をなす意図がないにもかかわらず、その意思があり、そのためには同喫茶店の拡張区域として本件店舗を利用する必要がある旨詐称かつ偽証して裁判所を欺き、本件調停の期限満了時は前記1(1)の場合に該当するものと誤信させて、原告は昭和二九年六月二〇日の期限到来と同時に本件店舗の賃借権を喪失したものと判定せしめたのである。

5  右の被告らの詐称偽証は次の事実により明白である。

すなわち被告ら先代亡鵜飼芳枝は、本件調停調書の期限である昭和二九年六月二〇日当時すでに病気にかかり、まもなく喫茶店「芳乃」を廃業し、次で死亡し、右「芳乃」の経営は不能となつたこと、右同人の相続人である被告らは当時東京に遊学中で喫茶店の経営は事実上不能であり、その他に右の営業を行う者はなかつたこと、それにもかかわらず、被告鵜飼弘昌において大学卒業と同時に喫茶店「芳乃」の営業を行う意思である旨虚偽の供述をして裁判所をしてその旨誤信させたこと、被告鵜飼弘昌は大学卒業後、喫茶店「芳乃」を再開せず、他に勤務するようになつたこと、前記強制執行をなした後まもなく、本件店舗の敷地を訴外沢井秀一に売却して巨利を得ながら、右の事実を原告に知られることをおそれて、永く所有権移転登記をなさず、かつ本件店舗跡と名古屋市道との境に板塀を設置してこれに「管理者安藤久夫」なる高札をかかげあたかも被告らが依然本件店舗敷地を保持しているかのように偽装していたのである。

6  以上の事実によれば被告らの第一事件、第二事件の主張及び立証は、全く本件店舗明渡の債務名義を獲得し、本件店舗に対する原告の賃借権を消滅させて右敷地を他に有利高価に売却するための偽装行為であり、右は訴訟を手段とする詐術、不法行為である。

7  しかして右のように不正不法の手段を用いて裁判所を欺罔し、確定判決を得た場合にはその判決の敗訴者は再審の手続を経ることなく、勝訴者に対して不法行為を理由に損害賠償の請求をなし得るものである。

(九)  以上の被告らの不法執行及び確定判決の不法取得によつて原告のこうむつた損害を被告らは原告に賠償すべき義務があり、原告の右の損害の内訳は次のとおりである。

1  原告は第一事件の判決により本件店舗に対する賃借権を昭和二九年六月二〇日限り喪失したと認定されたが、右の賃借権の価額は金三〇〇万円に相当していたので、この損害金三〇〇万円

2  第二事件の判決確定後、第一事件が係属しており、しかも、原告が適法に本件について強制執行停止決定を得たのに、被告らにおいて前記のような強制執行をなしたことによる物的損害

(1) 店内設備の損害金五一万二、八〇〇円の内金四〇万八、八〇〇円(別紙第一表のとおり<略>)

(2) 店外設備の滅却による損害金一五万〇、六〇〇円(別紙第二表のとおり<略>)

3  原告が本件店舗を奪取されたため爾後営業上使用不能となり廃棄した所有品の価額相当の損害金四八万七、五一〇円(別紙第三表のとおり<略>)

4  被告らが不法執行をなした日から、第一事件の判決確定まで二二カ月間原告が本件店舗の営業により月額平均一〇万円宛の得べかりし利益を喪失した損害金二二〇万円

5  被告らの詐術により原告が第一事件、第二事件ともに敗訴の判決を受け、しかも第一事件の判決確定前に前記不法不当な強制執行を受けたことにより、原告の名誉、信用を毀損せしめられた精神上の苦痛に対する慰藉料金一五〇万円

(十)  よつて原告は被告らに対し連帯して右の合計金七七四万六、三一〇円及びこれに対する昭和三七年六月四日付請求の趣旨訂正申立書が被告らに送達された日の翌日である昭和三七年六月八日から支払済に至るまで民法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、請求の原因に対する答弁及び被告の反論

(一)  請求原因(一)の事実は認める。但し、賃貸借期間は一応ではなく厳格に五カ年とし、期間が満了した際、亡鵜飼芳枝において自ら使用せず、又は他人に賃貸するときは原告に優先的に賃貸することを約したものである。

(二)  同(二)の事実は争う。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)の事実は争う。

本件調停調書中の期間の点は、賃貸期間終了の場合亡鵜飼芳枝が本件店舗を使用せず、他に賃貸する時には右同人は、原告に対して優先的に賃貸することを定めたものであつて、原告の無条件明渡を定めたものである。

(五)1  同(五)1の事実は認める。しかし第一事件における原告の主張は排斥され、この事件は昭和三六年四月二〇日最高裁判所の上告棄却の判決により確定した。

2  同(五)2の事実は認める。

3  亡鵜飼芳枝は本件調停調書にもとづき適法に強制執行に着手したのであるが、原告は被告ら先代の不知の間に昭和二五年一一月頃すでに湖月堂を合資会社にしていたので、執行不能となつたため、亡鵜飼芳枝はやむなく訴外会社に対し本件店舗の明渡を求める訴を提起し、延々五年の歳月を経て被告らの勝訴判決が確定したのである。

(六)1  同(六)1の事実は否認する。

2  同(六)2の事実中原告と訴外会社の関係は不知、その余の事実は否認する。

3  同(六)3の事実中訴外会社が原告の主張する仮処分の執行を受けていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同(六)4の事実は認める。

しかし原告が本訴を提起した時には、本件調停調書について原告の提起した請求異議事件(第一事件)が最高裁判所に係属しており、原告の当初の請求であつた本件調停調書についての請求異議の訴は重複訴訟として不適法なものであり、同時に原告が得た強制執行停止決定も重複起訴にもとづく違法無効なものであつたのである。

5  同(六)5の事実中訴外会社が本件で店舗の明渡を拒んでいたこと、被告らの訴外会社に対する勝訴判決が確定したことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  原告は、亡鵜飼芳枝が、昭和二九年六月二八日本件調停調書にもとづき原告に対して強制執行をなしたときは、本件店舗は訴外会社のみが占有していると主張して右強制執行を拒否し、被告らが昭和三四年六月二八日、訴外会社に対して強制執行をなしたときは、原告のみが本件店舗を占有していると述べているのである。かかる二面的主張は許されるものではない。

原告は、訴外会社が本件店舗を任意に明渡した旨を主張するが、原告が請求原因(六)5において主張している事実は執行妨害を目的としたもの以外の何ものでもない。原告が訴外会社から本件店舗の占有の移転を受けたと主張する時点は、被告らが訴外会社に対して強制執行に着手した後である。原告の右の主張自体において原告が第二事件の判決にもとづく強制執行を拒もうとしていた徴表である。もしかかる主張が許されるものとするならば、およそ不動産の明渡の強制執行は不能となるものであることは明らかである。

7  また本件仮処分によつて訴外会社は占有を移転することを禁止されていたのである。原告は右の点について訴外会社が原告に対して本件店舗を返還したのは仮処分前の法律行為(被告らは原告と訴外会社間の転貸借契約の存在を認めない)の履行としてなしたものであると主張している。しかし訴外会社のなした占有移転は本件仮処分債権者である被告らに対抗できないものである。また原告が有していた本件店舗に対する賃借権も第一事件の判決によつて昭和二九年六月二〇日限り消滅していることが確定されているのであるから、本件仮処分執行当時においても被告らに対抗できない原告の権利によつて後になつて、仮処分債権者である被告らが脅かされるということは本件仮処分の趣旨からいつて是認できないものである。

したがつて被告らにとつて本件店舗の占有者は訴外会社のみなのである。

(七)1  同(七)1の事実について

被告らは第二事件の判決にもとづき訴外会社に対して強制執行をしたのであつて原告に対して強制執行をしたのではない。また原告の賃借権は前記(六)7に主張したようにすでに消滅していたものである。

したがつて本件強制執行は原告には全く関係がない。

また原告が得た前記強制執行停止決定は前記のとおり違法無効のものであるが、仮に有効としても、右決定は原告に対する本件調停調書にもとづく強制執行を停止する旨の決定であつて訴外会社に対する第二事件の判決にもとづく強制執行には何ら効力を有しない。

2  同(七)23の事実は否認する。

(八)1  同(八)1の事実は否認する。

本件調停調書は明渡期限を定めたものであつて、原告の本件店舗の明渡義務は、確定的、原則的であつたのである。ただ被告らにおいて他に賃貸するときは原告に優先的に賃貸するというものである。本件調停調書の第六項に「原告(亡鵜飼芳枝)が本件店舗を自ら使用せず、他に貸与する時」とは右の意味である。原告は本件調停調書を二面的であると主張して第一事件の第一審判決を引用しているが右判決は原告主張の二面性云々には全く言及していない。仮に右について言及しているとしても、被告は右の認定判断には承服しがたく、しかも理由中の判断であるから、本件において右判断には自ら拘束されないものである。

なお原告は「喫茶店芳乃の店舗として使用する場合」と限定しているが、このように限定する証拠がなく不当である。

2  同(八)2の事実は争わない。

3  同(八)3ないし7の事実は否認する。

4  原告の本件店舗に対する賃借権の不存在を確定した第一事件の判決及び訴外会社の本件店舗の明渡義務を確定した第二事件の判決はいずれも被告らの不正行為によつてなされたものではない。

(1) まず第一事件は昭和三〇年九月六日原告が提訴して以来同三六年四月三〇日まで実に六年弱の年月を要して原告と被告らの相対立する主張を審理して原告の敗訴が確定されたものなのである。その間第一、二、三審を通じて被告らが虚偽の主張ないし偽証をしたとの主張は原告において何らしていないのである。

(2) 次に原告は、第二事件の判決によつて本件店舗の明渡の強制執行後に顕れた事実をもつて右の各判決を被告らが不正に取得したと主張しているのである。

しかし、昭和二九年六月二八日、亡鵜飼芳枝が原告に対して強制執行に着手した時点において喫茶店「芳乃」の営業が不能であつた事実はなく、当時喫茶店「芳乃」は営業中であつたし亡鵜飼芳枝も健在であつた。したがつて原告は本件調停調書の趣旨に従い、誠実にまず本件店舗を明渡すべきであつたのである。

しかるに、原告は右強制執行に際して自己の占有を否定し、もつぱら訴外会社の占有のみを主張したので、右強制執行は不能に帰したのである。そして原告は被告らが長年月を要して訴外会社に対する判決を得るや、今度は本訴を提起して自己に占有権限がある旨を主張するに至つたのである。これは第二事件を被告らが提起した経緯に照して被告らの全く予想できないところであつたのである。

このように原告は本件店舗の明渡を拒むために原告と訴外会社という集つた二個の権利主体を利用し本件店舗に関する訴訟を不当に長びかせたものである。右の事実は第二事件の控訴審判決の理由中でも指摘されたところである。

(3) 原告はこのようにして被告らの権利の行使を不当に妨げ、これによつて被告らが本件店舗を継続して使用しがたい状態におとし入れたのである。

すなわち本件店舗の明渡を拒否された亡鵜飼芳枝は失意のうちに死亡し、喫茶店「芳乃」は一時閉店を余儀なくされたのである。その後被告鵜飼弘昌は亡鵜飼芳枝の遺志をつぎ、大学卒業後喫茶店「芳乃」を再開する意図を有し、本件店舗の明渡を求めていたのであるが争訟が長びき、更に訴外会社に対して第二事件の判決によつて強制執行をしても、更に本訴を提起されるに及んで、同被告も、争訟のたえない本件店舗に喫茶店「芳乃」を再開する念願を失うに至つたのである。

(九)  同(九)(十)の事実は全部否認する。

五、証拠<略>

理由

(一)1  被告らが訴外会社に対する第二事件の確定判決にもとづき、昭和三四年六月二二日本件店舗の明渡の強制執行をなしたことは当事者間に争いがない。原告は訴外会社は昭和三四年六月一六日本件店舗を任意明渡し、本件店舗の占有を原告に返還し、以後は原告のみが、本件店舗を占有するに至つたものであるから、右強制執行は債務名義に表示された者以外の者に対してなされた不法なものであつた旨を主張し被告らはこれを争うのでまずこの点について審案する。

2  原告本人は右の原告の主張にそう供述をしている。

しかしまず被告らの本件建物明渡請求権にもとづく強制執行を保全するため訴外会社が昭和二九年八月二一日に占有移転禁止の仮処分の執行を受けていたことは当事者間に争いがない。そうすると訴外会社の本件店舗の占有移転は被告らに対抗できないものであつたのである。

原告はこの点について占有移転禁止の仮処分の効力はその仮処分の執行前の法律行為(転貸借契約)の履行としての占有の返還を禁ずるものではない旨を主張している。

しかし訴外会社が原告から本件店舗を転借したことを認めるに足る証拠はなく、被告らと訴外会社間の第二事件の確定判決は訴外会社の不法占有を理由として訴外会社に対して本件店舗の明渡を命じているものであることは<証拠>によつて認められるところである。

そして、第一事件の確定判決の既判力によつて原告の本件店舗に対する賃借権は後記のように昭和二九年六月二〇日をもつて終了したことが確定されているのであるから、仮に訴外会社が原告から本件店舗を転借していたとしても、原告の賃借権は前記仮処分の執行を受けたときにおいてはすでに消滅していたものであるといわなければならない。したがつて原告が訴外会社から占有の返還を受けたことは、右の仮処分債権者である被告らに対する関係では右仮処分決定で禁じられている占有の移転に該当するものというべきである。

3  ところで右のような占有移転禁止の仮処分決定は仮処分債務者が不動産の占有を他に移転することを禁止し、もつて本案訴訟の確定判決にもとづく当該不動産の引渡または明渡の執行を保全することを目的とするものである。

したがつて右仮処分決定にもとづく執行を受けた仮処分債務者が右決定に違反して第三者に当該不動産の占有を移転しても、仮処分債務者は、仮処分債権者に対して、その占有喪失を主張することは許されないものというべく、仮処分債権者は仮処分債務者に対する確定判決にもとづき、当該不動産の明渡の強制執行をなすことができるものと解するのが相当である。けだしこのように解さないと占有移転禁止の仮処分の効力が没却されてしまうことになるからである。

したがつて前記仮処分債務者である訴外会社は仮処分債権者である被告らに対して本件建物についての占有の喪失を主張することは許されず、被告らは第二事件の確定判決にもとづき適法に訴外会社に対して本件建物の明渡の強制執行をすることができたものといわなければならない。

4  そして<証拠>を総合すると原告は自己が強制執行を受けたときは本件店舗は訴外会社が占有している旨を主張し、訴外会社が強制執行を受けたときは原告個人が本件店舗を占有しており、訴外会社は原告の占有権限の反射的利益を受けているにすぎない旨を主張しているものであることが認められる。

このような原告の主張は、被告らが正当な手続で取得した債務名義にもとづく強制執行を妨害するための主張であるという他はなく、もとより許すべからざるものであるといわなければならない。けだしもし原告のこのような主張が許されるものとするならば、およそ不動産の明渡の強制執行は不能となつてしまうものであることは明白であるからである。

5  そして<証拠>によると被告らのなした前記強制執行は、訴外会社に対してなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

また右強制執行の手段方法が不当なものであつたとの原告の主張に符合する原告本人尋問の結果は証人……の証言に照して措信しがたく、他に右を認めるに足る証拠はない。

してみると、原告の本訴請求中右の強制執行が違法不当であつたことを前提とする部分はその余の点について判断するまでもなく、失当である。

(二)1  次に原告は被告らが不正不当な手段で裁判所を欺罔し、第一事件第二事件の確定判決を取得した旨を主張する。

2  まず第二事件の当事者は被告と訴外会社であつて原告は当事者ではないから第二事件の審理の過程で被告らが不正不当の方法を用いたか否かにかかわりなく、原告がこれによつて損害をこうむるいわれはないから、この点に関する原告の主張は判断することを要しないものである。

3  次に本訴請求中の第一事件についての部分について審案する。

(1)  第一事件が昭和三〇年九月五日原告が被告らに対して提起した本件調停調書にもとづく強制執行の排除を求める請求異議及び原告が本件店舗について賃借権を有することの確認の訴であつたこと、右事件について昭和三六年四月二〇日最高裁判所における上告棄却の判決によつて原告の敗訴の判決が確定していることは当事者間に争いがない。

原告は被告らが不正不当の方法を用いて裁判所を期罔し勝訴の判決を得たものであるから、右事件の判決の既判力にもかかわらず、不法行為の責任を免れないと主張する。

(2) しかしておよそ判決が確定した場合その既判力によつて右判決の対象となつた請求権の存否が確定するものである。しかしながら判決が確定した場合であつても、その判決の成立過程において訴訟当事者の一方が相手方の権利を害する意図のもとに作為若くは不作為により相手方の訴訟行為を妨害し、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得した場合においては、再審手続を経ないで、直ちにこれによつて損害をこうむつた相手方は、右の訴訟当事者に対して不法行為による損害賠償を請求することができるといわなければならない。

しかし、訴訟当事者の一方が虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔した場合に相手方が不法行為による損害賠償を請求できるとするためには、その訴訟当事者の裁判所を欺罔する不正行為についてその者に対して刑事上詐欺罪の有罪判決が確定するなど明白に公序良俗に反する訴訟行為による不法行為の成立が認められる場合に限られると解するのが相当であつて、事実審において攻撃防禦をつくす機会を与えられながら、ついに偽証を打ち崩すことができず敗訴し、新訴において右の旧訴の敗訴当事者が勝訴当事者の旧訴における虚偽の主張、偽証を攻撃するにすぎないものは含まれないと解するのが相当である。けだしこれを認めるならば紛争を際限なくむしかえす結果となり、実質的に判決の既判力を否定し、法的安定性を破壊することとなり、更に再審制度を認めた意義を没却することになるからである。

(3)  本件についてこれをみるに、原告の請求原因として主張している事実は被告らが第一事件において虚偽の主張をなし偽証を行い当裁判所を欺罔して勝訴の確定判決を取得したことにつきるものである。

しかして、<証拠>を総合すると、原告は第一事件の審理の過程において、第一、二、三審を通じて本件調停調書の効力に関する事実上法律上の争点について十分に主張立証する機会が与えられながら、右事件について敗訴したものであること、右事件の相手方であつた被告らが虚偽の主張をなし、偽証をしたとの点について刑事上有罪判決が確定していることなど右事件における被告らの訴訟行為が明白に公序良俗に反するものがあつたということについて原告は第一事件においては何らの主張も立証もしていないものであることが認められる。

(4)  したがつて原告は第一事件の判決の既判力に抵触する主張をすることができないものであるところ、右の判決の既判力によれば原告の本件店舗に対する賃借権は昭和二九年六月二〇日限り期間満了により消滅したものであることが確定されているのである。

そうすると原告は本訴において本件建物に対する賃借権が被告らの不正不当な訴訟行為によつて裁判所において消滅したものと認定されたこと及び右賃借権が、右同日以降も存続していることを主張できないことになるから、原告の本訴請求中、右を前提とする部分もその余の点について判断するまでもなく失当であるという他はない。

二してみれば原告の本訴請求は全て理由がないから失当として棄却するべく、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(高橋爽一郎)

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