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名古屋地方裁判所 昭和35年(ワ)624号 判決 1960年11月11日

原告 小林トシ

被告 西川富太郎 外二名

主文

別紙目録掲記の電話加入権は、原告の権利に属することを確認する。

被告奥野周一は、原告に対し、右電話加入権につき加入名義書換手続をせよ。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のように述べた。

(一)  別紙目録掲記の電話加入権(以下本件電話加入権という)は、原告の権利に属するものであつて、更に右電話は、原告の住居地に架設せられているのである。

(二)  原告は、昭和三十五年四月五日突如被告西川富太郎より、本件電話加入権を担保に金員を貸付け、弁済期日を経過し再三支払を督促しても、元金の返済も利息の支払もないから、契約により右電話加入権を代物弁済として手続をする旨の内容証明郵便を受取つた。

(三)  しかしながら、原告は、被告西川より本件電話加入権を担保に金員を借用したこともなく、前記内容証明郵便を受取る迄、同被告よりその貸付元利金の支払請求を受けたこともない。

(四)  そこで、原告は、直ちに右事情を調査したところ、それは、もと原告が女中として使つていた訴外西村奈美子の仕業であることが判明した。即ち、右西村奈美子は、昭和三十四年十二月三十一日原告方の女中を辞めたのであるが、その直前たる同月二十八日原告の印鑑を盗用して文書を偽造し、被告西川より本件電話加入権を担保に金員を借受け、弁済期日に返済しないときは、右電話加入権を代物弁済として譲渡する旨の特約をなし、更に、訴外近畿電話事業協同組合に対し、右電話加入権につき債権額金三十五万円の質権を設定していたことが判明した。

(五)  しかして、被告西川は、昭和三十五年四月六日本件電話加入権を代物弁済により取得したとなして、その加入名義を原告より同被告の名義に変更し、次いで、翌同月七日これを被告鈴木重雄名義に変更し、更に、翌同月八日それが被告奥野周一名義に変更せられた。

(六)  よつて、原告は、被告等に対し、本件電話加入権が原告の権利に属するものであることの確認、並びに被告奥野に対し、右電話加入権の加入名義書換手続を求めるため、本訴請求に及ぶ。被告西川等の抗弁につき、その主張事実を否認し、次のように述べた。

(七)  原告は、右西村奈美子が前記金銭消費貸借並びに代物弁済予約の契約をなすにつき、同人にその代理権限を与えたこともなく、又これに原告の印鑑や印鑑証明書を交付したこともない。右契約は、西村奈美子が原告の印鑑を盗用して、これを締結したものであること、前述のとおりである。

(八)  西村奈美子には、原告を代理すべき権限は何等なかつたのであり、被告西川が同人に右契約締結の代理権限があるものと信じたとすれば、それは、同被告の重大な過失というべきである。右西村奈美子が同被告に原告の母であると告げたとしても、原告の年齢は、同人の呈示した印鑑証明書の記載によつて知りえた筈であり、同人は、原告の母にしては若きに過ぎることが一見して判つた筈であるから、直接原告に就いて、その真否を確めるべきである。たとえ、同人が原告の母のように見えたとしても、念のために、その真偽を確認する位のことは、社会通念上当然になすべきところである。まして、本件電話によつて容易にこれをなしうるのであるから、被告西川がそのことを怠つたのは、故意でなければ、重大な過失である。

(九)  被告鈴木は、被告西川より本件電話加入権を買受けたというのであるが、同被告方に使用人として雇われていた実兄の依頼により、その名義を貸したに過ぎず、右代金支払のために、自ら一銭の現金も支出していないものであるから、右売買は、仮装のものというべきである。

(十)  電話加入権は、電話官庁に対する電話の利用を目的とする一種の債権であるから、民法第百九十二条の適用はない(同旨、大正七年四月一三日大審院判例、昭和六年六月一七日大審院判例)。この点に関し被告等の引用する判例は、いずれも西村奈美子が文書を偽造してなした本件事案には適切でないものである。しかも、被告西川及び同鈴木には、前述のように悪意又は重大な過失があつたのであり、又被告奥野にも過失があつたのであるから、被告等の主張は、理由がない。なお、本件電話加入権は、昭和三十五年四月上旬頃、時価三十五万であつたものであるのに、被告等の右電話加入権の売買価額が時価に比して著しく低廉であることからしても、その取引が正常になされたものでないことを容易に推測しうるのである。

立証として、甲第一号証乃至第四号証、第五号証の一、二並びに第六号証乃至第十二号証を提出し、証人小山潔及び原告本人の各尋問を求め、乙号並びに丙号証につき、乙第一号証は、区長の証明部分の成立のみ認め、その余の部分の成立を否認し、乙第二号証及び丙第一号証の各成立は、いずれも不知と述べた。

被告西川富太郎等訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として、次のように述べた。

(一)  原告主張の請求原因中、(五)の事実、(一)の事実の内、本件電話加入権がもと原告の権利に属していたこと、右電話が原告の住所地に架設せられていること、(二)の事実の内、被告西川富太郎が原告主張のように内容証明郵便をもつて、原告に代物弁済の手続をする旨の通告をなしたことは、これを認めるが、その余の主張事実は、すべて否認する。本件電話加入権は、現在原告の権利に属するものでなく、又被告西川は、原告に対し突如として、右代物弁済の手続をする旨の通告をなしたものではない。

(二)  被告西川は、昭和三十四年十二月二十八日原告に対し、本件電話加入権を担保に金二十五万円を貸付け、原告において弁済期日に返済しないときは、右電話加入権を代物弁済として譲渡を受ける旨代物弁済の予約をなし、更に、原告は、訴外近畿電話事業協同組合に対し、右電話加入権につき、債権額金三十五万円の質権を設定し、同訴外組合は、現に右質権を有するものである。

(三)  しかして、原告は、被告西川の右貸付金員を弁済期日に返済しなかつたので、同被告は、右代物弁済契約により本件電話加入権を取得し、昭和三十五年四月六日その加入名義を同被告の名義に移転した上、翌同月七日被告鈴木重雄に対し、右電話加入権を代金二十八万五千円にて売渡し、同被告がその権利を取得したのである。

(四)  原告と被告西川間の前記金銭消費貸借並びに代物弁済予約は、原告の主張するように、たとえ訴外西村奈美子が契約したものであるとしても、同人は、原告の代理人として契約したものであるから、原告は、本人たる原告にその効力の生ずることを否定しえない。右西村奈美子は、契約に際して原告の印鑑と印鑑証明書を所持し、しかも、被告西川の代理人たる使用人岡崎祥男に対し、原告の母で且つその代理人である旨告げて、同被告との間に右契約をなしたのであるから、同人は、明らかに原告の代理人というべく、又その代理権限を有していたものである。

(五)  仮に、西村奈美子が右契約につき原告の正当な代理権限を有せず、それが無権代理行為であつたとしても、右契約は、同人のなした表見代理行為として、原告は、その責に任ずべきものである。即ち、

(1)  原告は、西村奈美子に原告の印鑑と印鑑証明書を交付し、同人がこれにより原告の代理人として、被告西川との間に右契約をなしたものであるから、同人に右契約の代理権を与えた旨、同被告に対して表示したものというべきである。

(2)  原告は、西村奈美子に対し相当広汎な(少くとも或程度の)代理権を与えていたものであり、右契約が同人の権限外の行為であるとしても、被告西川(代理人前記岡崎祥男)は、同人が原告の印鑑と印鑑証明書を所持し、所轄電話局において調査の結果、それが本件電話加入権の加入名義人と登録印鑑に符合したところより、同人において右契約につき代理権を有するものと信じて契約したものである。

(六)  更に、西村奈美子は、原告が主張するように原告の印鑑を盗用して、前記契約をなしたものとするならば、原告は、他人が容易に盗取しうるような場所に印鑑を蔵置したという軽卒は大いに責めらるべきであり、この点において原告の過失がないとはいいえず、そのために、西村奈美子に代理権を授与したかのごとき外観を呈したものというべきである。一方被告西川は、右契約に際して、西村奈美子の持参した原告の印鑑及び印鑑証明書を仔細に検査し、且つ所轄電話局に就いて調査の上、慎重に契約をなしたのであつて、同被告は、全く善意にして無過失である。かかる場合にも、取引の安全を保護する立場よりすれば、表見代理の法理(民決第百九条)を類推適用して、右のごとき外観を呈した者の責任において、これを信用して取引した者を保護すべきものと考える。従つて、原告は、いずれにしても西村奈美子のなした右契約上の責任を免れえない。

(七)  なお、原告は、被告西川が本件電話加入権を取得した翌日に、これを被告鈴木に譲渡したことより、被告西川の悪意を推認しうると主張しているようであるが、同被告は、もともと本件電話加入権そのものの取得を目的としたものではなく、これを担保とする貸付金員の回収を目的としたものであるから、同被告が速かにこれを売却して現金化したのは、当然のことであり、これをもつて同被告の悪意を云々するのは、推論の飛躍も甚しい。

(八)  仮に、被告西川が本件電話加入権を取得した権利者でないとしても、被告鈴木は、右電話加入権を有効に取得したものである。

即ち、

(1)  電話加入権の取引においても、動産の即時取得と同様の保護を与える必要のあることは、取引の安全を考慮すれば、当然の事理であつて、判例も、これを認めているところである(昭和六年九月一六日大審院判例、昭和九年五月五日大審院判例、昭和一六年一一月二〇日大審院判決)。

(2)  しかして、被告鈴木は、昭和三十五年四月七日被告西川より本件電話加入権を代金二十八万五千円にて買受け、同日右代金を全額支払つたのであり、右売買は、勿論仮装譲渡ではない。

(3)  右のごとく、被告鈴木が、二十八万円余という大金を支払つたという事実は、それだけで、同被告が本件電話加入権につき、被告西川の無権利者なることについて、善意であつたことを推測させるに充分であるのみでなく、右電話加入権の取引が善意にして且つ平穏公然になされたものであることは、民法第百八十六条により推定せらるべきところである。

(4)  しかも、被告鈴木は、本件電話加入権を取得するに当り、所轄電話局に就いてその加入名義人を調査して、それが当時被告西川名義であることを確認し、現実に、同被告よりその名義変更手続を受けたのであり、且つ、他に調査すべき手段もなかつたのであるから、被告鈴木が被告西川を右電話加入権の正当な権利者であると信じたのは、当然のことであり、この点につき過失がなかつたというべきである。

(5)  従つて、被告鈴木は、被告西川が本件電話加入権につき、たとえ無権利者であつても、同被告よりこれを右のごとく買受けたことにより、動産の即時取得と同様の保護を受け、右電話加入権を有効に取得したものである。

(九)  右の次第であるから、原告の被告西川及び同鈴木に対する本訴請求は、いずれも失当であつて、棄却さるべきものと考える。

立証として、乙第一号証及び第二号証を提出し、証人岡崎祥男並びに被告鈴木重雄本人の各尋問を求め、甲号証につき、第一号証乃至第三号証、第五号証の一、二並びに第六号証乃至第十二号証の各成立をいずれも認め、第四号証の成立は不知と述べた。

被告奥野周一訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、次のように述べた。

(一)  原告主張の請求原因中、(五)の事実(被告西川が本件電話加入権を代物弁済により取得したとなしたとの点を除く)は、これを認めるが、その余の(一)乃至(四)の主張事実は、すべて知らない。

(二)  被告奥野周一は、被告西川、同鈴木等より本件電話加入権を代金三十万円にて買受け、昭和三十五年四月八日その加入名義の移転を受けると同時に、右代金の支払を了したものであつて、右電話加入権は、被告奥野の権利に属するものである。

立証として、丙第一号証を提出し、被告奥野周一本人の尋問を求め、甲号証につき、第一号証乃至第三号証、第五号証の一、二並びに第六号証乃至第十二号証の各成立をいずれも認め、第四号証の成立は不知と述べた。

理由

被告西川富太郎が本件電話加入権につき、昭和三十五年四月六日その加入名義を原告より同被告名義に変更し、次いで、翌同月七日これを被告鈴木重雄名義に変更し、更に、翌同月八日それが被告奥野周一名義に変更せられたことは、当事者間に争がない。

しかして、成立に争のない甲第一号証、第二号証、第五号証の一、二、第六号証乃至第十二号証、区長の証明部分の成立に争のない乙第一号証、証人岡崎祥男の供述により成立を認めうる乙第二号証、被告奥野周一の供述により成立を認めうる丙第一号証、証人小山潔及び同岡崎祥男、並びに原告本人、被告本人鈴木重雄及び同奥野周一の各供述を併せ考えると、次のような事実が認められる。即ち、原告は、昭和三十三年十一月頃訴外株式会社杉永電話店より、本件電話加入権を代金二十万五千円にて譲受けて、その権利を取得し、右電話を原告の住居地に架設して使用していたこと(本件電話加入権がもと原告の権利に属していたこと、及び右電話が原告の住所地に架設せられていることは、原告と被告西川及び同鈴木間に争がない)、ところで、原告は、昭和三十四年九月頃女中として訴外西村奈美子(なみ子)を雇入れ、同年十二月末迄使用していたのであるが、同人は、同年十二月二十八日名古屋市中村区堀内町二丁目三十二番地電話金融業日商名古屋営業所(本店大阪市東区内本町橋詰町三十四番地)こと被告西川富太郎方において、原告の代理人として、訴外近畿電話事業協同組合に対し、本件電話加入権につき債権額金三十五万円の質権(根質)を設定すると共に、被告西川との間に、弁済期日に返済しないときは、右電話加入権を代物弁済として譲渡する旨の代物弁済予約をなした上、右同日同被告より金五万円を借受け、更に翌昭和三十五年一月七日金五万円、同月二十六日に金十万円、同年二月十六日に金五万円と、都合金二十五万円を同被告より借用したこと、被告西川は、貸付金員の弁済期日(最終の期日同年三月二十七日)を経過しても、右元金の返済も利息の支払もなく、期限延長の申出もなかつたので、同月三十日内容証明郵便をもつて原告に対し、本件電話加入権を代物弁済として手続をする旨通告し、(被告西川が原告に対し右のごとき通告をなしたことは、原告と被告西川及び同鈴木との間に争がない。しかし、原告は、不在勝ちであつたため、同年四月五日に至つて漸く、右内容証明郵便を受領した)、同年四月六日右電話加入権を前記貸金の代物弁済として、その権利を取得したとなし、翌同月七日これを代金二十八万五千円にて被告鈴木重雄に売却したこと(それが真実の売買であるか、仮装の譲渡であるかは暫く措く)、更に、同被告は、翌同月八日被告奥野周一に対し、右電話加入権を代金三十万円にて転売したこと、以上の事実が認められる(被告西川等は、右消費貸借並びに代物弁済予約等の契約は、原告自らなしたものであると主張するけれども、そのような事実を認めるべき何等の証拠もない)。

被告西川等は、右西村奈美子が被告西川との間に前記契約をなした際、これにつき原告の代理権限を有していたものであると主張するが、同人が右代理権限を有していたことは、これを肯認するに足る証拠がなく、むしろ、前示甲第八号証及び第九号証並びに原告本人の供述によれば、右契約は、同人が原告に無断でなした無権代理行為であることが明らかである。尤も、前掲各証拠よりすれば、同人は、右契約に際して原告の印鑑と印鑑証明書を所持し、被告西川(代理人たる使用人同崎祥男)に対し、原告の母でその代理人であると称していたことが認められるけれども、右印鑑等は、西村奈美子が盗用したものであること後述のとおりであるから、右事実をもつて直ちに、同人が原告の代理権限を有していたものとはなしえない。

そこで、表見代理の主張につき、考えてみるに、西村奈美子が前記契約に際して原告の印鑑と印鑑証明書を所持し、原告の母であると称していたことは、前示認定のとおりであるが、前掲甲第八号証及び第九号証並びに原告本人の供述によれば、右原告の印鑑は、同人が原告の不在中に窃かに持出していたものであり、又印鑑証明書は、同人が右印鑑により勝手に区役所より交付を受けて来たものであつて、原告自らその意思により同人に右印鑑等を交付したものではないことが明らかであるから、前記事実をもつて、原告が同人に対し右契約締結につき、代理権を与えた旨、被告西川に対して表示したものとすることはできない。又、被告西川等は、原告は西村奈美子に相当広汎な(少なくとも或程度の)代理権を与えていたというのであるが、同人が具体的にいかなる代理権限を有していたものであるか。その主張が明確でないのみならず、同人は、原告方雇入れの女中に過ぎないのであつて、その代理権限を考えうるとすれば、日常の家事に属する少額の食料品や、雑貨類の買入について位であり、他に特別の代理権限を有していたようなことは少しも窺われないし、なお、被告西川に対しては、原告の母であると詐称していたのであり、同被告は、それまで、同人と一面識もなかつたのであるから、同人が原告の母として、特定の代理権限を有することを知つていて、これより前記契約についても代理権限を有するものと推論したとは、到底考えられない。しかも、被告西川は、直接原告に就いて西村奈美子の代理権限を確認する単に出でたこともなく、(証人岡崎祥男は、原告にこれを確認した旨供述しているが、右証言は、甲第九号証並びに原告本人の供述に照して、たやすく措信しえない)、ただ同人が原告の印鑑と印鑑証明書を持参したことのみをもつて、その代理権限を信じたとする外ないから、たとえ、所轄電話局において調査し、右印鑑が本件電話加入権の加入名義人と登録の印鑑に符合したとしても、なお、軽卒の譏りを免れない。そうとすれば、同被告が西村奈美子に右契約締結の代理権ありと信ずべき相当な理由はなかつたといわねばならない。従つて、右西村奈美子の無権代理行為につき、代理権表示もしくは権限踰越による表見代理関係の成立する余地なく、この点に関する被告西川等の主張は、いずれも理由なく、これを採用するに由ない。

次に、右被告等は、原告はその過失により西村奈美子に前記契約の代理権を授与したかのごとき外観を作出したのであり、被告西川は右外観を信用して同人と取引関係に立ち、しかも、その無権限につき全く善意で過失がなかつたのであるから、右取引につき、表見代理の法理を類推適用して、原告に責を負わすべきである旨主張するので、この点につき考えてみる。原告本人の供述によれば、西村奈美子は、原告が新聞の求人広告により、身許調査をすることもなく、同人の実姉の保証のもとに雇入れたものであること、原告は、その印鑑を原告方茶の間の整理箪笥抽出の書類の下に蔵置しておいたが、右抽出には施錠していなかつたことが認められる。しかしながら、原告が西村奈美子を雇入れるに際し、その人物を充分吟味しなかつたのは、女中難の時節柄、やむをえないところであり、又印鑑を入れた抽出に施錠しなかつたとしても、これを人目につき易い場所に放置しておいたわけではないから、原告がその印鑑を女中の西村奈美子に盗用されたこと自体には、特に原告を非難すべき重大な過失があつたということはできない。のみならず、取引の安全が保護さるべきは、いうまでもないけれども、無権代理行為につき、それが表見代理行為として保護される以上に、右法理を更に拡張して類推適用し、本人の権利の犠牲において、取引の相手方保護にのみ急たるべき理由もなく、その根拠にも乏しいといわねばならない。従つて、被告等の前記主張は、失当とする外なく、これを採用しない。

そうとすれば、被告西川は、本件電話加入権につき、右西村奈美子との間になした前記代物弁済契約により、その権利を取得するに由ないといわねばならない。

更に、被告等は、被告西川が本件電話加入権を取得した権利者でないとしても、被告鈴木は、被告西川の無権利者たることにつき善意で過失がなかつたから、動産の即時取得と同様の保護が与えらるべきであり、右電話加入権を有効に取得した旨主張するので、以下この点につき考えてみる。債権の準占有一般について、民法第二百五条の規定を根拠に、同法第百九十二条以下の規定を準用しようとする説があり、被告等の挙示援用する大審院の判例中にも、電話加入権につき、取引の安全を保護するために、右見解に基いた立論がなされているようである。しかしながら、右見解に対しては、反対の判例、学説があるのであつて、電話加入権は、一種の債権であると解せられているが、その公示は電話加入原簿の名義書換によつてなされ、むしろ、登記を公示方法とする不動産物権に類似しているのであるから、特に動産乃至は有価証券についての公信の原則たる民法第百九十二条以下の規定は、これにつき準用し、もしくは類推適用すべきものではないと解する。しかして、電話加入権の取引の安全保護は、表見代理その他の一般的規定によるべきであり、又これによつてよくその保護の目的を達しうるものと考える。従つて、電話加入権の取引につき、動産の即時取得と同様の保護を受けうることを前提とする前記被告等の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当というべきであるから、これを採用することができない。

右のようなわけで、被告鈴木は、本件電話加入権を無権利者たる被告西川より買受けたものであるから、(それが真実の売買であつて、仮装の譲渡でないとしても)、その権利を取得するに由なく、被告鈴木より更にこれが転売を受けた被告奥野もまた、その権利を取得するに由ないから、右電話加入権は、依然原告の権利に属するものというべく、同被告は、原告に対し、これにつき加入名義書換手続をなすべき義務があるものとしなければならない。

よつて、原告が被告等に対し、本件電話加入権が原告の権利に属することの確認、並びに被告奥野に対し、右電話加入権の加入名義書換手続を求める本訴請求は、いずれも正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 吉田誠吾)

物件目録

名古屋中央電話局 七三局三六四六番

電話加入権

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