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名古屋地方裁判所 昭和36年(行)35号 判決 1963年7月16日

名古屋市北区水草町一丁目六十番地

原告

株式会社 高木染工場

右代表者代表取締役

高木光雄

右輔佐人

三浦弥之助

被告

名古屋東税務署長

中井政一

被告

名古屋国税局長

大村筆雄

被告等指定代理人

上野国夫

沢真澄

下山善弘

高橋正巳

青木恒雄

村岡道三

藤井栄

右当事者間の昭和三十六年(行)第三十五号法人税更正決定等取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を、いずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

第一、原告の申立

原告は被告等に対し左の判決を求めた。

一、被告名古屋東税務署長が、昭和三十五年六月三十日付でなした更正処分における原告の自昭和三十三年九月一日至昭和三十四年八月三十一日の事業年度の課税所得額中六十八万三千九百六十二円、及び同年度の法人税額中三十一万三千三百十円を各取消す。

二、被告名古屋東税務署長が、昭和三十五年十月十四日付でなした再調査請求に対する決定は、右更正処分を取消した部分を除き、これを取消す。

三、被告名古屋国税局長が、昭和三十六年十月十日付でなした審査請求に対する決定を取消す。

四、訴訟費用は被告等の負担とする。

第二、被告等の申立

被告等は主文同旨の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、原告の請求原因

一、原告は毛蕊染色整理業を事業とする株式会社である。

二、(一)原告は昭和三十四年十月二十八日被告名古屋東税務署長(以下被告署長という)に対し、原告の自昭和三十三年九月一日至昭和三十四年八月三十一日の事業年度の法人所得金額を金三千八百八十九万七千二百六円として確定申告書を提出した。

しかるに被告署長はこれに対し、昭和三十五年六月三十日付をもつて訴外西春繊維工業株式会社(以下債務会社という)に対する貸倒損失の貸倒準備金補填漏れ六十八万三千九百六十二円と、計算の誤り分二千三百九十九円を所得に加算し、原告の法人所得金額を三千九百五十八万三千五百六十七円と更正し、加算分の法人税額の増加分を二十九万八千四百八十円、過少申告加算税を一万四千九百円とする旨決定した。

(二) 原告は、同年七月十六日被告署長に対し再調査請求をしたところ、被告署長は同年十月十四日付をもつて、利益配当の益金不算入額過大計上五百六十三円を三百十三円と訂正し、価格変動準備金の繰入超過分の減少額二千四十四円を二千四十五円と訂正し、その他の事項は右更正処分を維持し、原告の法人所得金額を三千九百五十八万三千三百十八円とし、法人税額を七十円減少させる内容の決定をした。

(三) 原告は同年同月十七日被告名古屋国税局長(以下被告局長という)に対し審査請求をなしたところ、被告局長は昭和三十六年十月十日付をもつて審査請求を棄却する旨の決定をした。

三、しかし、右更正処分中、債務会社分貸倒損失の貸倒準備金補填漏れ六十八万三千九百六十二円として、同額を原告の法人所得金額に加算した部分及びこれを支持した再調査請求に対する決定、審査請求に対する決定は、次の点においていずれも違法である。

(一) 原告は従前より債務会社から毛蕊染色整理の委託を受け、同社のためその整理加工をなしてきた。ところが同社は昭和三十四年二月不渡手形を出したため、同月十四日頃同社に対する第一回債権者会議が開かれ、債権者団は整理委員として豊田通商、二宮、丸善織布各株式会社、今枝、原各商店を選出し、債務会社の同月十日現在の貸借対照表、諸勘定明細を各債権者に配布した。右貸借対照表によれば、原告の同社に対する加工賃等債権総額は四百四十八万七千五百二十円、原告の同社からの加工受託品は百五十三万二千四百円となつていた。その後同月二十八日第二回債権者会議が開かれ、債務会社の委任により、同会社の債権債務、資産一切を管理、整理、分配する権限は債権者団に与えられ、債務会社の資産の整理、各債権者に対する配当方法について協議されたが結論は得られなかつた。

(二) そこで原告は、同年三月二日債権者団に対し、原告の債務会社に対する債権を放棄する代りに、原告の手元にある債務会社からの加工受託品を引取ることを主張し、債権者団はこれに同意した。従つて、右の如く、原告と債権者団との間に債務会社に対する債権四百四十八万七千五百二十円の弁済に代え、債務会社所有の百五十三万二千四百円相当の加工受託品を受領する旨の代物弁済契約が成立したことによつて、原告と債務会社間の債権債務関係は決済され、原告は債権者団から離脱した。

原告は右加工受託品を百二十八万四千五百八円で売却処分し、原告の会計上の処理としては、債権の帳簿価額四百四十八万七千五百二十円と加工受託品の処分価額百二十八万四千五百八円との差額三百二十万三千十二円は雑損又は債権処分損とした。

(三) 従つて、原告が右代物弁済として債務会社から加工受託品を引取ることによつて、債務会社の資力が喪失するのであれば貸倒損失という問題も考えられるが、債務会社はそのような資力喪失の状態ではなかつたので、貸倒れの問題は何等生じないのであつて、債務会社分貸倒損失の貸倒準備金補填漏れ六十八万三千九百六十二円として所得金に加算した被告署長の更正処分及び再調査請求に対する決定、被告局長の審査請求に対する決定はいずれも違法であるから、取消されるべきである。

第二、被告等の答弁及び主張

一、原告の請求原因中、第一項、第二項は全部認める。第三項(一)のうち、債権者団が債務会社の委任により、同会社の債権、債務、資産一切を、管理、整理、分配する権限を有していたとの点、及び(二)のうち、代物弁済契約が成立したとの点並びに(三)はいずれも否認し、その余の事実は認める。

二、原告は昭和三十四年三月二日債務会社に対し、同会社からの加工受託品を処分し、原告の債務会社に対する債権に充当し、残余債権は放棄する旨を通告し、債権者団から離脱した。原告は右加工受託品を百二十八万四千五百八円で売却処分し、債務会社に対する債権四百四十八万七千五百二十円に充当し、残余債権三百二十万三千十二円を放棄した。

三、原告が債務会社に対してとつた右処置は、原告主張の請求原因第三項の(一)及び次のような状況下になされたものである。

(一) 昭和三十四年二月二十八日の第二回債権者会議においては債務会社の再建については全く話しあわれず、整理することに決定した。

(二) 加工受託品を引取り、債権に充当した債権者は、残余債権に対して分配を受ける権利を主張し得ない状況にあり、また残余債権に対する分配を請求するとすれば、そのためには相当の日時出費を必要とし、少しばかりの分配額では利得し得るとは限らない状況にあつた。

(三) なお、原告が債権者会議から離脱した後の昭和三十四年六月二十三日第三回債権者会議において配当方法が決定されたが、委託加工中の債務会社の商品を引き取つた債権者に対しては、全く分配がなされていない。

(四) 従つて右状況から判断して昭和三十四年三月二日頃、債務会社は資力喪失に準ずる状況にあり、原告の前記放棄額三百二十万三千十二円は回収不能であつたから、貸倒れに該当する。よつて原告は貸倒れによる損失額三百二十万三千十二円の補填に充てるため、同額の貸倒準備金を取崩し、益金に算入すべきである。

四、(一) 仮に、原告主張の如く、原告が債務会社に対する債権四百四十八万七千五百二十円の弁済に代え、債務会社からの加工受託品を引取ることを主張し、これが同意を得て、いわゆる代物弁済契約をなしたことが認められるとしても、原告は債権者として債務者である債務会社と右契約を結ぶべきであるのにかかわらず、債務会社に対して債権を有する原告以外の債権者団との間に右契約を締結したとする。しかしながら、右債権者団は債務会社の委任を受けてその経営、管理一切を行うのではなく、債権者間で如何にして公平に債務会社の財産を分配するかという目的のために債務会社の資産負債を整理する権限を委任されていたもので、その整理委員会との間で代物弁済契約をしたからと言つて、それは単に分配の際にどれだけの債権額を基礎として分配するかという分配の基礎額を確定させるための手続として話し合いが行われたにすぎない。

(二) また、原告主張の如く、原告の債務会社に対する債務四百四十八万七千五百二十円の弁済に代え、債務会社所有の百五十三万二千四百円相当の商品を受領した場合、帳簿上の整理としては、物は百五十三万二千四百円で計上されなければならないため(法人税法施行規則第二十条の四)、その差額二百九十五万五千百二十円は、帳簿上の処理によつて同額だけ債権を落さなければならない。

法人がその記帳を如何に行うか、債権処分損、雑損という科目を設けるべきか、又は貸倒損失という科目を用いるべきかは会計上特に規制されていないけれども、税務行政上、単に整理科目が異ることのみが原因となつて、異つた租税負担となることを容認することは許されないところである。従つてその科目の整理方法のみにとらわれることなく、貸倒損失と計上した場合であると、債権処分損として計上した場合であるとを問わず、その実体を考慮する必要がある。

原告は本来四百四十八万七千五百二十円の債権を有するから、百五十三万二千四百円の価値しかない物を受取つて、右債権を消滅させる以上、その差額二百九十五万五千百二十円は、実質上債権放棄と異らない。そしてその際の経済的見地から、右債権放棄が、貸倒れ、贈与のいずれであるかが判定されるわけである。従つて前記のような状況の下においては、昭和三十四年三月二日当時債務会社が、資力喪失に準ずる状態にあり、原告の右差額二百九十五万五千百二十円は回収不能であつたから、貸倒れに該当するものである。

次に百五十三万二千四百円の物が百二十八万四千五百八円でしか処分できなかつた場合、右物件の取得価格、処分価格ともに正当であるとするならば、右差額二十四万七千八百九十二円は、代物弁済、回収不能と関係なく、物の譲渡損失であつて、原告主張のような債権処分損ということはあり得ない。譲渡損失は貸倒れには該当しないから、貸倒準備金取崩しの問題は起らないが、右の場合にも前述の如く、二百九十五万五千百二十円は貸倒れに該当するから、これが補填にあてるため、同額の貸倒準備金を取り崩し、益金に算入すべきである。

五、ところで原告が昭和三十四年十月二十八日被告署長に提出した確定申告書によれば、原告は前記の債権放棄額三百二十万三千十二円を値引処理し、加工賃値引勘定中に含ませている。

値引は商品の数量不足、品質不良、破損等の原因によつて何等かの損害が生じていることを債務者が主張し、債権者がその補償金額を承諾することによつて生じるものである。

しかるに原告は債務会社と値引について協議したこともなく原告において値引の理由を明らかにしたこともない。原告はその債権放棄を実態に即して貸倒れ、又は贈与とした場合は貸倒準備金の益金戻し入れ、又は寄附金損金算入限度超過額の損金不算入となることが予想されたので、租税負担を軽減するため値引勘定に計上したものと云わざるを得ない。

六、以上の理由によつて、被告署長が原告の確定申告書の加工賃値引勘定二千七百三万七百八十十円中債務会社に対する値引三百二十万三千十二円と記載されてある分は貸倒損失とすべきものであり、原告の貸借対照表に計上されている貸倒準備金勘定金額の取崩し漏れがあると認め、貸倒準備金勘定科目に計上されている六十八万三千九百六十二円全額を否認、即ち取崩し、これを所得金額に加算した更正処分、並びにこれを支持した被告署長の再調査及び被告局長の審査の各棄却決定処分は、いずれも正当であつて、何等取消されるべき理由はない。

七、仮に原告の債権放棄の時である昭和三十四年三月二日当時債務会社はなお資力があり、債権の回収が可能であつたと認められる場合は、原告が前記三百二十万三千十二円の債権を放棄したことにより、債務会社に同額の債務免除、即ち受贈益が生じることになる。

従つて右金額は原告が債務会社に贈与したものと判断され、寄附金と同一性格のものとして、法人税法第九条第三項(昭和二十五年法七十二号)の適用により、その事業年度の所得金額の百分の二・五の金額と、期末資本額の千分の二・五の金額との合計額の二分の一を損金算入限度額とし、その限度額をこえる部分は所得金額に加算されるから、本件においては、貸倒れと認定した場合にくらべて、所得金額が約三百万円増加することとなり、原告にとつて却つて不利益な結果になる。従つて被告等が貸倒れと認定した処分は、原告に対し不利益な行政処分ではない。

第三、被告等主張に対する原告の認否並びに反駁

一、被告等主張の第二項中、原告が加工受託品を百二十八万四千五百八円で売却処分した事実、第三項中(一)、(三)の事実及び第五項中、原告の確定申告書において、原告の債務会社に対する債権放棄額三百二十万三千十二円を値引処理し、加工賃値引勘定中に包含させている事実は認め、その余の被告等主張事実はいずれも否認する。原告の債権放棄当時、債務会社はまだ全面的に資力を失つていたものではなく、原告が放棄を行わず、他の債権者と同一行動をとれば配当に参加することができたのであつて、現実には残債権に対し五パーセント程度の配当が行われたということであるから、原告が残債権三百二十万三千十二円に対する配当を請求したとすれば、約十六万円の配当を受けられたことになり、分配額が僅少で回収費用を下まわるという結果にはならない。従つて少なくともこの限度においては債務会社は弁済の資力があつたというべきである。

なお債務会社の在庫品は原告外七商社に分散していたが、そのうち委託加工中のものは原告と丸善織布株式会社に存したにすぎず、右会社は加工受託品約百六十二万円を自己の債権に充当した外、手形の相殺等により最も有利に解決したとのことであり、債権者会議において同社に対し分配されなかつたのは、分配する必要がなかつたからにすぎない。

被告等の第七項の仮定的主張については、次のとおり反論する。

法人がその有する資産を著しく低い価額で譲渡し、当該譲渡価額とその時における資産の価額との差額に相当する金額を相手方に譲渡したと認められる場合にはじめて、当該差額に相当する金額を寄附金として取扱うものである(法人税取扱通達第三寄附金七七)。しかるところ、原告の債権の帳簿価額は四百四十八万七千五百二十円であるが、債務会社はすでに整理に入つており、その資産は債権者会議によつて管理されている実情から、原告の右債権の時価評価額を上まわるとは思われない。債務会社が整理に入ればその資産は債権者会議の管理するところとなり、この段階では債権者の債権の放棄によつて利得するのは、債務会社ではなく債権者団である。従つて原告の債権放棄額がそのまま贈与額となるのではなく、原告が債権を放棄したことによつて債権者団が現実に利得した額が贈与額となるものと考える。

(証拠)

原告は甲第一乃至第七号証、第八号証の一、二、第九乃至第十二号証、第十三号証の一乃至三を提出し、証人川島与八(第二回)の証言を援用し、被告等は証人川島与八(第一回)の証言を援用し、甲第十二号証は不知、その余の甲号各証の成立を認めると答えた。

理由

一、原告が毛蕊染色整理を業とする株式会社であること、被告等が原告に対し、原告主張のような経緯で、原告主張の内容の更正処分、再調査請求に対する決定、審査請求棄却決定を、原告主張の日時に各なしたこと、原告が債務会社に対し四百四十八万七千五百二十円の債権を有していたこと、債務会社が原告主張のような経緯で整理に入り、その結果、原告が右債権の弁済を受ける代りに、その手元にある債務会社からの加工委託品百五十二万二千四百円相当の物件を引取り、これを百二十八万四千五百八円で売却処分し、前記債権との差額三百二十万三千十二円を、被告署長に提出した確定申告書において加工賃値引勘定に含ませていることは、いずれも当事者者間に争いがない。

原告は債務会社が整理当時なお債務弁済の資力があつたと主張するので、この点について判断する。

証人川島与八の証言(第一回)及びこれにより成立が認められる甲第十二号証によれば、原告及び訴外丸善織布株式会社を除く債務会社の各債権者に対し、実際になされた配当は、それぞれの債権額に対し、一律に約五パーセント程度の額にすぎなかつたこと、原告はその保有する債務会社所有の委託加工品を引取ることにより、その債権額に対し約三十パーセントの回収額を得ることになつたので他の債権者との間に紛議を生じ、残余債権に対する配当要求を放棄するに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。これによつて見れば仮に原告が残債権三百二十万三千十二円について配当に加入していたとしても、その得べかりし配当額は十六万円程度にすぎず、なお約三百四万円の債権が回収不能となつていたことは明らかである。

もつともこの点は原告自身同旨の主張をなし、一部でも弁済可能であれば貸倒ではないと主張しているのであるが、このような解釈は明らかに失当であつて、債権の全部たると一部たるとを問わず、回収不能の額については貸倒と認定すべきことは言うまでもない。

被告署長が原告の係争年度所得額に加算した貸倒準備金取崩額は六十八万三千九百六十二円であるから、仮に原告が前記約十六万円の配当を得ていたとしても、残債権は右取崩額をはるかに上まわることになり、結果において何等の差も生じず、依然同額の貸倒準備金の取崩を要することとなる。

従つて結局被告署長の本件更正処分は右部分については正当であり、原告の再審査請求に対し右部分を維持した被告署長の決定及び原告の審査請求に対する被告局長の棄却決定もまた、いずれも正当というべきであるから、原告の請求はいずれも理由がない。

よつて原告の請求を棄却することとし、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村義雄 裁判官 竪山真一 裁判官 山田真也)

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