名古屋地方裁判所 昭和37年(ヲ)1007号 決定 1962年11月06日
申立人 国
訴訟代理人 豊島利夫 外三名
主文
本件異議申立を却下する。
申立費用は国庫の負担とする。
理由
一、本件異議申立の要旨は別紙のとおり。
二、当裁判所の判断は次のとおり。
(一) 申立人は、本件物件が、金正彬の藤田興業株式会社に対する強制執行として、差押えられた(占有移転)事実がない旨主張する。疏明によれば、執行吏は本件物件が当庁昭和二九年(ヨ)第二二一号仮処分決定による執行対象でないのに、執行対象であることを前提として本件物件を含むその他の物件について、さらに差押えをした事実が認められる。このような場合、すでに前仮処分決定により執行対象となつた物件は照査手続に準じた効力しかもたないと解せられるが、本件物件については、前仮処分の執行対象とされていなかつたから、右差押により始めて執行吏保管となつたと認めるのが相当である。したがつて右差押は有効と認められる。
(二) ところで、有体動産差押のための、執行吏の占有は、目的物に対する債務者その他の者の事実上の支配を排除し、執行吏の事実上の支配に移すことである。この場合、たとえ、目的物に封印などを施して債務者その他の者に保管させたとしても、封印などの標示は、法律上執行吏が現実の支配をしていると同一視されるから、依然執行吏の目的物に対する支配状態は継続するものと解せられる。したがつて差押の結果、従前の占有者はその物の事実上の支配(所持)を奪われるものといわねばならない。申立人は、執行吏の差押にかかわらず、従前の占有者の私法上の占有もしくは間接占有は失われないから、さらに私法上の占有者もしくは間接占有者に対し執行吏保管の仮処分執行が可能であるという。当裁判所も申立人主張のように、差押によつて従前の占有者の私法上の占有もしくは間接占有は失われないと解する。しかしながら、右にいう私法上の占有もしくは間接占有は、いづれも目的物に対する直接の支配(所持)をともなわないものであり、目的物に対し、現実の支配を執行吏に移すことを内容とする仮処分を執行するためには、結局、前差押執行吏から、目的物に対する事実上の支配もしくは直接占有を奪わないかぎり、不可能である。なお前差押が真実債務者の占有でない物について債務者の物として差押手続がとられた場合でも、執行吏の差押は、執行法上の適否はともかく、目的物の真実の占有者からその事実上の支配ないし直接占有を奪つているから、同じ結論に帰着する。有体動産に対し重複差押を禁じ、照査手続を認めたのも、結局執行吏の目的物に対する支配の重複が性質上不可能であることに起因するものといわざるをえない。
かようなわけで、申立人の主張の本件仮処分執行は、照査手続が適用ないし準用できる場合のほか認めることができない。
そして、照査手続は、同一債務者に対し、他の債権者が強制執行ないし保全処分をする場合に適用ないし準用されるもので、ある債務者に対する執行として差押えられた物について、さらに他の債務者に占有ありとして、他の債務者に対する執行として仮処分をする場合にも拡張することは執行法上許されないものと考えられる(さもないと執行吏は、目的物に対するその後の執行手続を進行させることは不可能となる)ところで申立人の株式会社中村鉄工所に対する仮処決定は、本件物件に対する株式会社中村鉄工所の占有を解いて執行吏の保管に移すことを内容とするものであるところ、主張によれば本件物件はすでに債権者金正彬の債務者藤田興業株式会社に対する強制執行として差押えがなされているのであるから、照査手続に準じた執行手続をとることもできない。
(三) してみると、本件異議申立は、その余の点を判断するまでもなく、失当であるから、却下することとし、申立費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 加藤義則)
申立の趣旨
名古屋地方裁判所執行吏は申立人の委任にかかる。愛知中村簡易裁判所昭和三七年(ト)第三〇号仮処分申請事件の仮処分決定の執行力ある正本による執行を実施しなければならない。
との裁判を求める。
申請の理由
一、申立人は、株式会社中村鉄工所に対する申立の趣旨記載の債務名義(その内容は末尾添付のとおり)の申請人である。
二、申立人は右債務名義に基づいて昭和三七年一〇月一一日名古屋地方裁判所執行吏に対し執行の委任をしたところ、右執行吏は、右被申請会社に臨んだが同月二三日、右債務名義の目的物件(以下、本件物件という)は、昭和三五年一一月二日債権者金正彬の委任により、債務者藤田興業株式会社に対する強制執行として、差押えられており、また債権者日本軽合金株式会社、債務者藤田興業株式会社間の仮処分決定の執行力ある正本により、その執行がなされているものであるから、その占有は右債務会社にあるという理由で、右債務名義に基づく執行(以下、本件執行という)は不能であるとして、執行を実施しなかつた。
三、しかし、右債務者日本軽合金株式会社の仮処分執行は存在せず、また強制執行による右差押えは無効なものであり、かりに有効に存在するとしても本件執行を不能とするものではない。
1 右差押えは、その受任執行吏において、本件物件につき、かつて仮処分の執行など行われたことがなかつたにもかかわらず、名古屋地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二二一号仮処分申請事件の決定の執行力ある正本に基づく、通例の執行吏保管、債務者使用の占有移転禁止の仮処分の執行がなされているものと誤認して、すなわち、すでに執行吏の占有保管にあるものとして、執行吏にその占有を移さずして、その手続が進められたものであつて、差押の成立要件を欠く無効なものである。
2 同一物件に対する強制執行と仮処分の競合については、強制執行の停止もしくは取消を求めるような仮処分が原則として許されないとされているほか、一般的に是認されている。そして強制執行が先行した場合、仮処分は強制執行の進行には影響を及ぼすことなく、それが取消された場合のために仮処分の効力を生ずるにすぎず、また執行吏保管の執行は照査手続に関する規定に準じてなされうることとなる(参照大審院昭和七年七月四日判決民集一一巻一九七七頁)。
3 現在本件物件が名古屋市中村区本陣通り一丁目五五番地所在被申請会社工場内に備え付けられていることは本件仮処分執行不能調書によつても明白であり、右差押が存在しなければ執行吏において本件物件に対する被申請会社の占有を認め本件執行が実施されたであろうということは疑いがない。そして、右差押の存在は被申請会社の右占有を否定する事由とはならない。
4 もともと本件物件は申立人が前記差押債務者藤田興業株式会社に貸し付けたものであり、右債務会社においてその所有であつた右工場に備え付け使用していたが、昭和二九年七月右工場がその敷地とともに前記差押え債務者金正彬に譲渡され引渡された際、右債務会社に引き揚げられずに残され、さらに、昭和三一年三月被申請会社が設立され、その占有するところとなつたもので、右差押え当時においても、右債務会社に本件物件の現実の占有はなかつたものである。この点においても、右債務会社に占有ありとなされた右差押手続は誤つているといわなければならないが、これを知りながら被申請会社において何等異義申立をしなかつたということからして、右差押えは民事訴訟法第五六七条の規定によりなされたものとすべきである。
5 執行吏占有を公法上の占有とみる立場よりすれば、差押えにより差押え債務者等の私法上の占有には少しも影響を及ぼさないこととなるし、それと反対の立場よりしても、保管を任された右第五六八条の第三者は、執行吏の自己占有を介して間接占有を有するのであり、差押えが解かれるに至つた場合その目的物件の返還を受けることとなるのである(参照、最高裁判所判例解説民事篇昭和三四年度七〇事件解説)。そうとすれば、強制執行が取り消されたときその効力を生ずる同一物件に対する仮処分が、右第三者に対し執行できない理由はない。また、あくまで、右債務会社の占有にあつたものとして右差押えの効力が存立しているとしても、差押えにより右債務会社が従前有しなかつた種類の占有を新たに取得させるという根拠はどこにも見い出せない。
6 なお、右のようにして、被申請会社が本件物件に対する占有を有する以上、差押え債権者には対抗できないが、それ以外の者に対する関係では有効にその占有が移転されるおそれはあるのであるから、本件物件の所有権者としてその引渡しを訴求しようとするとき、仮処分によりその占有移転を禁止しておく必要がある。もつとも、この目的は右債務会社に対する仮処分によつても達せられるかも知れないが、それは現実の占有者である被申請会社が本件物件の提出を拒まないあるいは拒まなかつた限りにおいて可能なのであり、強制執行の強行性よりすれば、被申請会社に対するものが本来のものというべきである。
四、以上の理由からして、本件執行は実施されるべきであるから本件申立に及んだものである。
仮処分決定
当事者の表事は別紙のとおり右当事者間の昭和三七年(ト)第三〇号有体動産仮処分事件について、当裁判所は申請人の申請を相当と認め、申請人に保証をたてせしめずして次のように決定する。
被申請人の別紙目録記載の物件に対する占有を解き、申請人の委任する執行吏にこれが保管を命ずる。
被申請人は右物件につき、占有の移転、売買、譲渡、担保等その他一切の処分をしてはならない。執行吏は右命令の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。
昭和三七年一〇月一一日
愛知中村簡易裁判所
裁判官 福間昌作
当事者目録<省略>
物件目録<省略>