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名古屋地方裁判所 昭和38年(ワ)548号 判決 1967年11月18日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として

(第一次請求)

一、別紙第一目録表示の意匠は第二一六、六七一号登録意匠の権利範囲に属しないことを確認する。

(第二次請求)

二、被告は、原告が別紙第一目録表示の意匠の製造販売について被告の有する意匠登録二一六、六七一号の意匠権に対する先使用による通常実施権を有することを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、

請求の原因として

一、被告は、昭和三六年七月二八日特許庁に対し別紙第二目録表示の意匠を創作したとして意匠登録出願をなし、同月二九日同庁において昭和三六年意匠登録出願第一三、七五四号として右願書を受理され、昭和三七年八月一一日登録番号第二一六、六七一号として登録せられた。

二、原告は、別紙第一目録表示の物品の製造販売をしている。

三、(一)(イ)意匠登録第二一六、六七一号の物品は「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様は、

(a)  軸管の両端に円板形の軸承板(丸鍔と被蓋からなる)を取りつけ、

(b)  針金で基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成し、この輪形部より先方(胸部)を片側へ斜めに屈折し両突端を下方に折り曲げて直状の水平部を有する八本の枠杆を設け、これを前記軸承板の円周上に等間隔で傾斜して固定し、各枠杆の水平部上には紐を張架し、

(d)  中央の軸棒には両端に突起のある止ねじを取りつけてなるものである。

(ロ) 別紙第一目録の物品は、「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状および模様は

(a)  軸管の両端に円板形の軸承板(丸鍔と被蓋からなる)をとりつけ、

(b)  針金で基部に接近して小さい半円弧型部を屈曲形成し、右半円弧型部より先方(脚部)を片側へ斜めに屈折しその先端を下方に折り曲げ中間の水平部を波型に屈曲して設け、これを軸承板の円周上に等間隔で八本を若干右方へ傾斜して固定して各枠杆の水平部上には紐を張架し、

(c)  軸管の中心には凹状の筋模様を、又、軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施し、かつ、軸承板の外面に小さい数個の膨出部を点々と設け、

(d)  中央の軸棒には両端に突起のある止ねじを取りつけてなるものである。

(二) 右両意匠の差異は、別紙第一目録表示の意匠には、(イ)枠杆先端の屈折部を左右両方に「く」の字型に湾曲したこと、(ロ)登録意匠の枠杆が直状の水平部を有するに比し、枠杆の水平部に波型の屈折部を形成したこと、(ハ)登録意匠が枠杆の基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成しているに比し、枠杆の基部に接近して半円弧型の屈折部を形成したこと、(ニ)軸承板の外面に小さい数個の膨出部を点々と模様状に施したことにある。

ところで、全体的に同傾向の意匠感をもつていて直感的には見分けられないということは、その全体に人の審美感に訴える意匠的個性がないということに通じ、このような意匠については部分的に違うところもあるものだが、全体としては、相似しているという結論を出すということは誤りであつて、常套的意匠の細部的相違点を検討すべきである。

従つて、原告の意匠の特徴とするところは、枠杆に弾力性を付与するため枠杆の中間に半円弧上の湾曲部を設けたことにあるのでるから、右登録意匠の円形の持つ女性的繊弱、静止、柔和な印象と異なり、単純にして力強く躍動的であり、全体として軸承板の模様と相まつて重厚なる印象を与えるもので、両者は全体として観る場合の印象は全く異なる美的特性を持つものである。

よつて、別紙第一目録表示の意匠は意匠登録第二一六、六七一号の権利範囲に属しないものと言うべきである。

四、仮に、別紙第一目録の意匠が右登録意匠の権利範囲に属するとしても、左の理由により、原告はその実施している意匠及び事業の目的の範囲内において、その意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権を持つものである。

(一)  原告は、右意匠登録出願に係る意匠を知らないで別紙第一目録表示を創作した原告代表者Aから右創作を知得したものである。

(二)(イ)  綛繰用舞輪の製造販売をなすためには左の準備が必要である。

(a) 針金によつてつくられる枠杆部分についてはプレス用「型」の製作及びプレス機械、針金の購入、針金加工要員の確保。

(b) 中央円筒部(軸管)については軸管のプレス用「型」の製作、プレス加工組立業者の手配。

(c) 右円筒止ねじ部分についてはねじ製造用「型」及びその製造業者の確保。心棒。

(d) 枠杆、軸管、メツキ。

(e) 販売用ダンボールケースの手配。

(f) 販売用パンフレツト、ポスター、シールの印刷。

(ロ) 原告は、昭和三五年暮頃から綛繰用舞輪の製作につき構想を練つていたが、昭和三六年一月頃より訴外岩瀬商店から枠杆部分の材料である針金を少量づつ購入し、曲げ加工の研究に着手した。原告が同商店から右針金を大量に購入しはじめたのは同年五月以降である。

(ハ)  原告は、昭和三六年一月訴外山口プレス工業株式会社に右枠杆の針金曲げ加工に必要なプレス用の「型」の製作及びその「型」を用いた枠杆、軸管部分のプレス用の「型」及びその型を用いた軸管の製作を依頼し、右訴外会社は、同年四月四日原告に右プレス用「型」を用いて製作せられた舞輪軸管一式五組を納品した。なお、原告は、同年一月訴外会社に右試作を依頼するにあたり、手工によつて製作した枠杆を見本として交付した。

(ニ)  原告は、同年一月頃右訴外会社の外に訴外Bに枠杆部分の型の製作を依頼し、同訴外人は同年四月、右製作依頼にかかる四工程分の型のうち一個のみを完成させ原告に引渡し、同月初旬頃同訴外人の下請業者訴外Cに残余の製作を依頼し、同素が委任は同年五月ころ残余三個分を完成せしめた。

(ホ)  原告は、訴外森田鋳造所に軸管の止めねじの製作を依頼し同年四月ころ、同訴外鋳造所より無輪約八〇個分に用いられるねじの納品を受け、さらに五月一八日右訴外鋳造所より舞輪五〇六個分に用いられる一、〇一二個のねじの納品を受けた。

(ヘ)  かくして、原告は同年中旬別紙第一目録表示の舞輪の試作品を完成し、これが宣伝、販売に着手した。

よつて、被告が別紙第二目録表示の意匠を出願した昭和三六年七月二八日には、原告は既に量産を開始して在庫製品を持ち営業担当者によつて販売を開始していたものであるから、仮に本件意匠の権利範囲に属するものとしても先使用による通常実施権を有するものである。

五、被告は原告に対し昭和三六年八月以来数次にわたり、原告の本訴において確認を求める意匠が右登録意匠の範囲に属するとして製造販売の中止を求めこれを理由なしとして拒絶する原告との間において紛争が生じている。

よつて本訴に及んだ次第である。」と述べ

被告の主張事実を否認すると述べ

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁として、請求原因第一、第二、第三の(一)の(イ)(ロ)及び(二)の(ハ)(ニ)、第四の(二)の(イ)の事実を認め、その余の事実を否認すると述べ、なお請求原因第四の(一)の事実につき

「(イ)Aが別紙第一目録表示の意匠を案出する迄の着想、研究、改良については何らの苦心の跡も進歩の経過も見られない。

(ロ)Aは本件係争の舞輪の各部分を自ら案出したのではなく、他の製品の創作を見て知つたものであること。

(ハ)外蓋の厚み、銅の円筒部と内輪部との結合方式の案出等に苦心の跡が認められないこと。

これを要するに、考案の歩みのないところに創作は存在しないものである。」と述べ

被告の主張として

「原告の製造販売する別紙第一目録表示の物品の各部分は何れも登録意匠の意匠を構成する成分として現わされており、しかもその各部分の大いさの比率は殆んど同じで両者の間に差意点として特記しなければならぬ部分はなく、止めねじの形状までが殆んど同じである。

原告の主張する一部の附随的部分の相違は単なる意匠上の微差に過ぎず、この程度の変化は格別意匠の創作力を要するものとは考えられず、従つて登録意匠に類似する意匠の範囲に入るものと見るべきである。」と述べた。

証拠(省略)

理由

一、被告が昭和三六年七月二八日、特許庁に対し、別紙第二目録表示の意匠を創作したとして意匠登録出願をなし、同月二九日同庁において昭和三六年意匠登録出願書第一三、七五四号として右願書を受理され、昭和三七年八月一一日登録番号二一六、六七一号として登録せられたこと、原告が別紙第一目録表示の意匠の綛繰用舞輪を製造販売していることはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、別紙第一目録表示の意匠が、登録意匠に類似する意匠の範囲に入るかどうか、換言すれば、前者が後者の権利範囲に属するか否かにつき判断する。

意匠登録第二一六、六七一号の物品が「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様が請求原因第三の(一)(イ)のとおりであること、別紙第一目録表示物品が「綛繰用舞輪」の意匠であつて、その形状及び模様が右第三の(一)(ロ)のとおりであること。両意匠の差異は、「(a)登録意匠が枠杆の基部に接近して小さい輪形部(ループ)を形成しているのに比し、別紙第一目録表示の意匠が枠杆の基部に接近して半円弧型の屈折部を形成していることと、(b)別紙第一目録表示の意匠が軸承板の外面に小さい数個の膨出部を点々と模様状に施していること」に存することはいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いがない乙第一号証、検甲第一号証、検乙第一、第一二号証、検証の結果並びに鑑定人D及び同Eの各鑑定の結果によれば、右両意匠の構成要素のうち、(イ)意匠に係る物品形状はいずれも同じで、(ハ)各部の大いさの比率も殆んど同じであり、又模様についても、両者とも軸管の中心には凹状の筋模様を、又軸承板の外側には軸孔を中心とする数条の円輪を模様状に施している点は共通であり、右両意匠の差異は前記(a)(b)のほか(c)登録意匠の枠杆が直状の水平部を有するに比し、別紙第一目録表示の意匠が枠杆の水平部に波型の屈折部を形成していることが認められ、右鑑定を左右するにたりる証拠はない。

ところで意匠が類似するか否かの判断は、当該物品の外観を全体的に観察して看者の審美的若しくは趣味的感情に差異を生ずるか否かによりこれを決しなければならないから、登録意匠と対象物品の意匠との間にある程度の差異があつても、それが意匠の要部すなわち看者の注意を誘発する部分に存在しないか、又は注意を誘発するに至らない程度であつて、その差異が看者に強い印象を与える支配的要素となつていない場合には、両者は類似すると解すべきであり、これと逆にその差異が意匠の要部に存し、両者の間に全体として顕著な差異があるとの印象を附与するにたりるものである場合には、両者は類似しないと解するのが相当である。

そこで前記(a)(b)(c)の差異が、意匠の要部に存し、その差異が看者に強い印象を与える支配的要素となつているか否かにつき考えるに、前掲記の各証拠によれば、登録意匠の特徴は、円板形の軸承板の外側に数条の円輪模様を施し、八本の枠杆をそれより先方を斜め右側へ傾斜させ両突端を下方に折り曲げた形状となしこの枠杆を軸承板の円周上に傾斜して固定してなる形状と模様の結合により構成された点にあつて、とりわけ(イ)枠杆の数(ロ)枠杆の被蓋(軸承板)からの突出角度、(ハ)八本の枠杆の相互関係、(ニ)被蓋を中心とした枠杆の角度関係から生ずる機構的な線配置の平衡的安定感に存するものであつて、前記(a)(b)(c)三点の部分は「舞輪」として全体より見たときに極めて部分的な差異にしか見られず、結局両者の意匠はその構成要部が酷似していると見られること、と同時に右(イ)乃至(ニ)に指摘した部分は該意匠を構成する美的感覚を惹起させるための基本的に重要な部分と見られることがそれぞれ認められ右認定を覆すにたりる証拠はない。

そうすると、右(a)(b)(c)三点は物品を通常の使用状態において対比観察した場合に直ちに感得される程度のものではなく、特に注意してみたときに(a)枠杆の基部に接近して輪形部と半円弧型の屈折部のいずれか(c)枠杆の水平部に波型が形成されているか否か(b)被蓋に小さい数個の膨出部が模様状に形成せられているか否かに判明する程度のものであるから、その差異には看者に強い印象を与える支配的な要素となつていると認めることはできない。ひつきようするに、前記両意匠の外観を全体的に観察した場合看者の審美感に差異を生ずるものと言うことができないから両意匠は類似するものと言うべきである。

三、次に原告の予備的請求につき判断する。

綛繰用舞輪の製造販売をなすため請求原因第四の(二)(イ)に記載する準備が必要であることは当事者間に争いがない。

まず、原告は被告が別紙第二目録表示の意匠を出願した昭和三六年七月二八日には既に量産を開始して在庫品を持ち営業担当者によつて販売を開始した旨主張するのでこの点につき判断するに、証人Fの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の一乃至六、同Gの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の一乃至六、同H(第一回)の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三号の一、同Cの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四号証、同Bの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、同Iの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一乃至四、同Jの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第八号証の一乃至五、第九号証、第一一号証の一、二、右証人の証言、原告代表者尋問の結果によると原告は昭和三五年暮頃から綛繰用舞輪の製作を考えていたこと、昭和三六年一月頃より訴外岩瀬商店から枠杆部分の材料である針金を少量づつ購入し、そのころ訴外山口プレス工業株式会社に右枠杆の針金の曲げ加工に必要なプレス用の「型」の製作及びその「型」を用いた枠杆、軸管部分のプレス用の「型」及びその型を用いた軸管の製作を依頼し、右訴外会社は同年四月四日原告に右プレス用「型」を用いて製作せられた舞輪軸答一式五組を納品したこと、同月中旬別紙第一目録表示の舞輪の試作品を完成したこと、被告が別紙第二目録表示の意匠を出願した昭和三六年七月二八日には原告は既に右第一目録表示の物品の量産を開始して在庫製品を持ち、営業担当者によつて販売を開始していたこと、その他請求原因第四の(二)記載の事実が認められ右認定を覆すにたりる証拠はない。

次に原告は、右意匠登録出願に係る意匠を知らないで別紙目録表示の意匠を創作した原告代表者Aから右創作を知得した旨主張し、右主張に副う証人Kの証言及び原告代表者本人尋問の結果(第一、第二回)は成立に争いのない検乙第三、第四号証、前掲検甲第一号証、検乙第一、第一二号証、証人L、同M、同H(第二回)、同Nの各証言、証人Kの証言の一部、被告本人尋問の結果に照らしてにわかに採用できず、ほかに右事実を認めるにたりる証拠はない。

そうすると、原告は本件意匠に対する先使用による通常実施権を有しないものといわなければならない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

第一目録

<88401-001>

<88401-002>

第二目録

<88401-003>

<省略>

<省略>

<省略>

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