名古屋地方裁判所 昭和38年(行)13号 判決 1967年3月15日
名古屋市港区木場町九番地の五
原告 野田勇
右訴訟代理人弁護士 花田啓一
大脇保彦
阪本貞一
名古屋市中区南外堀町六丁目一番地
被告 名古屋市長 杉戸清
右訴訟代理人弁護士 鈴木匡
右訴訟復代理人弁護士 大場民男
清水幸雄
右当事者間の昭和三八年(行)第一三号行政処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
一、被告が昭和三八年三月三一日付をもって原告に対してなした、原告の収入が一ヶ月金四万五〇〇〇円を超えるものと認定した収入超過認定、及び、これに伴い一ヶ月金六〇〇円の割合による付加使用料(割増賃料)を納付すべき旨通知した各処分は、いずれもこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
(請求原因)
一、原告は、訴外名古屋市から原告肩書地に所在する第一種市営住宅を賃借し、同所に居住するものである。
二、被告は、昭和三八年三月三一日付をもって原告に対し、名古屋市営住宅条例第二五条の五第一項に基づき原告の収入が一ヶ月金四万五〇〇〇円を超えるものと収入超過の認定をなすとともに、付加使用料として同年四月一日以降一ヶ月につき金六〇〇円を納付すべき旨を通知し、右通知は同年四月一八日原告に到達した。
三、しかしながら、被告のなした右処分は次の理由により違法である。
(一) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二五条に違反する。
憲法二五条は「国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障する。公営住宅法は右憲法の理念に基づき制定されたが、その立法は議員提案であることの経過からみてわかる如く、戦後国民の住生活の逼迫という事実の前に政府の住宅政策の貧困が問題となって、ようやく昭和二六年に低額所得者に対して、低廉な家賃で健康で文化的な住生活を保障するものとして制定されたものである。しかしながら、公営住宅法は、その家賃の決定について建設費の回収を本則としたため、家賃を低廉にしようとすることは必然的に建設費を低く押え、住宅の質を低下させ、或は小規模な住宅を供給する結果となった。原告の入居している公営住宅もこの例にもれず、その構造資材等は粗悪であり、共同施設も粗雑であって、殆んど入居者の犠牲において修繕されているのが現状である。従って、公営住宅入居者の住居生活は、法のえがく理念とは裏腹に、現実には非文化的な不健康なものであった。また、同法は当初一定年限を経過した住宅を入居者に譲渡する方針であったが、昭和二八年三月二日住発第一一四号住宅局長通達により譲渡を慎重にする方針をとり、昭和二九年一一月一一日住発第九三二号住宅局長通達により譲渡を認めないことにかわり、昭和三四年の公営住宅法の改正により同法第二一条の二を新設し、譲渡はおろか一定収入超過者に対しては明渡努力義務を課するとともに、明渡さないときは、割増賃料(付加使用料)を徴収するというに至ったのであるが、これは国民の基本的生存権の具体的実現を阻害し、生存権の実現に努力すべき国の責務に違背するものである。すなわち、貿易の自由化に備えて、日本経済の合理化、経済高度成長政策が積極的に推進されるようになって、莫大な投資を必要とし、その資金は国家の財政だけでは到底賄うことが出来ず、地方公共団体の財政も総動員されるようになり、その結果、住民の生活基盤である住宅問題などは副次的に取扱われるにすぎなくなった。そこで、国は、右政策の下に国と地方公共団体の財源を確保し、早期に投下資本の回収をはかろうとし、国民の福祉をかえりみることなく前記法改正の挙に出たものである。政府は、この割増賃料徴収規定の新設にあたって「第二種公営住宅の家賃さえ支払いかねる低額所得者の為に家賃を減額したり、或は当初の家賃を低くめにする財源に回すために割増賃料を徴収するのである」と説明するが、これは誤りである。低額所得者に対する援助は、国・公共団体がそれだけ多くの資金援助をすることによって解決すべき問題であって、これを入居者の割増賃料で処理しようとすることは、国・地方公共団体が自らの責務を放棄して、その責任をすでに公営住宅に入居している者に転嫁しようとするもので、全く不当な措置である。以上の如く、公営住宅法第二一条の二の新設は、経済の高度成長下の物価高騰により実質的には収入が増加したとはいえない公営住宅の入居者に対し、名目的に僅かばかり収入が増加したということで、経済的圧迫を加えて住生活を脅すものであり、憲法第二五条に違反する。
(二) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二九条第一項に違反する。
公営住宅法の規定のうち、公営住宅の使用関係を規律した部分は、入居者と事業主体の間の賃貸借契約の内容を画一的・定型的に定めたものと解されるから、右契約内容を入居者に不利益に変更するためには入居者の同意が必要である。しかるに、国は一方的に公営住宅法第二一条の二を新設して、入居者に明渡努力義務及び割増賃料納付義務を課したのであるから、これは公権力による入居者の契約上の地位の侵害というほかなく、憲法第二九条第一項に違反する。
(三) 公営住宅法第二一条の二は憲法第一四条に違反する。
憲法第一四条は、特に人種・信条・性別・社会的身分又は門地による差別を禁止しているが、右は例示的列挙であり、その他の理由による差別も、それが不合理である限りは法の下の平等に反するということは憲法学者の一致した解釈である。公営住宅法は住宅難の国民に対し、国が住宅政策の一環として公営住宅の使用を許すものであるから、国民は平等な取扱をうけるべきである。しかるに、公営住宅法第二一条の二は入居者の収入の多寡により賃料に差額を設けようとするものであるから、入居者を経済的理由によって差別することとなり憲法第一四条に違反する。被告はこの点について「高額所得者からは高い家賃を、低額所得者からは低い家賃を徴収することこそ真の法の下の平等である」と反論するが、もしそうなら、入居者の収入にみあって家賃を決定しなければならない筋合である。しかるに、公営住宅法は割増賃料の徴収を規定するのみで、低額所得者に対する家賃の値下げについては何ら触れていないのである。わずかに減免規定があるが、これとて一時的・例外的・恩恵的に低額所得者を救済するものにすぎないのである。
(四) 公営住宅法第二三条の二は憲法上の根拠を欠くとともに、所得税法第七一条・地方税法第二二条に違反するから、被告が本件処分をなすに際し原告に対して行った収入状況調査は違法であり、右調査に基づきなされた本件処分もまた違法である。
すなわち、国民は憲法第三〇条により納税の義務を負う関係上、所得税法・地方税法は国民に対し収入状況について報告書を提出する義務を負わせるとともに、国・地方公共団体につきこれを求める権限を付与したのであるが、それ以外にこのような権利義務関係の生ずる余地はない。公営住宅の使用関係は私法上の賃貸借であり、割増賃料は賃料増額請求にほかならないから、その家賃増額のために国民に対し収入状況について報告を求める権限を、事業主体の長に対し付与することは憲法上の根拠を欠く。
また、公営住宅法第二三条の二が官公署に必要な書類を閲覧させ、もしくはその内容を記録させることを求められる旨規定していることも、憲法上の根拠がなく、のみならず、所得税法第七一条・地方税法第二二条に規定する秘密漏洩の犯罪を誘発せしめるものであり、この点からも公営住宅法第二三条の二に基づく収入状況調査は違法である。
(五) 公営住宅法第二一条の二は借家法に違反する。
1、公営住宅法は同法第一条の規定からも明らかな如く、民間住宅ではなしえない保護を借家人に与えて、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものである。したがって、公営住宅使用の法律関係は民法・借家法の系譜のうえに、それらより一層徹底した形で通常の民間住宅ではなしえない程度の社会法的保護を賃借人に与えるという点において、民法・借家法の特別法たる地位を占める。換言すれば、公営住宅法は入居者にプラスになる規定に限って、借家法の特別法となることは明らかであり、また、借家法によって入居者に与えられているところの権利を剥奪するような規定を法律で設けることは、社会福祉を目的とする公営住宅法にとっては自殺行為であり、許されないことである。
2、そこで、公営住宅法第二一条の二第一項・第二二条第一項・同項第二号の規定について考えてみると、右規定は入居者に対し公営住宅を明渡すか、さもなくば割増賃料を支払うかの二者択一を迫るものであって、入居者の明渡を経済的側面から強制するものというべく、明らかに借家法第一条の二によって保障された居住権を侵害するものである。
3、次に、それは家賃体系を無視する家賃の値上げというべきものである。わが国における家賃体系は、等価交換を基礎とする経済家賃の原則のうえに立っており、入居者の収入増加に応じての家賃増額は認められていないところである。しかるに、公営住宅法における割増賃料は収入増加を理由に同一構造の住宅につき家賃の格差を生ぜしめているものである。成る程、公営住宅法は社会福祉立法として低額所得者を保護しようとするものであるから、収入超過者については保護を与える必要がなく、従って割増賃料は家賃増額とは性質を異にするものだとの議論も成り立ちうるが、しかし、もしそうであれば、社会政策的家賃体系として、収入超過者の家賃を上げる半面低額所得者の家賃を下げて、それぞれの収入に見合った家賃を支払うことにしなければ筋が通らないところである。しかるに、公営住宅法はその第二一条の二第二項で割増賃料の支払を規定するが、低所得者の家賃値下げについては何ら規定されていない。もっとも同法第一二条第二項に家賃の減免規定はあるが、それは一時的例外的恩恵的なもので、入居者の権利として規定されたものではない。してみれば、公営住宅法における割増賃料は、社会福祉的外観を装ったていの良い家賃値上げというべく、このような家賃増額は借家法の家賃体系を根底から崩すものであって、到底許容さるべきことではない。
(六) 名古屋市営住宅条例第二五条の三は公営住宅法第一条憲法第二五条に違反する。
1、右条例第二五条の三は割増賃料についての額及びその収入超過基準につき、後記被告主張のとおり規定するが、この規準は昭和三六年の公営住宅法施行令(政令第二四〇号)にもとずくもので、諸物価の急騰する今日右の収入基準は全く合理的根拠がない。のみならず、公営住宅法に所謂「低額所得者」とは入居申込当時の収入によって規定されるものであって、原告のように営々と生活を築いてきたうえで、やっと二万九〇〇〇円、あるいは四万五〇〇〇円を超える収入を得るようになったとしても、学校卒業後二、三年で右と同じような収入を得る者と比較すれば、やはり低額所得者であることには変りないというべきである。従って、かかる低額所得者を高額所得者であるとして割増賃料を課すことは、「低額所得者」に「低廉な家賃」を保障する公営住宅法第一条に違反する。
2、更に地代家賃統制令との関係をみるのに、割増賃料(家賃増額)については、家賃の統制により国民生活の安定と最低生活の保持を図ろうとする地代家賃統制令の趣旨が尊重されるべきものと解すべきところ、原告が従来の家賃に加えて右条例に規定する額の割増賃料を支払うとすれば、明らかに地代家賃統制令に定める統制額を超過する金額を支払うこととなり、低額所得者を保護しようとする公営住宅法第一条に違反し、ひいては憲法第二五条に違反することとなる。
(七) 仮に、公営住宅法第二一条の二第二項が憲法、借家法に違反しないとしても、本件割増賃料決定の行政処分は、公営住宅法第二一条の二第二項に違反する。
すなわち、右条項は「割増賃料を徴収することができる」と規定し、徴収するか否かは被告の裁量行為とされている。しかし、これは単なる自由裁量ではなく、借家法並びに公営住宅法第一条の「低所得者に低廉な家賃で賃貸する」趣旨に則り解釈運用せらるべき、いわゆる覊束裁量というべきである。しかるに、本件処分は前記のように、借家法・公営住宅法第一条の法意に反する処分であるから、同法第二一条の二第二項の範囲を逸脱して運用せられていることとなり、右条文にも違反するのである。
(八) 原告は四万五〇〇〇円を超える収入超過者ではないから、四万五〇〇〇円を超える収入超過の認定をなし割増賃料を請求することは違法である。
すなわち、被告は原告の収入に同居者の収入を含んで計算しているが、これには根拠がない。公営住宅法は「入居者」と「同居者」との用語を明瞭に区別し(同法第一七条参照)、割増賃料を規定する同法第二一条の二は、収入に関しては「入居者の収入」と明記しておるから、ここに「収入」とは同居者の収入を含めてはならないのである。
四、なお、公営住宅の使用関係は私法上の賃貸借関係と考えられるが、本件収入超過認定及び付加使用料納付通知は、その形態・内容において行政処分としてのそれをとっているので、原告は抗告訴訟として以上に述べた瑕疵を理由に右処分の取消を求める。
(請求原因に対する被告の答弁及び主張)
一、請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項は争う。
二、名古屋市は公営住宅法第二一条の二・同施行令第六条の二に基づき、名古屋市営住宅条例第二五条の二をもって、収入超過者を第一種公営住宅については四万五〇〇〇円、第二種公営住宅については二万五〇〇〇円を超える者と定め、同条例第二五条の三をもって、付加使用料(割増賃料)の額につき、
住宅の種類 使用者の収入 使用料(家賃)に対する倍率
第一種公営住宅 四万五〇〇〇円を超える場合 〇・三倍
第二種公営住宅 二万九〇〇〇円を超え四万五〇〇〇円以下の場合 〇・二倍
四万五〇〇〇円を超える場合 〇・五倍
と定め、またその徴収につき同条例第二五条の四、五をもって、市長は入居者に対し収入に関する報告を求め、右報告及びその他の資料により入居者の収入状況を調査し、付加使用料納付義務の生じた使用者に対し収入超過の認定をし、その旨通知すると規定した。
そこで、被告は原告に対し収入報告書の提出を求めたが提出されなかったので、公営住宅法第二三条の二に基き調査したところ、原告は前記条例の適用上、収入超過者であって、付加使用料の徴収対象者であることが判明した。よって被告は、前記条例に基づき原告に対し収入超過の認定をなすと共に、原告の使用料に右条例で規定された倍率を乗じて付加使用料の額を算出し、これを納付すべき旨を通知した。以上のとおりであるから本件処分は適法である。
なお、被告のなした右収入超過認定及び付加使用料納付通知は行政処分としての面もあれば、私法上の意思表示としての面もあり、原告主張の如く一面的なものではない。
また、原告は右にいう収入には同居者のそれを含まないと主張するが、公営住宅法第二一条の二(政令で定める基準をこえる収入とある)同法施行令第一条三号(入居者及び法第一七条一号に規定する親族の過去一年間における所得金額とある)名古屋市営住宅使用条例第二五条の三第一項(令第一条三号に規定する収入をいうとある)の諸規定によれば、前記収入に同居者の収入を含むことは明らかである。
三、原告主張の違法事由は、以下の理由により失当である。
(一) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二九条第一項に違反しない。
公営住宅法は低額所得者に低廉な家賃を保障するため、国は事業主体が公営住宅を建設する場合には、第一種公営住宅の建設についてはその費用の二分の一、第二種公営住宅の建設についてはその費用の三分の二を補助すべきものとされ、その家賃は政令で定めるところにより、公営住宅の建設に要した費用(土地取得費、宅地造成費を除く)を期間二〇年以上利率年六分以下で毎年元利均等に償却する額に、修繕費・管理事務費・損害保険料及び地代に相当する額を加えたものの月割額を限度とし、更に右限度額は国又は都道府県の補助費を控除して算定すべきこととしている。従って、公営住宅の家賃は、通常の民間住宅の家賃より第一種住宅にあっては少なくとも二分の一、第二種住宅にあっては三分の二だけ低廉になっている。かように、公営住宅の家賃は国又は地方公共団体の犠牲において通常より低廉にしているのであるから、所得が増した者から割増賃料を徴収することは、国・地方公共団体がその犠牲をやめること、あるいは恩恵を与えていることを中止することにすぎず、入居者の既得権を侵害することにはならない。
(二) 公営住宅法第二一条の二は憲法第一四条に違反しない。
前項のような措置をとることは、高額の所得者からそれに応じた多くの使用料を支払わせ、収入の少ない者から少く取ることとなり、真の法の下の平等を達成するものというべきである。
(三) 公営住宅法第二三条の二は憲法上許される規定である。
割増賃料の徴収にあたって、入居者の収入状況の調査がなし得ないとすれば、徴収すべき収入超過者から徴収しなかったり、収入超過者でない者から徴収したりする誤りを犯すことになり、公営住宅の管理に甚しい混乱を惹起し、ひいては公営住宅法の目的を達成し得ないこととなる。従って、入居者の収入状況を調査することは必要欠くべからざる止むをえない措置というべきであり、憲法上も公営住宅法第二三条の二の如き条文の制定を禁止しているものとは考えられない。また、右法条に基づく求めに応じて官公署が必要な書類を閲覧させ、またはその内容を記録させた場合は、所得税法第七十一条・地方税法第二二条に規定する秘密漏洩の罪を構成するものではない。
(四) 公営住宅法第二一条の二は借家法に違反しない。
1、公営住宅法は公営住宅の使用関係について、常に民法・借家法の特別法たる地位にあるから、本件の如く割増賃料の支払義務について公営住宅法に特別の定がある場合には、原告は当然割増賃料を支払わねばならず、これが借家法に違反し無効となることはありえない。また、割増賃料徴収の規定が設けられたのは、入居当時低額所得者であっても、その後その者が高額所得者になっても依然として本来低額所得者についてのみ認められるべき低廉な家賃で公営住宅に入居していることは、公営住宅法の目的にそわない結果となるがためである。
2、原告主張の家賃体系がすべての場合に現存しているかどうか疑問であるが、仮にその主張の如き家賃体系が存在するとしても、国の補助により一般家賃より低廉になっている公営住宅の家賃について高額所得者に限って割増賃料を徴収するということは、むしろ一般家賃体系に少しでも近づけるものといって過言ではない。
(五) 名古屋市営住宅条例第二五条の三は、公営住宅法第一条・憲法第二五条に違反するものではない。
1、条例は法律及び政令の定めるところに従わなければならないところ、右条例で規定する四万五〇〇〇円或は二万九〇〇〇円という収入超過基準は、いずれも公営住宅法施行令第六条の二に定める基準の範囲内であり、低額所得者でない者の基準としては妥当なものである。
2、次に地代家賃統制令との関係をみるのに、公営住宅法第一二条及び第一三条は、公営住宅の家賃の決め方及び変更を法定し、第二一条の二第三項は割増賃料についてこれを準用している。このように法定された公営住宅の賃料については、そもそも地代家賃統制令の適用はない。仮に同統制令の適用があるとしても、地方自治法第二五二条の一九第二項を類推し、名古屋市は指定都市であって、公営住宅の建築・家賃の決定等については建設大臣の認可を得ているものであるから、都道府県知事の認可はいらないものと解釈される。なお、昭和二五年七月一一日以後に新築に着手された建物は同統制令の適用がない。
(六) 本件割増賃料決定の処分は、公営住宅法第二一条の二第二項に違反しない。すなわち、本件処分には裁量権の範囲を逸脱した点はない。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、原告が訴外名古屋市より原告肩書地に所在する第一種市営住宅を賃借していること、被告が昭和三八年三月三一日付をもって原告に対し、名古屋市営住宅条例第二五条の五第一項に基づき、原告主張の如く収入超過の認定をなし、かつ、付加使用料として昭和三八年四月一日以降一ヶ月につき金六〇〇円の割増賃料(付加使用料)を納付すべき旨通知し、右通知が同年四月一八日原告に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。
ところで、原告は被告がなした前記収入超過の認定及び付加使用料納付通知を行政処分であるとして、行政事件訴訟法によりその取消を求める旨主張するので、まず、右が行政処分であるか否かについて判断する。
なるほど、本件割増賃料の決定は、原告主張のとおり行政庁が市営住宅の使用関係につき、公営住宅法・同施行令・名古屋市営住宅条例に基づいてなしたものであるが、それだからといって、直ちにこれを行政処分と断定することはできない。思うに、公営住宅は公営住宅法第一条に明らかなように、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進のために設けられた公の営造物である。従って、それを特定の者に使用させるについては、管理上一定の規則に従って使用許可の手続を履むことが必要であり、この面からは公法的色彩を帯有することを否定できない。しかし、右の使用許可によって地方公共団体と使用者との間に設定される使用関係そのものは、公権力に基づくものではなく、私法上の賃貸借関係であると解するのが相当である。従って、公営住宅の使用関係については、民法及び借家法を一般法とし、公営住宅法を特則として適用すべきものである。
そうすると、被告が公営住宅法・同施行令・名古屋市営住宅条例に基づいて原告に対してなした前記収入超過の認定、及び付加使用料納付の通知は、借家法第七条の賃料増額の請求に該当するもので、ただ、その要件・手続および賃料増額の限度等が、右特別法の規定により、借家法第七条の場合と異なるにすぎないと解するを相当とする。
してみれば、被告のなした右行為は、一見公権力の行使のようにみえるけれども、その内実は、地方公共団体が入居者に対し私法上の賃料増額の意思表示をしたものというべく、行政処分でないこと明らかである。したがって、被告の本件行為は行政処分ではなく、抗告訴訟の対象とはならないものであるから、原告が行政事件訴訟法により右行為の取消を求める本件訴は、結局不適法というべきである。
よって、原告の本件訴を不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山口正夫 裁判官 戸塚正二 裁判官 上田誠治)