名古屋地方裁判所 昭和39年(タ)41号 判決 1965年2月26日
原告 花井清
被告 花井富恵
主文
原告と被告との間に父子関係が存在しないことを確認する旨の原告の訴を却下する。
原告が昭和二九年七月十六日名古屋市熱田区長に対する届出により被告に対しなした認知が無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文第二、三項同旨及び原告と被告との間に父子関係が存在しないことを確認する旨の判決を求め、請求の原因として「原告は昭和二八年九月一九日当時木根内姓を称していた訴外花井あさ子と内縁関係に入り、昭和二九年七月一六日被告を右訴外人との間に生れた子として認知した。しかしながら、被告は昭和二三年一二月四日に生れており、原告はもともと名古屋市に居住し、訴外花井あさ子は仙台市方面から来名したものであり、原告が右訴外人と初めて顔を合せたのは昭和二六年中頃であるから、被告は原告の子ではなく右訴外人と原告以外の者との間に生れたものである。従つて原告のなした右認知は真実に反するものとして無効と云うべきである。よつて原告は右認知の無効なること及び原被告間に父子関係が存在しないことの各確認を求めるため本訴請求に及んだ。」と述べた。立証<省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として「原告が昭和二九年七月一六日被告を自己と訴外花井あさ子との間に生れた子として認知したこと及び原告と被告との間に父子の血縁関係がないことは認めるが、原告は被告が自己の子でないことを知つて右認知に出ているものであるから、その無効を主張することは許されない」と述べた。立証<省略>
理由
一、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証によれば、被告が訴外花井(旧姓木根内)あさ子の子として昭和二三年一二月四日宮城県刈田郡白石町大字白石字半沢屋敷前一五九番地で出生したこと及び原告が昭和二九年七月一六日被告を自己と右訴外人との間に生れた子として認知し、更に同日右訴外人との婚姻の届出をなしたことがそれぞれ認められる。
二、証人花井あさ子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、訴外花井あさ子は昭和二六年四月八日頃仙台市方面から始めて来名し、名古屋市中川区八幡町所在飲食店「十番」で原告と始めて顔を合せるに至つたものであること、右訴外人は被告を仙台市方面で懐胎したものであること及び昭和二八年九月一九日原告と右訴外人とは内縁関係に入り、翌二九年七月一六日婚姻の届出をなしたものであることが認められる。
三、以上一及び二認定の各事実によれば、原告は被告との間に父子の血縁関係が存在しないにもかかわらず被告を自己の子として認知したものであることが認められる。
四、そこで原告が右認知の効力を争うことができるか否かについて考察するに、父のなす認知は嫡出子でない子の事実上の父がこれを認めることによつて両者間に法律上の父子関係を成立させる行為であるから、認知により法律上の父子関係を成立させるには事実上の父である者がこれをなすことを必要とするのであつて、認知者と被認知者との間に父子の血縁関係が存在しない場合には、認知者がこれを知つて認知をなしたか否かにはかかわりなく右認知は無効と云うべきである。そうして、右の認知をなした父はその認知に関して利害関係を持つものと云うべきであるから、同人は民法第七八六条にいう利害関係人として認知が真実に反することを理由としてその無効であることを主張することができるものと解すべきである。もつとも民法第七八五条は認知をした父がその認知を取り消すことができない旨を規定しているけれども認知の意義が右に述べたものである以上、認知者と被認知者との間に父子の血縁関係が存在しなければその認知は無効なのであつて、右第七八五条の規定は認知者と被認知者との間に父子の血縁関係が存在する場合を前提とし、その場合に、認知が詐欺或いは強迫によりなされたとしてもこれを理由にその認知を取消すことは許されない旨を規定しているに過ぎないものと解すべきである。
五、してみると、原告が被告との間に父子の血縁関係が存在しないにもかかわらず、昭和二九年七月一六日被告を原告と訴外花井あさ子(旧姓木根内)との間に生れた子としてなした認知が無効であると主張することは許されるものと云うべきである。
六、よつて、原告の請求中右認知の無効確認を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、右認知の無効であることによつて原告と被告との間には法律上の父子関係は存在しないことに帰するのであるから、右認知の無効確認と共に、原告と被告との間に法律上の父子関係の存在しないことの確認を重ねて求める訴の利益はないものと云うべく、原告と被告との間に父子関係の存在しないことの確認を求める部分についてはこれを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山田正武)