名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)125号 判決
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〔判決理由〕二、傷害
同原告がその主張のように負傷し、入院治療を受けたが右膝関節の下十糎で右足を切断するのやむなきに至つたことは争がなく<証拠>によれば同原告はこのほか右手前方挙上及び握力に大きな障害を受けたことが認められる。
<編註>原告周一は、昭和三九年七月一七日に受傷し、同四〇年二月二二日まで入院治療を受けたものである。
三、農業の逸失利益
(1) 同原告が単独で乳牛六頭を飼育し生産した牛乳を販売し、かつ米麦飼料の裁培業を営むことは争がない。
(2) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、同原告は右各後遺傷害のため前示酪農業を自ら経営することはもちろん不可能となり、また他人を雇つて経営を続けることも事業の性質上不可能となつたので、これを廃業したこと、米作農業のうち一反七畝二五歩を原告泰一及びその弟正吾の助力を得て継続するのほかは米作及び麦作農業を廃するの余儀なきに至つたことが認められる。従つて同原告は如上の農業の逸失利益から残存労働能力による利益を控除した残額に相当する損害を受けたというべきである。
(3) 酪農による年間利益
(イ) 収入
A グリコ東海乳業株式会社に対する販売代金
<証拠>を総合すれば、同原告は昭和三十九年一月一日から同年七月十六日までの生産牛乳中二万一千八百九十八瓩を右会社に販売し、その代金総額は八十万二千八百六円に達すること、うち同年七月一日から同月十六日までの分は千五百六十七・五瓩六万二千七百円であることが認められる。<証拠>中これと反する部分は採用しない。そして同月十七日から同月末日までの日割生産量は本件事故がなければ同月一日から十六日までと同一と推認されるから、その割合でこの期間の生産量と代金とを計算すれば千四百六十八・五瓩五万八千七百七十円となる。結局同年一月から七月までの生産牛乳中右会社に売却した分二万三千三百六十六・五瓩の代金は八十六万千五百七十六円というべきである。
原告周一本人の供述及びこれにより真正に成立したと認むべき甲第三十七号証の一によれば、一頭当りの牛乳の生産量は飼育条件が同一であつても盛夏から秋にかけて減少することが認められる。右甲第三十七号証の一によると、例年八月から十二月までの生産量合計及び販売代金合計は一月から七月までのそれの約四割五分となることが認められ、右に反する<証拠>は採用しない。従つて特段の事情の顕れない以上昭和三十九年においても同様と推認できる。
以上を合計し本件事故がなければ原告周一は昭和三十九年中に右会社に対し生産牛乳三万三千八百八十瓩を代金百二十四万九千二百円で売却したと推認できる。
B 近隣に対する販売代金
<証拠>によれば、原告周一はこのほか近隣に対し毎日牛乳若干を一合当り十円で売却し年間売上は四万六千八百円となることが認められる。
C 収入合計
結局本件事故がなければ、同原告の昭和三十九年中の推定生産量は約三万四千七百瓩、売上代金は約百二十九万六千円となる。<反証不存在>
同原告の酪農による年収を算定するに当り<書証>記載の昭和三十八年中の右会社に対する売上代金を基礎とすることは相当でない即ち原告周一本人の供述により昭和三十九年中に同原告の飼育する乳牛六頭はすべて経産牛となりその牛乳生産量は前年に比しきわめて増大した事実が認められるからである。
(ロ) 経費
A 飼料費
(い) 成立に争のない乙第十一号証の六(農林省農林経済局統計調査部発表の昭和三七、三八年畜産物生産費調査成績)によると、東海ブロツク搾乳量別飼料費は年間搾乳量五千瓩ないし六千瓩の乳牛一頭当り十万余円(うち購入分七万九千余円、自給分二万一千余円)であることが認められるから、六頭の場合は六十万五千余円となる。
(ろ) 成立に争のない乙第十一号証の七(前示統計)によれば東海地区において生産牛乳百瓩当り
搾乳牛飼養頭数別、五頭以上の経営で 千九百十九円
搾乳量別一頭当り五千瓩から六千瓩までの経営で 千九百十二円
搾乳牛事務所別、愛知県下の経営で 千八百八十三円
となることが明らかである。従つて年間生産量三万四千七百瓩の場合はこれに三百四十七を乗じた金額(平均して六十六万一千余円)となる。
(は) <証拠>によれば岩井正忠は原告周一の居宅附近で四十二頭の乳牛を飼養し必要な牧草と濃厚飼料の全部を他から購入しているが、生産牛乳売上代金の五割を飼料費として支出していることが認めうる。従つて年売上百二十九万六千円の場合六十四万八千円となる。
<証拠>を総合すれば、岩井正忠が事故後原告周一の乳牛六頭を預つた際(預つた直後一頭を、その後また三頭を処分した)の飼料費は一ケ月一頭当り一万円をこえることが明らかである。従つて六頭の場合年間七十二万円をこえることになる。
(に) <証拠>によると、同原告は昭和三十八年十二月末日から昭和三十九年七月十二日まで大沢商店から飼料二十六万七千余円を購入したことが認められる。
(ほ) <証拠>によれば同原告は飼料畑五反七畝余で乳牛の飼料をも栽培しており、従つて一般酪農家に比し飼料費の支出が少いことが明らかである。
(へ) (い)ないし(ほ)の各事実を総合すると、同原告の年間飼料費総額は自給購入を含め五十万円と推認できる。
<書証>記載の購入飼料費は前示の諸事実にかんがみ低額に失し採用できない。
B その他の経費
<証拠>によると、同原告は主として自己の労力を用いて酪農経営に当り、時々原告勝子の助力を得たことが認められる。従つてこのうち原告周一の労働費を収入から控除することは相当でない。即ち、酪農による得べかりし利益のなかに同原告自身の酪農労働の対価を包含させることによつて、同原告の酪農収益能力及び酪農労働能力の喪失を償いうるからである。
<証拠>によると、右各労働費を除き酪農収入を得るためのその他の経費、即ち直接材料費(購入と自給とを含む)、建物費(償却と自給及び購入支払の修繕費とを含む)、農具費(償却と自給及び購入支払の修繕費並びに取替費とを含む)、賃料料金(種付料、検査料、医療費、電気料など)、乳牛償却費、地代、資本利子の合計額から子牛、きゆう肥などの副産物価格を控除した残額は、東海地方において生産牛乳百瓩当り
搾乳牛飼養頭数別、五頭以上の経営で 七百二十三円
搾乳量別、一頭当り五千瓩から六千瓩までの経営で 六百九円
搾乳牛事務所別、愛知県下の経営で 四百八十一円
となることが明らかである。従つてその年間生産量三万四千七百瓩の場合右金額に三百四十七を乗じたものが、その他の経費となる。
<証拠>及び原告周一本人の供述、前示統計上のその他の経費の額及び同原告の前示経営形態を総合すれば、原告勝子の労働費を含めたその他の経費から、前示副産物価格(前示乳牛飼料の自家生産の利益を含む、けだし原告周一本人の供述により同原告はきゆう肥を用いて飼料を栽培していることが認められるのでこの利益もまた広義の副産物とみられるからである)控除した残額を二十万円と推認する。<証拠>によるもこれを左右しない。
(ハ) 利益
前示収入から経費を控除すると五十九万六千円となる。<証拠>によるも右認定を左右できない。
(4) 米麦栽培による年間利益
(イ) 収入
<書証>及び原告周一本人の供述によると、本件事故前同原告は水田三反四畝五歩で米麦を栽培していたことを認めうる。<証拠>によれば、その年間収人は
米反当り約六・七俵、一俵当り単価六千円で収入合計約十三万七千円
麦反当り約三・六俵、一俵当り単価二千六百円で収入合計約三万一千円
米麦合計約十六万八千円
であることが認められる。
(ロ) 経費
<書証>によれば米の生産費は反当り二千八百四十七円、、<書証>によれば麦のそれは反当り千四百円というのであるが、過少に失し採用できないので、一般的な統計によらざるを得ない。
そこで農林省農林経済局統計調査部発表の昭和三八年産米生産費調査成績によると、米の販売農家の東海および階層別生産費即ち種苗、肥料、諸材料、防除、育力の各費(以上いずれも自給と購入をふくむ)、建物費(購入と自給の修繕及び償却とを含む)、農具費(購入と自給の修繕及び取替並びに償却を含む)、臨時雇労働費、賃料料金(電力料、もみすり賃など)、水利費、資本利子、地代の合計額(ここには家族労働費を算入していないが、これについては後に説明する。)から副産物価格を控除した残額は、三反ないし五反の経営規模のとき、
反当り計算の場合 一万四百四十五円
生産量百五十瓩当り三千八百三十五円であることは顕著な事実である。
この金額に同原告の前示耕作面積又は生産量を乗ずれば米の生産費は合計約三万五千円となる。
しかし同原告の場合、この金額よりも生産費が低下する要因として、酪農による自給肥料の額が多く、従つて購入肥料が少い事実を推認できる。また右金額よりも生産費が増大する要因として、<証拠>により認められる原告勝子、原告泰一、伊藤正吾(原告周一の次男)が田植の手伝をする事実を挙げうる。従つて、右金額に含まれていないこの家族労働費を加算すべきである。なお原告周一自身の労働費は酪農の場合と同様生産費に算入すべきではない。これらの事情をも考慮し、米の生産費を合計四万円と認める。
<証拠>によれば麦の反当り生産費は米のそれの約半額と認められるから合計二万円と推認する。
以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
(ハ) 利益
従つて米栽培による原告周一の事故前の年間利益は九万七千円である。ところ、同原告は前示のように三反四畝五歩の米作面積を本件事故のため一反七畝二十五歩に減少せしめるの余儀なきに立ち至つたことが明らかであるから、右利益に面積の減少割合(四割七分)を乗ずればその額は年間四万五千五百九十円となる。
麦栽培による同原告の年間利益は一万一千円となる。
右米による利益の減少額及び麦の減少額(全額)を合計すれば五万六千五百九十円となる。
(5) 酪農及び米麦栽培の逸失利益
同原告は本件事故がなければ昭和三十九年に七十万四万円の酪農及び米麦栽培による利益をあげ得たのである。成立に争のない乙第十四号証の一、二は原告周一本人の供述に徴し内容虚偽の地方税申告であると認められるから採用しない。その他右認定を左右する証拠はない。
そして同原告は本件事故があつたために事故後一年間において前示のように米作を営んだにとどまり酪農五十九万六千円米麦五万六千五百九十円合計六十五万二千五百九十円の得べかりし利益を失つたのである。
ところで原告が事故時五十六才余であつたことは争がない。とくに酪農業が重労働を要することを考慮すれば、同原告の過去の経験熟練によるも、同原告は本件事故がなければなお八年間前示農業に従事できたものと推認しうる。
酪農業は気候、病害、乳牛の出産、年令、乳価により利益に変動が多く、米麦栽培による利益もまた同様である。前示乙第十四号証の一、二によれば同原告は昭和三十九年度分住民税申告において農業所得を五万六千余円、昭和四十年度分同申告において、本件事故のため農業所得が減少しているにも不拘これを二十七万余円と申告していることが明らかである。その数字は虚偽であるにしても、所得のかような変動が税務当局にそのまま容認されていること自体、同原告の農業による利益が大きな変動の可能性を含むことを示すものである。成立に争のない乙第十二号証(エニノミスト論文)によれば我国酪農業の収益は海外から乳製品及び飼料の輸入の増大にともない今後大きな変動を予想されることが認められる。従つて同原告が今後八年間少くとも前示の農業による利益を得るものとは到底推認しがたい。
かような事情を考慮するときは、同原告が今後八年間に得べき農業利益の額を平均年額六十万円と推認するのを相当とする。
同原告は前示のような傷害を受けもはや農業に従事できないのみならず、<証拠>によれば、その努力にも不拘適当な転職先を発見できないことが認められる。しかし同原告の前示傷害の程度にかんがみ、すべての職業に就く能力を失つたと認めることは相当でなく、残存する労働能力により少くとも年収五万円を得べきものと推認できる。成立に争いのない乙第七号証の労働能力喪失率表は平均値を表示したものであり、同原告の年令及び就労の可能性にかんがみ同表及び乙第八号証の一、二により同原告の前示傷害による労働能力喪失率を認定することは相当でない。
よつて同原告は本件事故により年間五十五万円の利益を八年間にわたり失つたものというべく、傷害の場合これから生活費を控除すべきでない。この利益総額からホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して事故当時の現価に引直すと三百六十二万三千七百三十円となる。(沖野威)