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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)1672号 判決 1966年10月14日

原告 丸嘉商運有限会社

<ほか二名>

右原告三名訴訟代理人弁護士 松下岩雄

被告 名古屋市

右代表者市長 杉戸清

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

右復代理人弁護士 大場民男

清水幸雄

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二を原告丸嘉商運有限会社の、その余を原告竹内甚七および竹内あやをの各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告丸嘉商運有限会社に対し、金一、三三九、〇〇〇円、およびこれに対する昭和四〇年四月一六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告竹内甚七、同竹内あやをに対し各金一、九七五、五〇〇円、およびこれに対する昭和三九年一〇一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告丸嘉商運有限会社(以下単に原告会社という。)は、肩書地において貨物自動車による運送業を営むものである。

二、原告会社に自動車運転手として雇われていた訴外伊藤秋男は、昭和三九年一〇月一三日午前七時四〇分頃、原告会社の業務の執行として、普通四輪貨物自動車(愛一い七二六号)を運転して、名古屋市港区泰明町一丁目一番地先路上を北進中、先行車が急停車したので、急制動の措置をとったところ、右貨物自動車が滑走して、折柄前記道路の車道上を歩行していた訴外亡竹内繁および青木守の両名に接触し、そのため竹内はその場に転倒して脳挫傷、内臓損傷等のため同日死亡し、青木は左肩に全治約一週間の傷害を負った。

三、ところで、被害者竹内繁および青木守の両名は、本件事故当時、歩道があるのに歩道を歩かないで、車道を歩いていたために、前記事故が発生したわけであるが、これには次のような事情がある。即ち、前記の道路は、車道と歩道とに分れており、歩道は巾員約四メートルあるが、本件事故現場付近は、約一キロメートルにわたって約五〇ないし八〇センチメートルの高さの雑草が歩道一面に茂っており、又、本件事故発生当時は、雨が降っていたため右の雑草が濡れており、歩道を歩くとズボンや洋服が濡れるので、到底右歩道を歩けない状況であった。このため、右竹内および青木の両名は、止むなく歩道を歩かず、車道を歩いていたところ、本件事故に逢ったのである。もし、右道路の管理者である名古屋市が、歩道の管理上の注意義務をつくし、草を刈り取っていれば、右両名は当然歩道を歩いていたであろうから、本件事故は発生しなかった筈である。

四  損害

(一)  亡竹内繁は、本件事故発生当時、訴外中庸スプリング株式会社に勤務し、毎月一四、五〇〇円の収入を得ており、その一ヶ月の生活費は五、〇〇〇円以下であり、また賞与として昭和三九年六月に金二八、二三三円を、又本件事故がなかったならば同年一二月に金三六、八五五円を得る筈であったので、結局年間金六五、〇〇〇円以上の賞与を得られる筈であった。そして、原告の収入は、特別の事情のないかぎり今後減少することは考えられない。従って、亡繁は毎年一七九、〇〇〇円以上の純収入を得ていた。

(二)  亡繁は、本件事故当時満一七才六月余の健康な男子で、昭和三八年簡易生命表によればその平均余命は五一・九八年であり、前記会社の停年は満五五才であるから、今後少くとも満三七年間は就労し、その間前記収入を取得することができた。これをホフマン式計算法により、年五分の割合で中間利息を控除して、現在一時に請求する金額に換算すると、金三、六九一、八七五円となる。

(三)  次に亡繁は、満五五才で停年退職したとすれば、その退職に際して金一五九万円の企業年金一時金を受領しうるもので、その現在価額は五五七、〇〇〇円以上となる。しかるに、亡繁はその死亡に伴い前記会社から金一、〇〇〇円死亡退職金の支払を受けたので、これを控除すると、亡繁は得べかりし退職金のうち五五六、〇〇〇円を得ることができず、これと同額の損害を蒙った。

(四)  よって、右得べかりし利益の合計額は、金四、二四七、〇〇〇円以上となり、原告竹内甚七および同あやをは、原告会社より既に一、二九六、〇〇〇円の支払をうけているので、これを差引き、これを相続分に従い二分し、右金額に右原告両名の慰藉料五〇万円を加えた範囲内で、右各原告は被告に対し、それぞれ金一、九七五、五〇〇円の請求権を有する。

五、原告会社は、訴外伊藤秋男の使用者として、民法第七一五条により、原告竹内甚七および同あやをに対し金一、二九六、〇〇〇円を、又訴外青木守に対し金四三、〇〇〇円以上を支払ったので、結局、一、三三九、〇〇〇円の損害を蒙った。

六、右に述べた原告らの損害は、公の営造物である道路の管理に瑕疵があったために生じた損害であるから、右道路の管理者である被告は、原告らの蒙った損害を国家賠償法第二条一項により賠償する義務がある。右道路の瑕疵についての責任は、被告の過失の有無にかかわるものではない。

七、仮に、前記の主張が理由がないとしても、訴外伊藤秋男、原告会社および被告は、原告竹内甚七および同あやをに対し、不真正連帯債務の関係にある。そして原告会社は、原告竹内甚七、同あやをおよび訴外青木守に対し、昭和四〇年四月一六日迄の間に合計一、三三九、〇〇〇円の弁済をした。そして、本件の如き事案においては、過失のある者ないし事故の原因をつくった者において、窺極的に賠償責任を有するので、何ら過失のない原告会社は、当然右金額の弁済によって、債権者である原告竹内甚七、同あやをおよび訴外青木守に代位することとなり、被告は原告会社に対し、右金額およびこれに対する昭和四〇年四月一六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべきである。仮に、以上の主張が理由がないとしても、被告は本件道路の管理に瑕疵があったことは明らかであるから、被告は民法第七一七条により、原告らに対し、請求趣旨に掲げた原告らの損害を賠償すべき義務がある。よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるべく、本訴に及んだものである。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告会社が運送業を営むこと、原告主張の日時場所において、本件事故が発生したこと、および本件事故現場が歩道と車道とに分れていて、事故当時被害者両名が車道を歩いていたことは認める。その余の原告主張の事実は全て争う。

二、原告の主張に対する被告の主張は次のとおりである。

(一)  本件事故現場は、道路の路線の認定(道路法第八条第九条)および道路の区域の決定(同法第一八条第一項)はなされていたが、未だ道路の供用の開始(同法同条第二項)はされていないもの故、「道路予定地」にすぎず、被告らは道路管理上の責任を負うものではない。

(二)  本件事故は、被害者竹内繁が車道を歩行していたこと、および運転者である訴外伊藤秋男の過失により生じたもので、被告には責任はない。即ち、訴外伊藤秋男は運転者の資格もなく、ブレーキが片方しかきかない本件貨物自動車を運転して、左側車道部分だけでも九・二五メートルの巾員があり、車道側端を歩行者が歩いていても、何ら車輌の運行を妨げない本件事故現場にさしかかったところで、その過失により、竹内繁らを傷害死亡せしめるに至ったもので、本件事故発生は、もっぱら右伊藤の過失を原因とするものである。特に本件事故は、一〇月の午前七時四〇分頃で、視野も充分きき、車道から歩道の状況もはっきり判るところで発生したものであるから、自動車運転者は、当然車道を歩行する者のあることを予知して運行すべきであって、被告は、本件事故発生について過失を問われるべき筋合ではない。

(三)  仮に、被告に本件現場附近道路の管理責任があり、その管理に関し、歩道上の草を放置し、道路に瑕疵を生ぜしめた過失があるとしても、その瑕疵は、歩行者が利用する部分の瑕疵にとどまり、本件事故現場たる車道については何らの瑕疵はなく、かつ、車道上を歩行する者がいても自動車がこれを避けて通れる充分の余裕もあったのだから、本件現場附近歩道の瑕疵と、本件事故発生との間には因果関係がない。

(四)  又、原告竹内甚七および同あやをは、原告会社との間で損害額を金一、八九六、七一八円として示談しており、かつ全額賠償を受けているから、その損害は全て填補されたものというべく、右原告両名は、被告に対し、本件請求権を有しない。

(五)  原告会社は、右竹内に支払った金員について賠償を求めているが、原告会社が右竹内両名に支払った金員は、自動車損害賠償法第三条にいう保有者ないし民法第七一五条の使用者として弁済したものである。かかる場合、原告会社から被用者伊藤秋男に対して求償することは別として、原告会社の被告に対する求償を認めるとすれば、被告は運転者伊藤およびその雇用者たる原告会社に対し求償するという、堂々めぐりになる上、無資格者に整備不良車を運転させた共同不法行為者でもある原告会社が何ら実質的責任を負わないという、奇妙な結論となるもので、とうてい是認し得ない。

証拠≪省略≫

理由

原告主張の日時場所において、歩道と車道との区別があるのに、車道を歩いていた訴外亡竹内繁に、原告会社の被用者伊藤秋男の運転する貨物自動車が衝突し、そのため右繁が死亡したことは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、(一)本件事故現場附近道路は、ほぼ南北に走り、中央に巾四・二一メートルの分離帯、その両側に巾員九・二四メートルの舗装済みの車道、更にその両側に未舗装で巾三・九メートル(東側)および四・二五メートル(西側)の歩道があること、(二)名古屋市において事実上これを管理し、道路として使用されていたこと、(三)本件事故当時の交通状況は、比較的閑散であったこと、(四)その歩道部分は、砕石を一面にばらまいただけで、未だ舗装されておらず、本件事故当時は、歩道の中央部分には、踏みかためられて巾一ないし一・五メートル位は草が生えていない部分があるものの、その余の部分には、草が大人の膝位の高さまで茂っていたこと、(五)事故当時は、以上の条件に加え雨が降っていたため、歩道に生えていた草が濡れ、歩行者が歩道を通れば濡れる状況であったこと、以上の事実が認められる。

次に、≪証拠省略≫によれば、訴外伊藤秋男は、本件事故の日、原告会社の命を受け、当時満二〇才であって、自動車の運転の経験の期間がまだ二年に達していないのに拘らず、最大積載量が六・五トン以上であり、かつブレーキが片利きである本件自動車(巾員二・四メートル)を運転して、本件事故現場附近にさしかかった際、先行車に近附き過ぎたので、急いでブレーキをかけたが、折からの雨とブレーキの片利きのため、やや左側に寄り約八八メートル滑走し、ブレーキをかけてから約一四メートルの地点で、その左車体に亡竹内繁を衝突せしめ、ついにこれを死亡するに至らしめたものであることが認められる。

ところで、原告の請求が国家賠償法に基くものであるとしても、或いは民法第七一九条若しくは同法第七一七条に基くものであるとしても、その損害の発生と事故との間における事故の因果関係が問題となるのでこの点について考えてみる。この点に関する原告らの主張の要点は、「歩道には草が生えて通りにくいという瑕疵があったので、歩行者は車道を歩いた。車道を歩けば交通事故に逢うことは通常である。従って、歩道の瑕疵は車道上の交通事故の原因となった」というのである。しかしながら、本件歩道の中央部分には、先に認定したとおり、完全とは言えないにしても、歩行できる部分があったのであるから、歩道上の瑕疵と、歩行者が車道を通行したこととの間の因果関係については、疑問の余地がある。そして、この点をさて措くとしても、以下説明するとおり、右瑕疵と本件事故発生の間には、相当因果関係はないと認めるのが妥当である。即ち、先に認定したとおり、本件事故現場の車道の巾員は、片側だけでも九・五メートルあり、しかも、当時自動車の往来は比較的閑散であったので、車道の側端を歩行者が歩いても、自動車の通行にはなんら差支えがなかったものと認められ、のみならず、そもそも本件の如き場合、歩道に草が生えているという瑕疵に基く危険と、車道を歩行することの危険とは、その性質も程度も異なり、その間必然的な関連は存しないものというべきである。してみれば、本件事故は、被告の歩道の不整備という瑕疵とは関係なく発生したものであり、かつ、右瑕疵によって、一般的に同様の結果たる損害を生じ得る可能性があるとも言えないから、右瑕疵と事故発生との間には、いわゆる相当因果関係がないと言うべきだからである。

以上の事実によれば、被告名古屋市の本件事故発生現場附近道路の管理者としての責任の有無、その他の問題を考慮するまでもなく、原告らの主張は理由がないこととなるので、原告らの請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口正夫 裁判官 渡辺公雄 戸塚正二)

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