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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)1975号 判決 1966年1月28日

原告

西村正雄

原告

西村八重子

右両名代理人

辻巻真

被告

鬼頭昭士

被告

愛知産業こと

鷹嘴仁

右両名代理人

安藤巌

主文

被告等は各自原告等に対し、各一二三万八〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年九月五日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を被告等の、その余を原告等の各負担とする。

この判決は、原告等勝訴の部分につき仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告等訴訟代理人は、「被告等は各自原告に対し、各金一五〇万円およびこれに対する昭和三九年九月五日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(原告の請求原因)

一、原告西村正雄は亡西村澄幸の父であり、原告西村八重子は同人の母である。

二、被告鬼頭昭士は、昭和三九年九月四日午後零時五〇分頃、名古屋市港区稲永新田字ぬ一七九番地路上を、自動三輪車(愛6む一六二四号、以下加害車という)を運転して時速約四〇粁で南進中、前方左側を自転車に乗つて同一方向に進行中の亡澄幸を右側から追い越そうとした際、加害車の前部を右自転車に接触させて亡澄幸を路上に転倒させ、よつて、同人に頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、同日午後一時二〇分頃、同区真砂町四丁目一番地臨港病院において、死亡するに至らしめた。

三、右事故は、被告鬼頭が、亡澄幸を追い越そうとした際、自転車は往々にしてふらつくことがあるから、警笛を吹鳴してその動静に注意するとともに、同人との間隔を十分に保つて追い越す等して、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、漫然同人との間に約一米の間隔を置いただけで、時速四〇粁のまま追い越そうとした過失により発生したものである。

四、従つて、被告鬼頭は、不法行為者として民法第七〇九条により、右事故により生じた損害を賠償すべき義務があり、また、被告鷹嘴は、加害車を所有しこれを自己のために運行の用に供したものとして(右事故当日被告鬼頭に貸与していたものである)、自動車損害賠償保障法第三条により、右の損害を賠償すべき義務がある。

五、損害

(一) 亡澄幸の損害

(1) 物損 金二八〇〇円

自転車代金二〇〇〇円、シヤツ代金三〇〇円、ズボン代金五〇〇円の右損害を被つた。

(2) 喪失利益 金四九九万三二〇〇円

亡澄幸は、右事故当時一二歳の男子であつたので、その平均余命は五四年であるが、このうち中学校卒業時から満六〇歳までの四五年間強は稼働できた。そこで、中学卒業の学歴を有する男子勤労者の平均賃金は一ケ月金二万九〇〇〇円である(昭和四〇年度版労働大臣官房労働統計調査部編労働白書付属統計表第三二表〔製造業・労働・性学歴別平均賃金〕三三六頁による)が、亡澄幸は健康で学力優秀であつたから、同人の右可働期間の収入が、一ケ月平均金二万九〇〇〇円を下らないことは明らかである。そして、右程度の収入がある者の実支出(生活費・租税)は金八四〇〇円弱である(前掲労働白書付属統計表第五七表〔五分位階級別勤労世帯一ケ月間の収入と支出〕三七六頁によると、三・五八人家族の一ケ月の実支出は金二万九九七一円である)から、亡澄幸は、一ケ月平均金二万〇六〇〇円の割合による得べかりし利益を失つたことになり、これに基き右四五年間の喪失利益をホフマン式計算法により一年毎に年五分の割合の中間利息を控除して右事故当時の一時利得額に換算して算出すると、金四九九万三二〇〇円となる。

(二) 原告等の慰藉料 各金六〇万円

原告等の子供は、亡澄幸とその妹登貴子の二人だけである。亡澄幸は、右事故当時中学校一年生であつたが、健康で学力も優秀であり、学級委員をしていた。また、父正雄は日雇労務者として働いていたが、体が弱く、一家の生活は困窮していたので、亡澄幸が新聞配達をして家計を助けていた。従つて、原告等は、亡澄幸を精神的な支柱としてその将来を楽しみにしていたもので、亡澄幸の死に遭遇して筆舌に筆し難い精神的苦痛を受けた。しかるに、被告等は、亡澄幸の入院費・葬儀費等を一切負担すると言いながら、右費用はすべて保険金で支払い、被告等自身としては香典すら支払つていない。

そこで、原告等の慰藉料は、各自につき少くとも金六〇万円が相当である。

六、以上のとおり、原告等は、それぞれ被告等各自に対し、右慰藉料各金六〇万円および亡澄幸の損害の相続分各金二四九万九八〇〇円の合計各金三〇九万九八〇〇円の損害賠償請求権を有する。

そこで、原告等は、右各金額から受領保険金各四六万三〇〇〇円を控除し、被告等各自に対し、内金各一五〇万円およびこれに対する昭和三九年九月五日から完済まで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

(被告等の答弁および抗弁)

一、被告鬼頭について<省略>

二、被告鷹嘴について

(一) 請求原因一項ないし三項は不知。

(二) 同四項は、加害車が被告鷹嘴の所有であり、本件事故当時は被告鬼頭に貸与していたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故の発生につき、被告鬼頭に過失がないことは前述のとおりであるから、被告鷹嘴にも損害賠償がない。仮に被告鬼頭に過失があるとしても、過失相殺により被告鷹嘴の損害賠償義務は皆無となる。

第三、証拠<省略>

理由

一、本件事故の発生状況および原因について

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、これを左右する証拠はない(原告等主張の日時および場所において、被告鬼頭の運転する加害車と亡澄幸の自転車とが接触し、亡澄幸が間もなく死亡するに至つたことは、原告等と被告鬼頭との間には争いがない)。

(1)  本件事故現場は、名古屋市港区稲永新田字ぬ一七九番地先の路上である。その道路状況は、車道の幅員約二二米で中央幅約二・五および両端幅約三・三米づつが未舗装となつているので、舗装部分は中央部両脇幅約六・五米づつである。

(2)  ところで、原告等主張の日時頃、被告鬼頭は、加害車を運転して時速約四〇粁の速度で本件通路を南進中、本件事故現場附近にさしかかつた際、前方の舗装部分の左端附近を亡澄幸外三名の学生が自転車に乗つて先行するのを認めたので、これをその右側より追い越そうと考えた。

(3)  しかして、右学生等は、ほぼ縦に並び、ただ亡澄幸と訴外中井晴彦は横に並んで進行していたものであるが、被告鬼頭は、亡澄幸の自転車の後方に接近してから、警音器も吹鳴せず、これと左横幅約一米の間隔を置いただけで、前記同速度のまま漫然右自転車の右横を追い越そうとしたところ、亡澄幸が自転車のハンドル操作を誤り、右前方直前によろけて来たのを見て、あわててハンドルを右に切つてさけようとしたが、ついに間に合わず、加害車の前部附近を右自転車に衝突させて亡澄幸を加害車の下敷きとし、間もなく同人を死亡させるに至つた。

(二)  ところで、右認定のような状況において、被告鬼頭が亡澄幸の自転車を追い越す場合には、被告鬼頭としては、あらかじめ警音器の吹鳴等により、亡澄幸に注意を与えるとともに、自転車は本来運転が軽快なため進路上で転び易いこと、特にそれが学童の場合には無謀な運転に出るかもしれないことを考慮し、右自転車と十分な間隔を保ち、且つ適宜徐行する等して、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。しかるに、前記認定事実によれば、被告鬼頭は右の注意義務を怠り、単に自転車との間に約一米の間隔を保つただけで、時速約四〇粁の速度のまま漫然右自転車を追い越そうとしたため、本件事故を惹き起こすに至つたものであるから、本件事故の発生につき、被告鬼頭に過失があることは明らかである。

(三)  被告等は、本件事故の発生については亡澄幸にも過失があると主張するので考察するに、<証拠>によれば、亡澄幸が加害車の直前でハンドル操作を誤つたのは、併進していた訴外中井晴彦から鞄を受取つて左手に持ち、右片手で自転車を運転したため、体の重心を失つたことによるものであることが認められる。ところで自転車はハンドルが軽快であるから片手運転にはとかく危険が伴うのに、まして、一方の手に物を持つて運転するが如きは非常に危険なことであるから、厳に慎しまなければならない(亡澄幸は中学一年生であつたから、このことは十分に弁えていたと思われる)。しかるに、亡澄幸は、右危険を無視し、しかも交通量が比較的多いと予想される本件道路上で、右のような方法で自転車を運転したために、加害車の前方によろけ出たものであるから、本件事故の発生については、亡澄幸の不注意もその一因をなしているものと言うべきである。(なお、右<証拠>によれば、亡澄幸の自転車は中古車であつたため、その機能上にも幾分障害があつた様子も窺たる)しかしながら、亡澄幸が訴外中井とふざけ合つていたことは認められず、また、本件道路の舗装上を進行していたことをもつて過失があるとは認め難いのでこの点の被告等の主張は首肯できない。

二、被告等の責任原因について

(一)  被告鬼頭について

前認定の如く、本件事故は右被告の過失に基くものであるから、右被告は不法行為者として、本件事故による損害を賠償する義務がある。

(二)  被告鷹嘴について

本件加害車は右被告の所有であるが、本件事故当時はこれを被告鬼頭に貸与していたものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、自己の自動車を他人に貸与した場合においてもその貸与の型態が、右自動車の運行に対する支配は勿論支配の可能性すらも自己に残つていないものである場合(ドライブクラブの場合がその例である)には、自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者として責任を認めることはできないが、運行に対する支配の可能性が、その後もなお自己に残つていると認められる場合には、右責任主体たる地位を脱し得ないものと解するのが相当である。この点本件の場合においては、<証拠>によれば、本件事故当時被告鬼頭は自己の自動車が故障していたので、加害車を被告鷹嘴から一時的に借り受けていたものであることが認められ、被告鷹嘴としては、いつでもその返還を求めることも、また、自己の荷物の運搬等にも使用可能であつたことが推認されるので、本件事故当時なお加害車に対する支配の可能性を残していたものと見るべきであるから、被告鷹嘴も又、右法条により、本件事故による損害を賠償する義務があると考うべきである。

三、本件事故による損害について

(一)  亡澄幸の損害

(1)  物損

<証拠>によれば、原告等主張の物損はすべてこれを認め得る。

(2)  喪失利益

<証拠>によれば、原告等の家庭は貧しいので、亡澄幸は中学校を卒業後就労する予定であつたことが認められる。ところで、亡澄幸は昭和二六年一二月三日生れ(成立に争いない甲第三号証)で、死亡当時は中学校一年生であつたから、同人が中学校卒業時である満一五歳から可働年数として相当と認められる満六〇歳頃までの四五年間(余命年数は五七・九八年)における逸出利益を算定する。まず、同人の一ケ月平均の収入については、昭和三九年度の労働統計年報(一三六頁)により認められる年令二〇歳の全労働者の一ケ月の平均賃金である金二万〇一〇〇円に準拠するを相当と考える。同人の初任給がこれより低いことは推認されるが、将来の昇給等も考慮すると、右金額に基いても被告等にさして不利にはならないと考える。次に、同人の一ケ月平均の生活費については、これを算出するに適確な資料は見当らないが、右認定の可働期間中を通じての生活費としては、右収入の五割程度と考えるのが最も妥当と解する。よつて、以上の認定事実によれば、同人の一ケ月平均の純収入は金一万円程度と認められるので、これに基き、右四五年間に得べかりし利益を、ホフマン式計算法により一年毎に年五分の割合の中間利息を控除して、死亡時における一時利得額に換算して算出すると、金二七八万七六八六円(円未満切捨)となる。

(二)  原告等の慰藉料

<証拠>によれば、原告等は亡澄幸の両親であること、原告等の子供は亡澄幸とその妹登貴子の二人だけであること、原告正雄は日雇労務者として働いているが、妻八重子と共に体が病弱なので、一家の生活は苦しく、亡澄幸は新聞配達をしてその家計を助けていたこと、従つて原告等の亡澄幸の将来に対する期待も甚だしく大きかつたことが肯認せられる。よつて、原告等が亡澄幸の死亡によつて甚大な精神的苦痛か受けたであろうことも推察するに難くなく、これに対する慰藉料額は、本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、原告等の請求する各金六〇万円を下らないものと認められる。

四、過失相殺等について

本件事故の発生については、亡澄幸にも不注意があつたことは前認定のとおりであるから、この点は原告側の過失として、本件事故による損害賠償額の算定につさ考慮するのが相当である。そこで、前認定の亡澄幸の逸出利益としての損害金二七九万〇四八六円は、これを金二二〇万円に減額する。従つて、原告等は亡澄幸の相続人として、右損害賠償請求権をその二分の一の各金一一〇万円の割合で承継取得したこととなる。

五、結論

以上のとおり、被告等は各自原告等に対し、前示合計金一七〇万円を支払う義務があるところ、これから原告等の自認する受領保険金各四六万二〇〇〇円を控除すると、右金額は金一二三万八〇〇〇円となる。

よつて、原告等の本訴請求は、被告等各自に対し、各金一二三万八〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和三九年九月五日から完済まで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(山口正夫 可知鴻平 寺本栄一)

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