大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和41年(わ)1835号 判決 1967年8月02日

本店所在地

名古屋市瑞穂区川澄町三丁目二十八番地

株式会社浅井商店

右代表者代表取締役

浅井清文

本籍並びに住居

右同所

株式会社浅井商店取締役 浅井文一

大正一五年三月五日生

右の者らに対する旧法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官田中豊出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人浅井文一を懲役四月及び罰金百万円に

被告人株式会社浅井商店を罰金三百万円に、

各処する。

被告人浅井文一において右罰金を完納することができないときは、金五千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人浅井文一に対しては、この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人浅井文一の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社浅井商店(以下被告人会社と称する)は、昭和三十七年十二月十二日資本金四百万円をもつて設立せられ、名古屋市瑞穂区川澄町三丁目二十八番地に本店を設けて、貴金属、宝石類、七宝製品及び万年筆類の販売並びにこれに附帯する一切の事業を営んでいたものであり、被告人浅井文一は右会社の代表取締役浅井清文の長男であつて設立当初から右会社の取締役に就任し、事実上その業務一切を統轄主宰してきたものであるが、被告人浅井文一は被告人会社の業務に関し、同会社の所得の一部を秘匿して法人税の一部を免れようと企て、

第一、被告人会社の第二期事業年度(昭和三十八年三月一日から昭和三十九年二月二十九日まで)における同会社の実際の所得金額は少くとも金一千七百十三万六千八百八十八円であつて、これに対する法人税額は金六百三十五万二千六百八十四円であつたのにも拘らず、河合商店名義の架空仕入を計上し、あるいは売上の一部を除外する等してこれを簿外預金として蓄積する等の方法により所得の一部を秘匿した上、昭和三十九年四月三十日、名古屋市瑞穂区瑞穂町所在の所轄昭和税務署において、同署長に対し法人税確定申告をなすに際し、同会社の右事業年度の所得金額は金三百七十七万八千三百六十一円でこれに対する法人税額は金百二十七万八千九百二十二円である旨過少に記載した虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度における前記の正規法人税額と右申告法人税額との差額金五百七万三千七百六十二円を逋脱し(別紙第一、犯則所得の内容(一)及び別紙第二、逋脱額計算表(一)参照)

第二、被告人会社の第三期事業年度(昭和三十九年三月一日より昭和四十年二月二十八日)における同会社の実際の所得金額は少くとも金二千八万三千八百七十八円であつて、これに対する法人税額は金七百四万七千八百十八円であつたのにも拘らず、前同様の方法により所得の一部を秘匿した上、昭和四十年四月三十日、前記昭和税務署において、同署長に対し法人税確定申告をなすに際し、同会社の右事業年度の所得金額は金五百八十六万三千八百七十一円でこれに対する法人税額は金百六十五万八千七百八円である旨過少に記載した虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度における前記の正規法人税額との差額金五百三十八万九千百十円を逋脱し(別紙第三、犯則所得の内容(二)及び別紙第四、逋脱額計算表(二)参照)

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一、被告人浅井文一の検察官に対する供述調書三通

一、被告人浅井文一の大蔵事務官に対する昭和四十一年一月十九日(枚数四枚の分)、同月二十一日付各質問てん末書

一、被告人浅井文一の大蔵事務官に対する上申書三通

一、証人加藤澄雄の当公判廷における供述

一、浅井かねの検察官に対する供述調書

一、浅井清文、浅井かねの大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、浅井かねの大蔵事務官に対する上申書

一、登記官作成にかかる被告人会社の商業登記簿謄本

判示第一の事実につき

一、被告人浅井文一の大蔵事務官に対する昭和四十年十二月三日付(未払費用関係につき)、昭和四十一年一月二十日付(枚数二枚の分、認定賞与関係につき)、同日付(枚数三枚の分、売掛金関係につき)各質問てん末書

一、高橋志づ子の大蔵事務官に対する質問てん末書(現金、仮受金関係につき)

一、朝田一男(売掛金関係につき)、後藤甲子男(未払費用関係につき)、安達久子(仮受金関係につき)、河合義隆(昭和四十年十月二十二日付、買掛金関係につき)、浅井芳雄(未払費用関係につき)、平松幹男(積立預金関係につき)の大蔵事務官に対する各上申書

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十一年二月十日付証明書(被告人会社の昭和三十九年四月三十日付法人税確定申告書写の添付されてあるもの)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十二年七月十八日付上申書

一、井上竹夫作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付普通預金元帳写(山本浅子名義、現金、普通預金関係につき)

一、今井三郎作成にかかる日本相互銀行名古屋支店定期預金証書写(定期預金、仮受金関係につき)

一、大矢晃三作成にかかる協和銀行滝子支店備付定期預金期日帳写(定期預金仮受金、関係につき)

一、大矢晃三作成にかかる協和銀行滝子支店備付定期預金元票写(定期預金関係につき)

一、山元浩作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付定期預金印鑑(利息支払票)写(定期預金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月十六日付定期預金証書等現在高確認書(枚数一枚の分、積立預金関係につき)

一、今井三郎作成にかかる日本相互銀行名古屋支店備付ニコニコ積金元帳写(積立預金関係につき)

一、山元浩作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付個人当座印鑑紙写及び同支店備付当座勘定元帳写(貸付金関係につき)

一、大竹徳行作成にかかる中央信託銀行今池支店備付貸付信託申込書写(貸付信託及び指定金銭信託関係につき)

一、安田鉱次作成にかかる中央信託銀行今池支店備付指定金銭信託元帳写(指定金銭信託関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月二十二日付有価証券等現在高確認書(貸付信託関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる調査報告書二通(未払費用関係につき)

一、今井三郎作成にかかる日本相互銀行名古屋支店備付自由定期預金元票写、印鑑届写、預金利息支払伝票写、預金払戻請求書写(仮受金関係につき)

一、大矢晃三作成にかかる協和銀行滝子支店備付協和積立定期預金元票写(仮受金関係につき)

一、押収してある

1、総勘定元帳一綴(証第一号、全般につき)

2、普通預金通帳一冊(証第二号、普通預金、貸付信託関係につき)

3、一時預り品記録票一綴(証第三号、普通預金関係につき)

4、印鑑十個(証第五号)のうち、早瀬、加藤、高野、谷、野本名義の各印鑑(定期預金、貸付金、貸付信託関係につき)

5、希望積立預金元帳一袋(証第六号、積立預金関係につき)

6、印章二個(証第九号、貸付信託関係につき)

7、信託手控一枚(証第八号、貸付信託関係につき)

8、買掛金元帳二綴(証第十、十一号、売掛金関係につき)

9、納品控一綴(証第十二号、売掛金関係につき)

10、請求書綴一綴(証第二十九号、売掛金関係につき)

11、仕入帳一綴(証第十三号、買掛金関係につき)

12、当座小切手帳控一綴(証第十六号、買掛金関係につき)

13、第二期分経費一綴(証第十七号、認定賞与関係につき)

14、振替伝票一綴(証第二十四号、架空仕入の計上につき)

15、買掛金元帳二綴(証第三十号、第三十一号、売掛金関係につき)

16、売上帳一綴(証第三十二号、買掛金関係につき)

17、得意先元帳一枚(証第三十三号、買掛金関係につき)

18、売掛帳一綴(証第三十四号、買掛金関係につき)

判示第二の事実につき

一、被告人浅井文一の大蔵事務官に対する昭和四十年十二月三日付(第三問とその答の部分、普通預金関係)、昭和四十一年一月十九日付(枚数三枚の分、貸付金関係につき)、同月二十日付(枚数三枚の分、未払金、売掛金関係につき)各質問てん末書

一、高橋志づ子の大蔵事務官に対する質問てん末書(仮受金関係につき)

一、平松幹男(積立預金関係につき)、朝田一男(売掛金関係につき)、安達久子(仮受金関係につき)、河合義隆(昭和四十年十月二十二日付及び昭和四十一年一月二十四日付、買掛金及び貸付金関係につき)、浅井芳雄(未払金関係につき)、鈴木之夫(定期預金関係につき)の大蔵事務官に対する各上申書

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十一年二月十日付証明書(被告人会社の昭和四十年四月三十日付法人税確定申告書写の添付されてあるもの)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十二年七月十八日付上申書

一、山元浩作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付定期預金印鑑(利息支払票)写(現金、定期預金関係につき)

一、今井三郎作成にかかる日本相互銀行名古屋支店備付ニコニコ積金元帳写(現金、積立預金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月十六日付定期預金証書等現在高確認書(枚数五枚の分、現金、定期預金、貸付信託関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月十四日付現金、有価証券等現在高確認書(現金関係につき)

一、井上竹夫作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付普通預金元帳写(山本浅子名義、普通預金、仮受金関係につき)

一、坂本竜俊作成にかかる東海銀行車道支店備付普通預金元帳写(谷島勇三名義、普通預金関係につき)

一、今井三郎作成にかかる日本相互銀行名古屋支店備付定期預金証書写(定期預金、仮受金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年十月一日付有価証券等現在高確認書(定期預金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月十五日付定期預金証書現在高確認書(定期預金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月十六日付定期預金証書等現在高確認書(枚数一枚の分、積立預金関係につき)

一、山元浩作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付個人当座印鑑紙写及び同支店備付当座勘定元帳写(貸付金関係につき)

一、井上竹夫作成にかかる小切手写(貸付金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月二十二日付、同月二十四日付各有価証券等現在高確認書(貸付信託関係につき)

一、山川隆司作成にかかる安田信託銀行備付信託原簿及び関係書類写(貸付信託、指定金銭信託関係につき)

一、大竹徳行作成にかかる中央信託銀行今池支店備付貸付信託申込書写(指定金銭信託関係につき)

一、安田鉱次作成にかかる中央信託銀行今池支店備付指定金銭信託元帳写(指定金銭信託関係につき)

一、安田鉱次作成にかかる貸付信託収益金未払分と題する書面(未収収益金関係につき)

一、大橋延世作成にかかる東海銀行瑞穂通支店備付手形貸付元帳写(借入金関係につき)

一、大蔵事務官作成にかかる調査報告書二通(未払金関係につき)

一、大矢晃三作成にかかる協和銀行滝子支店備付定期預金期日帳写及び同支店備付定期預金元票写(仮受金関係につき)

一、押収してある。

1、総勘定元帳一冊(証第十八号、全般につき)

2、普通預金通帳一冊(証第二号、普通預金、貸付信託関係につき)

3、一時預り品記録票一綴(証第三号、普通預金、定期預金関係につき)

4、一時預り品記録票一綴(証第四号、定期預金関係につき)

5、印鑑十個(証第五号)のうち、谷島、高野、谷、野本、早瀬名義の各印鑑(普通預金、定期預金、貸付信託、貸付金関係につき)

6、希望積立預金元帳一袋(証第六号、積立預金関係につき)

7、信託手控一枚(証第八号、貸付信託、未収収益金関係につき)

8、印章二個(証第九号、定期預金、貸付信託関係につき)

9、定期預金印鑑(利息支払票)紙一袋(証第二十三号、定期預金関係につき)

10、振替伝票一綴(証第二十四号、架空仕入の計上、貸付金関係につき)

11、買掛金元帳二綴(証第二十五、二十六号、売掛金関係につき)

12、請求書綴一綴(証第二十九号、売掛金関係につき)

13、仕入帳一綴(証第二十七号、買掛金、未払金関係につき)

14、仕入伝票一綴(証第二十八号、買掛金関係につき)

(法令の適用)

被告人浅井文一の判示第一及び第二の各所為は、いずれも昭和四十年法律第三十四号法人税法附則第十九条、同法により改正される以前の旧法人税法第四十八条第一項、第二十一条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので、それぞれ所定の懲役刑及び罰金刑を併科することとし、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十七条本文、第十条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法第四十八条第二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で同被告人を懲役四月及び罰金百万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金五千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、なお判示逋脱額は既に納付されていること、その他諸般の情状にかんがみ、右懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると思料されるので同法第二十五条第一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、

右被告人浅井文一の本件犯行は、被告人会社の業務に関しなされたものであるから、前記旧法人税法第五十一条第一項、第四十八条第一項、第二十一条第一項、刑法第四十五条前段、第四十八条第二項を適用して、その所定の罰金の合算額の範囲内において、被告人会社を罰金三百万円に処し、

訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により、被告人浅井文一の負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

一、判示第一事実関係の認定賞与について

1、弁護人は「本件第一事実の犯則所得中に認定賞与金七万一千五百五十円が加えられているが、右のうち金五万一千八百五十円は、被告人会社の交際費として当該犯則事業年度分の損金に算入されるべきである。すなわち、右金五万一千八百五十円は被告人会社代表取締役浅井清文の亡母の法事の費用として支出されたものであるが、右法事の招待者の約六割は被告人会社の最大の得意先である松坂屋百貨店の従業員であり、その招待の目的は被告人会社の業務の遂行を円滑ならしめるためであつたのであるから、右法事の費用は実質的には被告人会社の交際費として、当該事業年度の課税所得の計算上損金に算入すべきものである」と主張する。

よつて考えるのに、被告人浅井文一及び証人加藤澄雄の当公判廷における各供述、被告人浅井文一の大蔵事務官に対する昭和四十一年一月二十日付質問てん末書(枚数二枚の分)、押収してある総勘定元帳一冊(証第一号)及び第二期分経費一綴(証第十七号)を綜合すると、被告人会社の代表取締役浅井清文の亡母の法事の費用(会食代金)として、昭和三十八年七月五日に金五万一千八百五十円が「八百善」支店に支払われていること、右浅井清文の亡母は被告人会社の役員もしくは従業員等として被告人会社の業務に関係したことは一切なかつたこと、右法事に際しては、松坂屋百貨店が被告人会社の最大の得意先であること(被告人会社の総売上高のうち約九割余は同百貨店に対する売上である)と、当時右浅井清文の弟が右百貨店の常務取締役であつたことから、松坂屋からも多数の従業員が参列したこと、而して被告人浅井文一は右金額については、これを被告人会社の交際費として損金に計上したところ、税務当局より否認されて、益金処分の役員賞与と認定されたことが認められるところ、このように被告人会社の役員の実母とはいえ、被告人会社の業務には全く関係のなかつた故人のための法事は、本来その故人の冥福を祈ることを目的として行われる遺族、すなわち浅井清文らの私事に属する事柄であり(現に右証拠によれば参列者の約四割は故人の親類縁者であつたことが窺われる)、被告人会社の業務に関し、取引先との親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることを直接の目的として行われたものとは認められず、従つてたまたま右法事の招待参列者の中に得意先である松坂屋の従業員が含まれていたからといつて、それ以外の親類縁者のために要した費用をも含めて右法事の費用一切について、これを被告人会社の交際費として計上する理由はなく、当然右浅井清文個人の負担すべきものである。よつてこの点に関する弁護人の主張は理由がない。

2、次に弁護人は「右金五万一千八百五十円は、被告人会社の交際費として損金に計上することができないものであるとしても、これが利益処分としての賞与とみるべきものか、それとも被告人会社の損金に算入さるべき交際費とみるべきかの判断は、法律専門家にとつてすら決して容易なことではないのであつて、税法、会計上の知識に乏しい被告人浅井文一が右法事の費用については得意先である松坂屋百貨店の従業員多数を招待したことから、これを損金に計上すべき被告人会社の交際費であると考えたことはやむを得ないものがあり、かかる会計上の処理をなしたことについては、右費用の非損金性についての認識を欠いていたものとして、同被告人に対し法人税逋脱の責任を負わせることはできない」旨主張する。

しかしながら、被告人浅井文一の大蔵事務官に対する昭和四十一年一月二十日付質問てん末書(枚数二枚の分)によると、同被告人が右法事の費用について、これが被告人会社の経費とはならないことを知りながら、「同族会社のため、社長個人の経費も区別せずに計上したもの」であることが明らかであり、従つて同被告人において右法事の費用の非損金性について認識があつたことが認められる。もつとも同被告人は当公判廷において弁護人の主張に副うが如き供述をなしているけれども、会社企業の課税所得の計算上、会社自体と会社の代表者その他役員個人との関係は全く独立する第三者の関係と同様に考えるべきことは自明の理であつて、しかも前項認定のような事実関係の下においては、右法事に要した費用の如きものが、被告人会社の負担すべきものではなく、法事の主催者個人の負担すべきことは、むしろ社会的常識ともいうべく、従つて被告人浅井文一において右法事の費用自体の存在についての認識がある以上、他に特段の事情の認められない本件においては、当然その非損金性に対する認識を有していたものと解するのが相当であり、同被告人の当公判廷における右供述は信用し難い。よつて弁護人のこの点についての主張も又採用のかぎりではない。

二、判示第一事実関係の売掛金について

1、弁護人は先ず「本件第一事実関係の犯則所得の計算中に期末売掛金三百四十四万六千五百九十五円が加えられているが、右のうち金二百七十三万二千三百円は、本件第二事実関係、すなわち被告人会社の第三期事業年度の売掛金として計上されるべきものである。すなわち右金二百七十三万二千三百円は松坂屋百貨店に対して売渡したダイヤの指輪の代金であるところ、右商品を右百貨店に引渡したのは昭和三十九年三月一日であつたので、右売掛金は当然第二事実関係の事業年度において計上されるべきものである」と主張する。

しかしながら、証人加藤澄雄の当公判廷における供述、被告人浅井文一の検察官に対する昭和四十一年九月二十日付、同月二十四日付各供述調書及び大蔵事務官に対する同年一月二十日付質問てん末書(枚数三枚の分)、押収してある納品控一綴(証第十二号)及び請求書綴一綴(証第二十九号)を綜合すると、被告人会社において松坂屋百貨店に対し商品を売渡すに際しては、その引渡の都度納品書二部を発行し、その一部(控)を手元に保管し、他の一部を商品の引渡の際松坂屋へ交付し、代金請求については右納品書(控)に基いて毎月一日から十五日までに売渡した分については、その月の二十日までに請求書を作成してこれを松坂屋に提出して代金の支払を求め、その日の月末に支払を受け、毎月十六日から月末までに売渡した分については、翌月五日までに請求書を作成してこれを松坂屋に交付し、当月十五日に支払を受けるという慣行になつていたこと、而して被告人会社の第二期の事業年度の確定決算において右納品書等の日付を基準として売掛金の所属年度を決めていること、弁護人の主張する前記金二百七十三万二千三百円の売掛代金(ダイヤ指輪八十九個分)については納品書、請求書ともに昭和三十九年二月二十九日付で発行されており、これに対する松坂屋百貨店の買掛金元帳の記載もまた右同日付であることが認められるのであつて、以上の事実に徴すると、右ダイヤ指輪は、同年二月二十九日に松坂屋へ引渡され、従つてその売掛金の帰属年度も検察官主張のとおり第二期事業年度、すなわち判示第一事実の犯則事業年度に属すると解するのが相当である。もつとも被告人浅井文一の当公判廷における供述中には右ダイヤ指輪については納品書等の記載と異なり、同年三月一日に引渡されたものであるという趣旨の部分があるが、前顕各証拠に対比してにわかに信用し難く、結局弁護人の右主張を採用することはできない。

2、次に弁護人は、「右松坂屋に対する金二百七十三万二千三百円の売掛金が本件第一事実関係の事業年度に属すべきものであるとしても、被告人浅井文一としては、昭和三十九年三月一日に当該ダイヤ指輪を松坂屋へ引渡したものと信じており、その結果右売掛金についてもこれを本件第二事実関係の事業年度に帰属するものと誤解していたものであり、またかりに被告人浅井文一において右の点についての誤解はなかつたとしても、同被告人には税法並びに会計上の知識に乏しかつたため、個人企業であつた時代からの慣行に従い、所謂現金主義による記帳経理を行い、右売掛金についても、これが支払が同年三月十八日になされていることから、本件第二事実関係の事業年度に属するものとして経理したものであつて、結局いずれにしても被告人浅井文一には右ダイヤの指輪の売上による損益の帰属時期についての錯誤があつたから、この点については逋脱の犯意を欠くものとして、犯則所得の計算から除外されるべきである」旨主張する。

しかしながら、前項掲記の各証拠(ことに被告人浅井文一の大蔵事務官に対する昭和四十一年一月二十日付枚数三枚の質問てん末書)を綜合すると、被告人浅井文一が右ダイヤ指輪八十九個の売渡しの日が昭和三十九年二月二十九日であることについて認識を有していたことを認めるに十分である。また所謂現金主義による記帳経理を行つてきたために、帰属時期について誤解を生じたとの点については、前掲各証拠の外、被告人浅井文一の当公判廷における供述、河合義隆の大蔵事務官に対する昭和四十年十月二十二日付上申書をも綜合して考えてみるのに、昭和三十九年二月十六日から同月末日までに松坂屋百貨店へ売渡した商品代金のうち、同年三月十五日までに支払われた分についてはこれを本件第一事実関係の事業年度の売掛金として計上したが、支払が二、三日遅れた分についてはこれを右事業年度分の売掛金としては計上しなかつたというのであつて、もし被告人会社において所謂現金主義乃至現実収入主義による記帳経理をしたというのであれば、当然右三月十五日に支払われた分についても、その当不当は別として、本件第二事実関係の事業年度に所属するものとして経理したはずのものであつて、同じ二月分の売上でありながら、三月十五日に支払われた分のみについては納品書の日付、すなわち商品引渡の時期を基準とする所謂権利確定主義によつて経理しながら、支払の二、三日遅れた分については所謂現金主義により、現実に代金の支払のあつた時をもつて経理するということは一貫しないものがあり、また右金二百七十三万二千三百円の支払が三月十八日になされたために、これを同月前期の売上と誤解したというのであれば、前項1認定の松坂屋との従来の取引慣行から考えて納得し難いのであつて(けだし、三月一日から十五日までに売渡した分については同月二十日までに請求書を出して、同月末に支払を受けることになるはずだからである)、本件法人税の確定申告に際しては被告人会社の会計証憑、伝票類、帳簿等の整備が甚だ不十分であつて、河合義隆において被告人浅井文一の指示を受けながら、振替伝票等を作成し、これに基いて決算書類を作成して申告し、総勘定元帳、金銭出納帳等は申告後に河合義隆において作成するというような状態であつたこと、被告人浅井文一としても、従前から、松坂屋の会計関係の都合上、慣行どおり代金の支払がなされなくて、遅延する場合のあることについては十分承知していたこと等の事情をあわせると、弁護人主張のように被告人浅井文一において、誤つて所謂現金主義による記帳経理をしてきたために、損益の帰属時期を誤つたものとは認め難く、右は単なる弁解のための弁解としか解するほかはない。

3、さらに弁護人は「本件第一事実関係の前記期末売掛金のうち、白石商店に対する万年筆代金一万八千四百円及び松坂屋百貨店に対する売掛金の一部金六十九万五千八百九十五円(検察官主張の松坂屋に対する当期の売掛金計上もれ総額金三百四十二万八千百九十五円から前記金二百七十三万二千三百円を差引いたもの)については、いずれも逋脱の犯意を欠くものとして、本件犯則所得の計算から除外されるべきものである。すなわち、右白石商店に対する売掛金及び右松坂屋に対する売掛金の約六割は、被告人会社における伝票、その他の会計上の証憑、帳簿類の整備、管理等が不十分であつたために、納品書等を紛失し、そのために把握することができなかつたことから、計上もれとなつたものであつて、単なる被告人浅井文一の過失によるものであり、又右松坂屋に対する売掛金のうち残りの約四割については、所謂現金主義による記帳経理をなしたことによつて当期に計上しなかつたもの、すなわち昭和三十九年二月十六日から同月末日までに売渡した分のうち同年三月十五日までに支払われた分については当期の売掛金に計上したが、松坂屋の都合により支払が同日以後になつた分については前項2の主張と同様の理由により当期売掛金に計上しなかつたものにすぎず、以上いずれも逋脱の犯意を欠くものとして、犯則所得の計算から除外されるべきである」旨主張する。

しかしながら、弁護人が納品書等の紛失による単なる把握もれであると主張する部分については、被告人浅井文一の検察官に対する昭和四十一年九月二十七日付供述調書、同被告人の大蔵事務官に対する同年一月二十日付質問てん末書(枚数三枚の分)によると、被告人浅井文一は毎期末納品書(売仕切書)等の紛失による相当額の売掛金の把握もれがあることは従前から承知しながら、格別の処置をとることなくそのままにしていたことが認められるのであつて、被告人浅井文一において苟しくも会計上不当な処理を講じて所得の一部を秘匿し、簿外預金等を蓄積して法人税を免れようとする意思があり、しかも売掛金についてその真実の金額が申告しようとする金額を超えるかも知れないということについての認識はありながら、敢えてその点について十分な調査検討もなさずに、これをそのままにして申告した以上、右売掛金についても逋脱の犯意を認めるに十分であり、売掛金についてその一々の取引内容について正確な認識を要するものではない。よつてこの点についての弁護人の主張は採用できない。

また現金主義による記帳経理をなしてきたために、売掛金の帰属時期につき、誤解があつたとする点については前項2と同様の理由により、これを採用することはできない。

三、判示第一事実関係の貸付信託について

弁護人は「本件第一事実の犯則所得中に、貸付信託金四百十万円が加えられているが、右のうち金二百万円は被告人会社代表取締役浅井清文の妻浅井かねの個人資産であるから除算されるべきである」と主張する。

しかしながら、被告人浅井文一の検察官に対する昭和四十一年九月二十七日付供述調書、同被告人の大蔵事務官に対する同年一月十九日付(枚数四枚の分)、同月二十一日付各質問てん末書、浅井かねの検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書並びに上申書、大竹徳行作成にかかる中央信託銀行今池支店備付貸付信託申込書写、大蔵事務官作成にかかる昭和四十年九月二十二日付有価証券等現在高確認書、押収してある信託手控一枚(証第八号)を綜合すると、浅井かねが昭和三十八年十月九日から同年十二月二十一日までの間前後八回にわたり、中央信託銀行今池支店に対し、八口(金額合計金四百十万円)の貸付信託をなしていること、右貸付信託はいずれも被告人浅井文一において架空仕入の計上等の不正な手段を講じて除外した被告人会社の簿外現金の一部を預入したものであることが認められる。もつとも証人浅井かねの当公判廷における供述中には、被告人会社が会社企業の形態をとる以前の個人営業の時代に、浅井かねが個人的に蓄積した預金二百万円があり、昭和三十三年頃これをまとめて架空名義で富士銀行名古屋支店に定期預金として預入していたが、被告人会社設立の頃これを同会社に貸付けていたところ、昭和三十八年頃にこれを回収して貸付信託に入れたという趣旨の部分があるけれども、はたして昭和三十三年頃に右の如き預金が富士銀行にあつたかどうかも確認できないばかりでなく、弁護人においても本件審理の当初においては被告人会社の定期預金の中に右金二百万円が混入していると主張しながら、後にはこれをひるがえして、被告人会社の貸付信託中に混入している旨主張するなど、その主張自体あいまいであるばかりでなく、総額金二百万円にのぼる多額の金員を貸付信託に預入したといいながら、右八口の貸付信託のうち、いかなる架空名義でなしたどの分が浅井かね個人の資産であるのかすら指摘できないし、又これを確認できる客観的資料も存在しないのであつて、結局右浅井かねの供述は、前顕各証拠に対比して信用できないものといわなければならない。よつてこの点に関する被告人の主張も又採用できないものである。

四、判示第二事実関係の貸付金について

1、弁護人は「本件第二事実関係の犯則所得中に貸付金百一万九千七百九十円が加えられているが、右のうち昭和三十九年九月三十日に安藤耕生に貸付けた金二十万円については、貸倒れとして損金に算入されるべきものである。すなわち右安藤はいわゆる総会屋乃至会社ごろといわれるいかがわしい人物であつて、右貸付金も被告人会社代表取締役浅井清文が些細なことから右安藤に因縁をつけられて、恐喝同様にしてとられたものであつて、その弁済を要求することは殆ど不可能であり、現に右貸付金の担保として右安藤から受取つた約束手形も満期に不渡となり、同人の生活歴、経済状態等よりすれば右貸付金の回収の見込は全くなかつたのであるから、これを貸倒れとして当該事業年度の所得の計算上損金に算入すべきことは明らかである」と主張する。

よつて考えるのに、法人税法上貸金等について貸倒れとして当該事業年度の所得の計算上損金に算入することが認められるためには、当該貸金等の回収の見込がないために当該債務者に対して債務の免除をなしたようなとき、あるいは当該債権の回収不能であることが客観的に明白であることが確認されたときでなければならないものというべく、而してその回収の見込なし、もしくは回収不能といい得るためには、当該債務者が破産、和議、強制執行等の手続に入り、又は債務超過の状態が相当期間継続して殆ど事業再起の見透しがないとか、あるいは債務者の死亡、失そう、行方不明等の事情があるとか、その他少くとも右に準ずるような支払困難な客観的事情の存在を必要とするものと解するのが相当である。

ところでこれを本件についてみるに、被告人浅井文一の当公判廷における供述、同被告人の検察官に対する昭和四十一年九月二十七日付供述調書及び大蔵事務官に対する同年一月十九日付質問てん末書(枚数三枚の分)、河合義隆の大蔵事務官に対する同月二十四日付上申書、井上竹夫作成にかかる小切手写一枚、押収してある総勘定元帳一冊(証第十八号)及び振替伝票一綴(証第二十四号)を総合すると、被告会社代表取締役浅井清文から安藤耕生に対し昭和三十九年九月三十日に小切手で金二十万円を貸付け、その担保として同人振出にかかる約束手形一通を受取つたが、右約束手形は同年中に不渡となつたこと、被告人浅井文一としては、右安藤がいわゆる会社ごろといわれるような人物であつて、右金二十万円を同人に貸付けるに到つた事情も、被告人会社の代表取締役浅井清文が右安藤から顔を見たといつた些細なことから因縁をつけられたのがきつかけとなつたこと等からして、到底弁済に応ずることはないものと考えて、右債権についてはなんら回収の手段を講ずることなく、また請求もしなかつたこと、而して被告人会社の第三期事業年度の法人税確定申告をなすに際しては大井三郎税理士事務所の事務員河合義隆に依頼して、右貸金については正規の貸倒処理をなすことなく、被告人浅井文一に対する貸付金(同人の所得税支払のための貸付金)の二重計上、架空仕入の計上等の複雑な会計上の処理を講じて、右貸付金のある事実を秘匿したことが認められるのであつて、右認定のような事実関係の下においては、未だもつて前示の如き意味における回収不能乃至回収の見込なしといい得る客観的事情があつたものとは到底考えられないのであつて、従つてこの点に関する弁護人の主張は理由がない。

2、次に弁護人は「右安藤耕生に対する貸付金二十万円について、これを貸倒れとして被告人会社の損金に計上することができないものであるとしても、いかなる場合に貸金等について貸倒れとしてこれを当該事業年度の所得の計算上損金に算入することができるかについての客観的基準は法人税法上においても明らかにされているとはいえないのであつて、ましてやこの点についての知識の乏しい被告人浅井文一としては、回収困難な右貸付金を当該事業年度内の貸倒れであると誤解した結果、本件会計上の処理をなしたのであるから、この点について同被告人に対し、法人税逋脱の責任を負わせることはできない」旨主張する。

しかしながら、前項認定のような事実関係、ことに第三期事業年度分の確定申告をなすに際して、被告人浅井文一において河合義隆に対して特に「どうしても損金として落してほしい」旨依頼して、正規の貸倒処理をなさずに、不当な会計上の処理を講じて右貸付金そのものが存在しないかの如き決算書類を作成していることに徴すると、被告人浅井文一としては少くとも右貸付金についてはこれを貸倒れとして損金に計上することが困難であることについての認識を有していたことが窺われるのであつて、弁護人の右主張は採用できない。

五、判示第二事実関係の売掛金について

弁護人は「本件第二事実関係の犯則所得の計算上、売掛金の計上もれ金十一万三百九十五円が加えられているが、右のうち白石商店に対する万年筆の売掛金一万八千四百円及び松坂屋百貨店に対する売掛金七万七千五百九十五円の計上もれは、いずれも納品書等の紛失という被告人浅井文一の過失によつて生じた単純な把握もれによつて生じたものであつて、逋脱の犯意を欠くものである」旨主張する。

しかしながら、右主張は前記二の3と同様の理由により、これを採用することはできない。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野村忠治 裁判官 松永剛 裁判官 植田俊策)

別紙第一

犯則所得の内容(一)

<省略>

別紙第二

逋脱額計算表(一)

<省略>

別紙第三

犯則所得の内容(二)

<省略>

別紙第四

逋脱額計算表(二)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例