名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)48号 判決 1970年2月13日
名古屋市中川区富田町新家九三八の一
原告
堂田敬仁
同区高杉町一丁目二区三二
同
小島進
右両名訴訟代理人弁護士
安藤厳
同区西古渡町六の八
被告
中川税務署長
宮尾典
被告
国
右代表者法務大臣
小林武治
右両名指定代理人
島村芳見
同
越知崇好
同
高橋健吉
同
大須賀俊彦
同
松井清
同
柴田富夫
右当事者間の昭和四一年(行ウ)第四八号所得税額決定取消ならびに損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当時者の申立て
一、原告堂田敬仁
被告中川税務署長が原告堂田敬二に対し、昭和四〇年七月二〇日付所第七九六号でなした昭和三八年分の所得税の決定ならびに無申告加算税の賦課決定を取り決す。
二、原告両名
被告国は原告堂田敬仁に対し金一〇万円、同小島進に対し金一万円ならびに本件訴状送達の日から右支払済みに至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
第一項につき仮執行の宣言
三、被告ら
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、請求の原因
一、原告堂田敬仁は民主商工会の会員であり、原告小島進は同会の事務局長である。
二、被告中川税務署長は原告堂田に対し昭和四〇年七月二〇日付所第七九六号で昭和三八年分の所得税につき、所得額六〇〇、〇〇〇円、所得税額六一、五〇〇円とする決定ならびに無申告加算税六、一〇〇円の賦課決定をなした。
三、原告堂田は右処分につき昭和四〇年八月二〇日被告中川税務署長に対し異議申立てをしたが、同被告は異議申立人に口頭で意見を述べる機会を与えることなく、同年一一月一七日付でこれを棄却した。
さらに原告堂田は同年一二月一五日名古屋国税局長に対し審査請求したところ、同局長は昭和四一年六月一六日付でこれを棄却した。
四、被告中川税務署長のなした本件処分は次の理由により違法、不当であるから取り消さえるべきものである。
原告堂田は昭和三八年分所得税について確定申告をしなかつたが、これは当時原告堂田に税知識がなかつたためである。
被告中川税務署長は従来確定申告をしていない者に対しては期限後においても申告するように指導し、申告書と遅延理由書の提出があれば、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法施行当時においても、配偶者控除、扶養控除等の控除額を認めてきた。しかるに同被告は原告堂田に対しては、昭和三八年分の確定申告をするように指導をなさず、いきなり配偶者控除、扶養控除を認めないで所得税額の決定をなした。これは原告堂田が民主商工会の会員であるため、ことさら不平等な取扱いをしたものであつて違法である。
五、原告堂田は前記の如く被告中川税務署長から不法、不当な差別待遇を受けたことにより、納税者として余分な心労に患わされ、不当な税額による執行を心配しなければならなくなり、精神的苦痛をうけたものであるから、被告国に対し、国家賠償法により、慰藉料金一〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日より右支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
六、原告小島進は、民主商工会の事務局長として税務相談にのり、原告堂田に対しても、被告中川税務署長の適切な指導があるからそれにもとづいて申告をするようにと述べてきたところ、被告中川税務署長に何らの指導もなさず、配偶者控除等を認めない本件処分に及んだので、原告小島は原告堂田に迷惑をかけ、且つ同人の信頼を失うこととなつた。これは被告中川税務署長の不当な処置にもとづくものであり、原告小島は右処置により精神的苦痛をうけたから、被告国に対し、国家賠償法により、慰藉料金一万円およびこれに対する本件訴状送達の日より右支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する答弁
一、請求原因第一項、第二項記載の処分および第三項(但し原告堂田に口頭で意見を述べる機会を与えなかつた点を除く)の事実は認める。
二、同第四項中、原告堂田が昭和三八年分所得税の確定申告をしなかつたこと、被告中川税務署長が確定申告書を提出しない者に申告書および遅延理由書の提出を勧告した事実があつたこと、期限後申告でもやむ得ない理由があると認めたものには配偶者控除、扶養控除等を適用した事実があることは認めるが、その余はいずれも争う。なお、確定申告書の提出のないものに対する提出の勧告は一般的に行なつていたものではない。
三、同第五項は争う。同第六項中原告小島の精神的苦痛を慰藉するため金一万円を要する点は争い、その余は不知。
第四、証拠
原告らは甲第一ないし第一一号証を提出し、証人森篤、同杉山旭の各証言ならびに原告堂田敬仁、同小島進の各本人尋間の結果を援用した。
被告らは証人森篤、同杉山旭の各証言を援用し、甲各号証の成立は認める。
理由
一、原告堂田敬仁が昭和三八年分の所得税につき確定申告をなさなかつたこと、よつて被告中川税務署長が昭和四〇年七月二〇日原告堂田の昭和三八年度分所得税につき、所得税六一、五〇〇円無申告加算税六、一〇〇円の決定をなしたこと、原告堂田がこれに対し昭和四〇年八月二〇日異議申立をなしたところ、被告中川税務署長が同年一一月一七日これを棄却し、又名古屋国税局長に対する審査請求についても、同局長が昭和四一年六月一六日これを棄却したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、原告らは、従来被告中川税務署長は期限内に確定申告をしなかつた者に対し、これを提出するよう行政指導をなし、又期限後でも確定申告をした者に対しては、配偶者控除額、扶養控除額を認めていたのに、原告堂田に対しては右行政指導をなさず、差別待偶をしたから、右各決定は違法であると主張するが、成立に争いのない甲第一〇号証、証人杉山旭の証言および原告小島進本人尋問の結果を総合すれば、中川税務署においては、担当官が期限後において確定申告を提出するよう勧告した事例があることが認められるけれども、常に無申告者に対し確定申告を提出するよう勧告する取扱いをしていたことを認めるに足る証拠はない。してみれば、被告中川税務署長が、原告堂田に対し、前記決定をなす前に確定申告の提出を勧告しなかつたとしても、原告堂田に対し、特に従来の慣例と異なる不平等な取扱いをしたということはできない。
よつて被告中川税務署長が、原告堂田に対し確定申告をするよう勧告をしないで、本件決定をなしたとしても、それ故に右決定が違法となるものではない。
なお、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法においては、確定申告をなさなかつた者に対しては、配偶者控除額および扶養控除額が認められなかつたことは同法第二八条によつて明らかであるから、被告中川税務署長が原告堂田の所得から配偶者控除、扶養控除をなさなかつたとしても何ら違法ではない。
三、原告堂田敬仁本人尋問の結果によれが、被告中川税務署長は、原告堂田の昭和三八年度所得を六〇万円と認定したことが認められ(その認定の正当性については、原告堂田は本訴において争つていない)、右所得に対する所得税が六一、五〇〇円、無申告加算税が六、一〇〇円となることは、原告堂田が本件口頭弁論において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。
四、してみれば被告中川税務署長が原告堂田の昭和三八年度所得に対し、所得税額を六一、五〇〇円と決定し、又無申告加算税六、一〇〇円を賦課決定したことは何ら違法ではないから、これが違法であることを前提とする原告堂田の右決定の取消を求める本訴請求は理由がない。
五、又被告中川税務署長が確定申告を提出しない者に対し、常に確定申告を提出するよう行政指導を行なつていたこと、従つて原告堂田に対し右指導をなさなかつたことが同人に対する差別待遇であることを認めるに足る証拠がないことは、前記認定のとおりであるから、被告中川税務署長が原告堂田に対し差別待遇をなしたことを前提とする原告らの損害賠償の請求も理由がない。
六、以上の理由により原告らの本請求はいずれも失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本重美 裁判官 反町宏 裁判官 清水正美)