名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)59号 判決 1970年5月26日
名古屋市東区主税町二丁目六番地
原告
内藤三郎
同市同区新出来町五丁目八二番地
原告
佐地栄子
右両名訴訟代理人弁護士
高橋二郎
同市同区主税町三丁目一一番地
被告
名古屋東税務署長
奥村議一
右指定代理人
川本権祐
同
服部守
同
井原光雄
同
石田柾夫
右当事者間の課税処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、申立
(原告の求める裁判)
被告が昭和四〇年五月二九日付でなした
原告内藤に対する
一、昭和三七年分の所得税の総所得額を一二、二一一、〇〇五円と更正した処分のうち六、六二〇、〇〇五円を超える部分
二、昭和三八年分の所得税の総所得金額を一二、九九一、六七〇円と更正した処分のうち七、四〇一、四七〇円を超える部分
原告佐地に対する
一、昭和三七年分所得税の総所得金額を九、五一四、五九三円と更正した処分のうち九、一二五、一一三円を超える部分
二、昭和三八年分所得税の総所得金額を七、四七七、二七六円と更正した処分のうち六、六九九、二四五円を超える部分
ならびにそれぞれの加算税の賦課決定を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告の求める裁判)
主文同旨の判決。
第二、主張
(請求原因)
一、原告らは、昭和三七年分、同三八年分の所得税につき、別表記載のとおりの確定申告をそれぞれ被告に対してなしたところ、被告は昭和四〇年五月二九日付で、それぞれの年の所得を別表記載のとおりに更正し、過少申告加算税を賦課する処分(以下「本件処分」という。)をなした。
二、そこで、原告らは、本件処分を不服として、被告に対し、昭和四〇年六月二八日異議申立をなしたが、被告は、原告佐地については同年八月五日、原告内藤については同月一九日、それぞれ棄却の決定をなした。
三、右決定を不服として、原告佐地は同年九月三日、原告内藤は同月一六日、それぞれ名古屋国税局長に対し審査請求をなしたが、同局長は、昭和四一年八月八日、いずれも棄却の裁決をなした。
四、しかしながら、本件処分には次のような違法があるので取消されるべきである。
(一) 原告内藤は、昭和三六年五月ごろ、原告佐地から別紙目録(一)記載の土地(以下「第一物件の土地」という。)を次の約定で買受けた。
1 代金は、仮換地一坪につき金一五万円の割合による。
2 代金は移転登記時に支払う。
3 所有権移転登記が完了するまでは、売主および買主のいずれも解除ができ、又これによつて相手方に損害を与えても損害賠償の責を負わない。
(二) 原告内藤が第一物件の土地を買い受けたのは左の理由による。原告内藤は名古屋市東区長塀町三丁目四番地宅地二〇五坪九勺を所有していたところ、右土地附近は道路拡張工事がなされるため、立退き先に困る人に住宅、店舗を与え又近隣の町内の発展のために地階は駐車場および店舗、一、二階は店舗、事務所、三階以上は住宅とする建物を住宅公団に依つて建てようとしたが、その所有地だけでは狭いため、第一物件の土地を買入れたのである。
(三) しかるにその後住宅公団は方針が変わり、敷地面積が五〇〇坪以上でないと建設に応じないことになつたので、原告内藤の企画は挫折したが、第一物件の土地の明渡を訴訟によつてなしたため、原告佐地はそれまでに相当の金員を支出していた。そこで原告内藤はこの支出を穴埋めするために原告佐地に対し一日も早く購入代金を支払う必要があつたので、第一物件の土地を売却することに決めたのである。
(四) しかし第一物件の土地は登記簿上原告佐地の所有名義のままになつており、原告内藤が買受けた事実を証明する必要があつたので、昭和三七年六月三〇日従前の売買契約を確認し、且つ、左の事項を附加した契約書を作成した。
1 原告内藤は、原告佐地に対し本件土地につき分筆を請求することができる。分筆した土地に対しては所有権移転登記時に、その登記される土地につき原告内藤と原告佐地との間に売買契約が成立したものとする。
2 原告内藤が特定人を指定した時は、原告佐地はその特定人に原告内藤が指示した単価で直接売却した旨の契約書および譲渡証書を作成するものとする。
(五) 前項の約旨に基づき第一物件の土地は昭和三七年一二月一二日別紙目録(二)記載の土地(以下「第二物件の土地」という。)と別紙目録(三)記載の土地(以下「第三物件の土地」という。)に分筆され、原告内藤は特定人として名古屋市開発公社(以下「公社」と略称する。)を、坪当りの単価を二三万円と指定し、第二物件の土地については同年同月一八日付の売買契約書および譲渡証書を作成し、同月一九日名古屋法務局受付第四五八九五号をもつて移転登記がなされ、第三物件の土地については昭和三八年四月二四日付の売買契約書および譲渡証書を作成し、同年五月六日名古屋法務局受付第七七六四七号をもつて移転登記がなされた。
(六) 以上述べた如く、第二、第三物件の土地(分筆前は第一物件の土地)は原告佐地から原告内藤に、更に原告内藤から公社に順次譲渡されたのにかかわらず、被告は、右土地は原告佐地から直接公社に譲渡されたものと認定し、原告佐地に対しては別表記載の如く譲渡所得金額を更正し、原告内藤に対しては右土地の売却による所得二二、〇六一、四〇〇円を雑所得と認定して本件処分をなしたのである。
五、従つて本件処分は違法であるから、これが取消を求める。
(被告の答弁および主張)
一、請求原因第一ないし第三項記載の事実は認める。第四項記載の事実のうち、第一物件の土地が原告ら主張の日に分筆されたこと、原告佐地と公社との間で第二、第三物件の土地につきそれぞれ原告主張の如き売買契約書が作成されていること、第二、第三物件の土地につき、原告主張の如き登記がなされていること、本件土地の公社への譲渡により原告内藤が取得した二二、〇六二、四〇〇円を被告が雑所得と認定したことは認めるが、その余の事実は争う。
二、被告の本件処分には何らの違法も存しない。
(一) 原告らは、本件土地は原告佐地から原告内藤へ、更に原告内藤から公社へ順次譲渡されたと主張するが、被告は次のような理由から本件土地は原告佐地から公社へ直接譲渡されたものと認めたのである。
(1) 原告内藤は、本件土地を昭和三六年五月ごろ原告佐地から坪当り金一五万円で買受けたと主張するが、右売買契約を証する書面は、本件処分に対する異議申立時にも審査請求時にも提出されず、従つて、右書面は作成されなかつたものと推定されるが、右の如き巨額の取引において売買契約書が作成されないということは異例であること。
(2) 昭和三七年六月三〇日に、原告佐地と原告内藤間で従前の売買契約を確認し、且つ新たな約定を附加して作成されたという「土地売買契約書」(乙第一号証)の内容が不合理、不自然であること。
(イ) 右契約書第三条第一項は「買主は、売主に対して第一物件の土地を数筆に分筆することを請求することができる。この場合は、分筆した各筆につき、移転登記時に、各個の売買が当然に成立するものとする。」と定めている。右によれば、分筆の請求をする場合は分筆のうえ所有権移転登記を経由した時に、分筆の請求をしない場合は、現状有姿のまま所有権移転登記を経由した時に、それぞれ売買が成立することになり、いずれにせよ、右登記を経由するまでは物権行為たる所有権の移転はもとより債権行為たる売買それ自体も成立しないことになる。
また、買主が分筆を請求するかしないかを一定期限までに確定しなければ売主の地位は著しく不安定となるにかかわらず、右契約書には、原告内藤が分筆を請求するかしないかの意思を表示すべき期限については全く触れられていない。
(ロ) また、右契約書第三条第三項は、「売買代金は買主が各土地につき自己又は第三者に所有権移転登記を完了したとき、移転坪数の割合に応じて、売主にこれを支払うこと。」と定めている。ところで土地の売買契約においては、代金の支払期限又は所有権移転登記時期が明示されるのが通常であるのに、右条項においては、売買代金の支払についてその時期を明示せず、売主のため代金の迅速かつ確実な支払を確保すべき何らの条件も付されることなく、かえつて、売主たる原告佐地は、買主たる原告内藤の都合に左右される所有権移転登記(しかも原告内藤の指定により第三者又は原告内藤に対する移転登記)後にはじめて売買代金を入手することになつている。原告内藤が本件土地を原告佐地から買受けたとする昭和三六年五月頃から、地価は異常な値上りを続けている際に、かかる売主に不利な約定で本件土地の売買契約をしたというのは全く不合理、不自然である。
(3) 本件土地は二筆に分筆のうえ、二回にわたつて公社に譲渡されたが右売買の当事者は原告佐地と公社であつて原告内藤は当事者ではなかつたこと。すなわち、公社は本件土地が原告内藤の所有する土地であることは全く聞いておらず、従つて、同人から本件土地を買受ける意思は毫もなかつたし、公社との売買の折衝は、契約成立の約一カ年前から原告佐地の夫である佐地悌道により行われており、原告内藤は、ただ側面からの援助、斡旋をなしたにすぎない。
(二) 以上述べた如く、原告佐地は本件土地を原告内藤に譲渡したものではなく、第二物件の土地については昭和三七年一二月一八日公社に対し代金三一、七一七、〇〇〇円で、また第三物件の土地については昭和三八年四月二四日同じく公社に対し代金三一、七一二、四〇〇円で譲渡したものと認められたので、被告は次のとおり各年分の譲渡所得金額を計算したものである。
(1) 原告佐地に対する昭和三七年分の譲渡所得金額(第二物件の土地)について
<省略>
(注) その他譲渡にともなう費用は本件第二、第三物件の土地の譲渡にともなう経費のうち原告内藤に支払つた分を除く残額一、五〇六、八四五円を第二物件の土地と第三物件の土地の面積に按分して計算した。
なお、昭和三八年分譲渡所得の計算における右金額についても同様である。
(2) 原告佐地に対する昭和三八年分の譲渡所得金額(第三物件の土地)について
1 収入金額等
<省略>
2 買換資産の取得価額 六、八三三、一六〇円
3 租税特別措置法三五条の規定を適用した譲渡所得金額の計算
<省略>
(3) また原告内藤が譲渡による所得であるとして申告した金額二二、〇六二、四〇〇円については、次のような理由により原告佐地が本件土地の譲渡に際し原告内藤から種々の指導を受けた謝礼として支払つたものと認め、原告内藤の雑所得として課税したものである。
なお原告内藤の右雑所得を得るために要した必要経費の支払いが認められなかつたので、原告佐地から支払いをうけた金額全部を各年分の雑所得としたものである。
(イ) 原告佐地は昭和三二年頃、本件第一物件の土地上の同人所有の家屋に居住していた安藤外四世帯を立退かせることを弁護士でありかねてからの知己である原告内藤に依頼し、原告内藤は訴訟により右居住者の立退き問題を処理した。その後原告佐地が本件土地を公社に譲渡するに際し、原告内藤は右立退問題を処理したゆきがかり上少からず尽力した。
(ロ) そこで原告佐地は原告内藤から受けた数々の尽力に対する謝礼として報酬を支払つたものである。
(ハ) 従つて右のような事情の下に、原告佐地が原告内藤に支払つた金員は役務の対価であることは明らかであるから、所得税法(本件係争年当時施行のもの)九条一項九号に規定する一時所得には該当しないし、また所得税法九条一項一号ないし八号のいずれの所得にも該当しないから、結局同項一〇号に規定する雑所得に該当するといわざるをえない。
(被告の主張に対する原告の反論)
雑所得たるには、営利を目的とした継続的行為によるもののうち、社会通念上事業とはいい難い所得で、労務その他役務の対価たる性質を有する所得であることが必要である。
本件土地上の家屋の立退に関して、原告内藤は既に原告佐地より適法かつ妥当な着手金および成功報酬を受取つているものであつて、原告佐地が右役務の対価として原告内藤に対し更にそれ以上の金員を支払う理由は毫も存しない。原告内藤の本件土地の売却による所得は譲渡所得であつて雑所得でないことは、このことからも明らかである。
第三、証拠
原告訴訟代理人は、甲第一、第二号証、第三号証の一ないし四を提出し、証人佐地悌道の証言並びに原告内藤三郎の本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第三号証の成立は認めるが、その余の乙号証の成立は知らないと述べた。
被告指定代理人は、乙第一ないし第六号証を提出し、証人西井光郎、同早瀬兼彦、同伊藤徳男の各証言を援用し、甲号証の成立はすべて認めると述べた。
理由
一、請求原因第一ないし第三項記載の経緯で、原告らの昭和三七年分、三八年分所得税につき、確定申告、本件処分異議申立、却下決定、審査請求、棄却裁決が順次なされたこと、昭和三七年一二月一二日第一物件の土地が第二、第三物件の土地に分筆されたこと、原告佐地と公社間で、第二物件の土地については同月一八日付で、第三物件の土地については昭和三八年四月二四日付で売買契約書、譲渡証書が作成されていること、第二物件の土地については昭和三七年一二月一八日付で、第三物件の土地については昭和三八年五月六日付で、公社がそれぞれ所有権取得登記をなしていること、本件土地の公社への譲渡による代金から原告内藤が二二、〇六二、四〇〇円を取得したことは当事者間に争いがない。
二、そこで公社が本件第二、第三物件の土地を買収した経緯について審按するに、成立に争いのない乙第二、第三号証、証人早瀬兼彦の証言により成立を認める乙第四、第五号証、証人伊藤徳男の証言により成立を認める乙第六号証、証人西井光郎、同早瀬兼彦、同伊藤徳男の各証言並びに前記争いのない事実を綜合すれば、昭和三七年初めごろ、かねて換地調整地を物色していた名古屋市計画局吏員が、原告佐地において本件第一物件の土地を売却する意図あることを聞知するに及び、同局換地第一課長伊藤徳男が、原告佐地の夫であり、当時名古屋衛生局の課長であつた訴外佐地悌道と右土地の買収につき種々交渉するにいたつたこと、その後計画局が本件土地の買収を公社に依頼するに伴い、公社参事早瀬兼彦が佐地悌道と折衝した結果、売主原告佐地(代理人佐地悌道)と買主公社間で第二物件の土地については昭和三七年一二月一八日、第三物件の土地については昭和三八年四月二四日いずれも坪当り金二三万円の割合による代金をもつて各売買契約が成立し、同時に売買契約書が作成され、その際原告内藤も立会つたこと、右売買契約をなすにあたり計画局も公社も、本件土地の所有者は原告佐地であると考えてその夫悌道と折衝をなしてきたものであり、担当者である伊藤課長、早瀬参事らは右土地が原告内藤の所有であることは全く聞かされなかつたこと、原告内藤は佐地悌道と公社との交渉において単なる相談役として関与し、かつ、公社が原告佐地に本件土地売買代金を支払うに際し原告佐地からその受領権限を与えられていたにすぎないこと、以上の事実が認められる。
原告らは、本件土地は原告佐地から原告内藤へ、更に原告内藤から公社へと順次譲渡されたと主張するが、原告らの右主張に副う証人佐地悌道の証言、原告内藤三郎の本人尋問の結果および成立に争いない乙第一号証は前記証拠に照らし措信しがたく、他に右主張を背認し得る証拠はない。してみると、本件第二、第三物件の土地は原告佐地から直接公社に譲渡されたものと認めるのが相当である。
三、そして原告佐地の譲渡所得金額の計算の内容については、右以外の点は原告佐地において被告の主張を争わず、また他の所得金額についても争わないから、係争各年度の原告佐地の所得が被告主張のとおりとなること計算上明白である。従つて、原告佐地に対する本件処分には何らの違法もない。
四、本件第二、第三物件の土地の公社への譲渡代金のうちから原告内藤が二二、〇六二、四〇〇円を取得したことは前記のとおり当事者間に争いがない。そこで右所得の性質について審按するに、原告内藤三郎の本人尋問の結果(前記措信しない部分を除く。)並びに前段採用に係る各証拠によれば、原告内藤は、佐地悌道の旧師にあたり、佐地家と極めて親密な関係があるうえ昭和三二年ごろ本件土地上に存した原告佐地所有の家屋の立退問題を解決したことがあつたため、原告佐地が本件土地を公社に譲渡するに際し終始参謀格で交渉に関与し、通常より高額の代金で売買契約を成立せしめ、契約書作成に立会い、代金の代理受領等をなしたものであり、これに対する報酬として前記金員が支払われたものと認めることができ、右認定を動かすに足る証拠はない。してみれば、右所得は役務の対価として支払われたものであり、しかも旧所得税法九条一項一号ないし九号のいずれの所得にも該当しないから、結局同条一項一〇号の雑所得に該当するといわねばならない。そして原告内藤の係争各年度の所得金額の内容については、右以外の点は原告内藤において争わないところであるから係争各年度の原告内藤の所得が被告主張のとおりとなることは計算上明白である。従つて、原告内藤に対する本件処分には何らの違法もない。
五、以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 将積良子 裁判官福島昌昭は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 宮本聖司)
<省略>
目録
(一) 名古屋市東区長塀町三丁目一四番の三
一、宅地 一、一一七・八五平方米(三三八坪一合五勺)
右に対する仮換地
東第五工区三ブロツク一八番
一、宅地 九〇二・四七平方米(二七三坪)
(二) 同所一四番の三
一、宅地 五五八・九七平方米(一六九坪九勺)
右に対する仮換地
東第五工区三ブロツク一八番
一、宅地 四五五・八六平方米(一三七坪九合)
(三) 同所一四番の四
一、宅地 五五八・八七平方米(一六九坪六勺)
右に対する仮換地
東第五工区三ブロツク一八番の一
一、宅地 四五五・八〇平方米(一三七坪八合八勺)
以上