名古屋地方裁判所 昭和42年(ヨ)77号 判決 1967年12月11日
昭和四一年(ヨ)第一八八四号事件申請人
昭和四二年(ヨ)第七七号事件被申請人 マルコ製薬株式会社
右代表者代表取締役 小島茂雄
右訴訟代理人弁護士 竹下重人
昭和四一年(ヨ)第一八八四号事件被申請人
昭和四二年(ヨ)第七七号事件申請人 千賀久嗣
右訴訟代理人弁護士 榊原匠司
右同 尾関斗士雄
主文
(一)被申請人(昭和四一年(ヨ)第一八八四号事件被申請人並びに昭和四二年(ヨ)第七七号事件申請人―以下単に被申請人という)が、申請人(昭和四一年(ヨ)第一八八四号事件申請人並びに昭和四二年(ヨ)第七七号事件被申請人―以下単に申請人という)の従業員の地位にあることを仮に定める。
(二)申請人は、被申請人に対し、金一五、三一五円および昭和四一年一二月一日以降、毎月末日限り、一か月につき三九、九二〇円の割合による金員を、仮に、支払え。
(三)申請人の申請を棄却する。
(四)訴訟費用は、両事件を通じ申請人の負担とする。
事実
第一、申請人の求める裁判
一、昭和四一年(ヨ)第一八八四号事件について、
被申請人は、別紙目録第一および第二記載の建物に出入りしてはならない。
二、昭和四二年(ヨ)第七七号事件について、
(一) 被申請人の申請を却下する。
(二) 訴訟費用は被申請人の負担とする。
第二、被申請人の求める裁判
一、昭和四一年(ヨ)第一八八四号事件について、
主文(三)同旨
二、昭和四二年(ヨ)第七七号事件について、
主文(一)(二)同旨および訴訟費用は、申請人の負担とする。
≪以下事実省略≫
理由
一、被申請人が、昭和三七年三月、製薬会社である申請人に雇われ、申請人営業部宣伝課に所属し、昭和四一年頃沼津市方面を担当するいわゆるセールスマンであったこと、被申請人が昭和四一年六月一一日出張中、申請人に無断で豊橋市の実家に帰宅し宿泊し、これについて申請人から注意され、既に支払いを受けていた宿泊費の一部を返還したうえ始末書を提出したこと、被申請人が沼津方面に出張中同年八月一六日、八月二七日、九月二二日および九月二四日の四回にわたって無断で申請人指定旅館以外の場所に宿泊したこと、申請人が同年一一月八日右通算五回にわたる指定旅館外の無断宿泊を理由に、被申請人に対し、事務を引継ぎ依願退職するよう勧告したこと、被申請人がこれを拒絶したところ、申請人が一一月一一日被申請人を懲戒解雇する旨の意思表示をしたこと。
以上の各事実については、当事者間に争いがない。
二、次に申請人のなした右懲戒解雇の意思表示の効力について判断する。
≪証拠省略≫によれば、次の各事実が疎明される。
(一) 申請人会社においては、被申請人はじめ申請人営業部宣伝課に所属するいわゆるセールスマンは、毎月一回、二〇日以上の期間にわたって連続して自己の担当地域に出張し、その地域内の一般開業医や、病院を訪問し、申請人の製造にかかる医薬品の宣伝販売(以下単に営業活動という)を担当していた。被申請人等は右の長期出張に際しては、申請人の指定した旅館に宿泊し、あらかじめたてられた日程にしたがって、各顧客を訪問し、営業活動を行うこととされていた。出張中被申請人等は、日曜祭日を除いて毎日午前八時二〇分から午後五時まで勤務することとされているが、平日の勤務時間外および休日でも申請人からの連絡その他の用務を処理する必要があるため、また、前記のとおり指定旅館外の場所に宿泊することが禁じられているため、事実上職務から解放されず拘束されていた。この休日および時間外の拘束については、休日給ないし超過勤務手当の支給はなされていないが、妻帯者については、出張期間中一回、土曜日の営業活動を終了した後、出張地から自宅に帰宿する例外措置が許されていた。
(二) 被申請人が、昭和四一年六月一一日から五回にわたって、申請人の許可を受けないで指定旅館以外に宿泊した事情は次のとおりである。
(イ) 六月一一日、被申請人は、沼津市の指定旅館えんぎ館において、妻の初産のせまったとの連絡を受け、営業活動終了後、豊橋市の妻の実家に帰宅した。翌日は日曜日であったが出産を見届けたうえ、沼津市の出張先に帰着し、月曜日は通常どおり営業活動に従事した。なお、申請人会社では、従業員の妻の分娩の際には、予め所定の手続をとれば一日の特別休暇があたえられることになっていた。
(ロ) 八月一六日、被申請人は、申請人会社の製品を取扱う薬品問屋であって、取引上密接な関係のある株式会社スズケンが静岡市内に指定している旅館に宿泊した。被申請人は、同月一五、一六の両日は夏季休暇のため就業を要しなかったが、八月一七日以降、沼津市周辺で行う予定であった営業活動のスケジュールが、同日朝申請人本社に立寄ったうえ出発するのでは到底消化できない状況であったため、出張予定を一日くり上げ、前日の一六日新幹線の最終便で出発した。時間がおそく、静岡から沼津への電車の便がなかったため、静岡市内で宿泊した。翌日は、平常通り営業活動に従事した。
(ハ) 八月二七日、被申請人は、用務で「スズケン」沼津支店吉原出張所を訪問し、営業活動終了後、同出張所併置の寮で同営業所の従業員とマージャンをし、夜おそくなったため、そこに宿泊した。翌日は、日曜日で就労を要しない日であった。
(ニ) 九月二二日、被申請人は、甲府市方面で営業活動を行ったが途中、訪問先で長時間待たされるなどの事情があったため、午後六時頃、富士吉田市に到着した。そこから、当夜宿泊予定の沼津市までは一時間半位かかるのに遅くなったこと、および「スズケン」の従業員に誘われたこともあって、右「スズケン」甲府支店の富士吉田連絡所においてマージャンをし宿泊した。翌日は、秋分の日で就労を要しない日であった。
(ホ) 九月二四日、営業活動終了後、被申請人は、「スズケン」吉原出張所に立寄り、同所従業員とマージャンをし、折柄、同夜、台風がおそったため、右出張所の従業員等と雨戸を釘で打ちつけるなど被害防止を手伝い同所に宿泊した。
(三) 以上五回の指定旅館以外への宿泊に際して、被申請人は、申請人からの緊急連絡等にそなえ口頭または電話で指定旅館に現在場所を連絡しておいた。
(四) 申請人は、就業規則の規定により従業員が出張宿泊の場合、申請人からの緊急連絡等を確保し、あるいはこれを容易にするため、指定旅館制度を設け、それ以外の場所での宿泊については申請人の承諾を要する取扱いをしていた。出張中の宿泊費は従業員の地位・身分に応じ、定額(被申請人の場合は、沼津方面では一泊一、七〇〇円)を支給し、右指定旅館外に宿泊した場合は、実情に応じた額を支給することとしている。被申請人が「スズケン」の寮等に宿泊する場合、実際に宿泊費として支払うことを要する費用は、約五〇〇円で、その他手みやげの費用が若干必要であった。また、被申請人が、指定旅館に宿泊する場合、実際に支払うことを要する費用は、約一、二〇〇円で、申請人から定額支給される一、七〇〇円のうち約五〇〇円が残ることとなるが、これを申請人に返還する取扱いは実際はなされておらず、被申請人は、これら残余の金員を日常の営業活動において顧客との交際費の一部にあてたりしていた。
以上の事実が疎明され、これをくつがえすにたりる疎明資料はない。
(五) 他方、≪証拠省略≫によれば、次の事実が疎明される。すなわち、申請人就業規則は、従業員に対する懲戒として、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇の四種の処分とその各該当事由を定めているが、その懲戒事由のうち前認定の被申請人の行為に関係するものとして、次の事由がある。
(イ) 申請人の規定、規則、公示または業務上の指示に違反した者はけん責(就業規則第六八条第二項第五号)
(ロ) みだりに上司の命令に背き、または勤務について注意を受けても改めない者(同第三項第四号)、虚偽の事項を申し述べ申請人に不利益を与えた者(同項第六号)は、減給ないし出勤停止。
(ハ) 業務に関して正当な理由なく上司の指示命令に従わない者(同条第四項第三号)、故意または重大な過失によって……申請人に著しい損害を与えた者(同第七号)、減給、出勤停止に該当する行為を再度にわたりくりかえした者(同第一一号)、その他これに準ずる程度の不都合な行為があった者(同第一二号)は懲戒解雇。
三、被申請人が出張中申請人に連絡することなく、指定旅館に泊らなかったことが右けん責事由に当り、その事実を上司から指摘され注意を受けながら、その後も指定旅館以外のところに泊ったことが、減給、出勤停止事由の第四号に当ることは明かであるし、指定旅館に泊らなかったのに泊ったとして所定宿泊料の支給を受けたことはその第六号に当ると見られ、(重大損害を与えたとの懲戒解雇事由の第七号に当らないが)、従って、それを再三くりかえしたことは懲戒解雇事由の第一一号に当ると一応いえるようである。
しかし、前認定のような、被申請人が指定旅館以外のところに泊った事情、理由(所定の相当宿泊費以上のものを着服しようとしてのことではない)、その過分に受けた宿泊料も実質合計三、〇〇〇円ほどにすぎないこと、指定旅館外に泊ったからといって、申請人から命じられた営業活動に支障を与えてはおらず、申請人の業務運営に不都合を来すこともなかったなどの事情を考えれば、被申請人の行為が、以上認定のような諸段階ある懲戒処分のうち直ちに、懲戒解雇に当るべきものとはしがたいものというべきである。
また、同じく懲戒解雇事由の第三号について見ても、それと同種の事由が前認定のようにけん責ないし減給、出勤停止事由として定められていることならびに前段説示の事情を考慮すると、被申請人の指定旅館外宿泊を以て直ちに、これに当るとはしがたいし、その他就業規則上被申請人の行為が懲戒解雇事由に当ると解すべきものもない。そうすれば申請人のなした懲戒解雇の意思表示は無効なものというべきである。
四、被申請人が右解雇の意思表示当時申請人から受けていた賃金平均月額が三九、九二〇円(毎月末日払)であったこと、申請人が昭和四一年一一月分の賃金のうち二四、六〇五円を被申請人に支払ったこと、申請人がその後の賃金の支払をせず、被申請人の就労の申出を拒否し、従業員として取扱っていないことは当事者間に争なく、被申請人本人尋問の結果によると、被申請人一家は妻子と母親の合計四名が被申請人の失業保険によって生活していることが疎明される。そうすると、とくに反対の事情が疎明されないかぎり、解雇が無効であるにも拘らず、被申請人が従業員として取扱われず、その賃金の支払いを受けられないことは、被申請人にとって著しい損害の発生するおそれのある事態であるといえる。したがって、被申請人に対し、仮に、申請人の従業員の地位にあることを定め、昭和四一年一一月分の賃金残高一五、三一五円と同年一二月一日以降、毎月末日かぎり一ヶ月三九、九二〇円の賃金を支払わしめる必要性がある。
五、前示のように、右解雇の意思表示が無効で、被申請人が申請人の従業員として取扱われ、就労のためその建物内に立入る必要性が認められる以上、申請人は、被申請人が建物内へ立入ることを拒否する正当な事由を有しないものというべきである。したがってその余の主張について判断するまでもなく、申請人に対する申請は理由がないから、排斥を免れない。
六、よって被申請人の申請は理由があるからこれを認容し、申請人の申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 片山欽司 鬼頭史郎)
<以下省略>