名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)1349号 判決 1971年5月24日
原告
神谷栄一
代理人
山本卓也
外二名
被告
豊橋市
代表者
河合陸郎
指定代理人
松沢智
外三名
主文
一、原告の本件確認の訴は却下する。
二、原告その余の請求はいずれも棄却する。
三、訴訟費用は原告の負担とする
事実《省略》
理由
一、原告が昭和三五年四月一日から失対法に基づき、被告が事業主体として実施している失対事業に就労していること、昭和三七年から昭和四四年に至る間の原告の就労日数は原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二、そこで先づ失対労働者に労基法三九条の適用があるか否かについて考察する。
(一) 労基法三九条一、二項は、労働者が所定の期間、所定の割合以上出勤して継続勤務をした場合に、使用者は、その労働者に対し所定日数の有給休暇を与えなければならない旨規定している。
従つて使用者は、同条一、二項の要件を充した労働者に対し、一定日数の労働義務を免除し、労働者を就労から解放させることを労基法上義務づけられているわけであり、反面当該労働者は、使用者から労働義務の免除という特別の意思表示をまたずして、当然に一定日数の労働義務を免除され使用者に対しその日数の就労から解放されることを請求する権利を取得することになる。
そしてこのようにして労働者の取得した一定日数の有給休暇を請求する権利は、同条三項但書の事由と、この事由による使用者の拒否のない限りは、労働者の時季指定権の行使により、具体的な年休日として特定されると解される。
(二) ところで同条一項にいう継続勤務とは、事実上の就労の継続を意味するものではなく、同一使用者のもとで一定期間被用者の地位を継続すること、すなわち労働契約の存続(在籍)を意味するものと解される。
そうだとすると、日雇労働者は、日々労働契約が中断されるわけであるから継続勤務とは言えないことになる。しかし日雇労働者が契約更新を反覆し、事実上一年以上に亘つて使用されている場合は、もはや契約の更新は単なる形式にとどまり、実質上は期限の定めのない労働契約が継続していると認めてよいであろう。
従つてこのような日雇労働者は同法三九条の継続勤務者と取り扱うべきである。
(三) そこで、このような日雇労働者との対比において、失対労働者を考えるに、当裁判所は、結論として失対労働者には労基法三九条所定の継続勤務の成立する余地は全くないものと考える。
すなわち失対法一〇条一項は、失対事業に使用される労働者は、「職安において紹介することが困難な技術者、技能者及び監督者その他労働省令の定める労働者を除いて、職安の紹介する失業者でなければならない」と規定し、同条二項は、右失業者は「職業安定法所定の就職促進の措置を受け終つた者で、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているものでなければならない」と規定している。
従つて失対労働者は、職安から失業者であるとの認定を受け、かつその紹介により始めて失対労働者となりうることになる。(失対事業への就労のみを希望し、民間常用への就労を希望しないものは労働の意欲のないもの、すなわち失業者としての適格を有しないものと認定されるわけであり、他方失対事業の事業主体は職安の紹介のない労働者を技術者、監督者等を除いて一切使用することが禁ぜられている。)
このような失対労働者に対する法規別自体に即して考えると、事業主体と失対労働者の雇用契約は、職安の日々失業者であるとの認定と紹介が前提となつて始めて結ばれるのであるから、右雇用契約は日々紹介を前提とする日々雇用であることは明らかである。
<証拠>によれば、原告と被告との雇用契約も、右のようにして結ばれたものであることが認められる。
(四) もつとも(証拠)によれば、昭和三九年ごろから職安は長期紹介方式を実施していること、右方式とは、一カ月の就労予定日数を二二日としてあらかじめ失対事業に一括紹介をなす方式であり、この紹介により、失対労働者は、毎朝職安に出頭することを要せず、直接紹介先の事業主体に赴くことになること、しかし、右長期紹介においても、紹介予定日が雨天その他の事由により、失対事業が実施できないときは、当日屋内の失対事業又は民間雇用があれば、あらためて職安はこれらに紹介することがあり、さらに民間雇用の求人が多いときは、事業主体を通じて失対労働者を呼び出してあらためて民間雇用を紹介することもあること以上の事実が認められる。
従つて右長期紹介の建前をくづすものではなく、一つ一つの紹介分は、その紹介された当該日に民間雇用への紹介、就労がない場合にはそのまま成立することになるという一種の解除条件付の紹介とみるのが相当であつて、その本質は雇用期間を一カ月とする失対事業への一個の紹介ではないから、右長期紹介方式は、前示認定をくつがえすに足りる資料とはなし難い道理である。
又失対労働者は、職安から失対事業就労適格証又は紹介対象者手帳の交付を受けていることは、当事者間に争いがないが、<証拠>によれば、右は紹介手続の便宜上交付されるにすぎず、これら書類の交付により当然に失業者として就労し得る資格を附与されるものではないことが認められるから、これら書類の存在もまた前示認定を左右するに足りない。
又、被告が原告ら失対労働者に対し、年末年始に四、五日の就労増を認め、夏季、年末に臨時の金員を支給していることは当事者間に争いがないが、<証拠>によれば、右就労増とは年末年始各一日の外に夏季祭りとお盆の計四日間は職安の紹介を受けて現場に赴き、実際に就労することなく、その日の分の賃金を受取るという取り扱いを指すものであることが認められ、又臨時の金員の支給は<証拠>によれば、賃金の性質を有するものではなく、生活補給金の性質を有するものであることが認められるから、右就労増及び臨時の金員は、いずれも失対労働者に対する恩恵的な措置であつて、失対労働者の権利として認められたものではないと解するのが相当であるから、これら事実も、前示認定を左右するに足りない。
(五) してみると失対労働者は、いわゆる日々紹介、日々雇用という失対法からの法規制を受けている点において、通常の日雇労働者とは異なるものであり、たとえ、特定の事業主体に一年以上の長期に亘り就労を継続したとしても、右は就労の事実上の継続にすぎず、事業主体との雇用契約は一日限りでその都度完全に中断しているわけであるから、雇用契約が継続しているとみる余地は全く存しない。
従つて、失対労働者は、労基法三九条所定の継続勤務の要件に欠けるから、同条所定の年休請求権を取得することはできない。
これに反する原告の主張は独自の見解であつて採用の限りではなく、<証拠判断省略>。
三、以上の理由により、失対労働者に対しては、労基法第三九条は適用されないと解するのが相当である。
なお原告は被告に対し、昭和四四年四月一日から昭和四五年三月三一日までの間に、一四日の年休請求権を有することの確認を求めているが原告の主張に即して考えれば右年休請求権は昭和四四年度の年休の時季指定権をさすことは明らかであり、従つて、右請求は過去における法律関係の確認を求めるものにほかならないから不適法というべきであるる。
四、よつて、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく昭和四四年度分一四日の年次有給休暇の確認の訴の部分につき不適法として却下し、その余の請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(松本武 角田清 鶴巻克恕)