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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)3091号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕本件事故発生の状況について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場は、前記場所をほぼ東西に通ずる国道一号線道路上である。右道路は舗装平坦な直線道路で、交通ひんぱんであるが百数十米に亘り非常に見通しよく、西方より東方に向け若干上り勾配となつており、時速五〇粁の制限がなされている。そして、歩車道の区別があり(その境にはガードレールが設置)、両側の歩道巾員は各三米、車道巾員は一二米(但し、その両側に0.5米の側溝が存する)、その中央に白の中央線の標示が存する。そして車道の側端から道路の中央に向つて1.8米の地点には、普通車と二輪車の通行区分を示すための指導線の標示がなされている。なお、右側溝は歩道に向つて下り傾斜をなし、歩道との境付近では車道中央部分より約三五糎低くなつている。

(二) 被告行光は前記日時加害車を運転し時速約三五粁で右道路を東進し(運転席の同被告から車道左端まで約3.4米の地点)、本件事故現場手前にさしかゝつた際、左斜前方約27.5米の地点に、原告安子が前記指導線の左側(車道左端より約1.5米中心寄り)を自転車に乗り東進しているのを認めたが、そのまゝ自転車の右側を追い抜こうとした。ところが、約四〇余米直進し、同原告の右斜後方約3.1米にまで接近したとき、加害車の右側方から進庁してきて追越しをかけた大型貨物自動車が加害車に二〇糎位にまで近接して直進し、かつ、対進車を避けるためハンドルを左に切り加害車の進路にかぶせるように並進し来つた。同被告は、左側に同原告の操縦する自転車が並進していることを意識していたが、すでに自転車の追い抜きき完了したものと考えたせいもあつて、止むなく左にハンドルを切り五、六〇糎左に寄つた後直ちにハンドルを戻して直進した際、加害車の左後方付近で自転車の転倒音を聞き、かつバックミラーで、同原告が路上に倒れているのを発見した。

(三) 他方、原告安子は自転車前部に設けた補助席に被害者を乗せ、ハンバルに小缶の入つた買物籠を下げ、後部荷台に荷物をつけ、前記(二)の如くして指導線の左側を東進していたが、右自転車が加害車に追い抜かれようとした頃、突然ショックを感じ(自転車だけが前に引つぱられ、身体だけが残る感じ)、自転車ももろとも路上に転倒し、因つて、被害者は心臓圧迫等による心臓麻痺により即死し、同原告は鞭打ち症候群により岡崎市康生通の内田病院に昭和四一年一一月二六日から昭和四二年一月三〇日まで入院し(六六日)、翌三一日頃より同年一二月下旬まで通院した(実日数一八〇日)。

<反証―排斥>

以上認定事実に基いて考察するに、先ず、原告安子が自転車もろとも転倒した原因については、必ずしも、これを詳かになすことができないのである。すなわち、加害車が前記(二)の追い抜きに際し同原告の身体又は自転車に接触したのではないかとの点については、この点に関する<証拠>も措信し難く、他にこの点の証拠はないのである。しかし、前掲(一)(二)事実に<証拠>を彼此対比すれば、被告行光が前記(二)の如く左にハンドルを切つて同原告の自転車を追い抜いた際、加害車は同原告に僅々一〇糎内外にまで接近して、その右側方を通過したものと推認される(加害車の運転席から車道の左端まで約三米、加害車の車幅1.85米、加害車右端から運転席まで、おゝよそ五〇糎以下であるから、当時における加害車の左端から車道左端までの距離は1.65米以下となる。そして、同原告は、前記(二)の如く車道左端から約1.5米の地点を並進していたのである)。しかも、原告安子は身長1.49米で、ようやく足の先が右自転車のペダルに届く程度の短身であるにも拘らず、右自転車の補助席に被害車を乗せ、ハンドルに買物籠をかけ、後部荷台に荷物を積んで、上り勾配の道路を進行していたのであるから、それ自体、極めて不安定な歩行であつた。以上説示したところによると、仮令、加害車の時速は約三五粁であつて、それは決して高速とはいい得ないにせよ、加害車は不安定極りない自転車の側方を、あわや、これと接触しかねまじき至近距離において通過したものであり、その途端、自転車が転倒したことは否定すべくもない以上、右転倒は、加害車の風圧によるか、或は原告安子が加害車の接近に狼狽して自転車操縦を誤つてその安定を失つたものか、はたまた、その両者が相まつたものかのいずれかに起因するものと推認するのが相当である。そして、それが、加害車の風圧による場合は勿論のこと、同原告自ら安定を失つた場合であつても、右の如き状況下においては、加害車の近接追い抜きにより、やゝもすると自転車が平衡を失し転倒すべきことは見易き事理というべきであるから、加害車の運行、同原告操縦の自転車の転倒、したがつて、また、被害者の死亡及び原告安子の傷害との間には相当因果関係あるものと認めるを相当とし、これに牴触する乙第一号証(被告行光に対する刑事控訴審判決)は、にわかに採用し難い。

そこで、次に、被告行光の過失の有無について判断するに前記(一)、(二)認定の状況下において追抜車の運転者としては、同車が左に転進して先行する自転車に接近するときは、自転車操縦者はやゝもすると動揺して操縦を誤り或は路上に転倒するかも知れないことが十分予見されるのであるから、左に転把することなく、先ず警音器を吹鳴して同人に警告し、次に、直ちに減速し、右側方の大型貨物自動車をして加害車を追い越させ、しかるのち、右自転車を追い抜き、以て、自転車の近接追い抜きにより発生することあるべき自転車の転倒事故を未然に防止すべき注意義務あるものと解する。しかるに同被告はこれを怠り、まん然、左に転把し、従前の速度のまゝ同原告に近接してこれを追い抜いたため、前記の如く、原告安子をして路上に転倒させたものというべく、ひつきよう、本件事故は、後記原告安子の重過失と、被告行光の過失とが競合して遂にこれを発生させるに至つたものというべきである。

以上のとおりであつて、被告の主張は失当である。

四、しかしながら、本件事故の発生については原告安子にも過失があることは明らかである。すなわち、同原告は、前記の如く、車両の交通が輻湊している国道一号線上を、自転車に乗車し、不安定極まりない走法で通行していたことは上来縷々説示したとおりであり、このことは、明らかに、同原告の重過失といわざるを得ず、したがつて、右は被害車側のの過失として本件損害額の算定につき斟酌さるべきである。

そして、被告行光と原告安子との過失割合は、おゝよそ四対六とするのが相当である。(可知鴻平)

<参考―刑事判決>(名古屋高裁刑事一部昭和四四年一二月三日言渡)

〔判決理由〕(一) 被告人に、原判示日時ごろ、原判示普通貨物自動車を運転し、岡崎市矢作町地内国道一号線(後記事故現場において車道の幅員約一二米)を東進し、同町字加藤畑一〇七番地先付近の同道路左側(ただし、進行方向に向つての意、以下同様。なお同所の位置は、運転席の被告人から同道路車道左端まで約3.4)米を時速約三五粁で進行中、同道路前方約2.75米の地点に、原判示柴田安子が同道路車道左側(同道路車道左端から中心よりに、約1.8米の間隔を置き、同車道左端に沿つて引かれている指導標の左側)を自転車に乗つて東進しているのを発見したが、別段危険を感ずることなく、そのまま同自転車の右側から、これを追い抜こうとしたこと。

(二) 一方、原判示柴田安子は、右自転車前部に設けられていた補助席に、原判示柴田稔を乗せ、前部ハンドルに買物籠を下げ、後部荷台に荷物をつけ、前同道路車道左側をほぼ直進していたが、被告人運転の原判示自動車に追い抜かれようとしたところ、突然ショックを感じ、自転車もろとも、右側に転倒したこと、

をそれぞれ認めることができる。

されば、先づ、原判示柴田安子が右のように転倒した原因について考えなければならないのであるが、<証拠>によると、被告人運転の原判示自動車が原判示柴田安子に最も近付いたのは、同自動車運転台における被告人の位置が、前示道路の車道左端から約三米の地点であつたこと、なおそのころ原判示柴田安子が転倒したことが認められ、さらには、<証拠>によると、被告人運転の原判示自動車左側中央部のボデー付近に衣類等ですつたような跡が認められたというのであり、また<証拠>によると、同人が前記の如く転倒する直前、自転車だけが前に出て体だけが残るような感じのショックを受けたというのであつて、これらの事情からすると、被告人の原判示自動車と原判示柴田安子とが接触し、そのため原判示柴田安子が転倒したのではないかとも思われるのであるけれども、<証拠>によつても、被告人運転の原判示自動車左側中央部のボデー付近に認められたという衣類等がすつたような前記の跡の状況につき、これを詳らかにすることができないばかりでなく、前記柴田安子着用の衣類等がすれてできたものかも判然としないのに加え、<証拠>によれば、前記の跡が、被告人運転の原判示自動車左後部に存したというのであり、その存在個所についても、右実況見分調書の記載内容と異つていることが明らかであり、さらに<証拠>にも、同人が、被告人の原判示自動車に接触した旨の明確な記載がなく、<証拠>を併せ考えると、同人は、前記の如く転倒する直前ごろ、かなり不安定な状態で、原判示自転車を運転していたことが認められ、以上の各認定事実を彼是検討すると、原判示柴田安子が被告人運転の原判示自動車に接触して転倒したものであるという点については、多分に疑問が存し、未だこれを肯認するに足りない。原判決は、この点に関し、前記認定のような諸事情から、原判示柴田安子の転倒は、その当時同人操縦の自転車に対し、被告人運転の原判示自動車の進行によつて生じた風圧が加わつたため、右自転車操縦の安定を失つたことによるものである旨を判示しているのであり、なるほど、同判示の如き風圧による原判示柴田安子の転倒ということも考慮の余地が十分存するけれども、被告人運転の原判示自動車が原判示速度で、前記認定のような状況のもとに、原判示柴田安子操縦の自転車の右側を進行した場合、果して、どの程度の風圧が生じ、またそれが、どの程度、原判示柴田安子操縦の自転車に作用を及ぼしたかについては、証拠上、これを認めるに足る適確な資料が毫もなく、原判決の右判示は、単なる推測に止まるものというの外ない。その他本件全証拠を仔細に検討しても、原判示柴田安子の前記転倒が、被告人運転の自動車との接触によるか、原判示の如き風圧によるか、あるいは、原判示柴田安子が被告人運転の自動車に接近され狼狽して、当時操縦していた自転車の操作を誤つたことによるか、はたまたその他の原因によるか、そのいずれにも疑が存するところであつて、これを確定するに由がない。尤も、被告人が前叙のように前方を進行する原判示柴田安子操縦の自転車を発見しながら、同自転車に接近進行するに至つた所為につき、被告人に原判示のような注意義務の懈怠を責めることは、相当であるけれども、然ればとて、本件結果たる原判示柴田安子の転倒、ひいては同人の受傷、原判示柴田稔の死亡の原因が確定できない本件である以上、被告人の右所為と、右の各結果との間に相当因果関係があるものと断ずることはできない。従つて、これと異る見解の下に、原判決が認定した原判示の罪となるべき事実には、誤認の違法があることに帰着し、爾余の所論に関する判断をまつまでもなく、原判決は破棄を免れないので、論旨は、結局その理由がある。

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