名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)501号 判決 1974年3月29日
原告 豊菱生コンクリート株式会社
右代表者代表取締役 新木信栄
原告 新木信栄
右原告ら訴訟代理人弁護士 竹下伝吉
同 山田利輔
被告 株式会社毎日新聞社
右代表者代表取締役 上田常隆
右訴訟代理人弁護士 佐治良三
同 太田耕治
同 後藤昭樹
右佐治訴訟復代理人弁護士 服部豊
同 水野正信
同 山田靖典
同 後藤武夫
被告 株式会社朝日新聞社
右代表者代表取締役 進藤次郎
右訴訟代理人弁護士 中島多門
同 天野雅光
被告 株式会社中日新聞社
右代表者代表取締役 大島一芳
右訴訟代理人弁護士 浦部全徳
同 伊東富士丸
同 吉田清
同 河上幸生
被告 日本放送協会
右代表者会長 小野吉郎
右訴訟代理人弁護士 高橋俊郎
同 杉本幸孝
同 柳川従道
主文
原告らの請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告ら
(請求の趣旨)
(一) 被告らは、各自原告らに対し各金一、〇〇〇、〇〇〇円宛支払え。
(二) 被告株式会社毎日新聞社は別紙一(一)記載の、同株式会社朝日新聞社は別紙一(二)記載の、同中日新聞社は別紙一(三)記載の、同日本放送協会は別紙一(四)記載の、各謝罪広告をなせ。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(四) (一)項につき仮執行宣言
二、被告ら
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨
第二、請求原因
一、被告株式会社毎日新聞社(以下「被告毎日」という。)は同社が発行する昭和四一年一二月一七日付(土曜日)毎日新聞第三面に「社長が違反を強制」という見出しで別紙二(一)記載の記事を、被告株式会社朝日新聞社(以下「被告朝日」という。)は、同社が発行する右同日付朝日新聞第三面に「猿投の二の舞はイヤ安全運転しかられる」という見出しで別紙二(二)記載の記事を、被告株式会社中日新聞社(以下「被告中日」という。)は、同社が発行する右同日付中日新聞第三面に「違反すゝめる会社」の見出しで別紙二(三)記載の記事(以下右三つの記事を「本件記事」という。)を、それぞれ掲載し、被告日本放送協会(以下「被告NHK」という。)は、右同日午前七時にテレビ、ラジオにおいて別紙二(四)記載の放送(以下「本件放送」といい、本件記事と本件放送を総称して「本件報道」という。)をなした。
二、しかしながら、本件報道において原告らが非難されている部分は事実無根であり、原告らはその旨強く釈明しているにもかゝわらず、被告らの取材記者は、これを無視し、右の如き記事・放送を捏造し、原告らの名誉・信用を著しく毀損し、因って原告らに対し、被告らは、それぞれ各一、〇〇〇、〇〇〇円以上の損害を蒙らせた。
被告らは、その従業員である取材記者が右の如く事実無根を知りつゝ本件報道をなしたものであるから故意による不法行為責任がある。
仮に、前記取材記者らが本件報道のもととなった訴外田口英明らの言を真実と誤信したとしても、原告らが、前記の如く、事実無根である旨主張している段階においては、特に慎重に事実の調査をなし、真偽不明の場合においては監督官庁の調査終了をまつなどして報道をなすべきであったのにこれを怠った点において過失があるというべきであるから被告らは不法行為責任を免れない。
三、よって、請求の趣旨記載の裁判を求めるべく本訴請求に及んだ。
第三、請求原因に対する被告らの認否
一、請求原因一の事実は認める。なお、被告毎日の本件記事の見出しは原告ら主張のほか「解雇されたダンプ運転手、法務局に訴える」と添え書きしてある。
二、同二の事実は争う。
第四、被告らの主張
一、一般に報道機関は、世論の形成・指導に重大な影響力を有しており、社会生活の向上、人類文化の発展に関する事項など公共性を有する事項について報道し評論することは、権利であるとともに責務である。したがって、公共性を有する事項についての報道は、報道機関の正当業務である。
被告らの本件報道は、いずれも次に述べる如く右正当業務行為に該当するものであり、原告らの主張する如き不法行為を構成するものではない。
(一) 本件報道内容の公共性
我国における交通事故発生件数は近年急激に上昇していたところ、偶々昭和四一年一二月一五日午前九時ころ豊田市猿投町で発生した交通事故は、保母一名に引卒され登園中の保育園児三二名の列に居眠り運転中のダンプカー一台が突入し、保母一名と園児一〇名という多数が死亡し、そのほか園児二二名が重軽傷を負ったものであり、被害の大きさ、被害者の殆んどが六才未満の幼児であったことなどから著しく世人の注目を浴び、その事故原因の一つとして、右ダンプカー運転手の労働条件が劣悪のうえ積載貨物が著しく過大であったことが挙げられ、右ダンプカー経営者の労務管理、業務経営に違法ないし少なくとも不適当な点のあったことが指摘されていた。
右事故の翌日である同月一六日に原告会社の従業員訴外田口英明ほか八名が豊田警察署々長室において、被告らの取材記者に対し、原告会社に人権侵害の疑いがある旨申し述べ、更に名古屋法務局岡崎支局に右同旨の救済申立をなした。
右申立によれば、原告会社は労基法を無視し、労働条件は劣悪でありダンプカーの運行について超過積載、スピード違反を奨励しているというのであり、右申立のあったという事実を報道することは高度に公共性を有するというべきである。
(二) 本件報道の不偏不党性、公正さ
被告らの本件報道は、見出しを含め右田口らの右申立を一事実として報道し、その内容の真否については全く触れておらず、被告毎日、同朝日の各本件記事及び、同NHKの本件放送はいずれも原告らの弁解も報道しており、同中日の本件記事には右弁解は記載されていないが、右本件記事と同日付の中日新聞三河版には右弁解が記載されている。
いずれにせよ、被告らの本件報道はいずれも不偏不党であり、公正である。
(三) また、右申立の前記状況に照らし、その内容の真実性は相当高度の確実さを有しており、被告らは原告ら及び名古屋法務局岡崎支局に対しても事情聴取した上で本件報道はなされており、その内容の真実性も一応推定されるのである。
二、また、本件報道は、内容が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益をはかる目的に出たものであり、内容は真実であり関係者・関係官公署に対し十分調査し真実であるとの確信に基づき被告らが行ったものであるから、刑法二三〇条ノ二の趣旨に鑑み何ら原告らの主張する如き不法行為を構成するものではない。
第五、被告らの主張に対する原告らの認否
被告らの主張事実はいずれも争う。
第六、証拠≪省略≫
理由
一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によれば、次の(一)ないし(五)の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(一)1 原告会社は、原告新木信栄が主な出資者となり昭和三九年七月中旬設立され、同原告がその株式の約四〇パーセントを保有し、生コンクリートの製造、販売を業とし、昭和四一年一二月ころ従業員は生コンクリートの製造に従事するもの、ダンプカー運転手、生コンクリートミキサー車(以下「生コン車」という。)運転手を合わせて五〇余名であった。
原告会社は、昭和四一年五月ころからダンプカーを購入し始め、同年一二月当時八トン車四台位を所有し、また当時生コン車三立方米車(一立方米は二トン四〇〇位に相当する)二〇台余、一・五立方米車三台を所有していた。
原告会社の敷地内には生コンクリートを作るプラント工場、自動車整備工場、原告会社事務所、原告会社社長宅、社宅があった。
社宅は二棟あり、いずれも二階建で各階とも五部屋ずつあり、各棟とも二階には風呂の設備がなく、五〇米位離れた整備工場の近くに共同風呂があった。社宅、共同風呂はいずれも無料で、共同風呂の薪も原告会社が提供していた。
2 原告新木の長男新木正夫は、原告新木と同居し、原告会社の工場長代理を担当しているが、自らもダンプカー一〇・五トン車二台、一一トン車八台を所有し、原告会社に砂利を一割引で供給する代りに運転手を原告会社籍とし、原告会社が社会保険料、運転手の給料のうち四五、〇〇〇円までを負担し、その余の給料、ガソリン代、車の修理代は新木正夫が負担していた。
3 原告会社のダンプカーは日野自動車で下がオレンジ、紺の帯、上がクリーム色の三菱セメントの指定色であり、新木正夫のそれはふそう自動車で緑一色であり、ボディには同人の住所電話番号などが記載されていた。
(二)1 原告会社は週休制をとりダンプカー運転手を除いた従業員にはタイムカードが備えられてあった。
原告会社で製造した生コンクリートを運搬する生コン車運転手の労働時間は午前八時から午後五時までであるが、配車は工場長訴外園田道夫の命を受け、訴外杉森出庫係が運行の前日黒板に各運転手の出勤時間を指示する形で行なっており、得意先の注文によっては午前六時ころに出勤を命ずることもあった。賃金は、時間給、家族手当、通勤手当、残業時間に対する二割程度の割増賃金が支給されていた。
生コン車運転手は、原告会社から約二五粁離れた松平町日影(現豊田市)に一往復一時間余で一日一〇往復することもあったが、生コン車は構造上その表示してある積載量以上に生コンクリートが積めるところから、注文によっては原告会社の生コンクリート製造工場の担当者が表示積載量を越えた積載可能限度の生コンクリート(三立方米車の場合三・五ないし四立方米)を積載させることがあり、そのため道路のカーブや上り坂などで車の後から生コンクリートがこぼれることがあり、原告会社附近の部落や区長や日影の町内会から生コンクリートのこぼれることについて抗議がなされていた。
2 ダンプカー運転手には労働時間の定めはなく、賃金は固定給、時間外手当、深夜手当など一切ない完全な歩合給であり、たゞ自車が修理中などの場合出勤すれば一日一、〇〇〇円支給されていた。右歩合給は、当初運搬重量に応じ一トン単位で支給されていたが、昭和四〇年ころ行先の土場に応じ一往復単位に変更された。
原告会社の利用している土場は岐阜県関市(砂利)、天竜川沿岸(砂利)、木曽川の犬山下流、矢作川上流の東加茂郡笹戸(砂)にあり、関市の土場には昭和興業(原告会社から七八粁、以下いずれも原告会社からの距離を示す。)揖斐川興業(約七五粁)の現場があり、往復約四時間を、天竜川沿岸の土場(九〇ないし九五粁)は往復約五時間を、木曽川の土場は往復約三時間を、笹戸の土場(約一六粁)は往復約一時間四〇分を、それぞれ要した。
前記新木正夫所有のダンプカーの場合、一一トン車は原則として関市の土場へ行くことになっており、右土場が休みなどの場合に同人が口頭で運転手に指示運行させており、原告会社所有のダンプカーは前の晩に原告新木が訴外佐藤と相談して配車を行っていた。
砂利については、土場で目方を量り、納品書をダンプカー所有者の原告会社ないし右新木正夫に交付し、それに基づき、土場に右両名がそれぞれ代金を支払い、砂は土場で発行するチケットを予め購入し、チケットに表示された量を運んで来るようになっており、八トン車で五立方米、一一トン車で七立方米であった。
関市、天竜川の各土場の場合一日平均二往復程度であり三往復したり、二往復と近い所一往復をはさむこともあった。木曽川、笹戸の各土場は専属的に行くことはなかった。
関市の土場の場合は一往復一、〇〇〇円、天竜川の場合は一往復一、二〇〇円、笹戸の場合は一往復五〇〇円であった。各土場の係員は午前五時ないし午前七時ころ出勤してくるが他の業者のダンプカーも来るので、待たされて帰りが遅くなるとラッシュ時に遭遇することもあり、また、関市の土場の一つでは係員出勤前でも運転手だけで砂利が積めるところから、原告会社のダンプカー運転手の中には回数を多くするため午前一時ころ起きて行くものもあり、原告新木及び新木正夫は社宅の各部屋をまわり寝ている運転手を起すこともあった。
ダンプカー運転手は、大体午後五時ころまでには終業しており、その労働時間は平均九ないし一〇時間であるが、長い者になると一六時間位にもなった。
特に昭和四〇年暮ころダムに使用するぐり石を運ぶために運転手が二、三日昼夜を問わず二時間程仮眠するのみで連続的に働かされたことがあった。
ダンプカーの荷台の枠の高さは七〇糎であるが更に補助枠が設置されており、当初その高さに制限は無かったが、徐々に規制され、昭和四一年一二月当時は愛知県警察本部と砂利組合との話合で一五糎であった。
原告会社においては、前記の如く歩合給が一往復単位で支払われるため、一往復当りの積載量が多い程原告会社に有利であり、また、砂利は注文量の二割程度は土場の方で無料で余分に積んでくれることもあって、原告会社は車一杯積んで来いと指示し、ダンプカーは車の積載表示を五、六トン越えて積載することが多かった。
ダンプカーが帰社すると、原告新木は、積載量の検量に立会い、量が少ないとき、運転手の朝の出発時間が遅かったとき、生コン車を含めた運転手が他車に比べ往復に時間を要したときなどにお前はおうちゃくい、そんな運転手はうちにはいらんと嫌味を言うこともあった。なお、原告新木は月二回位ダンプカーに便乗し、値段交渉などのため土場を訪れていた。運転手が積載量超過で罰金を課されると原告会社ないし新木正夫が負担していた。なお、原告会社従業員訴外山下泰三郎が積載量違反又は公務執行妨害罪で逮捕された際新聞に土建業山下泰三郎三〇才と発表されたことがあった。
昭和四〇年夏ころ原告会社の車にタコメーターが設置されたところ、原告会社はスピードの出過ぎを予防すべく、当初を法定の最高速度五〇粁を一週間超過しなかったものに煙草ハイライト約一〇個を与えることとしたが、右速度では他車を追越せないので右最高速度を六〇粁としたが、ダンプカー運転手の前記の如き勤務状態では六〇粁でも十分な賃金が得られず、時には八〇粁も出さなければならず、また、タコメーターに細工するものもあらわれ、右制度の効果もないところから二、三人にタバコを支給したのみで間もなく右制度は廃止された。なお、スピード違反による罰金は運転手の負担であった。
(三)1 昭和四一年七月原告会社の敷地内で、砂利とセメントを混合するコンプレッサーに砂利を運ぶコンベアーベルトに、従業員訴外鎌田勲の息子(当時小学一、二年生)がまき込まれて死亡するという事故が発生したが、原告新木は右事故の原因は親の監督不行届であるとして僅か見舞金一〇、〇〇〇円を支払ったのみであった。
2 右事故を契機に、同年七、八月ころ右鎌田は岡崎労働基準監督署に対し、原告会社の労働条件について、当時原告会社が東名高速道路の工事に従事していたこともあって、長時間労働である、日曜出勤が多くその代休も与えられない、残業手当が正規に支給されていないと申し立て、九月にも再度申し立てた。同月原告会社は、右労働基準監督署からの勧告に基づき、前三ヶ月間の生コン車運転手に対する残業時間の割増賃金につき労基法所定の二割五分との差額を一括して支払い、以後は右法定通りの割増賃金を支払うようになった。
3 同月ころから原告会社内に労働条件の改善を求める動きが生じ、右鎌田及び訴外東辰弘を中心として同月中旬に菱友会が結成され、法定割合による割増賃金支給、失業保険への加入などを求めて活動を開始し、一二月一四日にはボーナスに関し、従業員二七名と原告会社との交渉が行われた。翌一五日原告新木は右二七名のタイムカードを隠したうえその就労を拒否し、同日及び一六日に亘り、右交渉の中心となった鎌田ら九名に対し口頭で解雇を通告し、二〇日には文書をもって同旨の意思表示をなした。
一五日以降原告新木の妻は共同風呂用の薪を持去り、また一週間位風呂の水道がでなかったことがあったが、社宅全体の水道がとまった事実はなかった。
4 当時まで原告会社の従業員は失業保険に加入していなかったが、右鎌田ら被解雇者が職業安定所に陳情し同所よりの勧告もあって、原告会社において同月一七日失業保険加入の手続をとり、過去一年分の保険料を支払った。
5 当時原告会社には有給休暇制度がなく、就業規則は同年九月ころ前記労働基準監督署に提出したものの、従業員に対する周知をなさず、同年一二月一九日同署から勧告を受け周知手続をとった。
6 昭和四二年三月には右同署からの勧告に基づき、ダンプカー運転手の給与体系を改訂し、基本給プラス歩合給とし他に無事故手当も支給するようになった。
7 原告会社における退職者の賃金は本人に直接支払うことにしていたため、訴外万谷治久の場合、退職直前の賃金について同人の妻が出頭したのみで本人の出頭が遅れたことから右賃金支払が遅れたこともあったが、原告会社において他に賃金の遅配、欠配はなかった。
(四)1 被解雇者前記東、田口英明(前記鎌田を含めこの三名はいずれも生コン車運転手)、同訴外小野義隆、同木村トミヤス(二名はいずれも生コンクリート製造工場要員)、同近藤弘の五名は、豊田市市議会議員柴田隆一に付添われて昭和四一年一二月一六日午後三時過ぎころ豊田警察署を訪れ、同署の山口次長に対し、原告会社の前記の如き勤務状態について訴え、折から同署に居合わせた被告らの取材記者(被告朝日が松本行博、同NHKが池之端甚衛、同中日が岩崎建弥、同毎日が春木毅)は同署々長室で約一時間右五名の従業員らの言い分について取材した。
2 同日午後七時三〇分ころ右従業員らに鎌田も加わって名古屋法務局岡崎支局において支局長補佐菅沼平に対し約一時間半にわたり口頭で「積載量違反を承知で砂利の運搬をさせられ、午後一二時過ぎの深夜に叩き起されて作業に就かされ、会社がスピード違反を奨励するなど原告会社が強制労働を強いている。社宅の水道を止め生活権を侵害している。ダンプカー、生コン車が土砂を道路に撤き散らして近所の住民に迷惑をかけている。不当解雇された。」などと申し立て、その旨の申立書を提出した。右岡崎支局では、右申立について藤井支局長が担当官となり今泉事務官を補助官として調査を開始した。
3 前記取材記者及び被告毎日の訴外小久保幸雄、同中日の訴外高橋秀豪の各記者は右申立の裏付けを取るべく、右菅沼に対し電話で右申立の内容を確認したうえ、原告新木に面会して右申立の反論を取材したが、同人は酒気を帯びそのうえ興奮しメモ帳の使用を一切認めず、記者らが、前記被解雇者らが具体的に指摘している事実について質問すると、原告新木は、興奮のあまり、彼らは会社をつぶそうとしているので解雇したとか、客から注文があれば早朝でも行かざるを得ないと抽象的なことを口走るのみで、何ら具体的に右被解雇者らの申立事実に反論できなかった。
右取材記者らは、右申立の内容、その行なわれた場所、原告新木の右の如き態度、及び、原告会社の前記の如き実情について予め得ていた知識などを総合して、被解雇者らの右申立は真実であるとの心証を得るに至った。
(五) 右申立のあった前日には、西加茂郡猿投町越戸(現豊田市越戸)の越戸保育園の前で過労による居眠り運転のダンプカーが園児の列に突込み死者一一名重軽傷二二名という悲惨な交通事故が発生したばかりであり、右事故の原因として運転手に対する使用者の労務管理の悪さが指摘されていた(いわゆる猿投事故)。
被告らは、右猿投事故に社会的関心が向いているところから、右事故の二の舞を避けるべく労務管理その他の是正の必要性を広く社会に訴えるため、前記被解雇者らの申立について本件報道をなすこととした。
三、進んで、前記認定事実に基づき被告らの本件報道に不法行為責任があるか否かを判断する。
一般に民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合その摘示された事実が真実であることの証明がなされたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立せず、もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは右行為には故意もしくは過失なく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三七年(オ)八一五号、昭和四一年六月二三日第一小法廷判決参照)。
多数の読者、聴取者を有する報道機関は、言論・表現の自由に大きな役割を果しており、その重要な任務は一般世人に日々の出来事を迅速かつ正確に報道することにあるが、迅速性を重んずるのあまり、事実に反する報道をなしこれにより他人の名誉を毀損することになれば、これが報道機関によるものであることによって正当業務行為として不問に付されるものでないことは勿論である。けれども正確性を厳格に要求するのあまり、報道として表示された事実がすべて真実であることまでを要求することは難きを強いるものであるからその主要部分において真実であればその枝葉末節部分について若干の潤色誇張があったとしてもその報道を虚偽であると解するのは相当でない。しかしながら、一般に新聞記事は精読されるというよりむしろ表面の文字通りに読過され易いものであり、また、放送は漫然と聴取され易いものであるから、見出しなど記事の書き方、放送のし方において、報道機関は読者、聴取者の誤解を避けるべき方法をとる必要のあることも当然である。
そこで、以下本件報道の公共性、真実性を右の基準に従って検討する。
(一) 本件報道の公共性
本件報道は折から発生した前記猿投事故を契機にダンプカーなどの運転手に対する労働条件の改善などが社会の関心事となっている時点において、原告会社のダンプカーなどの運転手の労働条件などについての前記被解雇者らの申立を内容とするものであり、本件報道の意図は、いずれも劣悪な労働条件にともなう過労運転によって生ずる交通事故を減少させようとする点にあるものと推認することができ、本件報道の各内容に照らせば、本件報道がいずれも公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図るためになされたものであると認めることができる。
(二) 本件報道の真実性
1 被告毎日の本件記事について
原告会社のダンプカー所有台数は前記のとおり四台位であり、新木正夫所有のダンプカーを運転しているものについては、前記の如き、変則的な雇用形態がとられているが、新木正夫が原告新木の長男であること、右雇用形態の実質に照らすと、右ダンプカー運転手についても原告新木がその労務管理、業務運営に支配的な役割を果していたものと認められる。他方、原告会社においては、前記のとおり、生コン車運転手、ダンプカー運転手に対して労基法違反、道交法違反の労務管理、業務運営が行われており、社長である原告新木がその責任者となっていたのである。
本件記事の内容は別紙二(一)記載のとおりであり、その見出しの「社長が違反を強制」とある部分は「強制」という点に誇張があるにせよ、右原告会社の実体と本件記事内容を併せ考えれば特に読者に原告会社の実体を誤解させるものではない。
また、小見出しの「解雇されたダンプ運転手法務局に訴える」とある部分は、前記の如く、原告会社から解雇された従業員が名古屋法務局岡崎支局に人権侵害の疑いがあると申立をなした事実があるのであるから、その主体のすべてがダンプカーの運転手であったか否かは枝葉末節のことというべく右小見出しも真実であると認めるのが相当である。
右記事の本文についてみるに、次に記載する部分を除くと人数などに若干の齟齬があるほかは前記認定事実に反するものではない。
別紙二(一)一枚目裏四行目「田口さんの話では」以下二枚目一行目「かぶらせていたという。」との部分は、原告新木が前記認定の如く嫌味は言っているが明確にクビにするとは言っていない点、煙草を与えるのが必ずしも猛スピード奨励のためとはいえない点「もっと速く走れ」と言ったかどうかは別として、原告新木は運転手が他車に比べ時間を要したときにお前はおうちゃくいと言ったのであって、必ずしも安全運転をしたためこれを非難したとのみは解せられない点、ダンプカーの名義を個人にした事実の存しない点において、前記認定事実に多少齟齬しているが、前記原告会社の労務管理、業務運営の実体に照らせば、右記事全体としては真実からさ程離れているとはいえず、また、右部分は明確に伝聞である旨表示されており、本件記事の最後には「いいがかり」との小見出しで原告新木の反論も記載されているのであるから、読者をして右部分が全て真実であると誤解しないよう配慮しているものといえる。
以上の事実を総合すれば右記事の本文も真実であると認められる。
2 被告朝日の本件記事について
右記事の内容は別紙二(二)記載のとおりであり、上段横書に「猿投の二の舞はイヤ」との見出しがあるが、前記原告会社における労務管理、業務管理の実体からすれば、過労による居眠り運転による事故発生の危険性は十分存するところであり、右見出しに別段問題はない。
また、右記事については、次に記載する部分を除くほかは格別前記認定事実に反するものではない。
見出しの「安全運転しかられる」、別紙二(二)一枚目裏八行目「会社はこれを逆用して」以下「ほめるという」までは、前記認定事実に照らせば、前記原告会社の労務管理、業務運営の実体と若干齟齬しているが、記事本文においては伝聞である旨明示されており、また「新木信栄社長の話」として原告の反論も記載され、読者が右部分のすべてが真実であると誤解しないよう配慮されている。
右事実と本件記事の他の部分が前記認定事実に反するものでないことを併せ考えると本件記事は真実であると認定できる。
なお、訴外菅沼平、同吉村昌勝の各談話については、その具体的内容を認めるに足る証拠は存しないが、本件記事に記載されている限りでは何ら原告らの名誉を毀損するものでないことは明らかである。
3 被告中日の本件記事、同NHKの本件放送は、いずれも人数など若干の細かい点において、前記認定事実と反するほかは、おおむね合致しており、その記事の書き方、放送のし方にも格別問題はなく、右はいずれも真実であると認定できる。
(三) 以上説示の如く、被告らの本件報道は、すべて公共の利害に関することに係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合に該り、その記事についての真実なることが証明されたものということができるから、違法性が阻却され、民事上の不法行為たる名誉毀損は成立しないというべきである。
四、よって、被告らの本件報道が名誉毀損であることを前提とする原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないので、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小沢博 裁判官 淵上勤 植村立郎)
<以下省略>