名古屋地方裁判所 昭和42年(行ウ)19号 判決 1973年4月09日
原告 林清隆
被告 名古屋東税務署長
訴訟代理人 伊藤好之 外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
「原告の昭和三五年分所得税について、被告のなした昭和四一年二月一〇日付決定中、同年五月一〇日付異議決定による減額後の総所得金額を七六万五、〇〇〇円とする決定処分および無申告加算税三万二、〇〇〇円の賦課決定処分を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決。
(被告)
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 原告の昭和三五年分所得税について、被告は昭和四一年二月一〇日その総所得金額を二六九万〇、五〇〇円と決定し、無申告加算税一八万七、五〇〇円を賦課する処分をなした。
二 原告は、これに対し異議申立をしたところ、被告は、同年五月一〇日、総所得金額を七六万五、〇〇〇円、無申告加算税額を三万二、〇〇〇円とする減額決定をした。
原告は、さらに名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は、昭和四二年二月七日これを棄却する裁決をなし、原告は、同月八日その旨の通知を受けた。
三 被告のなした本件課税処分は違法である。
(請求の原因に対する答弁)
請求の原因一、二の事実は認める。
(被告の主張)
一 原告は、昭和三五年中、次のとおり資産の譲渡所得をえた。
1 原告は、当時、名古屋市の施行する土地区画整理事業における仮換地未指定地である別紙目録記載の土地(以下、本件土地という。)につき、右土地の売買価額に相当する三八四万円を、保証金として、右事業の施行者である名古屋市に納入することにより右土地の占有使用を認められ、且つ、一定の条件を履行することにより右土地所有権を取得することのできる財産権を有していた。
2 原告は、訴外佐藤一の仲介により、昭和三五年六月二九日、右使用権を訴外富士一ビルデイング有限会社(以下、訴外会社という。)に五九二万円で譲渡する契約を締結し、右契約に基づいて訴外会社から分割により代金合計五九二万円を受領し、昭和三五年七月二八日、前記保証金三八四万円を名古屋市に納入して右使用権を取得し、これを訴外会社に譲渡し、佐藤一に仲介手数料四〇万円を支払つた。
3 右使用権の譲渡は、旧所得税法九条一項八号に規定する資産の譲渡に該当するので、その譲渡所得金額は、次のとおりになる。
<1> 収入金額 五九二万円(譲渡価額)
<2> 取得価額 三八四万円
<3> 譲渡経費 四〇万円(仲介手数料)
<4> 譲渡益 一六八万円 <1>-(<2>+<3>)
<5> 特別控除額 一五万円
<6> 譲渡所得金額 七六万五、〇〇〇円 (<4>-<5>)×1/2
二 原告には、昭和三五年分所得税の確定申告書を提出する義務あるものと認められるにもかかわらず、その提出がなかつた。
従つて、原告に対して賦課される税額は、次のとおりである。
総所得金額 七六万五、〇〇〇円
(内訳、譲渡所得七六万五、〇〇〇円)
所得控除額 九万円
課税総所得金額 六七万五、〇〇〇円
算出税額 一二万八、七五〇円
申告納税額 一二万八、七五〇円
無申告加算税額 三万二、〇〇〇円
三 また、かりに前記使用権の譲渡が資産の譲渡に該当しないとしても、原告は訴外会社との前記契約履行により本件係争年に一六八万円の経済的利益を享受することになつた。
右利益は、同法九条一項九号に規定する一時所得に該当する。
その所得金額は、前記のとおりの計算により七六万五、〇〇〇円である。
四 なお、原告は、本件課税処分は、法定の申告期限から三年を経過した後になされたものであるから許されない旨主張するが、本件処分は、国税通則法二五条にいう決定処分であるから、右処分についての除斥期間は同法七〇条三項により五年と定められているので、右期間内になされた本件課税処分は適法である。
(被告の主張に対する認否および原告の主張)
一 被告の主張する事実中、原告が訴外会社から五九二万円を受領したこと、保証金三八四万円を名古屋市に納入したこと、佐藤一に四〇万円を支払つたこと、昭和三五年分所得税の申告をしなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
二 原告が、訴外会社から五九二万円を受領したのは、次の事情による。
1 原告は、従前名古屋市中区矢場町において借地し、同地上に建物を所有していたが、同所が名古屋市の施行する土地区画整理事業により、道路敷地となるため、その移転先に関して右事業の施行者たる名古屋市との間に次のとおり契約が成立した。すなわち、
「名古屋市は原告に対し、本件土地を右区画整理事業が完了した後に次の代金で売渡す。
本件土地の内、一〇五・七八平方メートルについては、三・三平方メートル当り一二万円とする。右一〇五・七八平方メートルに超過もしくは不足する部分の代金は、将来協議して定める。
原告が三八四万円(一〇五・七八平方メートルの代金)を名古屋市に納入すれば、原告は、直ちに、本件土地を使用できる。」
2 また、原告は、昭和三五年六月二九日、訴外会社との間に、次のとおり契約を締結した。すなわち
「原告は、名古屋市より本件土地を買受けて所有権移転登記を受けることを条件に、右土地を一〇五・七八平方メートルにつき五九二万円で訴外会社に売渡す。右面積を超過する部分についての代金は、条件成就の際に協議する。
訴外会社は、昭和三五年七月五日原告に対して五九二万円を貸与する。
原告は、右金員の交付を受けたときに本件土地を訴外会社に引渡す。
右貸金五九二万円は、前記条件成就のときに、本件土地の売買代金に充当する。」
3 従つて、原告と訴外会社との間に締結された契約は、本件土地の使用権譲渡契約ではなく、右土地の停止条件付売買契約であり、原告が受領した五九二万円は、使用権譲渡の対価ではなく、条件成就のときに売買代金に充当すべき借入金である。また、右五九二万円が右売買代金に充当された日時は、前記条件成就のときである昭和四四年三月一七日である。
4 よつて、原告には、本件係争年に、課税さるべき所得はない。
三 本件課税処分は、法定の申告期限(昭和三六年三月一五日)から三年を経過した後になされたものであつて、旧所得税法四六条の二、一項に反し許されない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで原告において、被告の主張する資産の譲渡所得があつたかどうかについて検討する。
1 <証拠省略>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、名古屋市中区矢場町において、借地上に建物を所有し、同所で青果業を営んでいたところ、昭和三三年ごろ名古屋市の施行する土地区画整理事業により右借地が道路敷地となることとなつたので、その移転先に関して同市と種々交渉した結果、昭和三五年ごろ原告において換地処分終了までに相応な代替地を名古屋市に提供すれば同市の管理する本件未指定地について原告のため仮換地指定をうけることができること、代替地提供に至るまで保証金三八四万円を市に納入すれば直ちに右未指定地の使用を許すとの確約をえた。ところで、原告は代替地の提供は困難であるが、とりあえず右保証金を納入することにより本件土地の使用権を取得しようと考え、その金策について思案していたところ、たまたま、富士土地株式会社の代表者である訴外佐藤一から本件土地を他に仲介したいとの申入れをうけ、両者話合つたところ、右佐藤も本件末指定地使用権についての原告と名古屋市との間の右約旨を了解したうえで、坪当り一八万円とみつもり代金五九二万円で、原告のためこれを他に仲介することを引受けたが、適当な仲介先がなかつたので、結局佐藤は野崎松太郎らと共同で経営する訴外会社をして右土地を利用させ貸ビル業を営むこととし、原告もこれを了承した。そこで、原告は昭和三五年六月二九日、訴外会社に対し右代金で右土地の占有使用権を譲渡することになつたが、その際原告において、将来その所有権を取得することになれば、ただちに原告はこれを訴外会社に対し譲渡することをも確約し、右訳外会社より代金五九二万円を受領し、昭和三五年七月二八日、保証金三八四万円を名古屋市に納入して本件土地の占有使用権をえ、これをそのころ訴外会社に譲渡した。
(二) 訴外会社は、昭和三六年三月三〇日、原告の名で土地区画整理法七六条一項による建築許可をえたうえ、同年一〇月ごろ、本件土地上に鉄筋コンクリート建一部鉄骨造スレート葺地下一階付四階建店舗兼事務所を建築し、同年一〇月二〇日建物保存登記も経由し、爾来同所で貸ビル業を営んでいる。
以上の事実を認めることができる。右認定に反する<証拠省略>は<証拠省略>と対比して措信できず、その他右認定を覆えすにたりる適切な証拠はない。
2 原告は名古屋市との間に本件区画整理事業が完了した後に、本件土地の売渡をうける約定があつたと主張するけれどもその事実を認めさせる証拠はなく、却つて原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地について将来その所有権を取得するとの期待を有していたにすぎず、また、<証拠省略>によれば本件土地はその後代替地の提供もなく、名古屋市において保留地として所有権を取得したが、すでに右地上には前記建物も建築されているのでやむをえない便宜の措置として、原告に対し昭和四四年三月一七日これを売買により譲渡することになりその旨の登記も経由したとの事実が認められる。従つて結果においては原告の右期待は実現したということができるが、かかる事実が存在するからといつて右主張を肯認するわけにはゆかない。
3 また、原告は訴外会社との間において、本件土地の停止条件付売買契約がなされたと主張するけれども、先に認定した本件土地の占有使用権譲渡を否定し、右主張事実を認めさせるにたりる適切な証拠はない。
もつとも、前示のとおり、本件土地占有使用権の譲渡にあたり、原告において将来本件土地所有権を取得すれば、これを訴外会社に譲渡するとの約定が条件として付せられていたとしても、また、本件土地は仮換地処分に伴い生じた未指定地であることから、その占有使用権の譲渡について、いわゆる替費地の換地処分前の譲渡と同視しうるとし、他人所有の従前の土地についての停止条件付売買の性質を有すると解しうる余地があるとしても、先に認定したとおり、原告において名古屋市より本件土地の占有使用権をえ、有償で右土地を訴外会社に使用収益させることを約し、その履行として目的物の引渡、代金全額の授受等もすでに終了している本件においては、まず本件土地の占有使用権の有償譲渡があつたものとみるのが極めて自然である。
三、かようにみてくると、原告は、昭和三五年六月二九日、訴外会社に対し、三八四万円を名古屋市に納入して取得すべき本件土地の占有使用権を五九二万円で譲渡したものであり、右は明らかに所得税法上の資産の譲渡ということかできる。
四 そこで、原告の譲渡所得を計算すると、前記のとおり、収入金額は五九二万円、取得価額は三八四万円であり、原告が佐藤一に本件譲渡契約の仲介手数料として四〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないので、譲渡益は一六八万円であり、旧所得税法九条一項により特別控除額一五万円を控除した後の譲渡所得金額は、七六万五、〇〇〇円となる。
そうすると、右金額に基づいてなされた、本件所得税賦課決定処分は適法である。
また、原告が法定申告期限(昭和三六年三月一五日)の翌日から三ケ月を経過しても右所得について確定申告書を提出しなかつたことは格別当事者間に争いがないので、同法五六条三項によりなされた無申告加算税賦課決定処分も適法である。
五 なお、原告は、本件課税処分は、決定の申告期限から三年を経過した後になされたから、同法四六条の二、一項に反して許されない旨主張するが、同条は、更正処分に関し除斥期間を定めたものであり、本件課税処分が決定処分であることは明らかであるところ、国税通則法七〇条三項によりその除斥期間は五年であり、右処分は同期間内になされたことが明らかであるから右主張は失当である。
六 よつて本件課税処分は、いずれも適法であつて、原告の各本訴請求は理由がないので、棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山田義光 下方元子 小林克未已)
目録
仮換地末指定地の表示
中第二工区四四ブロツク五番<イ>
宅地 一〇八・九三平方メートル(三二・九五坪)
本換地(昭和四一年三月二九日付換地処分)
名古屋市中区栄三丁目一、三二四番
宅地 一〇九・九五平方メートル(三三・二六坪)