名古屋地方裁判所 昭和43年(わ)1733号 判決 1970年7月30日
被告人 竹内宏一
昭一五・一二・一一生 団体役員
主文
被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三四年三月県立常滑高校を卒業し、名古屋市港区の海事検定事務所に二、三ヶ月勤務し、その後二、三ヶ所職を変えた後、同三七年八月より愛知県地方労働組合評議会(通称愛労評)に入り、同会の青年対策オルグをしていたものであるが、同四三年八月二一日、愛知反戦青年委員会(議長稲垣治)が、ベトナム反戦、沖縄奪還、憲法擁護等を目的とし、同日午後六時四五分頃名古屋市中区栄三丁目三三番一二号矢場町北交差点付近から同所五番一号栄東交差点を経て、同区三の丸二丁目七番二号付近に至る道路上において集団示威行進を行なつた際、鈴木利雄ら約一一〇名とともに同行進に参加し、四列縦隊の先頭列外右側に位置し、後向きになつたり前向きになつたりしながら、右先頭の列が横にして持つていた長さ二―三米の竹竿をつかんで引張り、笛(昭和四四年押第一三号の一)を吹きながら行進の指揮誘導をしたものであるが、右行進は愛知県公安委員会から「うずまき行進、蛇行進、およびことさらに隊列の巾を広げ、もしくは遅足行進、停滞その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと」等の条件で許可されていたのにもかかわらず、右鈴木利雄ら同行進の参加者と現場において互に意思相通じた上、右許可条件に違反して別紙図面(略)の如く、同日午後六時四六分頃前記矢場町北交差点附近道路上において、四列の縦隊を組んでうずまき行進を行なつたほか、同時刻ころから同日午後七時一四分頃までの間五回にわたり同所から前記栄東交差点附近に至る道路上の五ヶ所において断続的に同隊列で蛇行進を行ないもつてその間一般の交通に著しい障害を及ぼしたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は、包括して刑法第六〇条、行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年愛知県条例第三〇号)第五条第一項(第四条第三項)に該当するところ、判示条件違反の行進の時間乃至距離、条件違反の程度乃至態様、被告人が右行進において果した役割、その動機乃至目的、その他諸般の事情を綜合考慮のうえ、その所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内において被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年愛知県条例第三〇号)が憲法に違反して無効であると主張し、この点について当裁判所の見解を要求しているので、以下必要と思われる限度で判断する。
当裁判所は、集団行進その他公衆の集団示威運動が憲法第二一条の保障する思想、表現の自由に関する国民の基本的人権に含まれ、殊に我が国の民主制社会において重要な意義を持つものであるから最大の尊重をなすべきものであると考えるが、それは絶対無制限に行い得るものでなく、これを行うときは集団行動の性質上当然他の権利と接触することが予想されるのでこれを調整するため、公共の福祉の実現という憲法の要請があるときはこれに制約を加え得るものであり、しかもその濫用は許されない。そしてこの集団行動を制約し得る根拠となる公共の福祉については、国民の生活上の権利乃至利益が他人から不当に侵されることなく、安全に守らるべきであるという点に求められると考えるので集団行動が直接かつ物理的に国民の生活上の権利乃至利益を危険ならしめるような事態を惹起することが明かであると認められるときはその一般にして現在の危険を防止するために規制を加え、また、現実の集団行動においてこの危険が迫つた場合は警察官によつて実力規制を行うこともまた已むを得ないものと思う。
そしてかかる集団行動を制約する個々の法令が憲法に違反するかどうかを判断するについては、表現の自由が極めて尊重すべき基本的人権であることを認識しつつ、公共の福祉のために已むを得ないものであるかどうか、また、個々の法令の解釈についてもその全体の趣旨を合理的に解釈する立場において弁護人の主張を順次判断することとする。
一、弁護人は、昭和二四年七月二日愛知県条例第三〇号、行進又は集団示威運動に関する条例(以下単に県条例と略称する)第五条第一項後段の「第四条第三項の条件に違反した者」というのは、「条件を附した許可処分の相手方、即ち行進又は集団示威運動を行なつたその主催者たる個人又は団体の代表者」と解すべきであるところ、被告人は本件行進の主催者ではなく、参加者にすぎないから本件公訴事実は県条例違反を構成しないと主張する。よつて判断するに、本件県条例を仔細に検討するも同条例第五条第一項後段について右弁護人の主張する如き解釈をすべき根拠は何ら見当らないし、政策上乃至立法上の妥当性の問題はさておき、右条項を素直に文理解釈すればその「条件に違反した者」という中には条件違反の行進又は集団示威運動に参加したにすぎない者をも含む趣旨であると解するを相当と思料する(なお本条例に関する最判昭和三八年一二月六日、同三七年(あ)第二六六三号、最高裁判所裁判集刑事編一四九号二二三頁参照)。よつてこの点に関する弁護人の主張を採ることはできない。
二、弁護人は、仮に県条例第五条第一項後段が単なる参加者をも対象とするものであれば、集団行動への参加者は個々の集団行動に当つてその都度定められ且つ参加者には告知されざる条件によつて処罰されることを覚悟の上で行動に参加せねばならないこととなり、そのため一般の参加者を集団行動から遠ざける機能を営むものであつて、憲法第二一条に違反するものであると主張する。しかしながら当日の許可条件については許可申請者をはじめとする主催者乃至指揮者らにより一般参加者にも周知徹底させるようにつとめて然る可きであるし、又現に本件デモ行進の許可申請者である証人稲垣治の第九回公判廷における供述によれば、当日の許可条件については各構成団体の代表者を通じてこれを周知徹底せしめるのが慣例となつていることでもあり、更に証人桜井輝夫の第三回公判廷における供述及び鈴木利雄の昭和四三年九月二四日付検察官に対する供述調書その他の関係各証拠によれば、当日中警察署警備課長の右桜井輝夫が現場用指揮官車に備えつけのスピーカーを活用して、公安委員会より付された条件について、数回にわたり適宜警告及び広報活動を行なつて、参加者に徹底せしめるべく努めていることでもあり、単なる参加者といえども右条件について全くつんぼさじきに置かれているわけではなく、知る機会は十分与えられているものと認められるし、又仮に万一右条件の存在なり内容なりについて全く不知の参加者があつた場合には、かかる参加者は条件違反の認識を欠くので、故意犯である県条例違反の罪を問われえないことは勿論のことである。更に又仮に単に形式的乃至機械的に条件に違反したという事実があつたとしても、もしその結果たとえば交通秩序に著しい障害又は危険をもたらしたというような憲法が保障する表現の自由を制限し得べき公共の福祉上の要請が認められる場合でなければ県条例違反の罪を構成しないものと解するし、且つ仮に当該行進又は集団示威運動そのものが右の如き場合に当りその主催者なり指揮率先者(ちなみに先に判示した被告人の当日の行動等よりみて、被告人は本件デモ行進において単なる一般参加者であつたとは到底認め難く、むしろ事実上指揮率先者の一人であつたものと認めることができる)の行為が県条例違反の罪に問われる場合でも、単なる参加者の場合にはその参加の態様その他諸般の事情を考慮した結果処罰の対象とならない場合もあり得ることは当然予想されるところである。以上の如くであるから、弁護人が主張する如く一般参加者が自分の知らない条件に違反してすぐに処罰されることをおそれるあまり行動に参加しなくなるとの危惧は単なる思いすごしに過ぎず、又仮に右の如き危惧を全く否定し得ないにしてもそれをもつて直ちに本件県条例を違憲無効のものとしなければならないほど強度のものとは到底認めることができないのである。よつて右弁護人の主張を採ることはできない(なお本条例に関する最判昭和三八年一二月六日、同三七年(あ)二六六三号、最高裁判所裁判集刑事編一四九号二二三頁参照)。
三、弁護人は、仮に県条例第五条第一項後段が単なる参加者をも対象とするものであれば、参加者に対しても主催者と同様に一年以下の懲役又は五万円以下の罰金の法定刑が科せられることになるが、これは明らかに罪刑の均衡を著しく失したもので憲法第一四条第三一条に違反するものであると主張する。しかしながら裁判所としては定められた法定刑の範囲内で個々具体的な事案毎に被告人が主催者であるか参加者であるかという点を含むその参加の態様も勿論考慮に入れながらその他諸般の事情をすべて綜合勘案(その結果は、参加者必ずしも主催者より犯情が軽いものでもない)して、その犯情に応じて量刑をすることができるし且つするべきであり、又現にしているのであつて主催者と参加者に対する法定刑が同一であるからといつて直ちにそれをもつて明らかに罪刑の均衡を著しく失したものということはできない(なお本条例に関する最判昭和三八年一二月六日、同三七年(あ)第二六六三号、最高裁判所裁判集刑事編一四九号二二三頁)。よつてこの点に関する弁護人の主張はこれを採ることができない。
四、弁護人は、県条例は、憲法上表現の自由の保障を受くべき集団行動について、ほとんど一般的にこれを禁止し、その実施について具体性のない不明確な基準による公安委員会の許可にかからしめ、且つ許可する場合にも同様不明確な基準のもとに条件を附することができるようになつており、しかも違法不当な条件の附与について有効な救済手段がないので表現の自由に対する規制として必要やむをえない限度を越えたものであつて、憲法第二一条に違反するものであると主張する。よつて判断するに、行列行進又は公衆の集団示威運動といえども、公共の秩序を保持し又は公共の福祉が著しく侵されることを防止するため、特定の場所又は方法につき合理的かつ明確な基準の下に、予め許可を受けしめ又は届出をなさしめてこれを禁止することができる場合もある旨の規定を条例に設けても、これをもつて直ちに憲法の保障する国民の自由を不当に制限するものと解することはできず(最判昭和二九年一一月二四日、同二六年(あ)第三一八八号、刑集八巻一一号一八六六頁、最判昭和三〇年五月一〇日、同二七年(あ)第六一〇号刑集九巻六号九六七頁参照)、地方公共団体が集団行動による表現の自由に関して、いわゆる「公安条例」をもつて、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の措置を事前に講ずることはやむをえないものとして是認されるべきである(最判昭和三五年七月二〇日、同三五年(あ)第一二一号、刑集一四巻九号一二四三頁)。而してかかる観点から本件県条例を検討するにその第一条において行進又は集団示威運動については原則として予め公安委員会の許可を受けることが要求されているが、その第四条第一項によれば、公安委員会は「行進又は集団示威運動が直接公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭であると認める場合」の外はこれを許可しなければならないと規定して、公安委員会をして許可を義務づけ、不許可の場合を厳格に制限しているのであるから、本許可はその実質において屈出制と異なることなく、弁護人の主張する如く集団行動を一般的に禁止しているものとは認められない(最判昭和三五年七月二〇日、同二八年(あ)第四八四一号、刑集一四巻九号一一九七頁、同三五年(あ)第一一二号刑集一四巻九号一二四三頁、最判昭和四四年一二月二四日裁判所時報五三六号四頁参照)。
次に弁護人は「具体性のない不明確な基準による」という点を問題とするが、県条例では「行進又は集団示威運動が道路、公園、若しくは広場を行進し又は占拠する場合」(第一条)に、公安委員会はその許可に際して「公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合には……必要な条件を付することができる」(第四条第三項)と規定して一定の場合に公共の福祉の要請上必要と認めたことを条件に必要な範囲内でのみ条件を付し得ることを明らかにしているのであり、実際に附与された条件が右の要件を充足しているか否かについては、右要件の抽象性のため容易には判断し難いとしても個々の事件毎に裁判所において判断し得ないほど抽象的にすぎるものではなく、個々具体的条件についてそれを判断することは可能であるし、又判断されるべき事柄であつて、事の性質上右要件をもつと具体的明確にせよと要求することは不可能ではないにせよ妥当を欠くきらいがあり、少くとも右要件が憲法第二一条に違反するほど抽象的且つ不明確にすぎるものであるということはできないものと解する。なお県条例の中には違法不当な条件の附与に対する有効な救済手段が規定されていないことは所論のとおりであるが、その条件付許可処分の取消を求める行政訴訟を提起する等、一般行政法上の救済手段に訴えることは可能であるから、右救済手段の実効性をめぐる立法論についてはさておき県条例そのものの中にその救済方法が規定されていないことをもつて直ちに県条例そのものが違憲であるとなすことはできない。よつてこの点に関する弁護人の主張は、これを採ることができない。
五、弁護人は、県条例の規制の対象は、思想表現のためにする集団行動であつて、単に一地方公共団体の住民にのみ特有の事項ではないから条例によつて集団行動に規制を加え、その違反に対し刑罰を科することは地方公共団体の条例制定権の範囲を逸脱したものであつて、法の適正な手続を保障する憲法第三一条に違反すると主張する。よつて判断するに、憲法第九四条によれば、地方公共団体は法律の範囲内で条例を制定する権限を有するところ、右条文をうけた地方自治法第一四条第一項、第二条第二項、第三項第一号、第二号、第八号によればその地方の道路、公園、広場等において行われる集団行動等によつてこれを使用する権利を規制する規定を地方公共団体の条例中に定め且つ違反者に対し罰則を設け得ることは明らかであつて右弁護人の主張をとることはできない。
六、弁護人は、県条例第五条第一項後段の罰則は、同第四条第三項により、公安委員会がその都度附する条件をもつてその構成要件の内容となすものであつていわゆる白地刑罰法規であり、しかも公安委員会の右条件附与の権限は、具体性を欠き不明確な基準のもとに与えられていることを理由として罪刑法定主義の原則に反するから憲法第三一条に違反すると主張する。しかしながら公安委員会においてどのような条件を付すのが相当であるかは事柄の性質上予めこれを一律に定めておくよりも個々具体的なケースに応じて個別的に判断するのが合理的であるし、前掲四において述べた如く、県条例によれば、公安委員会は一定の場合に公共の福祉の要請上必要と認めたことを条件として、しかも必要な範囲内においてのみ条件を付し得るのであつて、決して無制限に条件を付し得るものではないのであるから、かかる必要性の下にかかる限度において構成要件の内容を県条例の運用機関である公安委員会の附する条件に委ねても、罪刑法定主義の原則乃至憲法第三一条に違反するものではないと解する。よつてこの点についての弁護人の主張もこれを採ることはできない。
七、弁護人は、県条例による条件つき許可処分に関する県公安委員会の運用は、その権限の委譲、条件附与のあり方、条件違反を理由とする実力規制など、その実態において憲法の保障する集団行動としての表現の自由の抑制として働いており、その一環として本件集団行進の条件として付せられた許可処分の条件の部分は、憲法第二一条第一項に違反しており、この瑕疵は重大かつ明白であつて無効であると主張する。
しかしながら、当裁判所が取り調べた各関係証拠、殊に昭和四四年五月一二日、同二六日、同三〇日付三回にわたり名古屋地方裁判所刑事第二部で取調べた南谷幸信に対する証人尋問調書(写し)、証人山中茂の証言、第三回公判調書中の証人桜井輝夫の供述部分、愛知県公安委員会事務専決規程(昭和三三年七月七日愛知県公安委員会規程第一号)、昭和三六年愛知県警察本部訓令第一九号行進又は集団示威運動許可取扱規程等によると、権限委譲については、右専決規定第二条第一項に「警察本部長は、別に定めるもののほか、次の各号に掲げる事務その他軽易な事務を専決することができる」旨規定し、同第一〇号に「行進又は集団示威運動に関する条例(昭和三二年愛知県条例第三〇号)第一条の規定による許可に関すること」とあるが、同第四条第一項には「警察本部長は、第二条の規定により専決することができる事務であつても、異例または重要と認められるものについてはあらかじめ公安委員会の承認を受けてこれを処理しなければならない」と定めて「異例または重要と認められるもの」について公安委員会による事前の承認を必要としており、実際の運用としては右「異例または重要と認められるもの」に該当するか否かの判断は一応警察本部長へ委ねられているもののそれについては、本条例制定当時、公安委員会により一応の方針が打ち出され、その後行政上の慣例として定められてきたところに従い「不許可」処分とか、路線の変更とかあらかじめ定められた定型的条件以外の条件を付するなど、特に申請人に不利益と考えられる場合は須くこれを「異例または重要と認められるもの」として扱い、事前に公安委員会にはかり、緊急の場合には事前に持回り決裁を受けていること、右定型的条件とは、(1)行進の隊列は、四列の縦隊とすること、(2)行進の隊形は、おおむね二〇〇人をもつて一隊とし、かつ、各隊の距離は約三〇メートルとすること、(3)うず巻行進、だ行進またはことさらに隊列の巾をひろげ、もしくはおそ足行進、停滞その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと、(4)行進中においてはプラカード、旗竿等が振り回され、または横に倒される等人に危害を及ぼすような形態にならないことの四つのみであること、しかも実際には前記専決規程の要求している以上に前記訓令第一九号に基き、毎週金曜日に開催される公安委員の定例会議又は臨時会議に間に合う場合にはその機会に事前の決裁を受け、又それに間に合わない場合にもその後の会議に「行進または集団示威運動処理決裁票」を提出することによつて必ず事後の決裁を受けていることが認められ、このように公安委員によるチエツクの途を十分に保障し最終的な判断の権限を公安委員会に残しつつ、この程度の権限委譲を直近の下部機構に対してなすのは行政処理の運用上必要已むを得ないものと思料されるところ、本件条件つき許可処分について具体的にこれをみるに関係各証拠、殊に第九回公判調書中の証人稲垣治の供述部分、第三回公判調書中の証人桜井輝夫の供述部分、司法警察員作成の「行進または集団示威運動許可申請受理状況報告書」と題する書面、「行進または集団示威運動処理票」(謄本)等によると本件集団示威運動およびこれに引き続く行進の許可申請は、愛知反戦青年委員会稲垣治から愛知県中警察署警備課を経由して同県公安委員会に提出されたものであるが、右中警察署において右申請書を受理する際に係官より当初申請人の予定していた路線につき一部変更の申入れがあつたが、それは当時栄地下街建設工事中のため栄交差点付近の通行が困難である状態であつたため、いわゆる行政指導の一環として右事情を説明しつつなされたもので、申請人も結局これを了承して栄交差点を避け、栄東交差点を通るように自ら路線を変更記入の上申請したものであり、且つ前記の如き手続に則つて同人の申請どおりの許可書が出され、付された条件も先に述べたいわゆる定型的条件の四つがそのまま付されたものであることが認められ、この間において弁護人が主張する如き、憲法違反の事実があつたものとは認められない。なお条件違反を理由とする実力規制の点については関係各証拠、殊に第三回公判調書中の証人桜井輝夫、第四回公判調書中の証人岡田征裕、同山口裕正の各供述部分、押収してある一六ミリフイルム一本(前同押号の三)、録音テープ一巻(同号の四但し証拠の標目において特定した部分に限る。)等によれば、本件デモ行進における数回にわたる実力規制は明らかに条件違反の行為がなされて始めて規制に入り、その後正常行進に戻ると規制を解くという形でなされたものであつていわゆる圧縮規制なり併進規制なりが不当に正常行進に対してなされたものとは認められないし、またなるほど弁護人主張の如く、現場用指揮官車に備えつけのスピーカーを活用して警告、広報活動を行うことにより、公安委員会により付されている条件を参加者に周知徹底せしめ且つ条件違反の行為を措止しようと試みられていることは認められるが、右活動がことさらに一般通行者なり市民に対して集団行動について悪い印象を与えるために不必要な時までもなされたものとは認められずむしろ再三の警告にも拘らずくり返し条件違反の行為をしている者に対して警備側としてこの程度の警告、広報を行うことは当然のことであるものと思料される。その他本件デモ行進の規制に関して弁護人の主張するような憲法違反の事実があつたものとは認められない。よつて結局この点における弁護人の主張もこれをとることができない。
八、弁護人は、県条例はその制定経過、規定内容、運用の実態からみて集団行動の事前抑制を通じ、事実上必然的に反体制反政府思想の抑圧機能を果す治安立法であつて、思想の差別的取扱、思想の自由および表現の自由を侵害するもので憲法第一四条第一項、第一九条、第二一条に違反するものであると主張する。しかしながら法令の制定時に当つて如何に反対運動があり、また制定後に如何に撤廃運動があろうともその事実がその法令の違憲性を証するものでないことは勿論であるし、当条例がいわゆる治安立法であるか否かの判断をするまでもなくある法令が治安立法であるからという理由のみで違憲であるということはできないし、且つまたある法令がその内容において合憲のものであり、且つその具体的事案における運用において合憲であるならば裁判所としてはその法令に則つて裁判すべきであつてその法令の運用がどのような政治的社会的機能を果しているかは裁判所の直接関知するところでないことも明らかであるところ、本件においてこれをみるに既に述べてきた如く本件県条例はその内容において合憲であり、また本件デモ行進に対するその運用において違憲の事実は認められないので、この点に関する弁護人の主張もこれをとることができない。
九、弁護人は、本件集団示威行進の目的はベトナム反戦、沖縄奪還、憲法擁護の三つにあり、本件集団示威行進に参加した被告人らがその集団行動によつて守ろうとした法益は、道路交通の円滑なる法益をはるかに優越するものであるので、本件うず巻行進乃至蛇行進は正当行為としてその違法性を阻却されるべきであると主張する。しかしながら須く犯行の動機は犯情の軽重を定める重要な尺度の一つであるとはいえ、目的乃至動機が手段乃至行為を合法化するものでないことは云うまでもないことであり、弁護人らの主張する「守ろうとした法益」なるものが本件の如き条例違反の行為に出なければ守れなかつたであろうという必然性があつた場合には正当防衛乃至緊急避難の観点から違法性が阻却される余地のあることはともかく、本件においては右の如き必然性についても認定することができないので、この点についての弁護人の主張もまたこれをとることができないものといわざるをえない。
よつて主文のとおり判決する。
(別紙略)