名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)1909号 判決 1970年7月25日
名古屋市千種区唐山町三の五七
原告
黒田秀一
右訴訟代理人弁護人
竹下重人
東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
小林武治
右被告指定代理人
松沢智
同
中原勇
同
山下武
同
大榎春雄
右当事者間の昭和四三年(ワ)一、九〇九号不当利得返還請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当時者の求めた裁判
(原告)
一、被告は原告に対し五、九九六、一〇〇円および内金四、〇〇〇、〇〇〇円に対し昭和四二年一〇月一四日より、内金一、九九六、一〇〇円に対し同年一一月二八日より各完済に至るまで一〇〇円につき一日二銭の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
主文同旨。
第二、請求原因
一、原因は昭和四二年五月一一日名古屋東税務署長に対して昭和四一年分所得税につき左記内容の修正申告書を提出した。
(この修正申告を以下単に第一修正申告という)
記
譲渡所得 二八、三二〇、九五一円
不動産所得 五、七八二、九八八円
配当所得 一、九六六、〇八〇円
給与所得 五六二、二五〇円
合計総所得 三六、六三二、二六九円
基礎控除、配当控除、源泉徴収分の差引をした差引申告納税額一九、三八〇、一三〇円
二、この第一次修正申告のうち二八、三二〇、九五一円という譲渡所得の金額は左記の(一)ないし(六)のような事実と計算を根拠としたものである。
(一) 原告は訴外如意嘉子と九対一の持分割合で共有していた別紙目録記載の土地(以下単に本件土地という)および同地上建物(以下単に本件建物という)を特定公共事業用資産として昭和四一年三月二六日東京都に売却した。(以下単にこの売却を本件売却という。)
(二) 本件売却により東京都から原告および訴外如意に支払われた金額は合計一一九、九六五、六二四円でありその内訳はその次のように区分されていた。
(1) 本件土地関係 一一八、七六八、〇〇〇円
(イ) 底地価額 一一四、〇一七、二八〇円
(ロ) 消滅借地権価額 四、七五〇、七二〇円
(2) 本件建物関係 一、一九七、六二四円
(イ) 建物価額 九六五、六二四円
(ロ) 家賃減額補償 一八九、〇〇〇円
(ハ) 移転雑費 四三、〇〇〇円
(三) 原告と訴外如意とは本件売却によつて得た前項記載の収入を持分に応じて分配したので原告はその九割である一〇七、九六九、〇六二円を譲渡による収入金額として算出した。
(四) 一方原告と訴外如意とは本件建物について取得費用および譲渡経費として左の(1)ないし(8)の合計四八、九一九、〇六五円を支出している。
(1) 本件土地取得費 一五、八八八、四四五円
(2) 本件建物取得費 一二、〇〇〇、〇〇〇円
(3) 本件土地、建物の賃借人、転借人への支払立退料および営業補償 一四、二四四、〇〇〇円
(4) 訴外株式会社東京インダストリアルコンサルタントに支払つた本件土地、建物の時価鑑定等調査費用(以下単にこの支払を「調査費用」という。) 五、〇〇〇、〇〇〇円
(5) 不動産取得税 一、二一一、四三〇円
(6) 登記料 三〇七、七四〇円
(7) 手数料 一五、四五〇円
(8) 本件家屋取毀し料 二五二、〇〇〇円
(五) 原告と訴外如意とは前(四)記載の経費もその持分割合に応じて負担しているので原告の負担額はその九割である四四、〇二七、一五九円となつている。
(六) 従つて本件売却による原告の差引譲渡益は六三、九四一、九〇三円となるのでこれから租税特別措置法による控除七、〇〇〇、〇〇〇円を差引いた残額五六、九四一、九〇三円に更に同法第三三条を適用してその二分の一を減じた二八、四七〇、九五一円から最後に譲渡所得の特別控除一五、〇〇〇円を控除してえた数額が二八、三二〇、九五一円となるのである。
三、ところがこの第一次修正申告に対し所轄名古屋東税務署担当係官は「調査費用」五、〇〇〇、〇〇〇円についてその経費性は擬問であるとの見解であつたので更に担当係官と原告との間に折衝を重ねることとなつたけれどもこの所轄の過程で協議の対象とされたのは専ら「調査費用」五、〇〇〇、〇〇〇円の経費性のみであつて他の事項は全く問題となつていなかつれ。
四、原告は昭和四二年一〇月一二日担当係官からの呼出しに応じて更に折衝のため税理士世古晴助を同行して名古屋東税務署に出頭したところ担当の十森調査官および小酒井調査官から次の趣旨の申告指導を受けた。即ち「調査費用」五、〇〇〇、〇〇〇円の経費性については原告主張のようにこれを本件売却に要した譲渡経費と認めるけれども右は訴外如意と各二、五〇〇、〇〇〇円づつの割合とすべきである。この点さえ承諾するならその趣旨で修正申告書を代書してあるからこれに署名押印して提出して貰えばよいというのであつた。
五、原告は「調査費用」につき訴外如意と二分の一づつの割合によることはなお不満があつたが、右の指示によつても第一次修正申告の他の部分はすべて第一次修正申告どおりに是認されるものであると理解したのでこの際担当係官の指導に従うことに腹を決め用意されていた左記内容の修正申告書に記名押印してこれを提出した。(この時提出した修正申告書を以下単に第二次修正申告書という。)
記
譲渡所得 三七、三七八、三七六円
不動産所得 五、八九八、九八八円
配当所得 一、九六六、〇八〇円
給与所得 五六二、二五〇円
合計総所得 四五、八〇五、六九四円
基礎控除、配当控除、源泉徴収分の差引をした差引申告納税額
二五、三七六、三〇〇円
六、第二次修正申告書の提出と引換えに同申告書の控は受け取つたが、その記載のみでは譲渡所得の計算関係が不明であつたので原告は更にそれを明らかにするものを交付するよう要求したが担当係官は「後日交付する。」と答えたのみでそれ以上には何らの説明がなかつた。
七、ところが後日第二次修正申告における譲渡所得が三七、三七八、三七六円となつた計算の根拠は以下のようなものだつたことが明らかになつた。
(一) 譲渡による原告の収入金額
(1) 本件土地底地価額 一一四、〇一七、二八〇円
(2) 本件建物価額 四八二、八一二円
合計 一一四、五〇〇、〇九二円
(二) 取得経費および譲渡経費
(1) 本件土地取得費 一五、八八八、四四五円
(2) 不動産取得費 一、二一一、四三〇円
(3) 登記料 三〇七、七四〇円
(4) 本件建物取得費 五、二八〇、〇〇〇円
(5) 本件土地建物賃借人転借人への支払立退料等 七、一二二、〇〇〇円
(6) 「調査費用」 二、五〇〇、〇〇〇円
(7) 手数料 七、七二五円
(8) 本件家屋取毀し料 一二六、〇〇〇円
合計 三二、四四三、三四〇円
(三) 従つて本件売却による原告の譲渡益は八二、〇五六、七五二円となり、これに前記二、(六)に記載したと同様租税特別措置法上の各控除および譲渡所得の特別控除の計算をして三七、三七八、三七六円という数額になつているのである。
八、即ち第二次修正申告は次の(一)ないし(四)に掲げるような前提下に算出されていたのである。
(一) 本件土地は原告の単独所有であり、本件建物のみが原告と訴外如意の共同所有であり、その共有持分の割合は原告と訴外如意が各二分の一づつである。
(二) 従つて本件土地の売却に関しては収入経費とも全額原告のみに生じたものとして計算する。本件建物売却に関しては収入、経費とも原告と訴外如意との間で各二分の一として計算する。
(三) 原告が一二、〇〇〇、〇〇〇円であると主張していた本件建物取得費も一〇、五六〇、〇〇〇円として計算する。
(四) 原告が本件建物関係収入金額に加えていた家賃減額補償一八九、〇〇〇円と移転雑費四三、〇〇〇円は譲渡所得でなく不動産所得の項目において計算する。この収入も訴外如意と各二分の一とする。
九、原告は第二次修正申告による申告納税額と第一次修正申告による納税額との差額である五、九九六、一〇〇円について次のとおり分割して名古屋東税務署に納付した。
(一) 昭和四二年一〇月一三日 四、〇〇〇、〇〇〇円
(二) 昭和四二年一一月二七日 一、九九六、一〇〇円
一〇、錯誤に基づく確定申告書の記載内容の過誤是正の方法については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて税法所定の更正請求という過誤是正手段以外にこれが是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情ある場合には、税法所定の更正請求の方法によらなくともその錯誤による無効を求めうるものと解すべきものであるが、本件の場合はまさにかかる特段の事情があると解すべき場合である。即ち、
(1) 前述の第二次修正申告をなすに至つた事情から既に明らかなように、第二次修正申告は第一次修正申告で「調査費用」五、〇〇〇、〇〇〇円中四、五〇〇、〇〇〇円を原告の支出経費としていたのを二、五〇〇、〇〇〇円のみを原告の支出経費であると修正する内容のものであつて、そのほかには修正は及んでいないものであると原告において誤信した錯誤によるものである。
(2) その錯誤の内容も原告はせいぜい第一次修正申告よりも譲渡所得の金額が諸控除前の粗収入で金額一、〇〇〇、〇〇〇、円増大する程度に考えていたものが、納税額において六、〇〇〇、〇〇〇円弱ほども増大した結果となつたものであつて重大明白なものであること。
(3) 第二次修正申告は原告が自ら記入したものでもなく、担当係官が既に数額を代書記入済みのものに、十分な説明もなく、逆に「調査費用」五、〇〇〇、〇〇〇円の訴外如意との分担割合の点を除けばすべて第一次修正申告どおりに解決するものであると誤信させるような言辞を弄して記名押印を求められた結果これに応じてなされたものである。
一一、よつて第二次修正申告は無効のものであり、原告が納付した五、九九六、一〇〇円は法律上の原因なくして被告が利得したものにほかならずその実質において過誤納金というべきであるからこれが納入の日の翌日以降国税通則法第五八条所定の還付加算金と同率の利息を附してこれを原告に返還すべきものである。
第三、請求原因に対する答弁および主張
(答弁)
一、請求原因第一項は認める。
二、請求原因第二項について。
第一次修正申告における譲渡所得の金額が原告主張の如き計算を基礎に算出されたものであることは認める。
同項(一)の事実中本件土地、建物が原告と訴外如意に九対一の持分割合で共有されていたとの事実は否認する。本件土地は原告の単独所有であり、本件建物は原告と訴外如意が各二分の一の持分割合で共有していたものである。本件土地、建物が原告主張の日時に特定公共事業用資産として東京都に売却された事実は認める。
(二)の事実は認める。
(三)の事実は否認する。
(四)の事実は、(2)の本件建物取得費一二、〇〇〇、〇〇〇円とあるのを否認するほかはいずれも認める。本件建物取得費は一〇、五六〇、〇〇〇円であつた。
(五)の事実は否認する。
(六)については原告主張の数額を基礎とすれば所論の如き計算関係となることは認める。
三、請求原因第三項の事実中「調査費用」の経費性が問題となつたことは認めるが、その余は否認。
四、請求原因第四項の事実中原告が昭和四二年一〇月一二日税理士世古晴助を同行して名古屋東税務署を訪れたこと、その際これに応待したのが十森、小酒井両調査官であつた事実は認めるが両調査官の指導内容に関しては否認。
五、請求原因第五項の事実中原告が第二次修正申告書に署名押印してこれを提出した事実およびその記載内容は認めるもその余の事実は不知。
六、請求原因第六項記載事実中原告が第二次修正申告書の控を受け取つたことは認め、その余は否認する。
七、請求原因第七項記載の事実は認める。
八、請求原因第八項記載の事実は認める。
九、請求原因第九項記載の事実は認める。
一〇、請求原因第一〇項(1)ないし(3)の各事実は否認。
一一、請求原因第一一項については争う。
(主張)
一、第二次修正申告の提出に関しては以下に述べるような事実があり、これによれば原告に錯誤があつたなどとは到底考えられず錯誤の存在を前提とする原告の主張は失当なものといわざるを得ない。
(一) 第一次修正申告に対し名古屋東税務署側は次の三点を最初から問題であると指摘して原告との折衝の対象としており、原告主張の如く「調査費用」の経費性だけを問題にしていたようなことはない。
(1) 「調査費用」の経費性(以下単に「問題点一」という。)
(2) 本件売却に伴う収入金額の配分
原告と訴外如意の間で原告主張のような原告九対訴外如意一といつた割合よるのではなく原告も認めているところの(請求原因二)東京都からの支払区分の割合によるべきではないか。(以下単に「問題点二」という。)
(3) 取得価額および譲渡経費の負担割合
右についても、登記簿上は本件土地は原告の単独所有、建物のみが原告と訴外如意の共有(持分各二分の一)となつているから、この公簿上の所有権割合によるべきものではないか。(以下単に「問題点三」という。)
(二) 担当係官の指導に応じて原告が第二次修正申告をなすに至つた経過も次のようなものであつた。
(1) 昭和四二年九月二二日名古屋東税務署に出頭した原告と世古税理士に対し前記三点の問題点を挙げて税務署側の見解を明らかにした。
(2) 同年一〇月五日担当係官と原告および同税理士間で折衝がなされたがその席上同税理士から「問題点二および三」については税務署側の見解を認めるがなお「問題点一」については承服し難いので、この点を除いて修正申告をしたい旨の発言があつた。ただし、担当係官が全問題の一括解決を望んだので更に「問題点一」についての検討を約してこの修正申告はなされなかつた。
(3) その後一〇月七日に至り担当係官は「問題点一」について、原告主張の如くその経費性は認めるが、ただその原告と訴外如意との間の負担割合についてはこれを折半すべきものと判断してこの旨同税理士に電話で連絡した。
(4) これをうけて同税理士は同月九日同じく電話で前記(3)記載の税務署側見解に基づく修正申告に応じたい旨連絡してきた。
(5) このような折衝の経過を経て同年一〇月一二日第二次修正申告はなされたものである。
(三) また、その一〇月一二日第二次修正申告書提出の事情を見ても、出頭した原告と税の専門家である同税理士が担当係官の用意していた第二次修正申告書を充分内容まで確認検討して、しかる後原告が納得の上これに記名押印して提出するに至つたものである。
(四) その提出後担当係官は直ちにその申告書の控を同税理士に交付している。また原告も翌一〇月一三日増差税額中四、〇〇〇、〇〇〇円を、次いで同四四年一一月二七日には残る一、九九六、一〇〇円をそれぞれ納入したものである。
二、仮に原告主張の如く錯誤によつて第二次修正申告がなされたものとしても、その錯誤は何ら客観的に明白でも重大でもなく、法定の是正方法以外にその錯誤無効を主張しうべき特段の事情ある場合でもない。
第四被告の主張に対する原告の答弁
一、一の(一)の事実は本件土地建物の所有関係が登記簿上は被告主張のとおりになつている点を除き否認。
二、一の(二)の事実はその(3)を認めるほかはすべて否認。
三、一の(三)の事実は否認。
四、二の主張は争う。
第五証拠関係
原告訴訟代理人は甲第一号証ないし第七号証、第八号証の一、二第九号証ないし第一四号証を提出し、証人世古晴助の証言および原告本人尋問の結果を授用し、乙号証の成立はいずれも認める、と述べた。
被告指定代理人は乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証ないし第五号証を提出し、証人十森隆之介および小酒井二三夫の各証言を援用し、甲第一〇号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める、と述べた。
理由
一、左の事実は当事者間に争いがない。
(一) 請求原因第一項の事実。
(二) 第一次修正申告が請求原因第二項(一)ないし(六)の諸事実および計算を根拠としてなされたものであること。
(三) 昭和四二年一〇月一二日原告が左記内容の第二次修正申告をなした事実。
記
譲渡所得 三七、三七八、三七六円
不動産所得 五、八九八、九八八円
配当所得 五六二、二五〇円
合計総所得 四五、八〇五、六九四円
申告納税額 二五、三七六、三〇〇円
(四) 第二次修正申告が請求原因第八項記載の(一)ないし(四)の諸前提を基礎に同第七項の如く計算されたこと。
二、原告の主張は結局において原告の昭和四一年度分所得税に関する第二次修正申告は錯誤に基いてなされたものであつて無効であるというにある。所得税法が申告納税の制度を採用し、一方その申告が過誤によつて過大になされた場合の是正方法についても国税通則法がその手続および許容期間を決定した趣旨は自己の所得については納税者本人が最もよくこれを知つているのであるからその本人の自主的申告に租税債務特定の効果を認める一方その申告がなんらかの過誤に基き過大になされた場合にも法定の手続および許容期間外ではその主張を許さないとすることが能率的に大量の租税事務を処理する理想に適いまた納税義務者に不利益を強いるおそれがないと認めたものと解される。
従つて本件訴の如き主張は原則として許されないものと解されるのであるが例外的にその錯誤が客観的に明白かつ重大であつて法定の手続による以外にその錯誤の主張を一切認めないとすれば納税者にとつて極めて酷であると解されるような特段の事情が存する場合にはその申告の錯誤による無効を主張することが出来ると解すべきである。
三、成立に争いない甲第一ないし第三号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第一〇号証と証人世古晴助、同十森隆之介、同小酒井二三夫の各証言および原告本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。
(1) 第一次修正申告に対し名古屋東税務署は問題点一のみでなく問題点二、三についてもこれを問題として原告および世古税理士との間で昭和四二年九月二〇日頃から第二次修正申告書提出までの間に前後三回にわたつて折衝を繰返しまたその間世古税理士との間には電話によるやりとりもあつたこと。
(2) 原告は右問題点二、三に関連してその後上京し東京都第三建設事務所に対し借地権割合の配分についてその是正を求めたこと。
(3) 問題点二、三が問題とされたのは折衝過程の比較的初期の段階のみであり、折衝の後半においてはその重点は専ら「調査費用」の経費性について進められていたところ同年一〇月初め頃世古税理士に担当係官から「調査費用」の半額を原告の経費と認めるから原告に申告をすすめてくれる様にとの要請があつたこと。
(4) その結果同年一〇月一二日に原告は同税理士と共に税務署におもむいたところすでに申告書は作成されており小酒井調査官から「調査費用」五、〇〇〇、〇〇〇円の経費性は認めるけれどもその訴外如意との負担割合は二分の一づつとするとの説明があり、原告は世古税理士のすすめもあつて右申告書に記名押印したがその際右申告書の記載欄に原告は詳しくは目を通さなかつたこと。
(5) 世古税理士は申告書に一応目をとおし、この申告による増差税額が五、九九〇、〇〇〇円以上に及ぶことを発見し「調査費用」の経費性以外の点にも修正が及んでいるのではないかと気付いたけれどもそのまま原告に右申告書を手渡してことさら注意することもなかつたこと。
(6) 原告は税務については全くの素人であつて申告事務一切を世古税理士に委任していたけれども、原告は昭和三九年当時本件土地を入手するに際し同所で喫茶店経営を企図し右土地の権利関係が非常に複雑であるにもかかわらず敢えてこれを購入し、右権利関係解決の為に和解調書を作成したりあるいは登記名義を操作したりする等の智恵や知識を有していたこと。
以上の事実に反する原告本人の供述部分は信用しないし、他に右認定を覆するに足る証拠はない。
以上の事実を総合して判断すると仮りに原告にその主張のような錯誤があつたとしても、原告側と担当係官側との間の折衝の過程において「調査費用」の経費性についてだけでなく他に問題点二、三も折衝の対象となつていたのであるから、原告は担当係官が代書した申告書にはこれらの点にまで修正がおよんでいるのではないかと予想すべきは当然であり(問題点二、三を抜きにして訴外如意との負担割合を二分の一づつとする合理的根拠も見出し難い。)また第二次修正申告書提出の際すこしでもその記載内容に注意していれば、細かい各欄の記載内容はともかくとして修正申告に伴う増差税額が五、九九〇、〇〇〇円以上にもなつていることを容易に発見しえた筈であり、そうすればこの申告が単に「調査費用」二、〇〇〇、〇〇〇円の減額にとどまるものでないことも直ちに察知しえた筈である。
そして原告がいかに税務について素人であるといつても納税申告書提出といつた権利義務に重大な関係ある行為をなすに際してその申告納税額欄を一瞥確認する程度の注意を払うべきことを要求してもなんら酷であるとは考えられずまた原告自身が申告納税欄の所在、内容等を理解しえないとしても同席している世古税理士によつてこの点を確認して貰うことも極めて容易なことであつた筈であるから、かかる注意義務を怠つた原告には重大な過失があると解される。
四、そうすれば法定の手続以外でその錯誤の主張を許さなくとも原告にとつて極めて酷である場合に該当するとは到底考えられず、よつてその余の点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田正武 裁判官 笹本淳子 裁判官 須藤浩克)
不動産目録
昭和四一年七月一日以前の旧地番
東京都港区赤坂溜池町五番の一七
昭和四一年七月一日後の新地番
東京都港区赤坂一丁目五〇五番の一七
宅地 二四五・三八平方メートル