名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3325号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(事故の原因)
<証拠>によれば、つぎの事実が認められる。
本件事故は、昭和四二年八月二九日午後六時四五分頃、名古屋市東区矢田町一〇丁目交差点の横断歩道上で発生した。現場附近の状況は五つの道路が交差しており、交通整理のための信号機が設けられている。当時は八月も末頃で、薄暮の状態であり、雨上りのあとで路面は乾操していた。この交差点は市街地にあり、交通ひんぱんであつた。
被告藤田昭吉は、普通貨物自動車(トヨペットマスターライン、長さ4.9メートル、巾1.69メートル、高さ1.51メートル、積載定量0.4―0.5トン、乗車定員三―六人、オイル式前後輪制動―以下B車という。)を運転し、前照灯を点けて、北から南へ向つて、時速約三五キロメートルの速度で進行してきた。同人は本件交差点を直進して行く予定であつた。B車の先行車はなかつた。同被告が進行して来て、対面する信号を見るとその時は赤であつたが、本件衝突地点の手前二〇乃至三〇メートルの距離に来ると、その信号は青に変つた。そこで、同被告は、本件交差点ではいつも右折する車両が多いところから、それらの右折車が右折を始める前に本件交差点を通過しようと考え、ギャをサードに入れてすこし加速にかかつた。そして、本件衝突地点から約一四メートルの手前に来たとき、同被告は、折柄北向きに駐車していたトヨエースのような一台の貨物自動車の物かげから、横断歩道の西端から約1.9メートルの地点を、西から東へ向つて歩いて横断している人影(被害者原告)を発見した。これを見て、同被告は突嗟に急ブレーキを踏み、衝突を避けようとしたが及ばす、S車の前部中央部が原告に衝突し、その衝撃で原告はそこから約4.0メートル斜め左前方に転倒し、B車は衝突地点から約3.0メートルなお前方に進行して停止した。この時、B車の残したスリップ痕の長さは、前後輪を含めて左右いずれも約9.5メートルであつた。B車が加速して、それから人影(原告)を発見し、急ブレーキを踏んだ当時のスピードは時速四〇乃至四五キロメートルであつた。
原告(当時五三才)は、家に帰るため、横断歩道を西から東に横断すべく、同横断歩道の西端にきた。そして右方(南)を見ると北進して道路に進入して来る車両はなく、左方も一見したところ同原告が横断し終るまでにこの地点に到達する車両はないように見えたので、その儘歩いて横断を始め、本件衝突地点の箇所に到達したところで始めてパツとB車の前照灯の光が眼に入り、その瞬間、B車の前部中央部と衝突し、その衝撃で約4.0メートル東南方の地点にはねられてその場に転倒した。原告は、この横断を始めるに際しても、またその途中においても、いずれの信号機の信号をも見ようとしなかつた。この衝突の結果、原告は胸部挫傷、両膝部挫傷、兼擦過傷、左腓骨々折、左膝関節血腫等の傷害を負つた。
以上の事実が認められる。
右認定の事実によれば、本件事故は、交通整理のためめに信号機が設けられているのに拘らず原告が全くその信号を無視し、且つ左方の安全を十分確認することもなく、道路を横断しようとした過失に起因するものというべく、その間に、被告藤田昭吉に責めらるべき過失のかどは認められない。
<証拠>によれば、本件事故について、被告両名はB車の運行について注意を怠らなかつたこと、被害者たる原告に過失があつたこと、B車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたことが認められる。
以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当として棄却すべきである。(藤井俊彦)