大判例

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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ク)3号 決定 1968年5月25日

申請人 西山勇 外二五名

被申請人 田原町教育委員会

主文

一、本件申立を却下する。

二、申請費用は申請人らの負担とする。

理由

申請人ら代理人は、「一、被申請人が申請人らに対し、昭和四三年一月二九日付でなした申請人らの児童ら(申請人らと各児童との関係は別紙申請人と児童との関係目録記載のとおり)をそれぞれ田原町立神戸小学校へ通学させるべき旨の通学校指定処分は、名古屋地方裁判所昭和四三年(行ウ)第二一号通学校指定処分取消請求事件の本案判決確定に至るまでその効力を停止する。二、申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、その理由として述べるところは別紙申請の理由に記載のとおりである。

そこで、右申請の理由の当否につき判断するに、本件申立はこれを要するに、被申請人が昭和四三年一月二九日付をもつて申請人らに対してなしたその児童らを田原町立神戸小学校へ通学させるべき旨の通学校指定処分(以下単に「本件通学校指定処分」という。)が違法なものであるから本案判決確定に至るまでその効力の停止を求めるというにあるが、行政処分の執行停止―ここではその処分の効力の停止―は、行政事件訴訟法第二五条第二項によれば、「処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」ときに限つて、該処分の効力の全部又は一部の停止をすることができるのであつて、ここに「効力の停止」とは処分の効力それ自体が存続しない状態に置くこと、換言すれば、右以上に行政庁に処分を命じあるいは仮の地位を定める等ある積極的な状態をつくり出すものではなく、それは本案判決確定に至るまでの暫定的措置として単に将来に向かつて該処分の効力がない状態に置くことを意味するにすぎないものと解すべきところ、仮に本件通学校指定処分の効力を停止したとしても被申請人に申請人らの希望する田原町立中部小学校にその児童らを通学させるべき旨の通学校指定処分を命じあるいは右処分があつたと同様な状態をつくり出すことにはならず、それは単に将来に向かつて本件通学校指定処分がなかつたと同じ状態をつくり出す(従つて、右児童らはその通学すべき学校がない状態になる。)にすぎず、そうだとすれば本件申立は本件通学校指定処分により生ずる回復の困難な損害を避けるために何ら有効な手段たりえないものと言うべきである。

よつて、その余の判断をするまでもなく本件申立は失当としてこれを却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 山田正武 日高千之 八束和広)

(別紙)

申請の理由

一、申請人等は、すべて田原町に居住する者でそれぞれ別紙申請人と児童との関係目録記載のとおり各児童の保護者である。

二、被申請人は、学校教育法、同施行令に基づき児童の入学期日、通学校の指定等をなすべき権限を有する行政庁である。

三、被申請人は、昭和四三年一月二九日付をもつて申請人等に対し、その児童等の通学校を田原町立神戸小学校とする旨の処分をなし、この処分書は同月三一日、申請人等に到達した。

四、右は、被申請人が児童の入学すべき小学校を指定すべき権限を有するが故に申請人等を拘束する行政処分であるところ、次のとおり違法なものであるから取消を免れない。

(一) 通学指定処分は、合議体行政機関たる教育委員会の行政処分であるから、処分についてはその議決の存在が必須の要件というべきところ、本件通学校指定処分については被申請人において何らの議決もしていないので違法な処分といわなければならない。

(二) また、通学校指定処分における指定校の選択は、いわゆる覊束裁量に属するものであるが、本件通学校指定処分は、いづれも指定校選択の基準をなすべき覊束を無視し、これに違背した違法な処分である。

1、市町村の教育委員会は、当該市町村の設置する小学校が二校以上あるときは、就学予定者たる児童の就学すべき小学校を指定しなければならない(学校教育法施行令第五条第二項)が、右指定に際しては、児童の利益(従つてその保護者の意思)を尊重し、児童の通学に最も適する諸条件を具備する小学校を選んでこれをなさなければならない。

2、そもそも、国民の教育を受ける権利は基本的人権に属し、保護者たる者はその児童に教育を受けさせる権利を有するものである。この権利の内容として、保護者たる者はその児童に教育を受けさせる権利を有するものである。この権利の内容として、保護者たる者はその児童に教育を受けさせる権利を有するものである。この権利の内容として、保護者たる者はその児童の教育を受ける場、すなわち学校を選択するの権利を有するのである(法律学全集、兼子仁、教育法七二頁)。保護者たる者は、その児童に教育を受けさせないの自由を制限したものであつて、これにより学校選択の権利が何ら制限されるものではない。

学校選択の権利は、保護者がその児童に教育を受けさせるに際し、あるいは私立学校を選択し、あるいは同一市町村内に公立の学校が二校以上ある場合は児童の通学に最も適する学校を選択すること等をもつてその具体的内容とするものであつて、教育委員会は濫りにこれを制限することはできないのである。

3、従つて、市町村の教育委員会が学校教育法施行令第五条第二項の規定に基づき児童の就学すべき学校を指定するにあたつては、該児童の利益、従つて保護者たる者の意思を最大限に尊重し、該児童の通学に最も適する学校を選択しなければならず、教育委員会の裁量権はこれに覊束されるものというべく、これに違背してなされた通学校指定処分は違法たるを免れない。

このことは、教育が児童の人格形成に寄与し、もつてその福祉に奉仕するの目的を有するものであること、およびこの目的達成を担保する憲法第二六条、教育に関するマグナカルタであり、かつ準憲法的性格を有する教育基本法、ならびに児童の福祉増進を宣言する児童憲章に照らし明白である。それ故、教育委員会が通学校指定の変更をなすためには、保護者の申立がある場合(学校教育法施行令第八条)および学校の新設、廃止の場合(同令第六条)に限定しているのである。

4、本件通学校指定処分の違法性について

(1) 田原町川岸地区と中部小学校との距離は約七〇〇米であり神戸小学校とのそれは約二、四〇〇米である。

また、川岸地区はいわゆる市街地を形成し、同じく市街地である中部地区とは街続きであつて、中部小学校までの通学路は道巾も広く舗装された安全な道路であるのに反し、神戸地区は農村地帯であつて、神戸小学校までの通学路は道巾も狭く、舗装もされていないばかりか、周囲に水田、池などがあり、風雨の強いときなど幼い児童の通学は極めて危険であり、かつてここを通学中の児童が池に落ちたこと、交通事故に遭遇したこともある。最近は農家に自家用自動車が著しく普及し、狭い悪路を疾走するので児童の通学は一層危険な状態となつた。

また、川岸地区と中部地区とが街続きである関係上、川岸地区住民と中部地区住民との交流は緊密であり、その上、川岸地区の幼児は中部地区の保育園に通園しているため中部地区の児童と交友関係を有している。

(2) そのため、川岸地区の児童は、昭和三一年以来中部小学校に通学していたものであるが、神戸地区の一部住民の不当な圧力により、今年度から川岸地区の児童を神戸小学校へ通学させるとの動きが起つた。

そこで申請人等を含む川岸地区住民は、三倍余も遠距離にあり、しかも危険な通学路の神戸小学校へ児童を通学させることは親として忍び難いとして、従来どおり中部小学校へ通学できるよう再三にわたつて被申請人方に陳情を重ねた。その結果、昭和四三年一月二八日に至り、被申請人方委員全員および教育長等の出席する川岸地区住民との協議会において万場一致で川岸地区の児童を従来どおり中部小学校に通学させるとの了解に達した。

(3) しかるに被申請人は、昭和四三年一月二九日付をもつて申請人等に対し、その児童の入学すべき小学校を神戸小学校とするとの指定処分をなしたものである。

被申請人のなした本件通学校指定処分は、児童の利益すなわち保護者の意思を全く顧みることなく、何ら合理的な理由がないのにかかわらず、敢えて通学諸条件の著しく劣悪な小学校を通学校として指定するものであつて、指定校選択に関する裁量の覊束性を無視し、これに違背するものであつて違法な処分といわなければならない。

なお、中部小学校における児童の収容能力は充分であつて教職員の増員等の行政費の負担は一切増加せず、他に何ら神戸小学校を通学校として指定すべき合理的理由はない。

(三) 仮に通学校指定処分における指定校の選択が、市町村の教育委員会の自由裁量に委ねられているとしても、本件通学校指定処分は裁量権の限界の踰越ないし濫用にわたるものであるから違法たるを免れない。

1、仮に百歩を譲つて、市町村の教育委員会のなすべき通学校指定処分における指定校の選択が、教育委員会の自由裁量に委ねられるものとしても、右裁量についても法の枠および行政目的による条理上の制約が存在するのであるところ、本件通学校指定処分は、このいづれとも無視し、これに違背するものであるから違法な処分である。

2、本件通学校指定処分は、被申請人が、他地区の一部住民の不当な圧力に屈し、合理的理由が全く存在しないのにかかわらず、敢えて申請人等の明示の意思を無視し、通学諸条件の著しく劣悪な神戸小学校を選択指定したものであること叙上のとおりである。

これは、通学校指定処分における通学校選択について保護者の学校選択の権利(したがつて保護者の意思)を尊重し、通学諸条件の最も適する学校を選択すべき法の枠を無視し、かつ教育効果のよりよい達成、従つて児童の教育環境の可及的整備のみを唯一の目的とする教育行政の一還として与えられた、通学校指定処分における指定選択に関する裁量権の目的を無視し、他地区一部住民の教育に何ら関係のない不法、不当な圧力に屈するの不当な動機に基づいて恣意的になされ、合理的理由を全く欠く著しく不公正な行政処分であつて、明らかに違法なものといわなければならない。

五、申請人等は昭和四三年御庁に対し昭和四三年一月二九日付通学校指定処分の取消訴訟を御庁に提起し御庁同年(行ウ)第二一号事件として既に係属中である。而して、さきに御庁に対し昭和四三年三月一五日付通学校指定処分の取消の本訴を昭和四三年三月二八日提起し、これを原因としてその行政処分の執行停止を申請したところ、三月一五日の通知は行政処分ではないから執行停止をすべき行政処分は不存在であるとの理由で却下されたものである。この判示からよみとれる事は本件一月二九日の通学校指定処分が唯一無二の通学校指定処分であるとの見解であるのでこれをとらえ本訴を提起したものである。

六、必要性について

申請人等の児童は既に通学を認められている兄姉と共に家を出て近所の保育園当時からの友人(田原町居住者で中部小学校へ通学を認められている者)達と相つれだつて学校へ行くと称して聞かず四月二日の入学式より中部小学校へ通学を開始したのであるが、申請人等は兄姉と共に家を出た新入一年生が兄姉と共に中部小学校へ通学するのでトラブルがあつてはと心配で中部小学校へ足を向けたところ、入学式からもしめ出され、教室は割当てられず机もない状況であつた。それでも教師は児童に与える悪影響を考慮してか平穏に四月三日の日は経過したが面子にこだわり教育を真に考えない被申請人の圧力がかゝつたためか四日頃より校長を通じ教室に入れる事を封ぜられ、空教室を利用して父兄である申請人等が机を準備して申請人等の児童を収容したが、この教室にも鍵をかけられ完全にしめ出されるに至つた。やむを得ず申請人等の児童は川岸地区公民館を利用して現在寺小屋教育を開始した。交通戦争と云われる交通事故の多い現在、前述の如き危険な悪路を通学させるわけにはいかないからである。その危難を避け自己防衛するためである。勿論教師には免許状を所有した老練な元教員を依嘱して授業は続けられているが、このような状態は児童の人格形成の出発点たる義務教育たる学校教育のスタートとしては極めて異常な現象で児童に与える影響は極めて大きいと云わねばならない。

田原町ではこの紛争に驚きいろいろ解決のための働きがあつたが申請人等の川岸地区は田原町全町の戸数の二・五%を占めるにすぎない弱小部落であり(旧神戸村として見ても全体の一割強にすぎない弱小部落なのである)正論をいか程説いても少数意見として否定されると云う状態である。それ程封建性が強くボスの力の強い町なのである。町会議員は総数三〇数名のうちようやく一名出しているにすぎない。言論の筋が通らない場合は暴力を誘発する事となる。現に同町白谷地区では教育委員が殴打され傷害事件がおきている。しかし申請人等は良識ある住民であるから最後の手段として司法裁判所の救済を求める方針をきめ判例を発見し加須市へ急行し、本人に面接し、申請人代理人の住所氏名を知り三月二四日突然自宅を訪ね窮状を訴え情熱をこめて事件受任方を懇請したものである。申請人代理人は弁護士として基本的人権の擁護を指命とする責務に鑑みその情熱に動かされ児童に支える悪影響の排除のみを目的とし徹宵で証拠を集め訴状を作成し先の三月二八日の手続をなしたものであつた。従来町村合併に伴う学校統合等で一年間以上に及ぶ寺小屋教育等の変則状態が現出した例は数多く存在するが(三重県、栃木県の例等)司法裁判所へ真摯な救済を求める例は殆んどなかつた。この理由は政治的に多数或はほゞ半数に近い人口をかかえる地区であつたりして政治力強く、すべて政治的解決の自信のあつた地区の例であつた。そのため裁判例は殆ど存在しない。申請人等は言論による陳情請願等あらゆる手段をとつても正論を認められず多数の暴力により権利を侵害されているものであり、最後の手段として司法裁判所の救済を憲法上の権利として訴求しているものであるから、その真情をくみとられ速に平和な社会生活を回復していただきたく本件執行停止申請に及んだものである。そしてこれを認容して大人の紛争によつて大変な被害を蒙つている児童の教育を受けると云う憲法第二六条の権利を保障されたい。

(別紙目録省略)

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