大判例

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名古屋地方裁判所 昭和44年(ヨ)1902号 判決 1972年7月12日

申請人

吉川正吾

外一〇名

右訴訟代理人

久保田昭夫

外六名

被申請人

名鉄運輸株式会社

右代表者

井上鮮二

右訴訟代理人

高橋正蔵

外一名

被申請人補助参加人

名鉄運輸労働組合

右代表者

吉村富士夫

右訴訟代理人

小林直人

外一名

主文

一、申請人らが被申請人の従業員の地位を有することを仮に定める。

二、被申請人は、申請人らに対し、昭和四四年一二月三日より本案判決確定に至るまで毎月二八日限り別紙その二平均賃金月額欄記載の各金員を仮に支払え。

三、訴訟費用は、被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、申請人「主文と同旨」

二、被申請人「申請人らの申請を却下する。訴訟費用は、申請人らの負担とする。」

第二、当事者の主張

一、申請の理由

(一)  被申請人は、名古屋市に本店を置き、全国に九支店および八〇営業所を有し、路線免許三、九〇〇粁、八四運行系統で主として、一般路線トラック運送業を営み、資本金は六六〇、〇〇〇、〇〇〇円、従業員数は約三、六〇〇名である。

(二)  申請人らは、別紙その二入社年月日欄記載の各日時に被申請人の従業員として入社し、被申請人の名古屋支店に配属され、申請人松下は地域貨物運送業務に、その余の申請人らは、長距離貨物運送業務にそれぞれ従事していた。

(三)  被申請人は、昭和四四年一一月三〇日申請人らに対し、同年一二月二日付をもつて就業規則第三五条一項六号(組合員である職員が組合から除名され、または脱退したときは解雇する旨の条項)に基づき解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

<後略>

理由

一、被申請人が、申請人ら主張のとおりの一般路線トラック運送を業とする株式会社であること、申請人らが、その主張の各日時に被申請人に従業員として入社し、その主張の業務に従事していたこと、被申請人が、昭和四四年一一月三〇日申請人らに対し、申請人ら主張のとおりの本件解雇をなしたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二よつて本件解雇の効力につき判断する。

(一)  申請人らが参加人の組合員であつたこと、被申請人と参加人との間には昭和四一年九月一〇日以降本件ショップ協定が存すること、本件解雇は、右ショップ協定を適用してなされたものであることは、当事者間に争いがない。

つぎに、申請人伊藤、同西東、同吉沢、同宮沢、同松下が被申請人主張の各日時に参加人に対し脱退届を提出したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、その余の申請人らが参加人に脱退届を提出した日は、被申請人主張のとおりであることが認められ、これに反する証拠は存しない。

ところで、労働組合からの脱退は、原則として組合員の自由意思に委ねらるべき性質のものであるから、組合機関に対し、その旨の意思表示をすることによりその効力を生じ、たとえ組合規約上組合機関の承認を要する旨定められていても右意思表示の効力に何らの消長を及ぼすものではない。

従つて、申請人らが、参加人に脱退届を提出した前記各日時に、申請人らは、参加人を脱退したというべきである。<証拠判断省略>

これに反する被申請人の主張は採用できない。

してみれば、右のように脱退の効力が生じた後に、申請人らにつき、仮に参加人が除名ないし脱退確認(承認の意味に解される。)の決議をなしたとしても、右各決議は何らの法的効力を生ずるいわれはない。

以上に説示したところによれば、本件解雇は、申請人らが参加人から脱退したことを理由に、本件ショップ協定を適用してなされたものというべきである。

(二)  ところで、<証拠>によれば、申請人らは、別紙その二全自運加入年月日欄記載の各日時に全自運に加入届を提出し、そのころ申請人ら主張の全自運名鉄支部の組合員となつたことが認められる。

一般に労働組合のもつ団結権は、対内的な統制権能と、組織外労働者の組織化という対外的な権能との二つの側面があるが、労働者が二組合の一方から脱退して他方の組合に加入するという行為は、一方の組合のもつ団結権の対内的権能を害する反面、他方の組合のもつ団結権の対外的権能の発現と認められる。

従つて、この場合、一方の組合とのショップ協定によつて脱退者を解雇することは、その組合の対内的権能を擁護することにはなつても、それと同時に他方の組合の対外的権能を害する結果を招来することになる。もともと、ショップ協定は、使用者の助力によつて団結を強化するという側面をもつから、この助力が右のように団結権相互の衝突の場において、一方の組合の団結権を擁護し、他方の組合の団結権を圧迫する結果を招来するようなことは許されるべきではあるまい。

この見地からすれば、一方の組合から脱退し、他方の組合に加入した者に対しては、一方の組合と使用者とのショップ協定の効力は、およばないと解するのが相当であり、この理は、右他方の組合が企業内組合であるか、全国単一組織の企業外組合であるかによつて異るところはないと解すべきである。

もつとも、右の立論における他方の組合(通常はいわゆる少数派組合であろう。)とは、団結権の保障をうけるに価する自主的な組合であることを要すると解すべきであり、一方の組合の分派活動分子の集団にすぎないと目されるものは、ここでいう他方組合にはあたらないというべきである。

これを本件についてみるに、申請人らは、前記のとおり、参加人から脱退し、全自運に加入し、全自運名鉄支部の組合員となつたのであるから、右組合が労働組合としての独自性、自主性を有する限り、本件ショップ協定は申請人らにおよばないことは明らかである。

(三)  よつて、右の見地に立つて全自運名鉄支部が、右のような独自性、自主性を有する組合であるか否かにつき考察する。

被申請人の従業員の組織する企業内組合である名鉄運輸労働組合が、申請人ら主張の経緯により全自運(当初は全自運連合会、昭和三五年一〇月全自運と改称)に団体加盟し、名称を旧全自運名鉄支部と改称したこと、愛自運連合会が申請人ら主張の経緯により愛知地本と改称したこと、全自運は、昭和三七年一〇月の規約改正により個人加盟を原則とする方針を打ち出したこと、改正規約第六条は申請人ら主張のとおりであること、当時の旧全自運名鉄支部の組合員数は約二、七〇〇名であつたこと、その後申請人ら主張のとおりの経過で旧全自運名鉄支部は昭和四一年三月一九日の第七回臨時大会において全自運から脱退する旨の決議及び申請人ら主張のとおりの組合名称の変更決議をなし、そのころ愛知地本に全自運脱退の意思表示をなしたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

申請人らは、右昭和四一年三月一九日の第七回臨時大会以前に、旧全自運名鉄支部の全自運に対する加盟方式は団体加盟から個人加盟に切り変えられていたから、右大会における前記脱退決議成立後も、旧全自運名鉄支部はいぜんとして存続している旨主張し、<証拠判断省略>他に右主張を認めるに足りる疎明は存しない。

却つて<証拠>によれば次の事実が認められる。

1  全自運は前記のとおり昭和三八年三月施行の規約改正により単一化の方針は打ち出したものの、規約自体に団体加盟方式を存続させており、現実にも団体加盟の組合が相当数存していた(規約第二条は本組合は労働者及び労働組合をもつて組織すると規定していた。)。旧全自運名鉄支部もその一つであつた。そして、旧全自運名鉄支部は当初から一貫して団体加盟のままであり、愛知地本に対する組合費の納入についても、単組として組合員数を実数より少なめに報告し、その員数分の組合費を納入していた。

2  旧全自運名鉄支部組合員のうち、前記脱退決議に反対する太田勇ら約二〇〇名は右脱退決議には、いわゆる引きさらいの効力はないとの考えの下に、全自運残留による旧全自運名鉄支部の存続を主張し(以下これらの者を「全自運残留派」という。)、前記昭和四一年三月一九日の第七回臨時大会当日再建準備委員会を開き、同月二八日東京で旧全自運名鉄支部の名において大会を開催し、同年四月三日宇都宮市において右大会の続会を開催し、旧全自運名鉄支部を存続させる旨の決議をし、申請人ら主張のとおりの新役員を選出し、翌四日参加人に対し右存続決議と新役員名を通告し、かつ、組合財産、斗争積立金の引渡を要求し、同日被申請人に対し同様の通告をなし、同月一四日団交を申入れたが、被申請人は旧全自運名鉄支部は改称して参加人になつたことを理由に、その存続を認めず、団交申入を拒否し、愛知地労委に対する団交あつせん申立も不調となつた。この間全自運残留派の数は、当初の約二〇〇名から八〇名余となり、同月二一日に太田勇らから右八〇名余の氏名を記載した名簿が被申請人及び参加人に提出されたが、参加人の説得工作により参加人に復帰するものが増加し、遂にその数は三三名に減少した。

3  その後全自運残留派のうち、太田勇ら六名は参加人から統制違反を理由に同年四月一三日除名され、被申請人は同年七月四日右被除名者を解雇し、太田勇らと被申請人の間に右解雇の効力をめぐる訴訟上の紛争が続けられるようになつた(右太田勇らの除名ないし解雇の経緯は、当事者間に争いがない。)。<証拠判断省略>

以上に認定した事実によれば、旧全自運名鉄支部は全自運に組織体として団体加盟していたものであり、その加盟方式は、昭和四一年三月一九日の前記脱退決議に至るまで変らなかつたのであるから、右決議に基づき脱退届が愛知地本に提出された以上、これにより旧全自運名鉄支部は、全自運から単一組合としての組織体として脱退したものというべきである。

申請人らは、全自運脱退決議は全自運脱退賛成者が共同してなした脱退意思の表明に過ぎないと主張し、上部団体に団体として加盟している組合のした上部団体からの脱退決議の効力については、いわゆる引きさらいの効力を否定する見解も存するけれども当裁判所は右見解とは異なり引きさらいの効力を認めるのが相当と解するから、申請人らの右主張は採用しない。

従つて名運労組と改称した参加人は、旧全自運名鉄支部とその同一性を保持している組合と認めるべきであるから太田勇ら全自運残留派も当然に前記脱退決議に拘束され全自運を脱退した参加人の組合員というべきである(旧全自運名鉄支部の前記脱退決議の前後において同組合が民主的な多数決制による正常な組合運営が不能になるとか、または著しく困難になるとかという事情は認められないから旧全自運名鉄支部が全自運残留派と参加人とに分裂したものとみることは困難である。)。

そこで太田勇らの全自運残留派の前記一連の行動をいかに評価すべきかというに、先に認定したとおり太田勇らは、旧全自運名鉄支部の存続を主張し、参加人に加入しないことを申合せ、独自の大会を開き、独自の役員を選任し、参加人とは別箇に独自の労働組合としての活動を開始しているところからすれば、昭和四一年四月四日に長田勇らが参加人に対しなした前記通告は、反面において、太田勇らが参加人の組合員ではない旨を表明しているものと見られるから右通告は実質上同人らが参加人から脱退する旨の意思表示を包含していたものと解するのが相当である。

そして労働組合からの脱退は、組合に対しその旨の意思表示をすることによつて効力を生ずることは、前記のとおりである。

従つて太田勇らは右通告により参加人を脱退し、同時に全自運名鉄支部と称する全自運の下部組織を新たに結成したものというべきである。

右太田勇らの前記一連の行動を右のように評価できるとすれば、同人らが参加人を脱退し、全自運の下部組織を結成した時点以降における同人らの行動に、参加人内部における分派行動と目し得ないことは明らかであろう。

以上のとおり、右全自運名鉄支部は、全自運の下部組織であり、全自運は、全国単一組織を建前とする企業外組合として組合としての独自性、自主性を有することは、弁論の全趣旨により成立を認めうる疎甲第三九号証により優に窺知できる。

(四)  してみれば申請人らの加入した組合である全自運が労働組合としての独自性、自主性を有する以上、先に説示した理由により本件ショップ協定の効力は申請人らに及ばないから、右協定を適用してなされた本件解雇は、その余の点につき判断するまでもなく、当然に解雇事由を欠き無効というべきである。

昭和四一年九月以前に旧ショップ協定が存したかどうかは、当事者間に争いがあるが、仮りに旧ショップ協定が存していたとしても、前述のとおり、その効力はその当時参加人から脱退した申請人吉川に及ばないから、右ショップ協定の存否は前記判断に何らの消長を来たさないというべきである。

三本件解雇が無効である以上、申請人らはいぜんとして被申請人の従業員としての地位を有することは明らかであり、申請人らが本件解雇当時被申請人より毎月二八日申請人ら主張のとおりの賃金の支払を受けていたことは当事者間に争いがないから、申請人らは民法第五三六条二項により本件解雇以降も、右賃金債権を有することは明らかである。

<証拠>によれば申請人らは右賃金を唯一の生計の資とする労働者であり、本件解雇後においては、アルバイト、カンパ金等の収入によりかろうじてその生計を維持し、各自借財を負つており、被申請人から右賃金の支払のないまま本案判決の確定を待つていては著しい損害を受けるおそれがあることが認められ、右認定に反する疎明はない。

四してみると本件仮処分申請は、被保全権利および保全の必要性が疎明されたものというべく、申請人らが依然として被申請人に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定めることおよび本件解雇の翌日である昭和四四年一二月三日から毎月二八日限り前記賃金相当額の仮払を求める本件仮処分申請はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(松本武 渕上勤 植村立郎)

別紙その二<省略>

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