名古屋地方裁判所 昭和44年(レ)17号 判決 1969年10月18日
控訴人 北村文男
右訴訟代理人弁護士 山口源一
同 服部猛夫
被控訴人 宮崎努
右訴訟代理人弁護士 石原金三
同 久野忠志
同 小栗厚紀
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(控訴人)
原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(被控訴人)
主文同旨。
第二、当事者の主張、証拠の援用は、左記に附加するほか、原判決事実欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
(一) かりに、訴外森岡孝子(旧姓宮崎孝子)が被控訴人名義で本件金銭貸借契約を締結し、これにともなう債務の履行につき本件執行認諾の意思表示をしたことが、被控訴人の関知承諾しないところであったとしても、被控訴人は後日訴外森岡孝子の右各行為を控訴人あて追認した。
(二) 訴外森岡孝子は、本件金銭貸借契約ならびに本件執行認諾の意思表示の当時、被控訴人の妻で、被控訴人との婚姻共同生活上、その日常の家事につき代理権を有していたところ、右各行為はその日常家事として、右代理権の範囲でなされた。
(三) また、訴外森岡孝子の前記各行為が、被控訴人との婚姻共同生活における日常家事に含まれないとしても、訴外森岡孝子は前記家事代理権を有していたところ、控訴人は、訴外森岡孝子の前記各行為が右日常家事代理権の範囲でなされているものと信じて取引をしたのであるから、被控訴人は、表見代理の法理の適用上訴外森岡孝子の前記各行為の責任を免れることはできない。
(被控訴人の答弁)
控訴人の右(一)ないし(三)の主張は否認ないし争う。
(証拠)≪省略≫
理由
一、両当事者原審における主張に対する当裁判所の判断は、原判決理由欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
二、そこで、控訴人主張第一項について判断するに、≪証拠省略≫によれば、訴外森岡孝子が、昭和四二年八、九月頃、被控訴人の承諾を得たうえ、被控訴人名義で、加藤善規から、数万円を借り受け、後日、被控訴人が、訴外森岡孝子を同道のうえ加藤善規を訪れ、同人あて右借入金を支払った事実が認められる。しかしながら、右事実をもってしては、いまだ被控訴人が本件取引について、事後に控訴人あて承諾追認したと推認するに十分でなく、他に控訴人主張事実を認めるに足りる証拠はない。
三、つぎに、控訴人主張第二項について判断するに≪証拠省略≫によれば、本件金銭貸借契約の締結ならびに執行認諾の意思表示のなされた当時、訴外森岡孝子が、被控訴人の妻で、被控訴人との婚姻共同生活について、その日常の家事を処理する立場にあったことが認められる。しかし弁論の全趣旨により明らかな本件金銭貸借契約にもとづき控訴人が貸付けた金員がわずか四万余円であった事実ならびに婚姻共同生活中において、日常の家事を処理するうえで右程度の金額の金員の借入、支払などが一般になされるという当裁判所に顕著な事実を考慮しても、前記証言ならびに本人尋問の結果によれば、本件金銭貸借は、元来、訴外国村義裕が従前控訴人に対し負担していた債務を借り替えるにつき、訴外森岡孝子が、知人としてこれを保証すべく連帯債務者の形式を仮装し控訴人と契約を締結しなしたもので、森岡孝子は控訴人との間で実質上他人の借財に対する保証契約を締結したにとどまることが認められるのであるから、本件森岡孝子の取引をもって被控訴人と訴外森岡孝子との婚姻共同生活上その日常の家事を処理すべくなされたものとすることはできず、当審における控訴人本人尋問の結果は、右認定を左右するに足りない。したがって、本件金銭貸借契約の締結が、被控訴人と訴外森岡孝子の婚姻共同生活上、いわゆるその日常家事代理権の範囲でなされたことを前提とする控訴人の主張は採用できない。
四、また、控訴人主張第二項について判断するに、民法第七六一条は婚姻共同生活を営む配偶者の一方が、その日常の家事についてなした行為について、他の配偶者が連帯責任を負う旨規定するが、右の規定は、元来、旧法が妻について、日常の家事については夫の代理人とみなすとしていたのを改め、夫婦各自の家事に関する管理権、すなわち、夫婦の別産制を前提としたうえで、日常家事を処理するうえで一方配偶者がなす取引について第三者が蒙むることあるべき危険不安の排除について、これを一般的な代理ないし表見代理の法理によらないで、前示法条の範囲でもっぱらいわゆる家事代理権の名の下に、他方配偶者に連帯責任を負担させる方法で処理すべく制定されたものであることに鑑みれば、同条のいわゆる家事代理権は、一般取引の分野で論じられる本来の代理権と異なるのであるから、これをさらに民法一〇九条以下の一般取引についていわれる表見代理の基本代理権とし、あるいは一方配偶者の責任拡張の根拠とすることは、民法七六一条が家事管理と一般取引の安全の調和を求め前示七六一条の範囲でのみ限定的に夫婦相互に日常家事の上での連帯責任を認めようとした趣旨を没却することとなり許されないところといわなければならない。
したがって、民法七六一条にいわゆる家事代理権を前提として被控訴人について表見代理制度にもとづく責任を問おうとする控訴人の主張は採用できない。
五、そうすると本件公正証書はその表示する実体が控訴人、被控訴人間に存在するとはいえず、これによる強制執行は許されないこととなる。
以上の次第であるから、被控訴人の本件請求は正当で、これを認容した原判決は相当であり、控訴は理由がない。
よって本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条および第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田正武 裁判官 日高千之 鬼頭史郎)