名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)1128号 判決
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〔判決理由〕得べかりし利益の喪失
原告は、本件事故当時三一才で、夫の丸山光男と四人の子供(昭和四五年一一月当時で、中学三年、同一年、小学四年、及び未就学の四人)の六人家族で、夫は木村工業につとめて日収金二、五〇〇円(一ケ月に二三日位)の収入を得ており、原告はミシン加工の内職をしていた。この内職による収入について<証拠>には一ケ月の加工賃が金三万円程度であつたという記載があるけれども、この記載内容は西田千代子の記憶に基づくというだけで、確実な原始記録に基づくものではないから全面的に直ちに措信することはできない。そして<証拠>によつて認め得るところの、右内職の内容、経費、所要時間、家計、資産増加の有無並に右家族関係等と日本統計年鑑(第一九回)の統計(二六九表)によれば、昭和四二年のわが国における女子ミシン縫製工(平均勤続年数3.3年)の月額給与額は工員たる労働者として働く場合で平均金一万七、二〇〇円であることを綜合して見ると、これによる収益は一ケ月金二万円程度のものであつたと認めるのが相当である。原告は本件事故以来右の内職をしていない。しかしながら、前示のとおり、原告の症状は次第に軽快して昭和四三年一〇月五日頃労災等級一四級程度に大体固定しているのであるから、客観的に考慮すれば、その労働能力の喪失量は昭和四三年一〇月五日頃までは全損、その後二年間の昭和四五年一〇月五日頃までは平均して五%減と認めるのが相当である。(それ以外の分は、本件事故による損害としての相当因果関係を欠くものというべきである。)そうすれば、原告が本訴において請求している昭和四三年七月一日以降の喪失額の合計は金八万七三三三円となる。(藤井俊彦)