名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)1848号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告らは重太郎の右死亡が本件事故に基づく同人の前記傷害を原因として発生したものである旨主張するので判断する。
<証拠略>に前記争いのない事実を総合すれば、重太郎は昭和四三年三月二六日午前九時三五分頃本件事故に遭遇し、直ちに救急車で安井病院に運ばれ、その際頭部、顔面(左前額部、左前顎部)挫創、頬部挫傷の診断を受けたこと、傷口は土砂で汚れていたがいずれも深くはなく、意識は明瞭、血圧は一七〇から一八〇で全身状態は良好であつたこと、その後同病院に一〇日間入院して安静薬物療法を受けた結果、創傷も治癒し、訴えもなくなつたため同年四月四日には元気で退院したこと、その後は同月八日に本件事故によつて弛緩動揺するにいたつたとみられる歯を抜いたほかは特に目立つた異常もなく生活していたところ、同月一一日突然路上で倒れ、意識不明のまま名古屋市立大学病院に入院したこと、その際同人の顔色は青く、泡を出し、いびきをかいているようなことはなかつたこと、同日高木卓爾医師によつて脳心部の血腫が原因であると診断され、翌一二日血腫摘出手術が実施されたが、同月二二日死亡するに至つたこと、その死因は同医師により脳卒中(脳内出血)を診断されたこと、重太郎は死亡当時七三歳の高齢であつたが本件事故当時も大工として働き、それまでも特に病気らしい病気をしたことがない健康体であつたこと、以上の事実が認められる。
以上認定の事実経過からすれば重太郎の死因となつた脳心部の血腫が一応本件事故による頭部外傷に基づく脳内出血に起因するものではないかとの疑いも抱かれ、前掲甲第八、九号証によれば前記高木医師も脳内出血の原因は「交通事故による可能性も考えられる」或いは「交通事故に起因しないとは言えない」と診断している。しかしこの点の事情について証人(医師)高木卓爾は「道で倒れておつたところを連れてこられて、新しい外傷はなかつたですが、こういうことが問題になつたときに、死体解剖がやつてあればもつとはつきりするかも知れないということですね。そういうことでご家族に申し上げたんですけれども、その必要はないということで承諾されなかつたんです。それで結局どちらかわかりませんもんですから、どちらの診断にするか、どちらにも確定させることができなかつたもんですからそういうような書き方をしたんですけれども、特にそういうことを言う十分な理由はなかつたわけです」と証言し、その他の証言部分においても結局両者の因果関係を肯定するのをさしひかえている。かえつて鑑定人(医師)永井巌の鑑定の結果によれば同医師は脳内血腫が外傷性のものでその部位が脳実質内であれば伴うであろう神経症状が発現していないこと、血腫形成部位、重太郎の年齢、血圧等の諸要因を検討した結果、重太郎の脳内出血がむしろ動脈硬化症に陥つた脳血管の破裂に起因した可能性が強いとの結論に達したことが認められる。以上の認定事実を総合して判断すると重太郎の本件事故に基く傷害と死との間に相当因果関係があるとはにわかに断定し難く、ほかに同人の死が本件事故の結果生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。
(西川力一 藤井俊彦 柄多貞介)