名古屋地方裁判所 昭和44年(行ウ)14号 判決 1970年7月28日
原告 金 安猛
被告 名古屋入国管理事務所主任審査官
訴訟代理人 中村盛雄 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
(原告の求める裁判)
被告が昭和四三年九月二四日付でした原告に対する退去強制令書発付処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告の求める裁判)
主文同旨の判決。
第二、主張
(請求原因)
一、原告は昭和一八年(一九四三年)六月二一日日本で出生し、爾来日本に居住する朝鮮人で、「ポッダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸令の措置に関する法律」(以下「法律一二六号」という。)第二条第六項の該当者である。
二、ところで原告は昭和四二年一一月三〇日名古屋地方裁判所において強姦罪等により懲役二年四月の刑に処せられ、同年一二月六日右判決が確定したため福井刑務所に収容され服役していたが、昭和四三年六月一一日名古屋入国管理事務所入国審査管より出入国管理令第二四条第四号リに該当するとの認定をうけたので、同日右認定に異議ありとして口頭審理を請求したが、同所特別審理官は同年七月四日口頭審理を行い、右認定に誤まりがないと判定した。そこで原告は更に法務大臣に異議申出をしたところ、法務大臣は同年九月一一日右異議申出を棄却した。
三、そこで被告は原告に対し、昭和四三年九月二四日退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)をなし、昭和四四年三月一四日原告が前記刑務所を仮釈放により出所したので、同日入国警備官が本件処分を告知し、その執行をして名古屋入国管理事務所に収容し、同月一八日大村入国者収容所に移送した。
四、しかしながら本件処分には次のような違法がある。
(一) 出入国管理令は法律一二六号第二条第六項該当者には適用されないから、同令に基づきなされた本件処分は違法である。即ち
(1) 現在日本には約六〇万人の朝鮮人が居住しているが、これらの人達は一九一〇年(明治四三年)の「日韓併合」以来の旧大日本帝国の朝鮮に対する植民地収奪政策により祖先伝来の土地と生業を失つたため、日本内地に流入し、或いは日本の戦争政策遂行のための徴兵、徴用により強制的に連行され、何十年もの間の日本での生活により日本に定着するに至つた人達とその子孫であるが、太平洋戦争終了前の三六年間に及ぶ植民地支配の時期に、これら在日朝鮮人の歩んだ受難の道は、関東大震災における大虐殺「内鮮一体化」の名のもとに行われた朝鮮民族の民族文化の抹殺、「皇民化」と称して行われた朝鮮人の姓名まで奪い取る「創氏改名」、「国民精神総動員」「大東亜共栄圏」の美名の下に行われた「強行連行、奴隷狩り」、「徴兵、徴用」等枚挙に暇がない。
(2) かような歴史的特殊事情からみれば、日本の敗戦を契機として在日朝鮮人が「外国人」となつたからといつて、一般外国人と同視してその居住の権利を剥奪制限することは許されない。かような見地から、在日朝鮮人に対し日本での居住上の利益を保護するために設けられたのが法律一二六号である。
(3) 法律一二六号第二条第六項は「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留するもの(昭和二〇年九月三日からこの法律施行の日までに出生したその子を含む。)は、出入国管理令第二二条の二、第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」と規定し、在日朝鮮人については「在留資格」と「在留期間」という出入国管理令上の二大要素がなくても、本邦に居住生活できるとして、在日朝鮮人を同令の適用外に置いている。
(4) 従つて、法律一二六号該当者である原告に対し、同令第二四条第四号リに該当するとしてなした本件処分は違法である。
(二) 本件処分には裁量権の濫用ないし逸脱の違法がある。すなわち
(1) 出入国管理令第二四条は「左の各号の一に該当する外国人については……本邦からの退去を強制することができる」と規定し、退去強制令書を発付するか否かは行政庁の裁量に委している。
(2) そして右裁量の基準としては、まず同条第四号ヨが「イからカまでに掲げる者を除く外、法務大臣が日本国の利益又は公安を害する行為を行つたと認定する者」と規定していることからも明らかな如く、「日本国の利益又は公安を害する行為を行つた者」であることが第一であり、基準の第二は、外国人の追放は、一般人の正義感情に適合した、追放を受ける者を不必要に苦しめない様な方法でのみ行なわれるべきだという条理である。
(3) ところで原告は、昭和一八年六月三一日金安某を父とし金順任を母として山口県小野田市で出生し、昭和三一年山口県美禰郡別府堅田小学校、昭和三四年同中学校、昭和三八年北九州市九州朝鮮高等学校を卒業し、同年四月東京都小平市朝鮮大学校に入学したが、翌年七月事情により同校を中退し、以来父方の叔父である名古屋市港区稲江新田野跡一一一〇の一金安栄学方に寄宿して、同人経営の鉄工所に自動車運転手として勤務していたのであり、何ら日本国の利益又は公安を害する行為を行つた者ではないのである。
(4) また、原告の父は昭和二三年に死亡したので、原告の母は昭和二六年姜水岩と再婚して山口県宇部市藤山区平原に居住しているが、右姜水岩は土木請負業を営むかたわら、在日朝鮮人総連合山口県宇部支部財政部長の職にある。そして右姜水岩、母金順任、異父弟妹姜貞前、姜貞、姜徳浜、姜とき江、姜徳治の七名は、昭和四二年七月一三日赤十字社臨時帰還業務対策本部長あてに朝鮮民主主義人民共和国(以下単に「共和国」という。)への帰国申請をなしたが、帰国業務うち切りのため未だ帰還できず、また原告も朝鮮人学校で民族教育を受けたものとして、同共和国への帰国を希望し、その旨の上申書を法務大臣等に提出している。ところで本件退去強制令書の送還先の記載は「朝鮮」となつているが、大韓民国は承認しているが、共和国とは国交を結んでいない日本国政府の態度から考えれば、「朝鮮」とは「大韓民国」(以下単に「韓国」という。)を指すものであるところ、もし原告が送還されることになれば、当然共和国に帰還することが不可能になるばかりか、原告が共和国系であることに基づき処罰される可能性もあるから、韓国への送還は原告に不必要な苦痛を与えるものである。また原告は「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」第一条第一項に該当するので、韓国籍を取得すれば日本に永住しうるのであるが、原告は共和国公民たることに強い誇りを持ち、韓国籍を取得する意思をもたず、永住権の申請も行わなかつたため、本件処分をうけたものである。従つて本件処分は実質的には原告の国籍選択の自由を奪い、韓国籍の取得を強要すると同じ効果をもつものである。
(5) 以上の如く本件処分は前記裁量の基準第一に合致しないのみならず、第二の条理にも反するものであるから、本件処分は違法である。
(三) 仮にしからずとしても、出入国管理令第五〇条一項によれば、法務大臣は同令第四九条三項の異議の申出について裁決するに当つて、特別審理官の判定の適否のみならず、特別在留許可を与えるか否かについても判断したうえ右裁決をなすべきであるところ、本件処分の先行行為たる右裁決には原告に対する特別在留許可を与えるか否かの裁量につき、裁量権の濫用、逸脱があるので、本件処分は違法である。すなわち
(1) 原告の経歴、原告および母金順任の家族七名が共和国に帰還を希望していること、本件令書記載の送還先が「朝鮮」となつていることは前述のとおりである。
(2) ところで、日本政府が共和国と国交を結んでいない現在、原告は韓国に送還される虞れが非常に強いことは前記のとおりであるが、韓国政府が共和国の存在を認めず、これを敵視し、共和国を支持、承認するものは勿論「南北統一」を少しでも口にする者は反逆者として死刑をもつて臨んでいる今日、原告がもし韓国に送還されれば、朝鮮国籍を堅持し、共和国への帰国の意思を公然に表明している原告に対して、刑罰が課される危険が極めて大である。
(3) 仮に出入国管理令第五二条第四項に定める共和国へ自費出国する方法があるとしても、原告には右費用がないため自費出国の方法をとり得ない。従つて原告は大村収容所に永久に収容されるか、韓国へ送還されるかのどちらかである。
(4) か様な事情がある以上、法務大臣が原告に対し特別在留許可を与えなかつたのは裁量権の濫用ないし逸脱があつたものというべきである。従つて、かかる違法な裁決を前提としてなされた本件処分も違法なものとして取消を免れない。
(四) 本件処分は確立された国際法規、憲法第九八条第二項に違反する。すなわち
(1) 外国人追放に関する国際法規の存在
「人権に関する世界宣言」第九条は「何人もほしいままに逮捕され、拘禁され、又は追放されることはない」と定めており、昭和四一年一二月一六日国連総会において成立した「国際人権規約」のうち、市民的政治的諸権利に関する規約第一三条は、外国人の追放は、国家の安全保障の必要がある場合のほか、法律に基づく決定に準拠し、かつ適正な手続の下において行われるべき旨規定した。
これは、「その国の公序と公安に対してその外国人の存在が重要な脅威を与えること」が平時における外国人追放の正当な理由であるとする国際慣習法が明文をもつて諸国家の承認を得たことを意味する。
(2) 離散家族の保護についての国際慣習法の存在
一九五一年一一月インドニユーデリで開かれた国際赤十字第一九回国際会議において、戦争、内乱その他政治的な紛争で生じた離散家族を再会させる決議が採択され、このことからも離散家族を再会させること、離散家族を生じさせないようにすることが確立された国際慣習法となつていることが明らかである。
(3) ところで、原告の存在が日本国の公序と安全に対して重要な脅威を与えるものでないことは前記の事情から明らかであり、また原告が国外に退去させられる時は、原告の母、異父弟妹達と離散することになるのである。
(4) 従つて本件処分は右確立された国際法規に違反するのみならず、右の遵守を規定した憲法第九八条第二項に違反するものである。
三、よつて本件処分の取消を求める。
(被告の答弁)
一、請求の原因第一項ないし第三項記載の事実は認める。
二、第四項(一)記載の事実は争う。
三、第四項(二)記載の事実のうち、(3) の原告の経歴は認める。但し原告が出生したのは山口県厚狭郡船木町であり、朝鮮大学校を中退したのは昭和三九年九月で、その後名古屋市南区弥次エ町五の一二の叔父金安緊雄方に身を寄せてトラツク助手(四カ月)となり、次いでパチンコ店々員(一〇カ月)となり、自動車運転手となつたのは昭和四一年四月以降である。また(4) の事実のうち原告の家族関係、日本赤十字社が行つていた帰還業務が現在行われていないこと、原告が法務大臣等に原告主張の上申書を提出していること、本件令書記載の送還先が「朝鮮」となつていることは認めるが、姜水岩らが共和国への帰還申請をなしていることは知らない。その余の事実はすべて争う。
四、第四項(三)(1) 記載の事実のうち、金順任の家族七名が共和国への帰還を希望していることは知らないがその余の事実は認める。(2) ないし(4) の事実は争う。
五、第四項記載の事実のうち、「人権に関する世界宣言」「国際人権規約」に原告主張の如き規定があること、原告主張の国際赤十字第一九回国際会議において、原告主張の決議が採択されたことは認めるが、その余の事実は争う。
(被告の主張)
本件処分には何らの違法はない。
一、法律一二六号第二条六項該当者に対しても、出入国管理令は適用される。すなわち、朝鮮人は、法律一二六号第二条第六項にいう「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力の発生の日において日本の国籍を離脱する者」として、同日以降外国人(出入国管理令第二条第二号)となり、同令の対象となつたが、法律一二六号は戦前からの特殊事情を考慮して、わが国が降伏文書に調印した昭和二〇年九月二日以前から引続き本邦に在留する者について、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず、右該当者については別に法律で定めるまで当分の間は引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができるとしたものであつて、あくまで同令第二二条の二の特則にとどまり、同令全般の、まして同令第二四条第四号の適用を排除しようとする決意ではない。このことは、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定第三条並びに同協定の実施に伴う出入国管理特別法第六条が、法律一二六号第二条第六項該当者に出入国管理令第二四条が適用されることを当然の前提として、退去強制の基準の緩和を定めていることからも明らかである。
従つて法律一二六号第二条第六項該当者には出入国管理令は適用されないとの原告の主張は全く理由がない。
二、本件処分には裁量権の逸脱、濫用はない。すなわち、出入国管理令第二四条は「左の各号の一に該当する外国人については……退去を強制することができる」と規定しているが、これは退去強制処分を行う行政庁の権能を規定したにとどまり、当該行政庁に処分を行うについての裁量の権限を与えていないいわゆる羈束行為であることは、同令第二九条から第四九条までの規定から明らかである。すなわち入国警備官は、同令第二四条各号の一に該当する疑のある者があれば、その者を収容して当該違反事実につき調査をなしたうえ、これを入国審査官に引渡さなければならない(同令二七条、第三九条、第四四条)ものであり、入国審査官は右引渡を受けた事件につき、容疑者が同令第二四条各号のいずれかに該当するか否かを審査し認定する(同令四五条第一項)ことを要し、また当該容疑者が右認定を不服として口頭審理の請求をしたときは、特別審理官は口頭審理を行い、右認定に誤まりがないか否かを判定(同令第四八条第三項第六項第七項)しなければならず、更に容疑者が右判定に対し異議の申出をなした場合には、法務大臣は右異議申出が理由があるか否かを審理し、裁決することを要する(同令第四九条第三項)ものとされている。か様に入国審査官の認定、特別審理官の判定および法務大臣の裁決は、いずれも容疑者が同令第二四条各号の一に該当するものであるか否かの点のみを審査し決定するよう義務づけられているのであつて、同令第二四条各号の一に該当する者につき、事案の軽重その他の事情を考慮する余地は全くなく、しかも主任審査官は、右の認定、判定、裁決の確定次第必ず退去強制令書発付処分をしなければならず(同令第四七条第四項、第四八条第八項、第四九条第五項)、令書発付処分をするか否かの裁量の余地はないのである。従つて主任審査官に自由裁量権があることを前提とする原告の主張は失当である。
三、法務大臣が原告に対し特別在留許可を与えなかつたことにつき、裁量権の逸脱、濫用はない。すなわち、出入国管理令五〇条に基づき特別在留許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に属するものであり、しかも右許可は、国際情勢、外交政策等をも考慮のうえなされる恩恵的措置であり、裁量の範囲が極めて広いものである。ところで原告は、強姦、傷害罪という兇悪犯罪により懲役二年四月の刑に処せられた者であり従つて同令第二四条第四号リに該当することは疑問の余地のないところである。
また、本件令書記載の送還先は「朝鮮」となつているが、右は朝鮮半島を指すものであり、調査の結果韓国籍を有することが判明したときは、本人の意思いかんに拘らず原則として韓国に送還するか、韓国籍を有しないことが判明した場合においては、本人が韓国政府の管轄権が現実に及んでいない朝鮮半島の地域に送還を希望する時は、その地域に送還することとなつている。原告は朝鮮人であり、右地域に送還されることを希望しているが、わが国は同地域と国交を持つていないので、同令第五二条第三項本文によつて右地域に直接原告を送還することはできない。しかし原告は同条第四項に基づき、主任審査官の許可を受けて、自らの負担により本邦を退去する、いわゆる自費出国の方法によつてその目的を達することができる。そして右地域への自費出国を希望した朝鮮人に対し、主任審査官が自費出国を不許可にした事例は存しないのである。また自費出国の費用は、ソビエト連邦の船舶を利用する場合は横浜、ナホトカ間ツーリストクラスCで二万一、二〇〇円、その他の船舶を利用する場合には、大阪港、南浦港間は数万円程度である。原告は右費用を負担する能力がない旨主張するが、原告の義父姜水岩は山口県宇部市において土木請負業を営んでおり、また身元引受人の叔父金安栄学は岡崎市において製紙原料商を営んでいるのであるから、その援助を得れば、負担に堪えられないとは思われない。
以上の事情を勘案すれば、法務大臣が原告に対し特別在留許可を与えなかつたことにつき、何ら裁量権の逸脱、濫用はない。
四、本件処分は確立された国際法規並びに憲法第九八条第二項に違反するものではない。すなわち、原告主張の世界人権宣言は、条約として締結されたものではなく、国際法上の拘束力を持たないものである。このことは、これら宣言が何ら具体的実体法的な規定ではなく、抽象的基本法則から成り立つていることも明らかである。
また、国際人権規約は、一九六六年一二月一六日第二一回国連総会において採択されたものであり、批准国はコスタリカ一カ国のみで、いまだ発効していない。従つて右規約の批准も行なわれず、加入もしていないわが国は国際法上その法的拘束力を受けるものではない。
更に国際赤十字の離散家族を再会させる決議はあくまでモラルの次元のもので、確立した国際的意識に支えられているものではない。
か様に確立された国際法規は存しないのであるから、従つて本件処分が憲法第九八条第二項に違反しないことは云うまでもない。
第三、証拠<省略>
理由
一、原告が日本国に居住する朝鮮人であつて、法律一二六号第二条第六項該当者であること、原告は昭和四二年一一月三〇日名古屋地方裁判所において強姦、傷害罪により懲役二年四月の刑に処せられ、同年一二月六日右判決が確定したため、福井刑務所に収容されたこと、原告は昭和四三年六月一一日名古屋入国管理事務所入国審査官より、出入国管理令第二四条第四号リに該当するとの認定をうけ、同日口頭審理を請求したが同所特別審理官は昭和四三年七月四日口頭審理を行い右認定に誤りがないとの判定をしたので、原告は更に法務大臣に異議申出をしたところ同年九月一一日棄却の裁決がなされたこと、被告は昭和四三年九月二四日本件処分をなしたこと、昭和四四年三月一四日原告が前記刑務所を仮釈放により出所したので、名古屋入国管理事務所入国警備官が本件退去強制令書を執行し、原告を同事務所に収容し、同月一八日大村入国者収容所に収容したこと、本件令書の送還先の記載は「朝鮮」となつていること、原告は父金安某、母金順任の間に昭和一八年六月二一日山口県下で出生し、その主張の日に小、中学校、朝鮮高級学校を卒業し、朝鮮大学校に入学したが、その後中退して自動車運転手をしていたこと、原告の父は死亡したので、母金順任は姜水岩と再婚し、山口県宇部市に原告の異父弟妹五名と共に居住していること、姜水岩は土木請負業を営むかたわら、在日朝鮮人総連合山口県宇部支局財政部長の職にあること、原告は法務大臣等に共和国へ帰還したい旨の上申書を提出していることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、そこで原告主張の本件処分の違法原因につき順次判断する。
(一) 法律一二六号第二条第六項該当者には出入国管理令が適用されないとの主張について、
原告が法律一二六号第二条第六項該当者であることは前記の如く当事者間に争いない。
そして法律一二六号第二条第六項は、「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留するもの(昭和二〇年九月三日からこの法律施行の日までに本邦で出生したその子を含む)は、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」と規定しているが、右条項はその立言自体からしても出入国管理令第二二条の二第一項の適用を除外する趣旨にすぎないものであり、同令全体の適用を排除するものでないことは明らかである。このことは、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」第三条並びに同協定に伴う出入国管理特別法(昭和四〇年法律一四六号)第六条が法律一二六号第二条第六項該当者にも出入国管理令第二四条の規定の適用あることを前提として、退去強制事由の縮減をはかつていることに徴し、いよいよ明白である。よつて原告の右主張は採用することができない。
(二) 本件処分に裁量権の濫用ないし逸脱の違法があるとの主張について。出入国管理令第二四条は「左の各号の一に該当する外国人については……本邦からの退去を強制することができる」と規定しているが、入国審査官、特別審理官、法務大臣は、認定、判定、裁決をなすにつき、同令第二四条該当の容疑者が同条の各号の一に該当するか否かを審査し決定しうるのみで、右該当者につき事案の軽重その他の事情を考慮する余地は全く存しないものであり、また主任審査官は認定、判定、裁決が確定するや直ちに退去強制令書の発付をなさねばならないことは、同令に規定する退去強制の手続の構造に照らし明らかであつて、裁量の適否が問題になる余地はないというべく、従つて右行政官庁に自由裁量権があることを前提とする原告の主張は採用できない。
なお、原告は、国が本邦からの退去を強制しうる外国人は、出入国管理令第二四条第四号ヨの規定からも明らかな如く「日本国の利益又は公安を害する行為を行つた者」でなければならないと主張するが、右規定は同条第四号のイからカまでに該当しない者であつても、法務大臣が日本国の利益又は公安を害する行為を行つたと認定する者に対しては、退去を強制しうる旨定めたにすぎないのであつて、同条第四号のイからカに該当する外国人に対しては当然退去を強制しうるのである。
また原告は外国人の追放は追放をうける者を不必要に苦しめないような方法でなされるべきところ、もし原告が韓国に送還されることになれば、当然共和国へ帰国することが不可能になるばかりか、原告が共和国系であることに基づき処罰される可能性もあるから、韓国への送還は原告に不必要な苦痛を与えると主張するが、原告は同令第五二条第四項により自費出国によつて共和国へ帰還する方法もあるのであるから韓国へ必然的に送還されることを前提とした原告の主張は失当である。
(三) 特別在留許可を与えなかつたことにつき法務大臣に裁量権の濫用逸脱ありとの主張について、
前記認定の諸般の事情を綜合すれば、法務大臣が原告に対し特別在留許可を与えなかつたことにつき、裁量権の逸脱、濫用であるとは到底認められないから、この点に関する原告の主張もまた失当である。
(四) 確立された国際法規、憲法第九八条第二項違反の主張について、
「人権に関する世界宣言」第九条および市民的政治的権利に関する国際規約第一三条は、これらが日本国を拘束する国際法規であるか否かの点を別としても、いずれも外国人の追放が正当な理由および適正な手続に拠つてなされるべきことを定めたものであるところ、本件処分は出入国管理令に則つてなされているのであるから、本件処分が右第九条、第一三条に違反しているものとはいえない。
また国際赤十字の第一九回国際会議における「戦争、内乱その他政治的な紛争で生じた離散家族を再会させる決議」は直接本件とかかわるところがないのみならず、その成立の過程、形式からも明らかであるように、あくまで道義の次元に位置するものにすぎず、確立した法意識に支持されて、国際法規にまで高められたものということは到底できない。よつて原告の右主張も採用できない。
三、以上の理由により原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本重美 上野精 将積良子)