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名古屋地方裁判所 昭和45年(む)186号 決定 1970年5月09日

主文

被告人らの各勾留はいずれもこれを取消す。

理由

一本件勾留取消請求の趣旨および理由は、被告人ら弁護人佐藤典子、同平野保、同水谷博昭、同小栗厚紀ら提出にかかる昭和四五年四月一六日付勾留取消請求書記載のとおりであるから、ここに、これを引用するが、その要旨は、被告人らの各勾留はいずれも愛知県公安条例違反、公務執行妨害の各被疑事実に基づいてなされているところ、検察官は後に述べるように右の罪名による公訴提起後、愛知県公安条例違反の罪は成立しないからこれを道路交通法違反の罪に訴因を変更する旨申立て、右訴因変更の申立は裁判所によつて許可されたのであるから、被告人らの各勾留は尠くとも愛知県公安条例違反の罪に関する限り成立しない罪によつて勾留されていることになり違法勾留であることが極めて明らかである。また公務執行妨害の点については、右愛知県公安条例違反の事実がありとしてこれに規制を加えた警察官の職務に対して為されたものとされているのであるから、右の如く既に訴因が変更された後においては、右犯罪の成否は法的にも極めて不明確なものとなつたと謂うことができ、かかる成否の不明確な被疑事実に基く勾留は違法というべきである。更に被告人らには証拠隠滅、逃亡のおそれはない。従つて被告人らの各勾留はいずれも取消さるべきであるというにある。

二まず、被告人らの各勾留が、弁護人らのいうとおり、愛知県公安条例違反、公務執行妨害の各被疑事実により昭和四四年一〇月一三日、そのいずれについても、刑事訴訟法第六〇条第一項所定の事由と必要性があるものとして、なされていることは、被告人らに対する各勾留状の記載によつて明らかである。一方、被告人らについては、昭和四四年一一月二一日付で各保釈決定がなされ、現在、被告人らの身柄拘束は、なされていないことも、関係資料によつて明らかである。

三そこで、弁護人らの、本件勾留取消請求の当否について判断するに、勾留の取消請求に関する刑事訴訟法第八七条第二項は、同法第八二条第三項の勾留理由開示請求の失効に関する規定を準用しており、これにより、勾留の取消請求があつた後、保釈など被告人の身柄の拘束を解く措置がなされた場合においては、右勾留の取消請求自体が、当然、その効力を失うに至ることを明らかにしている。しかして、その趣旨とするところは、勾留の裁判については、被告人の身柄の拘束が、その効力の中心をなすものであるから、被告人において保釈などにより、既に、その身柄の拘束を解かれていれば、あらためて、請求の方法により、勾留の裁判自体までも、取消させるまでの必要はない、とする点にあるものと思われる。そして、右の理は、保釈により、既に、身柄の拘束が解かれた被告人について、その後、勾留取消の請求がなされた場合においても、原則的に妥当するものと解される。

したがつて、現行刑事訴訟法上、他に特別の規定もない以上、前示した趣旨からして、勾留の裁判およびその執行を受けた被告人についても、既に、その者について、保釈が許され、現実に身柄の拘束が解かれている場合においては、被告人ら側から改めて勾留取消を請求する刑事訴訟法上の権利は存在しないものと考えるので、弁護人らの本件勾留取消請求は、その意味において不適法で無効というべきである。

四しかしながら、当裁判所は保釈等による勾留取消の失効に関する刑事訴訟法第八七条第二項の規定は、同法条の全体の趣旨からみて被告人ら側からの勾留取消申立権の成否に関するものであつて、裁判所が諸般の事情から職権によつて勾留取消の当否を判断する場合においてはその適用がないものと考えるのである。即ち裁判所は被告人らが現実に身柄が拘束されているかいないかに拘らず既に存在する勾留の当否を判断し得るということである。そこで職権により按ずるに、関係資料によれば、被告人らにかかる前示各勾留の基礎となつた犯罪事実のうち

(1)  条例違反の点については昭和四四年一〇月二二日付公訴が提起されたところ、その後昭和四四年一二月一一日、右条例違反の訴因を道交法違反の訴因に変更したい旨申立て、昭和四五年四月一六日第三回公判期日において、裁判所の訴訟指揮命令による釈明によつて右訴因変更の理由として、さきの訴因は、それ自体罪とならないものであつた旨陳述し、当裁判所が、同日付、右訴因変更を許可した経緯が、認められる。

そうすると、前示条例違反の被疑事実を基礎としてなされた勾留は、被告人らについて、刑事訴訟法第六〇条第一項本文にいわゆる「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」がないということに帰し違法であつたことが明らかとなつたと謂うべきである。

尚、この点について、被告人らにかかる前示変更前の条例違反の訴因をふくむ公訴事実から、変更後の道交法違反の新訴因が構成でき、またできることを認めて裁判所が訴因変更を許可したのであるから、新訴因に変更されたとしても、新訴因について勾留理由及びその必要性が認められる場合は、ただちに前訴因による被告人らの勾留を違法と謂うことはできないとの反論も予想されないわけではないが、選択的に訴因変更がなされた場合であれば格別、既に検察官側から前訴因が否定された上で新訴因に変更されたような場合においては、仮に新訴因にもとづく、勾留が可能であつたとしても、勾留理由及びその必要性は新訴因との関連において全く独自に判断さるべき性質のものであるから、条例違反を基礎とする分の本件各勾留の違法性を解消ないし治癒せしめ得るものでないこと明らかである。

(2)  次に本件勾留の基礎となつている公務執行妨害の点について考えてみるに、被告人らに対する各勾留状の記載によれば、被告人らの各公務執行妨害の罪は、いずれも被告人らが愛知県公安条例違反の事実がありとして、これを規制する警察官の職務に対し為されたものであることが認められ、検察官の前示訴因変更によつて右条例違反の罪が成立しないとされた以上、一応弁護人のいうとおり公務執行妨害罪の内容に影響を及ぼすであろうことは予想できるが、変更された新訴因によつてもその違反を規制する警察官の職務の存在が肯定し得られるわけであるから、検察官の前示訴因変更があつたとしても、尚被告人らの公務執行妨害罪の成立を妨げるものではない。

然し乍ら、この種事案の性質上、警察官側において十全の証拠集取措置が講ぜられていることが経験則上うかがわれること及び被害者が警察官であることなどからみて被告人らが、なお、関係証拠を隠滅しうるが如き可能性は、一般的にみて存しないものと考えられる。

また、被告人らについては、一応その身上の監督にあたりうる身元引受人もあり、保釈後約五か月間にわたる被告人らの生活行動にてらし、現在、同人らについて、その逃亡のおそれをうかがわしめる特段の事情も認められない。

以上、右各事情を綜合すれば、少くとも、現在、被告人らについて、その勾留の裁判の効力を維持すべき実質的事由は、何等見出し得ないものといわざるを得ない。

五しかして、被告人らは、前示保釈により、その身柄の拘束を解かれているものの、被告人五島において金一〇万円、被告人林において金二〇万円と、それぞれその保釈保証金を納付しており、また、右各保釈については、被告人らの行動の自由を拘束し、その不利益となる諸条件が付せられていることも明らかで、しかも、たとえ、法律上、右各諸条件のみを変更、撤廃しうるとしても、それのみでは、被告人らが保証金納付という形で負わされた経済的負担、不利益については、それが勾留の裁判自体と密接不可分なものであることからして、勾留自体を取消さないかぎり、その負担、不利益を終局的に解消しうる方途はないと考えられる。

一面、刑事訴訟法上、被告人らの基本的人権を可及的最大限尊重しつつ、事案の真相を迅速に明らかにすべき職責を負担する当裁判所としては、公判期日において、特に訴因変更後における本件勾留の不当違法を理由としてこれが取消を求める被告人らの主張を虚心に検討した上、裁判所が違法、且つ相当でない勾留の裁判はこれを取消すことにより刑訴法所定の適正手続にのつとり本件公判審理を公正に進めている所以を明らかにして、被告人らの本件裁判に対する偏見を解く必要があること、その他、これらの措置をとることにより、被告人らに対しても、公判廷において不当、不法な訴訟活動が若し行われた場合には、同じく刑訴法の規定に則り厳正な訴訟指揮を行使する基盤を作り、もつて本件審理を公正に行うことの訴訟指揮のことも本件については特にこれを念頭に置き、以上諸般の事情を考慮した結果、この際、本件勾留のうち、条例違反を基礎とするものが違法であり、公務執行妨害を基礎とするものが、現在その理由ないし必要性を欠くに至つていることを理由として「職権」により、被告人らに対する各勾留を取消すのが相当であると思料するに至つた次第である。

よつて、主文のとおり決定する。(野村忠治 川瀬勝一 鬼頭史郎)

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