名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1510号 判決 1976年12月13日
甲号・乙号事件原告
大橋義生
甲号事件被告
大成運送株式会社
乙号事件被告
日産デイーゼル工業株式会社
主文
一 被告大成運送株式会社は原告に対し金八八万二、一八五円および内金七八万二、一八五円に対する昭和四五年五月六日から、内金一〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告大成運送株式会社に対するその余の請求および被告日産デイーゼル工業株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告と被告大成運送株式会社との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を被告大成運送株式会社の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告日産デイーゼル工業株式会社との間においては全部原告の負担とする。
四 この判決主文第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨(甲・乙事件共通)
1 被告らは各自原告に対し金七三九万七、五四二円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
甲事件につき
被告大成運送株式会社(以下被告大成運送という)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
乙事件につき
被告日産デイーゼル工業株式会社(以下被告日産デイーゼルという)
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
甲・乙事件につき
1 事故の発生
(一) 日時 昭和四三年一〇月三〇日午後九時四〇分頃
(二) 場所 静岡県志太郡岡部町岡部一、九九〇番地先国道一号線
(三) 加害車 営業用大型貨物自動車(名古屋一う六三六六号)
運転者 訴外林宏三(以下訴外林という)
(四) 被害者 原告(加害車に同乗中)
(五) 態様 訴外林運転の本件加害車が進行中に右道路下に転落した。
2 責任原因
甲事件につき
被告大成運送に対し
(1) 被告大成運送は、本件加害車を自己のため運行の用に供していた者である。
(2) 仮に右(1)が認められないとしても、被告大成運送は、訴外林を雇用し、同人が同被告の業務の執行として本件加害車を運転中、ブレーキ及びハンドル操作の誤り並びに前方不注視等の過失によつてこれを道路下に転落させて本件事故を発生させた。
(3) 仮に右(2)が認められないとしても、被告大成運送は、原告に対し、同被告所有の本件加害車を使用させて同被告が運送の依頼を受けた貨物の運搬を行なわせていたのであるから、その使用する自動車について充分な整備点検をし、瑕疵のない完全な自動車を提供すべき債務があるにもかかわらず、後記のような欠陥のある本件加害車を使用させて右債務を履行しなかつたことにより本件事故を発生せしめた。
乙事件につき
被告日産デイーゼルに対し
(1) 設計・製造上の過失
本件事故は、訴外林が本件加害車を運転して走行中、同車のプロペラシヤフトの先端部のフランジヨークとトランスミツシヨンの後部のコンパニオンフランジを結合する四本のコンパニオンフランジボルト(以下本件ボルトという)が締めつけ不足のために折損し、そのはずみでプロペラシヤフトがコンパニオンフランジからはずれて振れ回つたため、ブレーキパイプを破損切断し、その結果同車の制動能力が全くなくなつたことから、先行車との衝突を避けようとして道路下に転落させたため発生したものである。
したがつて、本件加害車の製造者である被告日産デイーゼルには、車両製造者及び設計者として、本件ボルトがゆるまないようにこれを締めつけるべき注意義務があり、またたとえ本件ボルトが折損してもプロペラシヤフトが振れ回るのを防ぐ装置を取付ける(シヤーシーに固定させるか軸受けを取付ける)べき注意義務があり、さらに本件ボルトの折損によりプロペラシヤフトが振れ回つたとしても、ブレーキパイプを切断しない位置にこれを設計するかまたはブレーキパイプを切断するのを防ぐ措置(Uボルト)を取付けるべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つた過失がある。
(2) 仮に被告日産デイーゼルに右不法行為責任が認められないとしても、同被告は、我が国における一流自動車メーカーとして、その商標の表示によりあるいは広告宣伝を通じて消費者に対し自己の商品が危険でなく瑕疵のないことについて信頼を惹起せしめており(信頼責任)、またその製品の品質・性能について一般的な黙示の保証をしているもの(保証責任)であるから、原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。
3 損害
甲・乙事件につき
(一) 受傷、治療経過等
(病名)
左大腿骨転子部骨折・顔面、右前腕、左背部挫創。
(治療)
加藤医院 昭43・10・3~同43・10・14 入院
牛巻病院 同43・10・14~同44・6・13 入院
同病院 同44・6・14~同44・10・29 通院
同病院 同44・10・30~同44・11・8 入院
同病院 同44・11・9~同45・1・14 通院
(後遺症)
顔面(鼻)に瘢痕が残つた。これは自賠法施行令別表等級の第一二級に相当する。
(二) 休業補償 金五八五万円
原告は、本件事故当時運送業を営み月額四五万円の収入を得ていたが、本件事故によつて一三か月間休業を余儀なくされ、その間金五八五万円の収入を失つた。
(三) 慰藉料 金一五〇万円
(四) 損害の填補 合計金六二万四、九六一円
原告は、自賠責保険より金三一万円(但し後遺症保障分)、労災保険より金三一万四、九六一円(但し休業補償給付分)を受領した。
(五) 弁護士費用 金六七万二、五〇三円
4 結論
甲・乙事件につき
よつて、原告は被告ら各自に対し、金七三九万七、五四二円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 甲事件につき
被告大成運送の答弁・主張
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因第1項の事実は認める。
(二) 同第2項(一)中、(1)は認めるが、(2)及び(3)は否認する。
(三) 同第3項中(四)は認めるが、その余は不知。
2 同被告の主張
(一)(1) 原告は、自賠法三条にいう「他人」に含まれない。
すなわち、自賠法三条にいわゆる「他人」とは、加害車両の運転者及び加害車両の運行供用者以外の者を指すものと解すべきである。ところで原告は、本件加害車で運送事業を営むにつきその営業免許がないところから、右事業を営んでいる被告大成運送に対し、名義料として水揚(運送収入)のうち一定割合の対価を支払うことを約し、形式上同被告の被傭者となり、同車の所有名義を同被告とする方法で同被告の名義を借り受けているが、同車の代金については自ら支払い、同車に要する経費については一切これを負担し、さらに訴外林を自ら雇用して、右事業を営んでいる者であるから、同被告とともに同車の運行供用者である。また原告は、本件事故当時本件加害車の運転をしていなかつたが、同車の正運転手として助手席に同乗していた者であるから、運転者たる地位を離脱していなかつた。よつて原告は、本件加害車の運行供用者かつ運転者であるから、自賠法三条の「他人」に該当しない。
(2) 仮に右(1)が認められないとしても、自賠法三条の立法趣旨がいわゆる報償責任にあるところ、原告は、本件加害車の運行によつて被告大成運送に比較して極めて多額の利益を得ているのであるから、単に名義を貸与しているにすぎない同被告に対し損害賠償を請求することは信義則に違反し許されないものというべきである。
(3) さらに、原告は、前記のとおり訴外林の使用者であるから、民法七一五条一項の「第三者」に含まれない。
(二) 本件事故は、原告の被告日産デイーゼルに対する主張のとおり、本件ボルトが同被告の製造・設計上の過失によつて折損し、そのはずみでプロペラシヤフトが振れ回つたため、ブレーキパイプが破損切断され制動能力がなくなつたことから、本件加害車を運転していた訴外林が先行車との衝突を避けるためこれを転落させたことによつて発生したものであつて、同人の運転上の操作の誤り及び被告大成運送の整備不良によるものではない。
よつて本件事故は、不可抗力によるものであるから、同被告には運行供用者及び使用者としての責任がない。
三 乙事件につき
被告日産デイーゼルの答弁・主張
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因第1項は不知。
(二) 同第2項(二)のうち本件加害車が被告日産デイーゼルの製造したものであることは認めるが、その余は否認する。
(三) 同第3項のうち原告が労災保険から金三一万四、九六一円(休業補償費)を受領したことは認めるが、その余は不知。
2 被告日産デイーゼルの主張
(1) 被告日産デイーゼルには本件加害車の設計及び製造につき責められるべき過失はない。
(一) 同被告は、本件ボルトの一本一本をインパクトレンチ(圧縮空気圧を利用した締めつけ工具)により仮締めしたあと、リミツトレンチ(常に一定トルクまで締まるようになつている締めつけ工具)により本締めしさらに右締めつけ後トルクメーターでこれを点検し、最終的には実際に車両を走行させて異常音や異常振動等の有無を点検している。したがつて組立・検査の工程において本件ボルトに締めつけ力の不足が生じることはあり得ないことである。仮に、本件加害車に原告の主張する本件ボルトの弛みが存在していたとしてもこれは組立・検査の工程における締めつけ力の不足によるものではなく、一般にボルト締めされた二つの機械部品の間に使用中に発生する「なじみ」によるものであるから、本件加害車を利用する原告において、同車の点検整備の際にその弛みの発見に努めるべきである。よつて同被告は、本件加害車の使用中に生じた本件ボルトの弛みについて責任を負わないものである。
(二) また原告は、ブレーキパイプをプロペラシヤフトの振れ回りによつて切断しない位置に設計すべきであると主張するが、本件加害車の場合と同様にブレーキパイプをフレームのサイドレールの内側に配置することは現在の技術水準において設計上一番妥当なものとされており、一般の車両(特に大型車)において設計上広く採用されているところである。よつて被告日産デイーゼルにはブレーキパイプの位置につき設計上の責任がない。
(三) さらに被告日産デイーゼルは、本件加害車と異なる型式の車両に軸受け等を取付けているが、これは原告の主張するようにプロペラシヤフトの振れ回りを防ぐために取付けたものではないから、本件加害車にこれを取付ける義務がないものである。
(2) そもそも本件事故は、以下に述べるとおり訴外林の過失によつて発生したものである。
(一) 本件加害車のプロペラシヤフト(第一プロペラシヤフト)は、センターベアリングによつて支持され、さらにトランスミツシヨン後部のコンパニオンフランジ部のインロー及びサイドブレーキドラムの内周によつて固定されているので、仮に本件ボルトが同車の走行中に折損しても振れ回らないように設計されている。
(二) また本件加害車のブレーキは、空気倍力型二系統式油圧ブレーキシステムを採用し、一つのブレーキ系統が破損しても他のブレーキ系統により制動能力が保持されるように設計されているので、たとえブレーキパイプが同車の走行中に切断されたとしても、一瞬にして制動能力を失うことはあり得ない。
(三) 訴外林は、休憩もせずに六時間以上にわたつて連続して本件加害車を運転していた。ところが同車は、午後九時四〇分頃の国道を事故現場手前で加速・減速を繰り返すという異常な状態で走行し、ゆるやかな下り坂でかつ右にカーブしている事故現場に差しかかつたとき、カーブの手前でほぼ直進状態のまま本件道路下に転落し、田圃の中を少し走つて停止した。そして同車は、転落の際、同車の下部をコンクリートの路肩に衝突させたので、フレームが曲がつており、またユニバーサルジヨイントのスパイダーが一方向にのみ突出していた。
(四) 以上の事実からして、訴外林は、深夜の長時間にわたる連続運転のため半分居眠りした状態で本件加害車を転落させた。そして転落時に路肩でフランジヨーク部分を強打したため(整備不良によるボルトの疲労破面も加わり)、本件ボルトが折損するとともに強制的にプロペラシヤフトが外れ、さらに転落時及び転落後の後車輪の回転によつて、プロペラシヤフトが回転しブレーキパイプ等を折損したものと思われる。よつて本件事故は、ひとえに訴外林の過失に基づいて発生したものである。
(3) 原告は、本件事故によつて一か月あたり金四五万円の得べかりし利益を失つたと主張するが、これは運輸大臣の免許を得ずにトラツク運送事業を営むことによつて得られる違法収入であるから法の保護に値しないものである。
第三証拠〔略〕
理由
甲・乙事件につき
第一事故の発生
1 昭和四三年一〇月三日午後九時四〇分頃、静岡県志太郡岡部町岡部一、九九〇番地先国道一号線を進行中の訴外林運転(原告同乗中)の本件加害車が道路下に転落したことは、原告と被告大成運送との間では争いがなく、原告と被告日産デイーゼルとの間では成立に争いのない甲第七号証、証人林宏三の証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果(第一回)により認めることができる。
2 両事件を通じての最大の争点は、本件加害車の転落が走行中にプロペラシヤフトが振れ回り、これによつてブレーキパイプが切れ、制動能力を失なつたことによるものであるか否かにあるので、まずこの点から判断する。
第二事故の原因
甲・乙事件関係
一 本件事故現場および事故状況
成立に争いのない甲第七号証(実況見分調書)、甲事件関係では弁論の全趣旨によつて成立が認められ、乙事件関係では成立に争いのない甲第八号証(事故チヤート解析報告書)、証人木村秀雄(第一回、第二回)の証言によれば次の事実が認められる。
本件事故現場は国道一号線の下り車線の宇津谷トンネルの西方約六〇〇メートルの地点であり、右道路付近はトンネルから約二%のゆるい下り勾配が続いており、かつゆるく右へカーブしており、本件加害車両(一一トン積トラツク)は約一四トンの貨物を積載して進行中、進行方向左側のガードレールを約三八メートルにわたつて接触破損した後、結局ガードレールを破つて土手の盛土を乗りこえて約三・六メートル下の田圃に転落したものである。当時路面は湿潤状態であつた。また本件加害車両のスピードはトンネルを出た付近から徐々に加速され時速四二キロメートル位になつた後、事故現場(転落現場)から約八五メートル手前からはやや減速され時速約三四キロメートルであつた。
二 車体の損傷の特徴
甲事件関係では争いがなく、乙事件関係では証人小林章成の証言によつて本件事故後の加害車両の写真であることが認められる甲第九号証の一ないし八、証人木村秀雄(第一回)の証言によつて同様の写真であることが認められる乙(ロ)第六号証、証人青木辰夫の証言によつて真正に成立したと認められる乙(ロ)第一二号証の一および同人の証言によれば次の事実が認められる。
事故後の本件加害車両の車体の状況をみると明らかに転落後の損傷と認められるものを除くと特徴的な損傷として別紙(一)の図に示す第一プロペラシヤフトとトランスミツシヨンを結ぶコンパニオンフランジボルトが四本とも折損し、フランジヨークのサイドプレートの四ケ所のうち一か所が下から押し上げられたように変形し、点付近の車体フレーム内側壁に取付けられたブレーキ関係のパイプ二本がフランジヨークと一直線上に並んだ位置で一気に下からたたき上げられたようにして切損しており、やはりフランジヨークと一直線上の位置になる点付近のフレーム下部が下から押し上げられたように強打されたあとがあつた。
またブレーキパイプ切損部分からブレーキオイルと思われるものが少量流出した痕跡が残つていた。なおブレーキドラムとブレーキライニングとの間隔は正常であつた。
三 本件車両の構造
証人青木辰夫の証言によつて真正に成立したと認められる乙(ロ)第一号証、同第二号証、同第四号証、同第五号証、同第七号証の一ないし三、同第一二号証の一、二および証人木村秀雄(第一回、第二回)、同青木辰夫(第一回、第二回)の各証言によれば次の事実が認められる。
本件加害車両は被告日産デイーゼル工業株式会社製造の五TWDC一〇型の貨物自動車でその構造の概略は別紙(一)のとおりで、フランジボルト付近の明細図は別紙(二)のとおりでまたブレーキ系統図は別紙(三)のとおりである。
(1) 第一プロペラシヤフト付近の構造
第一プロペラシヤフトの一端はフランジヨークと接続しフランジヨークは四本のフランジボルトでコンパニオンフランジに取付けられ動力につながつており、他の一端はクロスメンバーに固定されたセンターベアリングで保持されているのであるが、右第一プロペラシヤフトはセンターベアリングによつて容易には軸方向に動かないようになつており、後輪の上下動によるシヤフトの伸縮の吸収は第二プロペラシヤフトの先端のスプラインヨークが軸方向に動くことによつて行なわれるものである。第一プロペラシヤフト先端の前記フランジヨークは取付面で約三ミリのかみ合わせ部分(インロー)を持つており、さらにフランジヨークをかこむようにサイドブレーキドラムが約二八・五ミリ位の中で重り合つている。従つて仮に万一フランジボルトが何等かの原因で四本共切断されても動力と第一プロペラシヤフトとの連絡は断たれるが、後輪が動くことによる通常のシヤフトの回転では第一プロペラシヤフトはセンターベアリング部分によつてコンパニオンフランジにいわば押しつけられた状態で回転するのみであつて、他に衝撃がない場合には第一プロペラシヤフトは前記インロー部分やサイドブレーキドラムの外側にはずれて(そうでないとフレームにフランジヨークが接触する可能性はない。)振れ回ることは考えられない構造となつている。
(2) ブレーキ系統の構造
本件加害車両のブレーキ系統は空気倍力式油圧二系統方式と言われるもので、前記転落後に認められたブレーキ配管の二か所の損傷は具体的には右前輪の液圧配管部分である別紙(三)の(イ)点付近と空気倍力用のエアリザーバとプレシヤーガバーナーを結ぶ別紙(三)(ロ)点付近であつて、右(イ)(ロ)が同時に損傷された場合には前輪、後輪(二軸式)のすべての制動能力が失なわれ、またフランジボルトが切れた場合にはサイドブレーキも制動能力を失うのであるが、(ロ)点の損傷によるエアレザーバーの空気圧の消失は徐々におこるため切損後四〇秒前後まではある程度制動能力が残存し、例えば本件トラツクが約四〇キロのスピードで下り勾配二%の道路を進行中と仮定した場合(ロ)点切損後一〇秒経過しても、なお六・五秒間に三五メートル余り進んで停止するだけの能力が残存するとの実験値がある。また(イ)点が損傷した場合、その後ブレーキを踏めば(イ)点からのオイルの噴出量は一回ブレーキを踏むごとに約九〇CC位予想され、しかも右配管は車体フレーム内側に接着して取付けられているため、噴出したオイルはほとんど内側壁に付着するはずのものである。
四 以上の事実を総合するとまずブレーキ配管の切損はその損傷位置および状況(シヤフトは車体後方からみた場合、仮に第一プロペラシヤフトが左回りで振れ回つたとした場合には右側フレームには下からあたることになる。)からみてフランジヨークの先端の振れ回りによつて発生したと推定されるのであるがその振れ回りの回数はさほど多いものではなく、時速四〇キロメートル前後のスピードで走行中に振れ回つたとは、その場合のシヤフトの回転数からみて考えられない。さらに前記車体の構造(通常走行中に仮にフランジボルトが切れてもフランジヨークがフレームに接触するような振れ回り方をしない構造となつていること。)からみても通常の走行中にシヤフトが振れ回つてフレーム側壁のブレーキ配管を切つた可能性はなく、かえつて車体後方からみてフレーム左側のフランジヨーク付近と一直線上となる部分に下から強打された跡があり、この跡はフランジヨークの振れ回りによるものではないこと(フレーム左側に対してはフランジヨーク部分は仮に振れ回つても上からあたることとなる。)、フランジヨークのスパイダー部分のサイドプレートが一か所のみ持ち上つており、下から強打されたことをうかがわせ、フレーム下端とサイドプレート付近との水平差が約二〇ミリ(フレーム下端が低い)であることを考慮するとフランジヨークのサイドプレート部分に下から相当の力が加つたのではないかとの事実を推定させ、この力によつてフランジヨークがインローからはずれサイドブレーキドラムの外側に出て、センターベアリングを支点に振れ回つた可能性がより大であり、さらにブレーキ配管損傷後にブレーキを踏めば前記の如く一回ごとに多量のブレーキオイルが噴出するはずであるのにそういつた状況がうかがえないことも前記振れ回りによるブレーキ配管の切損が原告主張の如く道路上における通常走行中に突然ボルトの折損が発生しブレーキを再三踏んでも効果がなかつたため生じたものではなく、転落寸前にフレーム下部およびサイドプレート部分に何らかの物体があたり、そのためフランジヨークがインローおよびブレーキドラムからはずれ、その後、わずかな後輪の回転によつてフランジヨークが振れ回りブレーキ配管を切損したことを強く推定させるものである。
五 運転中の状況についての供述の信用性
証人林宏三(第一回、第二回)および原告本人尋問の結果(第一回、第二回)によれば本件加害車両は訴外林が運転し、原告は仮眠中であつたところ、トンネル内に急にガランガランと音がしてその後ブレーキを再三踏んでもまつたくきかずライトも消えトンネルを出て坂道でもあり徐々に加速状態となつて先行車に追突する危険があつたためガードレールに接触させて減速しようとしたが結局減速できず、危険を避けるため故意に土手下に転落させたとの供述が存するが、前記一ないし三で認定したとおり、まずタコグラフによればトンネルを出た付近から加速しているものの現場から八五メートル手前付近からは徐々に減速している事実、さらにブレーキ配管切損後も停止能力がただちに失なわれるものではない事実、ブレーキを再三踏んだ割合にはブレーキオイルの噴出が少ないことなど客観的事実に合致しない点が多くにわかに措信できない。
六 まとめ
以上のとおりであるから本件事故原因の真相は必ずしも明らかではないが、少くとも本件転落が転落前の通常走行中にフランジボルトが切れたため第一プロペラシヤフト先端のフランジヨークがセンターベアリング部分を支点に振れ回り、ブレーキパイプを切損したことによつて発生したと認めることはできず、右事実を前提とする原告の被告日産デイーゼル工業株式会社に対する請求はその前提を欠き失当であるからその余についての判断に進むまでもなくこれを棄却すべきものである。
第三責任原因(甲事件につき)
成立に争いのない乙(イ)第一号証、証人岡崎孝善、同林宏三(第一回)の各証言および原告本人尋問の結果(第一回、第二回)によれば次の事実が認められる。
本件加害車両は所有名義は被告大成運送株式会社(以下被告大成という)となつているが、実質的には原告が代金を支払い、車両の保険料も原告が負担し、原告は一応被告大成の従業員の形となつているが実質的には下請の一面をもつており、給料制ではなく完全歩合制で仕事をしており、事故前三か月平均で一か月あたり四〇万六、四四五円を被告大成から受取り運転助手(交代運転手)たる林宏三は月給一〇万円で原告が雇傭しているものである。しかし他方仕事はすべて被告大成の仕事でその運行指示はすべて被告大成がなし、原告の運賃収入はすべて被告大成が集金したうえ、原告の負担すべき諸経費および一割程度のマージンを差引いて原告に支払い、本件加害車のボデイには大成運送との表示をなして専属的下請であることを示しているのみならず失業保険等の関係所得税の関係では原告を従業員として扱い車両の駐車場所は被告大成内であり保管費用、点検費用、集金等のための間接人件費は被告大成が負担し、また車両の所有名義は原告が月賦代金完済後も運送業免許を持たないため被告大成の名義を存続させるものである。
交通事故を起した場合には内部的には原告が負担する契約であるが、右は専ら第三者に対する事故の関係を想定したものであつて、原告が被害者となつた場合を特に定めたものではない。
以上の事実を総合すると被告大成も本件加害車両に対し運行支配、運行利益を有していることは明らかであり、原告とともに共同運行供用者であると言うことができ、その運行供用者性の強さは車両に対する支配力の強さ、利益の帰属等を総合判断すると原告が六割、被告大成が四割と解するのが相当である。
ところで共同運行供用者の一方が当該自動車で、しかも運転中以外に事故に遭遇した場合には、他方の共同運行供用者に対する関係では相対的に他人性を有すると解することは何等運行供用者の概念に背反するものではなく、単に過失相殺の法理の準用ないしは公平の見地からして権利行使の範囲が自己の運行供用者性の強さに応じて自己負担分が生じ、その部分につき減殺されるにすぎないと解すべきである。
原告は本件事故の際長距離輸送中交代運転手にまかせて仮眠中であつたのであるから、運転者であると言うことはできず、また前記各認定のとおり本件事故は車両の欠陥によつて生じたものではなく、さらに訴外林の無過失も立証されていないので、結局被告大成は自賠法三条により自己に運行供用者性が認められる範囲内で原告に対しその損害を賠償する義務を負うものである。
そこで、損害額につき次に検討する。
第四損害額(甲事件につき)
成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証および原告本人尋問の結果(第一回、第二回)によれば、原告の本件事故による受傷の部位、程度、治療経過、後遺症の部位、程度は請求原因第三項(一)のとおりであることが認められ、また原告はその治療のため約一三か月間休業したのであるが、前記治療経過、後遺症の程度および休業終了後からタクシー運転手として就職した事実をも考慮すると、右休業期間のうち入院期間とその前後の約一〇か月間は全休とし、その余の三か月間は半休相当分が本件事故と相当因果関係ある損害と解せられる。
一 休業損害
原告の本件事故前の純収入は前記第三で認定した月平均の受取り額(四〇万六、四四五円)から訴外林に対する給与分(一〇万円)を除き、さらに右受取り額を継続的に得ようとした場合に必要な新車購入のための準備金(あるいは減価償却積立金)として月八万七、五〇〇円(原告本人尋問((第一回))によつて認められる新車購入費用四二〇万円を大蔵省減価償却資産耐用年数等に関する省令を参考に耐用年数を四年として定額法による。)を控除した金額である月二一万八、九四五円を基礎に前記休業期間を乗ずるとその休業損害は合計二五一万七、八六七円となる。
218,945(円)×(10+3×0.5)=2,517,867
二 慰藉料
前記事故の状況、受傷の部位、程度、後遺症の部位程度等総合すると原告に対する慰藉料として金一〇〇万円を認定するのが相当である。
三 前記のとおり右損害額のうち原告が運行供用者として自ら負担すべき六割の損害額を減殺すると残額は一四〇万七、一四六円となる。
四 損害の填補
原告が労災保険、自賠責保険から休業損害、後遺症、慰藉料等の保険金として合計六二万四、九六一円を受領していることは当事者間に争いがないので、右金額を控除する。残額は七八万二、一八五円となる。
五 弁護士費用
本件訴訟の難易、経過、右認容額等を総合判断すると本件事故と相当因果関係ある弁護士費用として金一〇万円を認容する。
第五結論
よつて原告の本訴請求のうち被告日産デイーゼル工業株式会社に対する請求はこれを棄却し、被告大成運送株式会社に対する請求のうち金八八万二、一八五円および内金七八万二、一八五円に対する原告の請求する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年五月六日から内金一〇万円(弁護士費用)に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 丸山武夫 打越康雄 安原浩)
別紙(一) 5TWDC10型車駆動系統説明図
<省略>
別紙(二) 5TWDC10型車プロペラシャフト関係説明図
<省略>
別紙(三) 5TWDC10型車の2系統式油圧ブレーキ説明図
<省略>