名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1690号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕すすんで、右の岩本の過失を原告側の過失として過失相殺すべき旨の被告の主張について判断する。
<証拠>によれば、岩本武士は本件事故当時原告敦の兄の営む熊谷段ボールの従業員であり、原告明子とは何ら使用関係にないこと、本件事故当日、原告明子は岩本武士が妻を連れて名古屋へでかけるついでに自己の集金業務のため岩本武士の運転する車に同乗していたことが認められる。右事実によれば訴外岩本は原告明子と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者とは認められないから前記認定の岩本武士の本件事故についての過失を原告側の過失として斟酌することはできない。<中略>
(1) <証拠>を総合すると原告明子は本件事故以前、名古屋でクラブ「はには」、スタンドバー「ダンヒル」を従業員一四、五人を使用して経営し且つ右両店のいわゆるママとして稼働していた事実、又、右両店の経営による原告の明子の収入は、昭和四〇年度には金一、〇四九、四四一円、同四一年度には金一、三六一、六六三円であつた事実及び右両店は原告明子の負傷により従業員が他店に移るようになり、昭和四三年一月二〇日頃には休業状態となり同年四月二日、原告明子の長期の入院生活及び回復の目途が立たないため廃業となつた事実が認められる。
(2) <証拠>によると、原告明子は約一年間の入院生活及び通院加療にかかわらず、後遺症として左半身知触痛覚鈍麻、眼裂左膝小を呈し、握力が左五、右一四と低下し四肢神経の協調不確実、記憶力が極度の減退するなどの症状が残り子供の守がやつとできる程度で掃除、食事の世話などの家事もほとんどできない状態であることが認められる。右事実からすれば原告明子の労働能力は全面的に失なわれたものとするのが相当である。
(3) <証拠>によれば事故当時、原告明子は二五才の健康な女子であつたことが認められる。そこで原告明子の逸失利息の算定にあたりその就労可能年数を判断すると、本件事故当時原告明子は前記のとおりクラブ、スタンドバーを経営し、同時に両店のいわゆるママとして稼働していたものであるが同職種においては一定の営業成績を維持することは容易でなく、いわゆる浮き沈みの激しい職種であること等諸般の事情を総合すると本件事故がなければ原告明子が右職業において経営稼働しうる期間は凡そ一〇年間であるとするのが相当である。そして前記のとおり本件事故以前の昭和四〇年度四一年度の年収を基礎として事故当時の年収を判断すると原告主張の年間基本収益額金一、二〇五、五六二円程度であると認められるから右数値にもとづきホフマン式計算法により原告明子の逸失利益の現価を求めると金九、五七六、九八四円となる。<中略>
原告明子の前記傷害及び後遣症の程度、内容からすれば原告明子の夫である原告敦は原告明子が生命を害された場合に近い程度の精神的苦痛を味わつたものと認められ、右精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
次に原告明子の子である原告熊谷幸雄、同美保であるが同人らは幼少であり、原告明子の右傷害及び後遺症について何らかの精神的苦痛を味わつているとしても金銭的賠償をもつて慰藉せしめるのが相当であると認めるに足る資料はない。