名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2382号 判決 1974年2月22日
原告 有限会社バリヤ
右代表者取締役 大塚行雄
右訴訟代理人弁護士 世良琢磨
被告 大丸装備合資会社
右代表者代表社員 浜田晃一
被告 浜田晃一
右被告両名訴訟代理人弁護士 早川登
同 桑原太枝子
主文
一、被告大丸装備合資会社は原告に対し、金七六三万二五五〇円とこれに対する昭和四五年一〇月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告大丸装備合資会社に対するその余の請求および被告浜田晃一に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用中原告と被告大丸装備合資会社との間に生じた分はこれを一〇分し、その一を原告、その余を同被告の負担とし、原告と被告浜田晃一との間に生じた分は原告の負担とする。
四、この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1、被告大丸装備合資会社(以下、被告会社という)は原告に対し、金八八一万八五五三円および内金八七八万六五五三円につき昭和四五年一〇月一日から、内金三万二〇〇〇円につき昭和四七年一一月二二日から支払いずみまで、年六分の割合による金員を支払え。
2 被告浜田晃一は原告に対し、被告会社の財産で右支払いができないときは、右金員を支払え。
3 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する被告らの答弁
1、原告の請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1、契約締結
(一) 原告は、昭和四四年一月二九日被告会社との間で、原告所有の別紙第一目録記載の不動産(以下、彦根の不動産という)と、被告会社所有の別紙第二目録記載の不動産(以下、名古屋の不動産という)とを交換する契約を締結した。
(二) 右契約内容は次のとおりである。
(1) 彦根の不動産を金三二〇〇万円、名古屋の不動産を金三〇〇〇万円と各評価し、名古屋の不動産を昭和四三年一二月三〇日、彦根の不動産を同四四年二月四日各売買した形式とし、その差額金二〇〇万円を別途清算する。
(2) この契約は、原告をして資金を調達させるべく、その所有の不動産を処分、換金する手段として締結されたものであるところ、被告会社は、名古屋の不動産は三ヵ月後、最悪の場合でも、原告が最も資金に窮する昭和四四年九月までには転売できることを確約する。もし彦根の不動産が先に転売された場合、被告会社は原告に対し、右彦根の不動産の評価額金三二〇〇万円を限度としてその転売代金の中から融資する。
(3) 被告会社は原告に対し、名古屋の不動産を昭和四四年三月三〇日限り明渡すとともに、同日同不動産に設定されている抵当権をすべて抹消のうえ、所有権移転登記手続をする。
2 債務不履行
(一) 名古屋の不動産が転売される前に、彦根の不動産中別紙第一目録A物件が金一七五七万八〇〇〇円で転売されたが、被告会社は原告に対し、右売却代金のうち金一五四五万円のみを貸与した。
(二) 名古屋の不動産が売却できないため、原告は資金繰りに窮し、被告会社の提案により彦根の不動産中別紙第一目録C物件を被告会社から金一一〇〇万円で買戻し、右買戻し代金のうちから前記1の(二)の(1)で約定した差額金二〇〇万円を清算し、金九〇〇万円を被告会社から借受けたこととした。
(三) 名古屋の不動産が転売される以前に、彦根の不動産中別紙第一目録B物件の半分も転売され、その後残りの部分も転売され、結局、同目録C物件を除く同目録のすべての不動産が転売されたが、被告会社は原告にその代金を貸与しない。
(四) 原告の請求にも拘わらず、被告会社は名古屋の不動産につき前記契約上の義務を果さず、同不動産について設定された抵当権設定登記の抹消もせず、原告に対する所有権移転登記手続にも応せず、かつ、原告にこれを引渡さない。
(五) よって原告は被告会社に対して、昭和四五年九月三〇日到達の本訴状で右契約を解除する旨の意思表示をした。
(六) 原告は、被告会社の債務不履行により、次のとおり金八八一万八五五三円の損害を蒙った。
(1) 彦根の不動産の時価相当額少くとも金三二〇〇万円
彦根の不動産のうち原告が買戻した別紙第一目録C物件以外の不動産は、すべて第三者に転売され、所有権移転登記手続もなされているので、その返還を求めることは不可能であるから、彦根の不動産の時価相当額がその履行に代る損害である。
(2) 被告会社からの借入金の利息支払分金一一八万六〇〇三円
前記2の(一)および(二)の借入金に対して原告が被告会社に支払った利息の合計額である。被告会社が原告に対し名古屋の不動産の占有を移転し、登記を完了していれば、原告はこれを処分等して必要な金員を入手し得た筈であり、したがって、被告会社から右の如き金員を借入れる必要はなかったものである。
(3) 名古屋の不動産の公租として原告が支払った分金八万二五五〇円
以上合計金三三二六万八五五三円
(4) 但し、原告は被告会社から前記2の(一)の金一五四五万円および同(二)の金九〇〇万円、以上合計金二四四五万円の金員を借受けている。よって、(1)ないし(3)の合計から(4)を控除した金八八一万八五五三円が原告の受けた損害である。
3、錯誤(予備的主張の一)
(一) 本件契約当時被告会社は、名古屋の不動産につき訴外東春信用組合に対して、元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権を設定していたが、真実は、その時価が右被担保債権一杯であり、当時の被告会社の経済状態からすれば、容易に前記約定どおり根抵当権設定登記を抹消し得る状況下になく、かつ、被告会社と訴外東春信用組合との間には名古屋の不動産について任意処分禁止の約定があったのであるから、原告がこれを取得しても、とうてい、これを転売できず、金融を得る途のない状況下にあったにも拘わらず、原告は右任意処分禁止の約定のあることを知らず、名古屋の不動産が三ヵ月程度で売却でき、しかもその時価が被担保債権額の二倍はあり、右根抵当権の登記も原告の必要に応じてすぐ抹消できるものと誤信して本件契約を締結したもので、その意思表示には、右に述べたような重要な部分に錯誤があり、無効である。
(二) しかして、被告会社は、右無効の本件契約に基づいて原告が履行したところにより、前記2の(六)記載の金額を不当に利得し、原告は同額の損害を受けている。
4、詐欺(予備的主張の二)
(一) 本件契約において、被告会社は故意に前記任意処分禁止の約定のあることを秘匿し、かつ、名古屋の不動産が三ヵ月程で売却でき、しかもその時価が優に、根抵当権の被担保債権額の二倍はある旨を告げて、たとえ右根抵当権が実行されても原告に損害は生じないものと原告を欺罔した。そのため、原告は錯誤に陥って本件交換契約を締結するに至ったものである。
(二) よって原告は被告会社に対して、昭和四五年九月三〇日到達の本訴状により、被告会社の詐欺に基づいてなした本件契約における意思表示を取消す旨の意思表示をした。
(三) しかして、被告会社は右取消の結果、前記2の(六)記載の金額を不当に利得し、原告は右同額の損害を受けている。
5 契約締結上の故意過失等(予備的主張の三)
(一) 本件契約は、名古屋の不動産に時価一杯の根抵当権が設定されているため、右被担保債権が実行されれば、原告はその所有権を取得することが困難となる。しかるところ、被告会社には右債務を弁済して右根抵当権を消滅させるだけの資力がないので、結局、原告が右所有権を取得することは不可能であり、ひっきょう、右は客観的不能を目的とする契約であるから無効である。
(二) 被告会社が右の如き契約を締結するにあたり、故意過失があったことは明らかであり、これにより原告は前記2の(六)と同額の損害を蒙った。
(三) 仮に、本件契約が有効としても、被告会社は原告に対し、名古屋の不動産について任意処分禁止の約定が存すること、および右不動産の時価は被担保債権一杯であること等を告知すべき信義則上の義務があるにも拘らず、これを秘して本件契約をなし、よって原告に対し前記2の(六)と同額の損害を与えたものである。
6、被告浜田は、被告会社の無限責任社員である。
よって原告は被告会社に対し、金八八一万八五五三円および内金八七八万六五五三円につき本訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月一日から、内金三万二〇〇〇円につき弁済期経過後の昭和四七年一一月二二日から各支払ずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告浜田に対し、被告会社の財産で右支払いができないときは右金員の支払いを求める。
二、請求原因に対する被告らの認否
1、請求原因1の(一)のうち契約締結日を否認し、その余の事実は認める。契約締結日は、昭和四三年一二月三〇日である。
2、同1の(二)の(1)のうち、各不動産の評価額を否認し、その余の事実は認める。評価額の約定はなく、単に差額を金二〇〇万円とする旨合意したに止まる。
3 同1の(二)の(2)のうち、本件契約が原告の資金繰りを援助するため締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。当時、融資に関する約定はなく、彦根の不動産の売却代金により、被告会社が東春信用組合に対して負担する借入金を返済し、よって、名古屋の不動産に設定された根抵当権を抹消する約定であった。
4、同1の(二)の(3)は否認する。原被告は必要に応じ、相互に所有権移転登記手続に協力することを約したのみである。
5、同2の(一)は認める。
但し、被告会社の原告に対する貸与は、後記抗弁記載のとおり、彦根の不動産中別紙第三目録記載の不動産につき、原告が被告会社に無断で訴外滋賀県信用農業協同組合連合会(以下、県信連という)に対し設定登記した根抵当権を抹消するため、被告会社が原告に代って弁済し、これを原告への貸金としたもので、原告主張の如き融資の約定による貸与ではない。
6 同2の(二)は認める。
7 同2の(三)は認める。被告会社に融資の義務がない以上、当然である。
8 同2の(四)は認める。
9 同2の(五)は認める。
10 同2の(六)の(1)のうち、彦根の不動産中原告が買戻した別紙第一目録C物件以外の不動産が全部売れたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)および(3)のうち、原告主張の金額を原告が支払ったことは認めるが、それらが債務不履行による損害であることは否認する。同(4)は認める。
なお、被告会社が原告に貸与したとする合計金二四四五万円については、その後、名古屋の不動産が二〇〇〇万円で処分されたので、後記抗弁記載の特約により、右金二〇〇〇万円の限度で被告会社の原告に対する貸金債権は消滅したが、被告会社は原告に対し、なお残金四四五万円の貸金債権を有している。
11 同3の(一)のうち、被告会社が名古屋の不動産につき、東春信用組合に対し根抵当権を設定していたこと、および任意処分禁止の約定があったことは認め、その余の事実は否認し、同(二)は争う。
12 同4の(一)および(三)はいずれも否認し、(二)は認める。
13 同5の(一)ないし(三)はいずれも否認する。
14 同6は認める。
三、被告らの抗弁(請求原因2の(四)の債務不履行の主張に対し)
原告は、被告会社に無断で、彦根の不動産(別紙第一目録A物件)のうち別紙第三目録記載の不動産につき、県信連に対し、大津地方法務局彦根支局昭和四四年三月三日受付第二一三九号をもって、同年二月二〇日設定契約を登記原因とする元本極度額金四〇〇〇万円の根抵当権設定登記をした。被告会社は右物件を売却するため、昭和四四年四月一二日、やむなく原告に代って県信連に弁済し、そのうち金一五四五万円を前述のとおり原告への貸金とすることとしたが、その際、原告および被告会社の間で、名古屋の不動産の登記、占有の移転をなさず、それが転売された段階で右融資額と相殺する旨の特約をなした。よって、被告会社が登記、占有の移転に応じないことは、何ら債務不履行となるものではない。
四、抗弁に対する認否
抗弁事実中、被告ら主張の根抵当権設定登記がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は被告会社の事前の承諾に基づきこれを設定したものであるうえ、県信連への弁済は原告が被告会社から融資を受けてなしたものである。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、(一) 原告と被告会社との間で、原告が当時必要としていた資金を調達させることを目的として、原告所有の彦根の不動産と、被告会社所有の名古屋の不動産とを交換する契約を締結したこと、しかし、形式上は、名古屋の不動産を昭和四三年一二月三〇日代金三〇〇〇万円で、彦根の不動産を同四四年二月四日代金三二〇〇万円で各売買した如くし、右差額金二〇〇万円は別途清算する約定であったこと、および被告会社が東春信用組合に対し、名古屋の不動産につき、元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権を設定していたことは当事者間に争いがない。
(二) そして、成立に争いがない乙第一四、第一五号証、≪ほか証拠省略≫を総合すれば、(1)原告は肩書住所地に本店を有し、婦人洋装衣料品加工および小売業、和洋食堂の経営等を目的とする有限会社であり、被告会社は建築土木工事、宅地建物取引、宅地造成建売等を目的とする合資会社であること、(2)原告会社代表者大塚行雄と被告浜田本人は京城高商の同級生で引揚者同志として親しみのある間柄であり、被告会社は昭和四三年一〇月頃大塚行雄が代表取締役をしている百貨店訴外株式会社マルビシの内外装工事を請負ったこともあったこと、(3)原告は経営拡張のため第三者から買った店舗の残代金債務二八〇〇万円の弁済期限が昭和四四年九月に迫っており、その資金繰りに苦慮していたことから、同年一月頃たまたま来訪した被告浜田に対し、右資金捻出のため彦根の不動産を買取ってくれるよう申出たところ、被告浜田は原告に対し、彦根の土地は田舎のこととて直ちに買手を見つけることは困難であるが、被告会社所有の名古屋の土地ならば、金三〇〇〇万円位で即時売却することが可能であるとして、両土地の交換の話しを持出し、さらに、「名古屋の不動産は現に東春信用組合の担保に入っているものの、右担保の枠は金六〇〇〇万円であるので、なお、金三〇〇〇万円位の利用価値があるうえ、同組合の根抵当権はいつでも解除できるし、同組合も両土地の交換を承諾している。」旨申し向け、その後も、被告浜田は訴外不動産業者を同道して原告方に来り、名古屋の不動産は遅くとも三か月の猶予があれば売却できる旨強調したこと、(4)そこで、原告も、被告会社から名古屋の不動産を取得し、これを早急に売却して、前記(8)で述べた金二八〇〇万円の資金を捻出しようと決意し、昭和四四年一月下旬頃、原告と被告会社との間に、前記(一)認定の如き両土地の交換契約が締結されるに至ったこと、(5)右契約に基づき、彦根の不動産は被告会社においてこれを支配、処分することとなり、同年二月頃以降、被告会社がこれを他に売却する都度、原告は中間省略により所有権移転登記手続をしていたが、名古屋の不動産については、前記の如く三ヵ月程度で転売できるものと信じていたため、費用等を節約する趣旨もあって、被告会社より原告に対する所有権移転登記手続は見合わせることとなった事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
二、そこで、原告の債務不履行の主張につき検討する。
(一) (1)名古屋の不動産につき、東春信用組合が元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権を設定していたところ、同組合と被告会社との間には、右不動産につき任意処分禁止の約定が存したこと、(2)名古屋の不動産が処分される以前に、彦根の不動産中、別紙第一目録A物件が代金一七五七万八〇〇〇円で転売され、右売却代金のうち金一五四五万円が被告会社から原告へ貸付けられたこと、(3)名古屋の不動産が売却できないため、資金繰りに窮した原告が、彦根の不動産中別紙第一目録C物件を被告会社から金一一〇〇万円で買戻し、右売買代金のうちから前記約定にかかる差額金二〇〇万円を清算し、結局、金九〇〇万円を被告会社から借受けたことにしたこと、(4)彦根の不動産中、別紙第一目録B物件も転売されたが、被告会社は右代金を原告に貸与しなかったことは当事者間に争いがない。
(二) 原告は、被告会社において彦根の不動産を先に転売することができた場合には、被告会社は原告に対し、金三二〇〇万円を限度として右転売代金を融資すべき義務がある旨主張する。
なるほど、≪証拠省略≫によれば、契約の締結に際し、被告会社は原告に対し、彦根の土地が売却できた場合には、原告が先ず、右代金を使うことを了承していたかに窺われ、また、本件交換契約の目的は、ともかく、原告をして必要資金を獲得させる点に存したことは前記一の(二)の(3)認定のとおりであり、かつ、前記二の(一)の(2)記載の如く、被告会社は原告に対し、彦根の不動産の売却代金の一部を現に貸付けていることは明らかであり、これらの諸事実と≪証拠省略≫を総合すると、原告主張の如き融資の約定の存在を推認し得ないわけでもない。しかし、前記乙第一四、第一五号証には、このような約定は全く触れられておらず、かつ、この点に関する書証は存しないこと、本件交換は、あくまでも、名古屋の不動産を売却して早急に原告の必要とする資金を調達させることを主眼とし、また、原告自身それが可能であると信じていたこと、前記二の(一)の(3)認定の如く、原告は被告会社より別紙第一目録C物件を買戻していること、および後叙の如く原告は昭和四四年二月二〇日彦根の不動産中別紙第三目録記載の物件につき、県信連のために根抵当権を設定して県信連より融資を受けていること等の事実関係に照らすと、にわかに前記資料は採用し難いものがあり、他にこの点の証拠はないのである。
したがって、原告主張のこの特約が存在したと認めるには不十分である。
(三) 原告は、被告会社は、名古屋の不動産について設定された東春信用組合の根抵当権設定登記の抹消をせず、また、原告に対する所有権移転登記手続にも応ぜず、かつ、原告にこれを引渡さない旨主張する。
被告会社が原告との間に本件交換契約を締結するに際し、東春信用組合の根抵当権はいつでも解除することができる旨言明していたことは前記一の(二)の(3)認定のとおりであり、前記乙第一四号証によればその第四条には「被告会社は原告に対し、昭和四四年三月三〇日限り名古屋の不動産を完全に明渡したうえ、所有権移転登記申請書が登記所に受理されると同時に、原告は被告会社に対し売買残代金を支払う」旨の記載が、その第六条には「被告会社は右不動産に関し抵当権等の物的担保権の設定がされている場合にはこれを抹消し、瑕疵のない完全なる所有権を原告に移転するものとする。」旨の記載が各存することが認められる。
しかし、≪証拠省略≫によれば、乙第一四号証は、後日、被告浜田の指示により、日付を違えて前記の如く売買契約書なる方式で作成され、相互に交換された契約書のうちの一通であることが認められるところ、≪証拠省略≫によれば、右契約書(乙第一四号証)第四条は、本来日付部分が空白になっていたところ、後日、被告浜田において、前記の如き日付を記入したことが認められるうえ、乙第一四号証、第五五号証は市販の用紙を使用して作成したものであることが明らかである。しかも、名古屋の不動産につき、被告会社より原告に対する所有権移転登記手続は見合わせることになった点については前記一の(二)の(5)認定のとおりであり、また、後叙の如く、原告が別紙第三目録記載の物件につき県信連のために根抵当権を設定し県信連より融資を受けていること等の事実を併せ考えると、前記認定事実および右契約書の記載のみをもって、原告主張のこの約定の存在を認めるには不十分であり、他に、これを認めるに足りる証拠はない。
以上の次第で、原告の債務不履行による損害賠償の請求は、原告の主張する如き約定の存在を肯認し難い以上、その余の点に触れるまでもなく失当といわなければならない。
五、次に、原告は本件契約における原告の意思表示には要素の錯誤があり無効である旨主張する。
(一) 原告が、その所有にかかる彦根の不動産と、被告会社所有の名古屋の不動産との交換をなすに至ったのは、交換により取得すべき名古屋の不動産を早急に売却し、遅くとも昭和四四年九月頃までに、当時必要としていた金二八〇〇万円の資金を捻出するためであり、被告会社自身もこれを当然の前提としていたことは前記一の(二)の(3)、(4)認定のとおりであり、また、当時名古屋の不動産につき東春信用組合が元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、同組合と被告会社との間には、右不動産につき任意処分禁止の特約が存したことは前記一の(一)、二の(一)の(1)認定のとおりである。
(二) そこで、当時、果して名古屋の不動産が転売可能であったかどうか、したがって、また、原告がその必要とする資金を調達し得る可能性が存したかどうかについて判断する。
(1) ≪証拠省略≫によれば、被告会社は、昭和四三年一月三〇日頃、名古屋の不動産を他から代金約三〇〇〇万円で買受けたものであるが、その際東春信用組合から右金三〇〇〇万円の融資を受けたため、右不動産につき、同日同組合に対し、元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権を設定したものであること(右根抵当権設定の事実は、前記の如く当事者間に争いがない)、被告会社の帳簿上も、右不動産の評価額は金三四〇〇万円と記帳されていること、訴外不動産業者も昭和四四年頃、右不動産の時価を金三〇〇〇万円と値踏みしていること、名古屋の不動産は、後記の如く昭和四七年七月二日金二〇〇〇万円で競落されたことが認められ、これら事実によれば、本件契約締結当時、名古屋の不動産の時価は金三〇〇〇万円程度であったものと認めるのが相当である(なお、被告浜田本人自身、右時価は金三〇〇〇万円であった旨の供述をしていることが指摘されねばならない)
(2) ≪証拠省略≫によれば、訴外関谷新一郎は、被告会社から名古屋の不動産の売却方の依頼を受けていたところ、ようやく昭和四四年四月頃、名古屋市内で買手を見付け、代金を三〇〇〇万円として交渉したが、結局、買主の資金繰りがつかずまとまらなかったこと、名古屋の不動産のうちでも、別紙第二目録記載の家屋は、パチンコ営業用の店舗であるところから、不動産業者としても売りにくい物件であったこと、しかも、名古屋の不動産については、前記の如く東春信用組合に対し元本極度額金五〇〇〇万円の根抵当権が設定され、かつ、任意処分禁止の特約が存していたところ、被告会社は同組合に対し右被担保債権たる貸金三〇〇〇万円を支払わず、かつ、本件交換につき事前に同組合の承諾を求めていなかったため、同組合からは、結局、名古屋の不動産の交換についての了解を取付けることはできなかったこと、原告は右の任意処分禁止の約定の存在を全く知らず、本件契約締結に際し、被告浜田が申し述べた如き、右抵当権はいつでも解除でき、また、同組合は両土地の交換を承諾しているものと信じていたところ、同年二、三月頃、同組合と折衝した折、初めて右の事実関係を了知するに至ったこと、名古屋の不動産は任意売却されることなくして二年有余を経過したが、昭和四六年三月一二日同組合は名古屋の不動産につき前記根抵当権を実行するに至り、昭和四七年七月二四日、右不動産は代金二〇〇〇万円で訴外文富光においてこれを競落したことが認められる。
(3) 原告が本件契約締結後、昭和四四年二月二〇日県信連に対し彦根の不動産中別紙第三目録記載の不動産につき、元本極度額金四〇〇〇万円の根抵当権を設定したこと(同年三月三日その旨の登記)は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、本件交換契約締結後の同年二月下旬頃、被告会社の所有となった彦根の不動産につき、右の如き根抵当権が設定されるに至ったのは、名古屋の不動産は原告の所有になったものの、原告の予期に反し、転売できる目途は全く立たないことが明白となったため、原告は県信連との間に従来よりなされていた話合いに基づき、右物件を県信連に担保に提供して融資を受けたものであり、被告会社は、もとよりこれを了解承諾していたことを推認するに難くないのである。
(三) 以上認定の事実関係に基づいて考察すると、原告が本件交換契約を締結したゆえんのものは、右交換により名古屋の土地を取得し、早急にこれを転売して、遅くとも昭和四四年九月頃までに金二八〇〇万円の資金を調達しようとする一点に存したことは、上来縷々説示したところであり、したがって、名古屋の不動産には、当時すでに東春信用組合の根抵当権が設定されていたとはいえ、右不動産を取得する原告において、右根抵当権にはかかわりなく、右不動産を利用処分することにより、少くとも金二八〇〇万円以上の金員を早急に取得し得べきことが、右契約の当然の前提および内容とされ、しかも、このことは、契約の相手方たる被告会社においても了知していたものと認めることができる。しかるに、名古屋の不動産は、その時価一杯まで根抵当権が設定され、かつ、抵当権者との間に処分禁止の特約が存し、新所有者たる原告においてこれを転売し、その目的とする如き多額の資金を調達し得る見込みは全くない物件であること前認定のとおりである。
しかりとすれば、原告は本件交換契約の締結に当り、前叙の如き不可欠の要件につき錯誤があったものと認めざるを得ないのであり、ひっきょう、本件交換は要素の錯誤により無効というべきである。
四、しかるところ、本件交換契約により彦根の不動産は被告会社の支配するところとなったのであるが、被告会社は、右不動産中別紙第一目録A物件を金一七五七万八〇〇〇円で転売し、同目録C物件を代金一一〇〇万円で原告に売渡し、同目録B物件を転売したことは前記の如く当事者間に争いがない(そして、本件証拠資料によれば、右転売された土地は、すべて、転買人に対し中間省略により所有権移転登記が経由され、また、原告が買戻した土地も、昭和四六年一二月頃、原告において他に代金一二〇〇万円で売却してその旨の登記が了されていることが明らかである)。そして、右によると、被告会社は原告に対し、彦根の不動産を原物で返還することの不能であることは明白である。
ところで、一般に、特定物の譲渡を目的とする契約が無効である場合、利得者に右目的物の返還義務あることは当然であるが、右の法律関係は、目的物の所有権の帰属に拘泥することなく、これを法律上の原因なきことに基づく不当利得の返還債務として把握するのを相当とし、特に、目的物が処分され、原物の返還が不能である場合には、専ら不当利得の法理に基づき価格の返還義務を肯認すべきものと解する。
五、そこで、被告会社の返還すべき不当利得の額につき検討する。
(一) 被告会社は、まず、彦根の不動産の価格を返還すべき義務ありといわねばならないので、その価格につき案ずるに、当事者間に争いがない前記一の(一)の事実、前記三の(二)の(3)認定の如く別紙第三目録記載の不動産につき、県信連に対し元本極度額金四〇〇〇万円の根抵当権が設定されていること、および≪証拠省略≫により認められる彦根の不動産の転売代金は、合計金三六三一万余円に達している事実ならびに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、被告会社において彦根の不動産を取得した当時、右物件の時価は、原告が主張する如く金三二〇〇万円を下らなかったものと認めるのを相当とする。
(二) 原告が本件交換契約に基づき名古屋の不動産を取得したとして、その公租金八万二五五〇円を支払ったことは当事者間に争いがないところ、右は、本件交換契約にして無効である以上、原告は被告会社に対し、不当利得としてその返還を求め得べき筋合である。
(三) 次に、原告は、原告が被告会社から借入れた二口の貸金債務合計金二四四五万円に対する利息分として支払った金一一八万六〇〇三円を不当利得として請求するところ、原告が被告会社に対して右利息を支払ったことは当事者間に争いがない。そして、右二口の貸金なるものは、彦根の不動産中、(1)被告会社が転売した別紙第一目録A物件の代金中より貸付けられた金一五四五万円、(2)同目録C物件を原告が買戻した代金を精算してこれを準消費貸借の目的とした金九〇〇万円であることは前認定のとおりであり、また、これらの貸付けは、名古屋の不動産が所期の目的に反して転売できなかったためなされたものであることは、これを推認するに吝かではない。しかし、さりとて、その故に、原告が支払った利息をもって被告会社の不当利得であるとは、にわかにこれを認め難いところである。けだし、さきに認定した名古屋の不動産の転売不能の状況、右貸金のなされるに至った経緯等に照らすと、被告会社の右利息の受領は、本件交換契約が有効なることによって正当づけられているものとは認め難く、したがって、また、本件交換契約の無効なることにより、にわかに右が、法律上の原因を欠如するに至るとはなし難いからである。
してみると、原告のこの請求部分は理由がない(このことは、原告の予備的主張二、三に基づく請求の場合でも、結論を異にしない)。
原告が被告会社から合計金二四四五万円を借受けていることは当事者間に争いがなく、これを原告の指示するところに従い右不当利得金から控除すると、金七六三万二五五〇円が原告の請求し得べき不当利得となる。
六、被告浜田が、被告会社の無限責任社員であることは当事者間に争いがない。
しかるところ、原告は商法一四七条・八〇条一項を根拠として、被告会社の財産により被告会社の債務を完済できぬときは、被告浜田に対し前記不当利得金の支払いを求める旨主張し、あたかも原告の被告浜田に対する請求権をもって条件付債権であるかの如く観念し、これを将来給付の訴として構成する。しかし、無限責任社員の会社債権者に対する責任は、当該合資会社のいわゆる債務超過等を要件として初めて発生するに至るものであるうえ、右責任は会社債務に対し補充性、附従性を有する(同法八一条)ことに鑑みれば、会社債権者が無限責任社員を相手取り、将来における合資会社の債務超過を条件として、会社に対する債務の履行を求めるが如きは許されないものと判断する。したがって、原告の被告浜田に対する請求は認容することができない(なお、本件で顕われたすべての証拠を検討しても、被告会社の債務超過の事実は、必ずしも肯認し難いところであるので、この請求を被告浜田に対する現在給付の訴としても、認容し難いことを付言する)。
七、上来説示のとおりであって、原告の被告会社に対する本訴請求は、予備的主張一に基づく金七六三万二五五〇円とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一〇月一日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、被告浜田に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 荒井史男 裁判官遠山和光は出張中につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 可知鴻平)
<以下省略>